第10期「アイドルと淑女達」

「ビューティフル、ブリリアント! そしてビューティフル! この白光院なずなに清き一票をよろしくお願いいたしますわ!」


 いよいよ選挙期間が始まった。


 朝から校門前や廊下で選挙運動が活発に行われている。僕達G組を含む月川派閥も同様に、期間中は毎日選挙運動を行うことになっている。


 しかし僕達の選挙運動は少し特殊だ。


「準備は良いかい、ナギ?」

「イエス! オージのファンも落とすつもりさ」


 食堂のテラスに面する中庭広場、そこには特設ステージが設営されている。普段はステージなんて無い。この選挙運動とぷりプリの宣伝の為、栗東院家の人脈と財力を以て緊急で組み上げたのだ。


 巨大なスピーカーからあのイントロが流れ始める。


「「「ぎぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」」」


 この日の為にプロに依頼して作ってもらったアイドル衣装を身に纏った二人がステージに現れる。二人が観客達の視界に入った途端に中庭は熱狂の渦に包まれた。


「楽曲、ステージ、衣装、さすがプロの仕事だね」

「恐るべし栗東院家の力だね~」

「使えるもんは使わなきゃな。……どうした、夜一」


 悠里のワイヤレスイヤホンに通信が入る。相手は校内で宣伝活動を行っている夜一とソフィアからのようだ。


「そうか、分かった。引き続き宣伝を続けてくれ。客層は被ってないだろうし、対策はまた後からにしよう」

「どうしたの、悠里?」

「戦略をパクられた」


 中庭広場に月川先輩だけを残し、僕達は校門前の広場へ移動した。


 校門前広場までの道は淑女に塗れていた。


「やっっっっっば、可愛すぎますわ」

「尊みが過ぎますわね!」

「顔が良すぎですわ……」


 淑女を掻き分け辿り着いた先にあったのは、中庭広場と同じような特設ステージを要したライブ会場だった。


 ステージ脇の巨大なスピーカーからは、現代の売れるポップミュージックの代表格とも言えるK―POPを彷彿とさせるガールズグループ的音楽が流れていた。ステージ上には大夏津さんと宮野さんの二人。僕達のぷりプリと違い、バッキバキのダンスに本格的な歌唱を載せているプロ級のパフォーマンスを披露している。


「上手いな……」

「上手いよね、歌もダンスも」

「違う、戦略だ。ぷりプリのターゲットはオタクだ。同じくアイドルをやるにしても、もっと幅広い客層を見込めるガールズグループ路線で攻めてきやがった。市場の規模で言えば向こうの方が圧倒的に上だからな。タレント人気票の厚さでも数字で負けてる」


 悠里の考えはこうだった。


 韓国のガールズグループはアジア圏に留まらず、エンターテインメントの本場アメリカでも広く受け入れられている音楽文化だ。当然日本でもそれを好むファンは多い。しかも日本国内でのファン層の多くは十代から二十代の女性だと聞いたことがある。女子高生なんてそのど真ん中、女尊男卑の社会だからこそ純粋な女性アーティストの方が大々的にプロモーションされる。そうなれば当然のようにファンが増える。男性的な売り出し方をしているぷりプリよりも、一般受けの良い彼女らの方が人は集うのだ。


「だから言っただろ、宮野は顔が良いってな」

「お前は何を見てるんだ? 大夏津の乳があんなに揺れているじゃないか!」

「ちょっと黙ってくれないか、あの斬新なトラックメイクの素晴らしさに浸れないだろ」

「「「みこ様を出せ」」」


 健全な男子の中におぞましいオーラを放っている狂信者が居たな。


「ごきげんよう、大和守美鶴さんですね?」


 後ろから僕の名を呼ばれ振り返る。


「二年A組級長の──」

「館花先輩だな、お噂はかねがね。これはアンタの仕業か?」

「いいえ、ステージに立っている宮野さんの案です。彼女の企画書を精査し手を加えたのは私ですが」

「宮野か…… しかし驚いたな。館花先輩がタレント人気票に手を出すとは思わなかった。アンタは昨年度、正統派候補として堅実に票を固め勝利したはずだ。何故こんな案を通したんだ?」

