第2話 一人ってのも、悪くない
みんなを部屋から追い出し、俺は一人になった。
「さあて、これからどうすっかなぁ」
あいつらとは5年もいっしょにいたから、少し寂しい。
とりあえず一人になったことで金は浮く。宿代、食事代、ポーション代etc.……。これからは必要以上に節制しないでもよくなる。まずは夕食に肉でも食べるか。
もちろんあいつらの当面の生活費は渡してやった。俺も鬼じゃない。あいつらが次の仕事を見つけるまでの間、少しくらいの融通は利かしてやるつもりだ。いわゆる失業手当ってやつだな。
それでも、もうあいつらの心配までしてやる必要はなくなったから、いくらか貯金を崩しても大丈夫だろう。
その晩、俺は豪遊した。
まるで今までのストレスを発散するかのように、酒池肉林の限りを尽くした。まあ、自由に使える範囲の金で……だが。
具体的に言うと、ちょっと大人な店とか、カジノとか、そういう危ない店をハシゴした。あいつらといるとこういう遊びもできなかったからなぁ……。
夜も更けて、そろそろ風が冷たくなってきたころ、俺はそこらへんにいた女を口説いた。いかにもな軽そうな女で、酒をおごると言ったら簡単についてきた。今夜は楽しめそうだ。
自分で言うのもなんだが、俺の顔は悪くない。まああのパーティの中なら一番だ。ロランのこともイケメンだと思うが俺ほどじゃないしな。筋肉だって俺の方がある。
パーティの中で色恋沙汰はいっさいなかった。少なくとも俺の知る限りでは。あの女どもは俺のことなんかただの面倒見のいい財布程度にしか思ってなかっただろう。俺だってあんなポンコツどもに欲情なんかしないけど……。
あいつらの愚痴を吐きながら、女と肩を寄せて歩いていると、すぐに宿に着いた。
「ねぇ、そんな最悪なパーティの悪口はもういいから……、楽しみましょう?」
「ああ、そうだな」
俺は片手で女を抱き寄せ、もう片方の手で部屋のカギを閉めた。
◆
明け方、部屋の扉を激しく叩く音で目が覚めた。
「アウルス!お願い!助けて!」
カレンだった。どうしたんだ?こんな時間に……。まったく迷惑な奴だ。パーティを抜けてからも俺の邪魔をするのか?
「なんだ……?一日で音をあげたのか?もうちょっともつかと思ってたけど、俺のかいかぶりだったようだな」
俺は扉を半分だけ開けて、顔をだした。
「だれも私たちとパーティを組んでくれないのよ……。それで仕方なく四人だけでいったら危うく死にかけるし……」
そりゃ、ポンコツとパーティ組みたがる奴なんていないだろうよ。俺だって、最初からこいつらがポンコツだってわかっていれば、もちろん組まなかったさ。
「俺のありがたみがわかっただろう?」
「ええ、もう。十分と言うほど」
金銭の管理だけじゃなく、戦闘面でも俺の尽力は大きかった。そりゃそうだ、スライムしか倒せない女戦士を食わせてやろうと思ったら、俺がたくさん倒すしかなくなる。あとは……まあミリカはそこそこ倒していたな。それでもあいつのMP回復ポーション代で赤字だけど……。
「じゃあ、俺に感謝してもっと寝かせてくれ。昨日はあんまり寝てないんだ……」
俺が扉を閉めようとすると、カレンが隙間に足を挟んでブロックした。
「お願い!パーティに戻って!」
「いやだ!だれが戻るか!」
扉の主導権を争って、お互い手足に力を込める。
「離しなさいよ……!」
「お前が離せ……!」
しばし押し合いが続いた。
俺とカレンの力の入れ具合に差はなく、膠着状態に陥る。このままじゃ扉が外れそうだ……そう思ったとき、カレンが――
「なんでも言うこと聞くから!」
「え、ホント?」
俺の目の色が変わったので察して、カレンは力を緩めた。
「……や、やっぱ今のはなし……。なんか目が怖い」
くそ、もうちょっとで都合のいい奴隷が手に入ったのに……。
「ねぇ……だれかお客さん?」
俺たちが騒がしくし過ぎたのか、昨日の女が目を覚ました。女の名前はジュエリーで(本名かは怪しい。色町でひっかけた女だから源氏名かも)さっきまで俺の横で寝ていた。今は半裸にタオルを巻きつけた状態だ。
ジュエリーを目に入れるやいなや、カレンは顔を真っ赤にさせた。
「あ、あんたねぇ!一人になったからって、最初にすることがそれ!?私たちには興味も示さなかったくせに!だって……昨日の今日よ!?」
「うるせぇなぁ……お前はお母ちゃんかよ。俺がどこで何しようと勝手だろ?ようやくお前らから解放されたんだ、好きにさせてくれ」
するとジュエリーが俺の首に手を巻き付け、背中にもたれかかって、言った。
「ねぇ、こんな女、はやく追い返してしまって。今日はショッピングに連れて行ってくれる約束でしょ……?」
あれ?そんな約束までしてたっけ……?どういうことだよ、昨日の俺!そのへんは酔っていてあんま覚えてない。
でもちょうどいいパスだ。
「あ、ああ……そうだったな。ショッピング!約束したもんな。……って、そういうことだから、じゃあな!」
俺はカレンがジュエリーにひるんでる隙に、扉をバタンと閉めた。
カレンはしばらく扉の前にいたようだが、俺たちの部屋から喘ぎ声が聞こえだすと、いなくなった。おこちゃまめ。
ジュエリーといちゃつきながらも、俺は憤慨だった。
あれだけきっぱり追い出したってのに、宿まで押しかけてくるなんて……どういう神経してやがる!あいつら俺のなんなんだ?もし俺にまだ生活上重要なものがあったら、それにまで干渉してくるだろう。こうなりゃさっさと街を出るしかないかな……。
◆
俺とジュエリーは約束通りショッピングに来ていた。まあ彼女は最初からそれが目当てだったわけだ。高い勉強代だったが、昨日はたっぷり楽しんだんだから文句は言えない。
でかでかと「セール中!赤字覚悟!出血大サービス!」と書かれた看板が目に入る。
俺たちはその服屋に入った。ケチな男と思われただろうか?
