音の破片
うららん
第1話
私と彩美は小学校の頃から友達で中学の頃から吹奏楽部に所属している。現在私達は高校二年生、引退まであと一年ない。夏休み中は朝から晩まで部活だ。文化部とはいえ、とてもハードだ。
「今日も合わせる?」
と点呼が終わってすぐに彩美は私に聞く。一週間後の定期演奏会で私達2人が演奏するデュオの曲がある。ちなみに私はトランペット、彩美はテナーサックスを吹いている。
「合わせる。」
「じゃあ昼前、廊下ね。」
合わせる時間と場所を決め部室から楽器を運び出しそれぞれのパートごとの教室に分かれる。練習は楽しいから好きだ。中学の頃はなかなか良い音が出ず、あまり練習が好きではなかった。でも、出したい音色が出たときの心の中の「ぐわぁ!」という感じを知って楽しくなった。合奏も同じだ。最近合奏曲のソロパートも貰えるようになり、とても嬉しい。先輩はうまくなったねぇ、とおばあちゃんのような口調で言われる。私自身上手になっていることを実感している。
昼前になって私は廊下に出た。彩美もちょうど出てきた。
「頭から一回通そう。テンポ少しゆっくりで行こ。」
「おっけー」
「3、4」
何回か合わせて、ところどころ調整をした。その後、楽譜通りのテンポで吹いて、合わせるのは終わった。私は彩美の音が少し焦っていた気がした。いつもは落ち着いていてガラスのカケラのようにキラキラし、艶のある美しい音を出す。他の人は気づかないぐらいの違いだ。どうしたんだろうと考えながら教室に戻り楽器を吹く。
午前中の練習が終わり、お弁当を食べながら会話をする。
「二人は進路どうするの?」
そう私と彩美に聞くのは猫本かな子。高校からの友達で隣のクラス。あだ名は猫。
「私は県内国公立大学で進路の紙書いて出したよ。」
私は答える。私の家は貧乏か金持ちかで言えば貧乏だ。2人の妹と1人の弟がいる。トランペットも親が部活に楽しそうに行く私を見て”頑張る子は応援する”と言って無理して買ってくれた。大学は県内の国公立でないと家が崩壊する。県外だと一人暮らしするのにかなりお金がかかるし、バイトをしても仕送りなしではおそらく難しいだろう。吹奏楽はサークルで続けるつもりだ。彩美はどうするのか、と猫が聞いた。
「ウチは音大に行こうと思う。吹奏楽は中学から始めたけど、楽器自体始めたのは小学校低学年からで。音大て言ってもいろんな大学あるし。もっといい音出せるように頑張らないといけない。」
だから昼前合わせたとき少し焦っていたのかと一人で納得した。私と彩美は同じクラスで、音大に行くということは前々から聞いていた。彩美は有名なスポーツ用品メーカーの社長令嬢だ。初めて彩美に会ったとき、社長令嬢と聞いていたから堅苦しい人なのかと思ったら、かなりフレンドリーだったことと、一人称がウチというのに驚いた。
「自分もそろそろ決めないとなんだけどね。もうみんな大体決まってるし。どうしよう。」
猫はまだ決まっていなくて悩んでいるようだ。彩美はお金持ちだし音大行くのも簡単だろうな、と私はおかずの卵焼きを食べながらぼんやり考えていた。
定期演奏会前日。演奏会と同じ動きで体育館で練習する。明日の本番は大きいホールを借りて演奏する。曲順の真ん中に私達のデュオがある。
「焦らず行こう。落ち着いていい音出そう。」
私が言うと彩美はそうだね、と微笑みながら言った。曲自体そこそこ長いはずなのにあっという間に演奏は終わった。彩美がこの前出していた焦った音はなくなっていた。彩美は私が演奏直前に言った一言で心が落ち着いた、と言っていた。なんだか嬉しくて、ニヤけてしまった。かなりニヤけていたようで、彩美にニヤけすぎと言われた。
定期演奏会当日。去年も同じホールで演奏したはずなのになんだか初めての場所に来るような感覚だった。一曲目の合奏曲を吹き終わってホールの響きを確認した。どんどん曲順は進み、あっという間に私達の番だ。彩美に言われた。
「焦らず行こう。落ち着いていい音出そう、ね?」
昨日私が言ったことを真似された。
「うん。頑張ろ。」
返事をした。ステージに出る。ホールに私達の音が響く。飛び出すような音。ハプニングが起こったかのような音。ワクワクするような音。静まる音。この曲には様々な音が散りばめられている。様々な音の中で一番大事にしなければならない音は儚い音だ。この曲の作者には大切な人がいた。だが、作者は大切な人を突然事故で失ってしまう。その直後に書いた曲がこの曲だ。色々な感情を音で表現している。幸せの中で起きた”死”。曲から大切な人との色々な思い出がたくさんあったことが分かる。テナーサックスとトランペット二つの艶のある音が掛け合う。二つの音が同時に終わり、ホール内に響く。演奏が終わりお辞儀をする。ステージから出る。おそらく今までで一番良い演奏だった。嬉しくなって二人でハグをした。引退直前の演奏会でもないのに少し涙してしまった。