「らしくない、ですか? 何せ今年は王子先輩と調さんが手を組んだ。一筋縄でいかないのは予想が出来ます。旧時代の王道戦法で勝てるなどとは思いませんから。政治家は国を牽引する、国そのものが日々進歩を続けているのですから、私もアップデートを続けなくてはならないのです」


 この言葉だけで、館花先輩はとても真面目で柔軟な考えの持ち主だと分かった。父さんを通して見てきた政治家達は頭の固い人が多かった。天照乙女のように新たな時代を切り拓く人材は旧い人間からすればイカれているが、国民に近い価値観を持っている。女尊男卑を肯定はできないが、僕が女性なら彼女のような革命家を支持したことだろう。


 館花先輩はそういうタイプの政治家なのだ。


「美鶴、おはよう」

「あっ、天照さん。天照さんはステージに立たないの?」

「わたしは、美鶴だけのアイドル、だから」

「ステイ、ステイだ。どこから出したか分からないが手に持つ凶器を収めよう。うぉっと! D組の皆さん、これは何かの間違いです。僕は決して天照さんを独り占めしようなんて傲慢で強欲な人間ではありません。ですから釘バットを振り回さないで」


 G組のクラスメイト達は何だかんだ言って僕の言葉に従ってくれる。しかし天照さんを信奉する彼女らと僕の間に絆なんて無い。だからこうやって殺意を隠しもしなければ収めるつもりも無いようだ。


「G組もアイドルやってる、そう聞いた」

「そうなんだ。三年の王子先輩と渚がデュオユニットを組んでるんだ。毎朝毎夕ライブをやる予定だから観に来てよ」

「そんなことより、わたしの部屋で美鶴とツーショットチェキ会、したい」

「石川バリア!」


 狂信者の釘バットに仲間が倒れた。おのれ悪魔め、大切な仲間の仇はいずれ……!


「ありがとうございましたー!」

「また、観に来てくださいね」


 いつの間にかライブが終わっていた。スマートフォンで時間を確認するともうすぐ予鈴が鳴る時間だ。朝の選挙運動はここまで、続きはまた放課後だ。


「美鶴、わたし、選挙終わるまで部活に出られない」

「僕もだよ。選挙が終わったら思いっきりテニスで汗を流そうね!」

「汗なら、ベッドの上でも流せる」


 後頭部に鈍い衝撃が走り、次に目を覚ましたのは放課後だった。



               ♀ ♂ ♀



 教室の蛍光灯がまぶしい。保健室のベッドで目を覚ましたかった。


「起きたか、美鶴」

「ったた、まだ後頭部に鈍痛が……」

「D組、恐ろしい限りであるな」

「ラブ、時としてそれはマッドネス」

「天照さんにちょっかいかけた美鶴の自業自得だよねぇ」


 声を大にして言いたい、そんな訳があるか。


「やほやほ~、美鶴ちゃんの容態は?」

「起きているね、大事は無かったようで安心したよ」


 月川先輩と王子先輩がG組の教室にやって来た。


「あれ、放課後もライブなんじゃ」

「とっくに終わったぞ」


 本当に長い時間気を失っていたんだな。こりゃ一歩間違えれば眠りから覚めなかったかもしれないな。若くしておじいちゃんとおばあちゃんの元へ行きたくなんかない。しかも死に装束が女装だなんて末代までの恥だ。


「末代はお前だろ」

「心の声を読むんじゃない!」


 恐ろしい奴だ。悠里の前でうっかりスマートフォンのパスワードや銀行口座の暗証番号を思い浮かべないように気を付けよう。どちらも〇四〇二、僕の誕生日だ。やっぱりこういう安易でシンプルなパスワードは危険だな、早速今日の夜にでも変更しておこう。


