第17期「開戦の狼煙と淑女達」

「ということで美鶴、準備しろ」

「僕は死んでないんだけど!?」


 突然僕の部屋に悠里が来たかと思えば、事態は大事になっていた。


「当たり前だろ。だからこうしてお前を連れ出しに来たんだ。もしやお前、バカなのか?」

「バカはどっちだ!」


 悠里は午前の授業をサボりここに来ているらしい。対して僕はまだパジャマのままだ。学校に行けなくなってからは毎日昼前に起きている。今日は悠里が鳴らしたチャイムの音で目を覚ました。


 僕は乾いた目を擦りながら水道水をコップに注いだ。


「というか悠里、ヤマジョを辞めたんじゃなかったの?」

「そんな事は今どうでも良いだろ。お前のフィアンセを救出するんだ、さっさと着替えろ」


 もちろん助けたい。でも今更合わせる顔も無い。僕なんかが助けに行ったって手を取ってくれるとも思えない。学校を休み始めてからだ、こんなにネガティブになってしまったのは。


「天照さんはどこに居るの?」

「これから探す」

「じゃあ助けようが無いじゃないか」

「そうだ、時間が無いんだ。急いで天照を見つけ出し救出する。その為には人手だって必要だろ」

「僕が力になれるとも思えない」

「なれるさ」


 何を根拠にそう断言できるんだろう。


 もう一度言うよ、助けたい。助けたいに決まってる。でも僕が力になれることなんてこれっぽっちも無いんだ。ソフィアみたいにコンピューターを駆使して情報収集ができる訳でも無い。夜一みたいに腕っぷしの強さがある訳でも無い。渚みたいに全ての女性を誑かせる美貌がある訳でも無い。悠里みたいに賢くも無い。


「僕には無理だ」

「お前じゃなきゃ無理だ」


 分からないよ、悠里。


 どうして僕なんだ。僕は大和守神代の息子でしかない。それだけが政治戦争において唯一の僕の武器だった。まあその武器さえも使わないまま、気が付けば父さんを喪ってしまったんだけど。つまり今の僕には何も無い。要領も悪い、ただの男子高校生なんだ。


「悠里、聞きたい事があるんだけど」

「何だ?」

「どうしてそこまで僕を信頼してくれるの?」

「どうしてって、お前がお前だからだな」

「どういう意味だよ」

「お前が政治家の息子にしてはとんだ甘ちゃんだからだ」

「貶されてる?」

「褒めてるんだ。俺はこれまでに多くの政治家二世を見てきた。その全てが親の力を自分の力だと思って威張っているような奴らばかりだった。まあ、副総理の息子である俺には媚びへつらってくるんだがな。別にそいつらを全否定するつもりも無いぞ。生まれってのは神様からの贈り物だ、享受して然るべしだと思っている。俺だって栗東院家の力は使えるだけ使ってきたからな。だが、お前はそうじゃなかった。お前は未熟な美鶴という一人の人間の意志を以て動いていた、言葉を発していた。決して神代さんの跡を継ぐ為だけに戦う人間じゃなかった。俺や親父、宮野みたいな典型的な汚い政治家からすりゃ、お前みたいな奴が一番怖い。だから手元に置いておきたかった。だから味方として信頼できた。だから、お前を総理大臣にしてやりたいと思った」


 悠里の言葉はちょっと難しかった。だけど悠里が伝えたかったであろう気持ちは単純明快な物であった。頭ではなく、胸の奥のところで理解ができた。


「ごめん、悠里。帰ってもらっていいかな」


 だからこそ、今の僕には重かった。


「美鶴、今日が俺のヤマジョ最後の日だ。見ていてくれ」


 悠里が出て行った後の部屋は、とても空虚な場所に思えた。ついさっきまでは僕だけの空間だったはずなのに。元々それ以外の何かが存在していたかのような錯覚に陥った。


 僕は初めから独りだったはずなのに。



               ♀ ♂ ♀



 あろうことか宮野と大夏津までもが授業をサボっていた。


「宮野、天照と連絡が取れなくなったのはいつからだ?」

「今朝の七時、それ以降のメッセージに既読表示が付かなくなったわ。それ以降は電話にも応答しない」


 俺は空き教室の壁に掛けられている時計を確認した。


「三時間と少しか。ソフィア、関東圏内に絞って探してくれ」

「おっけぇ」


 ソフィアがこれまでにない鋭い眼光と速すぎる指捌きでスマートフォンを操作し始める。三分も経たずして言葉が返ってきた。


「腹立つぅ、スマホのGPSは切られてるみたいだよぉ」

「日本国内ならどうだ?」

「ついでに調べたけど反応なしぃ。アジア圏にも居なさそうだよぉ」


 この短時間でそこまで調べられるものなのか。ITに恐れを為せば良いのかソフィアに恐れを為せば良いのか分からないが、とにかく絶望的な状況に変化は無い。


「宮野、天照が行きそうな場所に心当たりは無いのか?」

「心当たりのある場所なら全て調べたわ。どこにも居なかった。そうじゃなきゃ誘拐されたなんて結論に至る訳が無いでしょ」


 ごもっともだ。とすれば調べるべきは何処だ。俺はこれまでのヤマジョでの生活を思い出しヒントを探す。使えそうな情報がどこかにあるはずだ。何せ天照との繋がりはヤマジョにしか無い。そこにヒントが無ければ、逆説的に俺達では見つけられないという事の照明になるのだ。


