第15期「栗東院悠里」

 美鶴の居ないヤマジョはいつも通りだった。


 いつも通り授業が行われ、休み時間には廊下に淑女が蔓延り、昼休みには食堂が良い匂いで包まれ、放課後には候補者とその応援者達による選挙活動が行われる。


 ヤマジョのこの世代の主役は俺達だと思っていた。女の園に潜入した男という異端分子が大立ち回りを演じ、華々しく勝利を飾る。いずれこのクラスから生徒会長を輩出し、卒業時にはG組が最優秀クラスとして大和大学への推薦を勝ち取る。その先はこのプロジェクトのネクストフェーズとして、改めて親父と作戦を練るのだ。そして大々的に政界へと進出する道を作り、男性政権を取り戻す。


 簡単なはずだった。政界でもない、日本どころか世界中の優女が集う大学ですらない。たかが高校での戦いでこの栗東院悠里が負けるはずが無いのだ。


 それが現実はどうだ。たった一度の過ちを取り沙汰され全ての票を失った。一年目で、だ。二年次年度末の生徒会長選挙くらいは本気で戦おうと思っていた。やはり最優秀クラスの座を勝ち取れるかどうかは未来を左右するからだ。


 そうだ、俺の甘い考えのせいで足元を掬われたのだ。クラスメイト達はよくやってくれた。俺の駒として文句も言わず動いてくれた。彼らに責任は無い。だからこそ、俺に覆い被さる責任が大きいのだ。ヤマジョでの男の敗北は俺のせいだ。政治家にとっての責任の取り方なんて一つしか無い。


「どうしたのだ栗東院殿、浮かない顔をして」

「夜一か。バスケ部に出なくて良いのか?」

「ご冗談を。今更バスケ部にG組の居場所など無いではないか。テニス部も同様だと聞いておる。もうこのヤマジョに、吾輩ら盗撮魔の居場所など存在せぬのだ」


 夜一の言う通りだ。もう俺達に居場所など無い。俺のせいでこいつらに居場所を失わせてしまったのだ。


「夜一、実家に帰るか?」

「何を唐突に」

「お前は次元流空手道場の唯一の息子だろ? こうなってしまえばヤマジョに残る意味も無い。それなら実家に帰って空手に打ち込めば良いだろ」


 夜一の実家は唯一政治となんら関係の無い家だ。腕っぷしの強さと顔の良さを買い、俺の親父がスカウトした。このご時世だ、前時代的な空手道場に需要など無い。空手道場としての経営が立ち行かなくなっていたところに札束を見せれば、すんなりと一人息子を貸し出してくれた。ただし期限付きで、だ。高校三年間、これが終われば夜一は次元流空手の跡継ぎとして実家に帰る。


 身もふたもない事を言えば、夜一が選挙戦で頑張る必要など無いのだ。


「吾輩は次元流空手の跡を継ぐ、それが唯一の道だ」

「だろうな」

「と、思っていた」


 夜一が俺を見つめていた。ようやくその視線に気付けたのは、俺がさっきまで夜一を見ていなかったからだ。罪悪感を抱いていた。夜一だけに対してじゃない。クラスメイト全員に対して、一大決心をしてヤマジョに潜入した彼らの覚悟を無為にしてしまった。それに対して、俺は申し訳なかったのだ。ははっ、俺も案外人の子だ。


「栗東院殿と栗東院殿が道場にやって来たあの日」

「俺と親父、で良いんだよな?」

「吾輩を外の世界へ連れ出してくれた。それまでは、何と申せば良いのか、自由であった」

「良いじゃないか、自由」

「しかしその自由とは、偽りの自由である。責任など持ちえず、全てを与えられるだけの、一人の人間として不自由な自由であった。ヤマジョに来てからの日々は、本当の意味で自由であった。栗東院殿と大和守殿が先頭に立ち、吾輩はその背中を追いかけた。しかし、ヤマジョには選挙がある。吾輩にも、日乃本会長と同じ重さの一票を持っておるのだ。この一票が無条件にG組の勝利へと還元されるべきではないと思っておる」

「ご立派なこって」

「吾輩は今でもG組級長に票を投じるつもりである」


 バカだ。この男は真正の大バカ者だ。もうG組に勝ち目は無い。そんな死に票を投じるよりも、他の信用できる候補に投票すべきだ。自分への恩恵が少なからずある、そんな候補を探すべきなのだ。


 とにかく、G組への票は無駄なんだ、夜一。


「吾輩は三年間しか共に過ごせぬ。なれど、せめて、せめて三年間は共に戦わせてはくれぬか?」


 和風美人から熱い視線を送られる。世の男はそれだけで下半身が熱くなっただろう。


「ソフィアと渚を呼んでくれ」

「御意」


 だが俺は、左の胸がじんじんと熱を持った。


 ははっ、俺も案外男の子だ。



               ♀ ♂ ♀



 その夜、学生寮全室のテレビが一斉にジャックされた。


「こんばんは、一年G組級長代理の栗東院悠里です。この度は、先日報道されたニュースについてお話しさせていただきたいと思います。


 先日、一年G組の生徒がテニス部室にて生徒の着替えを盗撮していた様子を映した映像が公開されました。まずは、そのような生徒に不安を与える疑いのある行いをしてしまったこと、心より謝罪いたします。


 今回このような放送を行うに当たり、我がクラスの級長が欠席していることについてはどうかご容赦ください。これは私の一存で決めた事であり、本人には了承をいただいております。


 件の映像に関してですが、あれは盗撮行為の証拠で間違いはございません。既に使用したカメラ、それぞ保存したパソコンは全て、生徒会の皆様にお渡ししました。また、あの映像を持っている恐れのある生徒のデバイスは全て押収し、生徒会の元でデータの削除を行っていただきました。つきましては、映像のコピーが存在しない旨は日乃本会長本人より確認をしていただいております。ですのでテニス部員の皆様はご安心ください。決して、インターネット上に映像が流出することは無いと断言させていただきます。


 あのような行為を行った経緯についてお話しさせていただきます。あの行為を行ったのはおよそ一ヶ月前です。丁度、生徒会に出席する一年生代表を選出する級長会議が執り行われる直前の時期でした。私は何としてもG組の級長を一年生代表に選出させるべく、他クラスに取引を持ちかけました。その裏工作の一環として、私の指示により彼女らはあのような行動を取ったのです。クラスの中には私の考えた策を否定する者も居りましたが、強引に通しました。


 大和女子高等学校に所属する皆様にとって、一年G組は敵だと思われていることでしょう。しかしそれは違います。責任は私、栗東院悠里にあります。ですから皆様、どうかクラスメイト達を許してはいただけないでしょうか。彼女らは皆、清く正しく美しくあろうと日々過ごしております。一度失った信頼を取り戻そうと、朝は校内の清掃を自主的に行い、夜は自室で反省文をしたため教師に提出しております。ここは選挙という信頼を目に見える形で表すシステムのある先進的な学校です。だからこそ、自らの過ちは自らに帰ってくる。それをよく理解しているのです。


 約束します、二度と彼女らは過ちを繰り返しません。ですからどうか、一年G組に所属する私以外の生徒に対し、誹謗中傷や人格を否定するような接し方を辞めていただけないでしょうか。そしてもう一度、生まれ変わった一年G組に対して公平な視点を持って、清き一票を投じる価値があるのかどうか考えてはいただけないでしょうか。


 当然、言葉だけで想いが伝わるなどという甘い考えは持っていません。


 私、栗東院悠里は、本日を以て大和女子高等学校を自主退学いたします。


 どうか、私が居なくなった一年G組を皆様の目で確かめていただきたい。私はそれを外側から眺めさせていただきたく思います。


 本日は皆様の貴重な時間をいただき、誠にありがとうございました。


 以上で放送を閉じさせていただきます」




 僕はいよいよ、全てを失ってしまった。

 そう思い、ベッドから動けなくなってしまった。



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