風のように時は流れ、三月一日卒業式。私は無事大学に合格した。彩美は県外の難関の音大に合格した。証書を受け取り教室に集まる。クラスメイトが彩美に聞いた。
「彩美〜。音大行くんだって〜?特待生とかすごいじゃん!」
私は驚いた。特待生だということは聞いていなかった。うん、まぁ、と彩美はクラスメイトに返事をした。音大の特待生になるのは桁違いに難しい。それも難関となるとなおさらだ。彩美はお金持ちだし音大行くのも簡単だろうな、と考えていた私をぶん殴りたい。そもそも音大に行くのが簡単と考えていた私もぶん殴りたい。彩美がどれほど努力しているのかを知っていながら、こんな考え方をしていた私自身にとても腹がたった。その後、生徒よりも大泣きしている担任の小川先生のお話を心に留めて、高校生活は幕を閉じた。
彩美に会わなくなって二年がたった。大学に入り、私は吹奏楽のサークルに入った。トランペットを続けた。いろんな人に出会い、たくさん友達ができた。演奏の楽しさを再び実感した。演奏しながら彩美の音を度々思い出し、もう一度聞きたいと思ってしまう。その旨をメールで彩美に送ると、”動画送ろうか?”と返信が来る。”生で聞きたい。”と私は送る。私も彩美も忙しくてなかなか会えない。一、二週間して彩美から写真が送られてきた。彩美が通っている大学が主催の演奏会のチラシの写真だった。ちょうど演奏会の日は空いていたので、”行く。”とメールを迷わず送った。
彩美の演奏会を聞きに行く。昨日までに今日やっておかなければならない課題を急いで全部終わらせた。彩美の好きな地元でしか売っていないお菓子をたくさん持って新幹線に乗った。新幹線で売り子さんから少しお高いお弁当を買いお昼を済ませた。ずっとソワソワしていた。会場につき中へ入り、真ん中ら辺の席に座る。しばらくして、演奏が始まった。彩美は八番目にソロで演奏する。一番目の演奏から私は圧倒された。彩美の番になった。胸元に花のコサージュをつけ、青色の綺麗なワンピース着ていた。彩美が演奏を始める。すごいという言葉じゃ収まらなかった。高校の頃の音に磨きがとてもかかっていた。それと同時に私の知っていた彩美の音が変わっていた。久しぶりに聞いた彩美の音に感動した。演奏後、彩美がお辞儀をしたときにに目があった。
演奏会は終わり会場の出入り口に彩美は居た。すぐに駆け寄り、ハグをした。彩美も嬉しそうだった。彩美と立ち話をしていると、
「彩美ちゃん、もう会場内残っている人他にいないみたいだから先に上がっていいよ。友達とたくさん話したいことあるんでしょ?」
おそらく彩美の先輩である優しそうな女の人が声をかけた。ありがとうございます、と言って彩美はちょっと着替えてくる、と楽屋に急いで行き、着替えて私のもとに戻ってきた。その後近くのカフェで小さなケーキを食べ、お茶をしながらたくさん話をした。長い間話をし、帰りの新幹線の時間になったので駅までゆっくり歩きながら送ってもらった。今度会う時は一緒に吹こう、と約束して。
私も彩美も社会人になった。約束をしても、やはり忙しくて会えず時が過ぎてしまった。私は地元の企業に就職し、彩美は演奏家として色々な場所を転々としながらサックスの先生をしている。年末になり、彩美は地元に帰ってきた。私と彩美はおやつどき、楽器を持って小高い山の展望台に登った。人は少なく、登る途中に優しそうなおじいちゃんとすれ違っただけだ。私達はあの曲を吹く。あの時よりももっと音に艶がかかっていた。私の音もあの時より少し艶が増していたともう。私は彩美が上手になりすぎて遠い存在になってしまった気がして少し寂しかった。その感情が出てしまったのか最後の音が重たい金属の破片のように重たい音になってしまった。その音は彩美のガラスのカケラのような音とは正反対だった。私は言った。
「もう一回。」
「うん。何回も吹こう。」
彩美と私は何度も同じ曲を吹き、日が暮れるまで吹いた。帰りはあまりに辺りが暗かったので、母親に車で迎えに来てもらった。
音の破片 うららん @rarachaaan_06
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