第16期「共同戦線と淑女達」
選挙期間は終わり、いよいよ投票日となった。
そんな日の朝、俺はG組の教室で荷物をまとめていた。教室はクラスメイト達の私物で溢れていた。俺も同じく携帯ゲームや漫画、ボードゲームなど、自室に収まりきらない私物は教室のロッカーに置いていたのだ。長期休暇前、俺は一週間かけて荷物を小分けに持ち帰る賢い子供だった。だがどうしてか今回はそれができなかった。理由は分かっている。寂しかったのだ。短い期間ではあったが仲間達と過ごしたこの教室に対して、俺の想像を超えるほどの思い入れがあったのだ。荷物を回収してしまえば本当にここを去るのだと実感してしまうから、何かと理由を付けて後回しにしてきたのだ。
だが今日でタイムリミットだ。
日乃本会長には、せめてこの選挙の結末を見届けさせてほしいと頼んだ。彼女は考えることもせず即断で俺のわがままを許してくれた。きっと総理大臣になる人だ。器の大きさがよく分かった。それに対して、何と俺は小さな人間なのだろうと思わされもした。
やはり手は進まなかった。教室に持ち込んだ私物一つ一つに思い出がある。
例えば携帯ゲーム機。昼休みや放課後、クラスメイト達と対戦ゲームで遊んでいた。あの美鶴がゲームは上手かったのは腹が立った。ちなみに夜一は現代の男子高校生とは思えない程にゲームが下手だった。負けが込むあまり俺が貸したサブ機を叩き割られた時は殺意が芽生えもしたが、今思えば良い思い出だ。
こっちのボードゲームも好評だったっけ。駒を自分に見立て人生を体験するゲームだ。何度か回していればどうしても飽きてしまうので、マスの中身をオリジナルの文面に書き換えて遊んでいた。突如スーパーパワーに目覚め、CIAから追われる身となる。逃走費用の為に散財、百万円支払う。妻が実は引退したAV女優だった。現役時代に稼いだ貯金が発覚し、夫婦共有財産となる。一千万円手に入れる。栗東院家が没落する。悠里はプレイヤー全員に一億円ずつ支払う。イカれてやがる、この人生ゲーム。だが何度遊んでも盛り上がった。それはきっとゲームが楽しいからじゃない、アイツらと遊ぶのが楽しかったからだ。
そういえば俺は、幼少期から友達と呼べる人は一人も居なかった。近寄ってくる者は皆、栗東院という名前に引き寄せられていた羽虫のような奴らだった。だがG組は違った。栗東院だからと言って容赦はなく、遠慮なく罵倒や拳が飛んでくる。地獄のように楽しい日々だった。
「あれぇ、悠里ぃ。早いねぇ」
「グッモーニン、ユーリ! 荷物をまとめているのかい?」
「おはよう、栗東院殿。良ければ手伝おう」
「助かる」
ソフィア、渚、そして夜一。バカが一人足りていないが、こいつらとは特に仲良くなれた。きっとこいつらとなら政界に出ても思いっきり戦えた、そんな叶いっこない未来まで想像してしまう。ダメだな、思いの外エモーショナルになってやがる。
「あの放送からさぁ、思ったよりG組の信頼、回復したよねぇ」
「イエス! これなら今日の選挙も案外勝てちゃうかもね!」
「ああ、後は祈ろうぞ」
バカな奴らだ。今回はどうしたって負けだ。だがそれで良い。俺があんな事をしたのは今勝つ為じゃない、いつか勝つ為の布石だ。これから少しずつ信頼を取り戻していき、最終的に勝てば良いのだ。
「ああ、勝ったら俺の家でパーティーでもするか!」
それでも俺は軽口を叩きたい気分だった。
それから少しずつクラスメイト達が登校してきた。みんなが手伝ってくれたのだが、いつの間にか引っぱり出したボードゲームで遊び始め、結局荷物はまとまり切らなかった。残りは放課後にでもゆっくりやるしかない。
────ガラリ!