「栗東院殿、校内の生徒に聞き込みをするというのはどうだろうか?」

「そうですね。そもそも外部の犯行と断じるのは早計だったのかもしれません。G組以外の別の対抗勢力の仕業、という線もありますね」

「姫の言う通りかも」

「A組を憎んでるB組とかぁ?」

「ヘイ! ショウミーを信奉するD組はどうだろうか? 時として、愛は凶行に走るとも言うしね!」

「よし、その線で調べてみるか。ソフィア、頭の中を読み取るデバイスはいくつある?」

「二つあるよぉ」


 ソフィアはロッカーに走り、SF映画に出てきそうな光線銃らしきデバイスを取り出した。一つは俺が、もう一つは宮野に持たせる。


「B組への聞き込みは宮野と大夏津に任せる。D組は俺達が向かう。G組のお前らには他クラスに聞き込みを頼みたい。そもそも可能性が薄いんだ、ソフィアデバイスは必要無いだろう。次の休み時間で聞き込みを終わらせるぞ!」

「「「了解!」」」


 間も無くチャイムが鳴る。午前のうちに居所は掴みたい。そして放課後までに天照を救出し、選挙期間が終わるまでに平穏を取り戻す。


 そうだ、俺はまだ諦めていない。一年G組、そして月川派閥の勝利をな。


 気合を入れろ、栗東院悠里。


 アイツはきっと、戻ってくる。



               ♀ ♂ ♀



「B組はダメだったわ」

「D組も同じくだ」


 当然この二クラスでさえダメなのだから他のクラスも同様の結果だった。


 この結果を受け、A・G組の空気はひどく重くなっていた。もう見つからないんじゃないか、そもそもソフィアの科学力を以てしても見つけられない探し物を足で探し出そうなんて無謀極まりない。


「悠里ぃ、ちょっと相談があるんだけどぉ」

「どうしたソフィア」

「一時間、ソフィアに時間をくれないかなぁ?」

「見つけ出せるのか?」

「分からない、だけど思い付いたことがあるんだぁ」


 ソフィアはITに於いては天才だ。いつも俺達の想像を遥かに超えたトンデモ技術を生み出してきた。


 しかし今回ばかりは、俺達どころか人類の科学力そのものを超越するかのような提案だった。


「過去に飛ぶんだよぉ」

「……聞かせてくれ」

「もちろん実際に過去に飛ぶ訳じゃ無いよぉ。GPSの位置情報は基本的に現在の位置を教えてくれるでしょぉ? そのプログラムを書き換えて、それまでに辿ってきた場所の情報を提供させるんだぁ。そうすればいつ、どの時点でGPSを切られたのかが分かるから移動先も予想できると思うんだぁ」


 俺は宮野に視線で意見を仰ぎ、彼女は頷いてくれた。俺はソフィアに視線を戻して頷いた。ソフィアはスマートフォンを握り締めて教室を出た。


「栗東院、一時間待つとはいえその間何もしないなんて我慢ならないわよ」

「その通りです。この間にも私達に出来る事を探すべきかと」

「もちろんだ。俺は今から栗東院家に協力を仰ごうと思う。安心しろ、秘密は守らせる。他のみんなも実家の協力を仰げそうならそうしろ。あくまで秘密裏に行動できるかどうかが最低条件だ」

「「「おう!」」」


 俺は廊下に出た。電話の内容を他の奴らに聞かれないようにする為だ。


 スマートフォンの連絡先の中から〝親父〟をタッチし、そのまま電話を掛けた。


 三度掛け直し、ようやく親父は電話に出た。


「俺だ。親父、調べてほしいことがある。は? 忙しいだと? おい待て、これはヤマジョでの戦いに大きな影響を及ぼす内容だ。……それでも、残りの仲間が戦いを続けるだろ。おい待て親父! 親父!」


 切られた。あっけない。なんと細く脆いパイプかと溜息が零れた。


 親父の対応には腹が立つ。俺をこんな場所に送り出したのは親父の一存だった。ヤマジョでの戦いが始まってからは俺の頼みは全て叶えてくれた。全ては男性政権を取り戻す為だからだ。俺はそこに私情を挟まなかったし、俺個人の願いなど含めなかった。あくまで勝利の為に必要な場合のみ親父を頼った。そうして三年間もの間、俺はスカートを履くという屈辱に耐えながら戦い抜くつもりだった。


