第12期「栗東院家と淑女達」

 翌日の夜、僕達は絢爛豪華なパーティールームでただ飯を食らっていた。


「この肉うめぇぞ!」

「寄越せコラ! 寄越せコラ!」

「ヤマジョの食堂の飯は少ねえからな! 今日はたらふく食うぞ!」

「淑女の偽装がなんぼのもんじゃい!」


 大きすぎるテーブルが十以上。その全てに色とりどりのご馳走が所狭しと並んでいる。


「悠里、やっぱり申し訳ないよ。せめてご両親に挨拶くらいさせてよ」

「良いんだよ。親父は帰って来てねえし、お袋はまあ、うん。引きこもってるから」

「それにしても凄いよねえ。選挙運動の援助で分かってたけどさ、本当にお金持ちなんだね、栗東院家って」


 言いながら部屋の内装を見渡す。ヤマジョの食堂に匹敵するほど広い部屋に、天井には大きなシャンデリアがある。壁にはどこかで見たことがあるような絵画がいくつも飾ってあり、床は如何にも高級そうな絨毯が敷かれている。


「お前の家は違うのか?」

「僕の家は普通だよ。港区にあるごく普通の一軒家」

「俺が言うのも何だがな、港区に持ち家があるなんて金持ち以外の何物でもないぞ」


 と言ってもそこは父さんの持ち家だ。父さんが総理を辞職するまでは二十三区外の郊外にあるおじいちゃんとおばあちゃんの家で暮らしていた。


「俺の親父はいろいろやっていたらしいからな。政治家になる前に稼いだ金が有り余ってたんだろ」

「悠里のお父さんって政治家になる前、何をやってたの?」

「知らん、頑なに教えてくれなかった。だが清く正しく美しいヤマジョとは正反対の何かだろうな」


 汚く悪しく醜い仕事ってなんだろう。マイチューバ―を炎上させる仕事とか?


「なあ、美鶴」

「どうしたの? そんな面白くない顔をして」

「真顔が面白かったら損だろ。……後半戦、どうなると思う? いや、違うな。第一回学年別選挙の後半戦、G組級長としてどう戦いたい?」

「どう戦いたい、か……」


 今日の昼休み、新聞部による中間調査の結果が発表された。C~F組は選挙戦に端から参戦していない為、〇パーセント。剣派閥に属するB組は苦戦し十二パーセントと低迷。館花派閥に属するA組が四十三パーセント。そして残りの四十五パーセントが月川派閥に属する僕達G組への支持だ。


 つまり、前半戦は僕達がリードしているのだ。


「ダブルアイドル戦略でリードしてる訳だし、やり方を変える必要は無いんじゃないかな」

「まあ、それが普通だよな。だがあの宮野がこのまま何もしないとは思えない……」

「ねえ、もしかしてなんだけど」

「何だ」

「悠里って宮野さんが好きなの?」

「…………ハァ?」


 僕だって恋愛初心者ではない。これまでに数多の女の子の心を射止めてきた。幼馴染のあの子も、クラス委員長のあの子も、空から降ってきたあの子に女魔導士のあの子だって。


 そんな僕に言わせると、対立する男女は往々にして最後は結ばれると相場が決まっている。その方程式に当てはめれば間違いなく悠里は宮野さんが好きなはずだ。


「あのなぁ……。言っちまえば宮野は敵陣営の軍師な訳だ。お前達が戦場で刃を交わしている時、俺とアイツはそれらを神の視点から見て動かしているんだ。だからA組との戦いは俺と宮野の戦いなんだ。意識するのは当然だろ」

「そんなむきになって早口で言われると余計に信憑性が増すんだけど」

「フン、誰があんな女……」


 悠里がイライラしているのが足元に現れている。BPM二百の八ビートを刻み始めた。


「ごめん悠里、トイレに行ってくるよ」

「ああ、廊下をまっすぐ進んで二番目の十字路で右に曲がって次のT字路で左に曲がりまっすぐ進めば左手に階段があるからそれを降りると目の前にエレベーターホールがあるから右側のエレベーターに乗って二階に昇り渡り廊下を渡って大きな本棚があるから赤い背表紙の本を押し込んで──」

「みんな! 悠里は宮野さんが好きらしいよ!」

「部屋を出て右手だ!」


 初めからおとなしく教えてくれたら良いものを。


 第六パーティールームを出るとすぐ右手の廊下に扉が二つあった。困ったな、部屋を出て右手としか教えてもらってないからどっちの扉がトイレなのか分からない。当てずっぽうで扉を開けようにも、もしトイレではない方の扉を開けてしまえば栗東院家のプライバシーを侵害してしまう。


「ダメだ、考えたって分かる訳無いし何より膀胱の限界が近い!」


 僕は二分の一の勝負に出た。


「階段……?」


 扉を開くと地下へ続く階段があった。


 ここでまた、選択に迫られる。一般常識の枠内で考えれば地下にトイレがあるはずが無い。だからこの扉はハズレだと考えるのが普通だ。


 だがここは栗東院家だ。一般常識の枠内で考えればパーティールームは六つも必要無い。なのにここにはあるのだ。そんな常識を超えた栗東院家なら地下へ続く階段の先にトイレがあっても何らおかしくはない。


 つまり、今僕に迫っている選択とは、この階段を降りるか、戻ってもう一つの扉を開くか、この二択だ。


「やばい、膀胱が……っ!」


 迷っている暇は無い。この年になってお漏らしなんてしてみろ、クラスメイト達から三年間笑い者にされる。いや、この三年間の政治戦争が上手くいけば卒業後も大和大学で共に戦う。更にその先には僕達の本番とも言える、政界が待っている。つまり僕は死ぬまでバカにされ続けることになるのだ。


 僕は階段を駆け下りた。戻っている余裕などない。一段抜かしで駆け下りた。


「間に合ったぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! …………えっ?」


 一本道の地下廊下を走り抜け、辿り着いた扉の向こう。そこに広がっていたのは現代日本社会にあるまじき光景だった。


「これって、拷問部屋……?」


 ベルトの付いた椅子、壁に掛けられている無数の凶器。


 ズボンが湿っているのも気付かずに、僕はそこに立ち尽くしていた。



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