「このゴキ畜生共が!」
突然ドアが開かれ、宮野が現れた。
「皆様、覚悟はよろしいですね?」
後ろから大夏津も姿を現す。
「良いわ、姫。皆殺しよ」
宮野の言葉を合図に大夏津がたった一歩で教室の中心に移動し、一呼吸の間にクラスメイト達が地に伏せた。
「おい何のつもりだ宮野」
「それはこっちの台詞よ。遂に一線を越えたわね」
「待たれよ宮野殿、吾輩達が何をしたというのだ?」
「しらばっくれるおつもりですか?」
大夏津の拳が夜一に迫り、夜一は両腕でガードを固めた。しかし夜一は勢いに負け黒板まで吹き飛んだ。
「に、逃げようよ悠里ぃ」
「イエス! ボクの美しい顔がグチャグチャにされてしまうよ!」
「逃がしませんよ?」
大夏津の瞬歩で退路を塞がれ、もう片方のドアにはいつの間にかA組生徒が集い塞がれていた。
「さあ、おとなしく吐きなさい!」
「吐けるもんは全部吐いただろ。これ以上何を望む?」
「よくもまあそんな白々しいことが言えるわね……」
宮野の眉間に皺が寄る。折角綺麗な顔をしているんだから作り笑顔を浮かべていれば良いものを。なんて余裕をこいてられる状況でも無いのは明白だ。まずは事態の把握が先決だろう。何せ本当に後ろめたい事など無いのだ。何を疑われて暴力を振るわれているのか全く分からない。クラスメイト達が独断で何かをやらかしたとあっちゃ仕方無いが、俺に何の報告も無いとは思えない。そもそもソフィアによってクラスメイト達の動向はメッセージアプリも含めて監視されているのだ。
やはり、濡れ衣だ。
「落ち着け宮野。まずは話をしよう」
「時間稼ぎのつもり? その手には乗らないわ。早く級長を返しなさい!」
「天照? 本当に何のことだ?」
「この下衆が……っ!」
「待ちなさい姫」
目前にまで迫っていた大夏津とその拳は宮野の一声で止まった。
「まさか、アンタ達じゃないっていうの?」
「そうだ、どうしたって勝ち目の無い俺達が今更どうこうする意味も無いだろ」
「盗撮をバラされた腹いせに、とは考えられない?」
「それならあんな放送をして俺がヤマジョを辞める訳が無い」
宮野は言葉を継げず、黙りこくった。
なるほど、何となく読めてきた。
「誘拐されたのか?」
「誘拐ぃ?」
「誘拐であるか!」
「オーマイガー!」
「分からない。だけど連絡も取れず寮の自室にも居ない、級長の身に何かあったとしか思えない」
「実家に帰ったんじゃないか?」
「いいえ、聞いてはみましたが帰って来ていないとのことです」
そうなると誘拐という発想に至っても仕方あるまい。
「残念だったな、この件に関してG組は一切関与していない。おとなしく警察に行け」
「それはできないのよ」
「何故だ?」
「級長のお母様は現職総理よ? 娘が誘拐されただなんて知られたらマスコミが集う。いずれ天照政権を継ぐべき私達が天照乙女の治世の邪魔なんてできないのよ」
分からないでもない言い分だな。親父もきっと、俺が誘拐されようと栗東院家直属の部下に全てを任せて自分の仕事に集中するだろう。
「栗東院殿、助けてやることは出来ないだろうか?」
「俺達が? 何の為に?」
「ソフィアも夜一に賛成だよぉ」
「ミートゥー、見て見ぬふりなんて胸糞悪いしね」
クラスメイト達も同様の意見だった。
「正気かお前ら? 今しがたボコボコにされた相手だぞ? それだけじゃない、政敵に手を貸して何になる? ここを去る俺からの最期の助言だ、敵に塩を送るな」
「ならば、ここを去る栗東院殿への最後の嘆願だ。十字架を背負った吾輩達にせめて善を為させてはもらえぬか?」
またしても皆、同様に俺を見つめていた。
クソが、考えてもみろ。ここで天照乙女の娘を消せたら男の勝利に一歩近づくだろうが。もっと長い目で物事を見ろよ。そもそも俺達が信頼を失った直接的な原因は何だ。俺がヤマジョから追い出されるに至ったのは誰のせいだ。A組だろうが。なのにどうして助けてやらなくちゃならないんだ。そんな義理も無い、助けるメリットも無い。A組は手をこまねいているうちに少しでも票を集めれば良い。もしくは勝利に近いB組に近寄って協力関係を結べば良い。俺は断固として反対だ、手を貸すべきではない。
だけど美鶴、お前なら助けるって言うんだろ?
「分かった、A組に協力しよう。天照を探し出し救出する。最優クラスのA組と俺達G組が手を組めば勝てない相手など居ない。ヤマジョを出る今日という日、負ける戦なんてごめんだ。何が何でも天照を助け出し、美鶴の墓に勝利の錦を飾るぞ!」
「「「おう!」」」
こうして、選挙など関係の無いA・G共同戦線が張られたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます