第11期「らぶみちゅと淑女達」
「月の川って、お調べよ!」
さすがのG組生徒でも凍り付いた。
「なんだよ~。折角月川先輩がお手本を見せてあげたってのに~」
「そうだぞお前ら。本心を隠して相手を気持ちよくさせるのも政治家の必須スキルだぞ」
この場で最も本心を隠せてないのはお前だ。
とはいえ月川先輩も紛う事無き美少女だ。そんな彼女がキャピキャピしたアイドル衣装に身を包んでいる。それだけで盛り上がれるはずなのだ。
「だけど何だろう、絶妙な〝足りなさ〟があるんだよね……」
「分かってますよ~だ。どうせ私には華がありませんよ~だ」
「だからこそだ。ソフィアをセンターに、美鶴と夜一を添える。相手が二人ならこっちは三人だ」
僕は自分の身体に視線を落とす。白いセーラー服をベースとし、各所にオレンジ色が散りばめられているアイドル衣装。ちなみにソフィアはピンク、夜一は薄い緑だ。
「でも本当に僕達で良かったの? 歌唱力なら月川先輩の方が上だし、A組のようなダンスは踊れないよ」
「大丈夫だ。向こうがK―POPならこっちは日本のアイドル。パフォーマンスのクオリティで勝負をするつもりは無い」
日本のアイドル文化に詳しい訳では無いけどぼんやりとしたイメージならある。パフォーマンスは二の次、あくまでファンとの距離感や成長ストーリーを大事にしている。握手会で心の距離を縮め、バラエティ番組で個性を売り出す。そういう意味では模倣しやすいとも言えるだろう。
「何はともあれ個性だ。キャッチ―な自己紹介で記憶に残す。上手く推しになれたら票も入れ食い状態になること間違い無しだ」
「なるほど、だから月川先輩のあの……面白いお手本だったんだね!」
「しかしあのような滑稽な真似は……」
「ちょっとバカっぽすぎないかなぁ?」
「よ~し、先輩泣いちゃおっかな~」
折角僕が言葉を濁して言ったのに、バカ二人のせいで台無しだ。
「バカで結構。何せオタクはバカだからな、レベルを合わせてやれ」
「悠里、その言い方は流石に……」
「安心しろ、自虐だ」
悠里の秘めたる趣味が垣間見えた。弄ってやりたいけど後が怖いので止めておこう。
「ヘイ、ユーリ! 新たなユニットを出すのは良いけど、ボク達はどうなるんだい?」
「放っておかれちゃ少しだけ寂しいな」
アイドル衣装の王子様二人が横槍を入れる。
「心配するな、ぷりプリも並行してライブを行ったり宣伝活動を続けるつもりだからな」
僕も一安心だ。ぷりプリは既に圧倒的な人気を得ている。僕達が失敗してもあの二人が前を走っていてくれるなら心配は無い。
「さて、もうすぐ開演予定時刻だ。頼むぞお前ら」
悠里の視線が僕、夜一、そしてソフィアに向けられる。
自信なんてありやしない。でも任されたからにはやるしかないんだ。それに女の子アイドルで対抗するという案を出したのは僕だ。言い出しっぺなんだから後に引けない。
「行ってくるよ!」
ステージ脇の階段を力強く駆け上がり、僕達三人は熱狂の中へ飛び込んだ。
ステージ上から見る景色は壮観だった。おそらくはぷりプリ目当ての観客がほとんどだろうが、それでも僕達が姿を表せば歓声が響き渡った。その声々が僕に勇気をくれる。ふと胸に手をやると、いつもより早く脈打つのが分かった。
そうか、僕、高揚してるんだ!
今分かった事がある。僕はきっとアイドルになる為に生まれてきたんだ。世の中に愛と元気を振りまく偶像、そう思えば総理大臣と似ている。いや、総理大臣とはアイドルの事だったんだ。つまり父さんもアイドルで、ヤマジョはアイドル養成学校みたいなものだ。辻褄が合った。だからヤマジョには美少女が多いんだ。かつては入学試験での顔採用を疑ったが、アイドルを生み出そうとしているならばそれも当然だ。そうあるべきだ。
父さん、僕、アイドルになるよ!
「はじめまして!」
「私達……」
「〝ちぇり~とらいあんぐる〟だよぉ」
ソフィアがユニット名を名乗ると、それに呼応するように観客のボルテージも高まる。
「す、すごい! ペンライトの色が変わっていく!」
ぷりプリ二人のメンバーカラーである水色と黄色に染まっていた観客席が、オレンジと薄緑とピンクの三色へと移り変わっていく。僕達の衣装を見てメンバーカラーを察し、わざわざ色を変えてくれたのだ。流石オタクと言わざるを得ない。
やっぱりオタクはバカじゃなかったんだ!
「えっと、まずは自己紹介だよね。どうしよう、今更緊張してきたよ!」
「一番槍は任されよ。……コホン。皆さん、お初にお目にかかります。ちぇり~とらいあんぐるの侘び寂び担当、次元夜一と申します」
何だその担当は、聞いてないぞ。
「突然ですが、お願いがあります。私が五・七調で詠みましたら「いとおかし」とお声かけくださいますか?」
「「「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!」」」
知ってるぞこれ、コールアンドレスポンスってやつだ。まさか夜一がこんなアイデアを出してくるなんて予想もしてなかった。さては夜一、案外ノリノリだな?
「それでは詠みますね。一面の、かがやく緑~?」
「「「いとおかしぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」」」
爆発音の如くレスポンスが返ってきた。おかげで会場のボルテージもマックスどころかそれ以上。これならきっと校門前広場のA組ライブ会場へも声と熱気は伝わっているだろう。このテンションを落とさないよう、僕もやってやる!
「大和の国に舞い降りた美しき鶴! みんな、らぶみちゅ~!」
会場に静寂が訪れた。夕焼け空にはカラスが鳴き、僕は泣いた。
「ちぇり~とらいあんぐるのスベリ芸担当、大和守美鶴です。よろしくお願いします」
まばらに起こる拍手が僕に追い打ちをかける。頼む悠里、僕をステージから降ろしてくれ。やっぱり僕はアイドルなんて柄じゃない。硬派な政治家として総理大臣になるんだ。
「はいはぁ~い、ちぇり~とらいあんぐるの美少女ロリ担当、ソフィア・桜・スチュワートだよぉ。ソフィアはコーレスなんてやんないよぉ。だからパフォーマンス中に思いっきりコール掛けてよねぇ、よろしくぅ」
「かわいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
「やっっっば、天使じゃんですわ……」
「さっきチラシ貰ったんだけど、ライブ後に握手会があるそうですわよ!」
「で、どこにお金を払えば良いんですの?」
前々からソフィアは可愛らしいと思っていた。ここに来てその魅力が存分に発揮されたみたいで、なんだか僕まで嬉しくなってくる。どうだ、可愛いだろ僕のクラスメイト。男だけど。
「それじゃぁ一曲目『キミと私の恋選挙』、盛り上がっていこぉ」
ソフィアの言葉に合わせてイントロが流れ出す。イントロ中も観客からのコールが掛かり、僕は失いかけていたアイドルへのモチベーションを取り戻す。そうだ、折角プロからレッスンを付けてもらったんだから頑張らなくちゃ!
〝キミの一票くれるなら 私は恋愛大臣です
一生懸命がんばって 世界をハートに染めちゃいますっ!
私が当選したのなら キミはみんなの王様です
やだよ! やっぱり私だけの 王子様でいてほしいっ!〟
「「「ありがとうございました!」」」
我ながら二曲目の『破滅的スキャンダルルル♪』は上手く歌えたと思う。三曲目の『失恋→逆転当選』では足を絡めて転んでしまったけど、観客のみんなは笑ってくれたし応援もしてくれたから結果オーライだ。アイドルも選挙も同じように、応援したいと思ってもらえた者が勝利を掴むのだ。
「上々だ」
「可愛かったね~。まるで本物の女の子アイドルみたいだったよ~」
「まったくだ。こんなアイドルが居れば思わず応援してしまうだろうね」
月川先輩があくどい笑みを滲ませている。王子先輩は「本物の」という言葉が「アイドル」に掛かっていると思っているが、男だとバレていると知っている僕達は「女の子」に掛かっているのだとすぐに分かった。
「それで、どうだった?」
「ああ、偵察に向かわせていた石川達によると、A組のライブ会場まで音と歓声は届いていたらしい。それに興味を持った向こうのファンもこっちに動いたらしいぞ」
「つまりは作戦成功だね~」
「ああ、宮野の悔しがる顔が目に浮かぶぜ」
悠里って妙に宮野さんに対抗心を燃やしている節がある。似たような立場同士、ライバル心でも湧いているのだろうか。もしくは好みのタイプだとか?
「好みな訳あるか」
「心の声を読まれた!? まさかこれも夢なの!?」
「大和守殿、口に漏れておったぞ」
なんだ、びっくりした。夢の中と違って今度は上手くいったっていうのに、それが無かったことにされては困る。念には念を入れて、頬をつねってここが現実だって確信を得よう。
「イテテテテテテ! 何のつもりだ美鶴テメエ!」
うん、ちゃんと現実だ。頬をつねられた悠里は涙ぐむほど痛かったみたいだし、お返しに食らった左ストレートを鳩尾に食らった僕は涙は出るのに声が出ない。
「明日には新聞部による中間調査の結果が出る。見物だな」
夕日に照らされて、悠里の口角が吊り上がった。
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