 それがまああっけなく散ろうとしているのだが。敗色濃厚と分かった途端に親父は一切の連絡を取ろうとはしなくなった。それまでは毎日俺に電話を掛けてきていた。経過を報告しろ、と言われても毎日状況が変わるようなものでも無いのに。自分勝手な男だ、親父は。


 それでも、今頼れるのは栗東院家しか無い。これ以上はどれだけ頭を働かせようが打つ手が無いのだ。にも拘らず親父は俺を見放すように電話を切りやがった。それから何度も電話を掛けたが繋がらなかった。


「クソッ!」


 俺は無力だ。親父の協力が無ければただの人だ。美鶴の気持ちが今になって理解出来た。神代さん程では無いが、偉大な父を持つ俺は、どこか全能感のようなものを感じていた。それは気のせいだったのだ。


「クソ二世共と同じじゃねえか……」


 親の力を自分の力であるかのように勘違いしていた。親父に見放されたから無力になったのではない。俺は元々無力な男だったのだ。それにこれまで気づかずにいただけで、驕り高ぶっていたのだ。何と恥ずかしい男だ、何と愚かな男だ。


 それでも俺は、使える力は使う。


 今俺に出来る事はそれだけなのだから。


 この先は俺自身が力を得られるように努力しよう。ソフィアが科学と近い距離で生きてきたように、夜一が日々鍛錬を続けたように、渚が己の美を追い求め続けたように。


 だからこれは、俺が栗東院の力を使う最後の一回だ。


 俺は連絡先の中から〝執事〟を探し電話を掛けた。


「俺だ。頼みたい事が……。……何だと? いや、俺は何も聞いていないぞ。ああ、そうか、分かった。いや、それはもう良いんだ、ありがとう」


 俺は切断ボタンをタッチし、足早に教室へと戻った。


「どうだった?」


 宮野を無視して俺は教壇に上った。


「みんな、聞いてくれ。天照の誘拐事件、俺はどこか他人事だと思っていた。A組に恩を売れると思っていた。これを解決すればG組の信頼を完全に取り戻せると思っていた。だが、事はそんなに易しい話では無かったのかもしれない。これは他人事から俺の事に変わった。そうだったのかもしれないというヒントが得られた。しかし確証はまだ得られていない、だからこれ以上の話はまだしない。とにかくソフィアを待とう。それでようやく答えが見えそうだ」


 クラスメイト達と大夏津はぽかんとしていた。宮野は何となく察しが付いたようだった。


 ソフィアを待つ間、クラスメイト達の実家にも協力を仰いでもらったがあえなく全滅だった。どの親も同様に「今、栗東院家には関わるな」と述べていたらしい。それでほとんど答えは出たようなものだ。


 四十五分後、約束よりも少しだけ早くソフィアが戻ってきた。


「解析完了、栗東院家の前でGPSが切れてたよぉ!」


 これで、証明も完了だ。


「お前ら、準備は良──」


 ────ガラリ!


「僕も行く。これは僕の戦いだったらしい」


 アイロンの掛かった綺麗な制服に身を包んだ美鶴がそこに居た。


「詳しくは聞かねえ、そんな時間もねえ。良いかお前ら、これは天照を救う為だけの戦いじゃなくなった。もしかすると未来の政治生命を生まれる前から摘んじまうバカげた戦いなのかもしれねえ。だが、ここで正しい事を為せない者に日本の未来を背負う資格など無い! 確かに俺の家、栗東院家は政界でも強い影響力を持っている。女性政権が樹立して数年が経った今も、男性政治家の最後の砦と呼ばれ旧時代の勢力を束ねている。だがそんなもん知った事か。過去に囚われんな、未来は俺達若者が作っていくんだ。だから俺の親父だろうと、俺の家だろうと何も遠慮することはねえ、臆することはねえ」


 俺は美鶴を一瞥し、言葉を続けた。


「俺達には大和守美鶴が居る。政治家になるとは思えねえ大甘ちゃんだ。だが、俺達の未来はコイツが切り開いてくれる。旧時代の首魁をぶっ飛ばすにゃ適役だとは思わねえか? これより栗東院家に殴り込みを掛け、天照を早急に救出する」


 息を大きく吸い込み、腹に力を込めて叫ぶ。


「敵は栗東院家に在り!」


 親父への宣戦布告など必要無い。だって俺は十五歳、反抗期真っ只中なのだから。



 かくして、栗東院悠里の最後の戦いの開戦の狼煙が上がった。



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ヤマジョ漢乙女政戦~女子校に潜入学したらクラスメイトは全員男でした~ R(oo)M(ee) @RooMee316

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