「ようこそいらっしゃい。お客さん、ずいぶん綺麗な人を連れてらっしゃるねぇ……。こちらのドレスはいかがかな?」
しわがれた声で店主の老女が近づいてくる……。だが、よく見ると――ロランだった。
なんのつもりだ……こいつ?
バレバレの変装をしたロランが、頑張って老女のふりをしている。ちょっと無理ないですか?それ。俺はそれに気づいてないふりをする。
「ああ、いいですねぇそのドレス。ほら、ジュエリー。あっちで試着させてもらってきたら?」
「え、ええ……そうね。そうさせてもらおうかしら」
老女がジュエリーを奥に案内する。十分に距離が開くのを待って、俺はポケットから金をとりだした。それをカウンターに叩きつけ、大声でジュエリーに聞こえるように言った。
「それじゃあ、俺は用事があるから、ここで!楽しかったよ!ありがとう!」
言うが早いか、俺は店を出た。街の出口に向けて全速力。
「え、ねえ!ちょっと待ってよ!こんな大金!いいの?」
ジュエリーの声がする。ちょっと多めに置いてきてしまったか……?まあいい、彼女の魅力はそれに相当する。さらば、美しい
「しまった!追え!」
ロランがカツラをとり、老女の衣服を脱ぎ捨て、追いかけてくる。
ロランの声に反応して、残りの面子も物陰から登場した。
全員で追ってくる。どこまでしつこいんだ、元仲間よ。ゾンビパーティだ。
「ありがとうー!!」ジュエリーが手を振っている。
街の出口に到着する。その先に草原が広がっているのが見える。
振り返ると……あいつら、まだ追ってきてやがる。
「次の街まで追ってくるようなら……コ〇ス!!!」
俺は大声であの馬鹿どもに叫ぶ。
あいつらは止まって、なにやら相談しはじめた。俺も思わず、つられて足を止めてしまった。
「ひそひそひそ……」
「そうね……」
「そうしましょう……」
「ああ、そうだ……」
何をごちゃごちゃ言ってるんだ?遠くてよく聞こえない。
「アウルスさーん!いきますよー!!!」
ミリカが手を上にかざして、大声で叫ぶ。何をするつもりだろう?いきますよってのは、帰りますよっていう意味か?ならさっさとそうしてくれ、言わなくていいから。
どうやら違うらしく、ミリカの手の中には小さな火球が見える。
え、まさか?まじ?いきますよってそういうこと?キャッチボールをしようっての?違うよね??
俺は再び、急いで走り出した。もう振り返らない。火球が横をかすめた気がしたけど振り返らない。絶対だょ?そんでもって、なるべくジグザグに走る。
「お前らどういうつもりだー!!!俺をコ〇ス気か!?」
「そうでーす!」
仲間にならないなら消してしまおうということか?イカレてるのかあいつら……。それとも脅しのつもりか??だったら脅しになってねーよ!だってコントロールゼロだもの、そのピッチャー。まあ当てられないだろうけど、当てないようにすることもできないってことだからな!?つまり俺が火球にデッドボールするかどうかは完全に運しだいってわけだ。
ミリカのやつ……火力に全振りしてるだけあって、一発でもくらったらヤバい……。
街に入ったらさすがに攻撃してこないだろうけど、次の街に着くのが先か、俺の運が尽きるのが先か、ミリカのMPが尽きるのが先か……。
てか草原燃えてるけどいいの!?
なんちゅールールのイカレたデスマラソンだよこれは……。
こうして、次の街まで怒りのデスロードが続いた。
――続く。
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