「ほんとだぁ、開いたよぉ」

「ちょわぁぁぁぁぁぁ! ソフィアまで心の声を!?」


 科学とオカルト、その両方を操るなんて最強じゃないか。それにこの少年とも少女とも見分けの付かない美貌まで兼ね備えている。前世でどれだけの徳を積んできたのだろう。まるで悠里とは正反対の生き方をしてきたんだろうな。


「俺ほど徳の高い男は居ない」

「ノン! ボクの方が美しいじゃないか!」

「美鶴、浮気?」

「天照さん!? いつの間に、というかまた心の声を読まれてる!」


 あれ、待てよ。悠里、今「俺ほど徳の高い〝男〟は居ない」って言わなかった?


 危険だ! 月川先輩にはバレているけど王子先輩にはまだバレてないんだから!


 しかも何故か天照さんまで居る。ただでさえ天照さんは男性恐怖症なんだ。僕達が男だと知られたらどんな手段を持ってG組をヤマジョから排除しようとするか分からない。宮野さんや大夏津さんにバレでもしたら大変だ。宮野さんの策謀、大夏津さんの腕力、そして天照さんの影響力に成す術無く打ち負かされてしまう。


「へえ、アンタらって男だったんだ」

「ここで退治しなくてはなりませんね」

「美鶴、最低」


 いつの間に三女傑が揃っていたんだ!


「ま、マズいよ悠里! このままじゃG組が選挙戦で負けるどころかヤマジョを追い出されちゃうよ!」

「何言ってんだ、もう手遅れだろ」

「そうだよぉ、だって負けたんだから」

「致し方あるまい、潔く打ち滅ぼされるのみ」

「オーウ、万事休すだね」


 まさか、僕が頭を殴られて気を失っているうちに選挙期間が終わってたってこと?

 みんなが戦っている中で僕はただ眠っていることしかできなかったっていうのか!


「今日って何月何日? 選挙が終わったなんて嘘だよね!?」

「西暦一万年、既に暦なんて概念はこの星から消えたんだ」

「僕はおよそ八千年もの間、寝ていたの……?」

「ああ、俺達は美鶴の眠りが覚めるのを待っていた。しかしお前は目を覚まさなかった。だからソフィアに頼み、俺達の脳みそをアンドロイドに移植させ、無限に等しい寿命を手に入れた」


 悠里が僕に右手を見せる。手首の部分がパカッと開き、中から巻き寿司が現れた。


「今日は本来なら節分だ、食うだろ恵方巻」

「恵方はあっちだよぉ」


 ソフィアが教室の窓の方向を指差す。その向こう側には廃墟と化した街が広がっているのが見えた。


「そんな、地球は本当に……」

「美鶴、ごめんなさい」

「級長、謝る必要は無いわ。謝らなければならないのは私よ。ごめんなさい、大和守」


 宮野さんが深々と頭を下げる。


「選挙期間の最終日、私の案でステージの特殊効果を最大級の物にした。クライマックスに打ち上げるつもりだった花火が私の発注ミスのせいで弾道ミサイルになっていた」

「それが運悪く隣国の国土にまで飛び、それが第三次世界大戦の火種となったんだ」

「あの時、あの時私が大それたステージ演出なんて考えなければ!」

「違うぞ宮野! 俺がA組に負けないくらいアイドルプロデュースが上手ければ、宮野や大夏津に負けないアイドルを俺が生み出していればこうはならなかったんだ!」

「そうね、私達、二人の責任ね」

「そうだ、だからもう、泣くな」


 宮野さんが悠里に抱かれ、気持ちをこらえつつも泣いている。


 そうか、僕が眠っている間にそんな事が……


「美鶴や、よく頑張ったのぅ」

「美鶴、お前はワシの自慢の孫じゃ」

「おじいちゃん、おばあちゃん!」


 十年ぶり、いや八千十年ぶりに再会し、僕は思わず泣いた。そんな僕を見かねた二人は僕を優しく抱きしめて背中をさすってくれた。




「ってそんなわけあるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 僕は勢い良く上体を起こした。ベッドの脇には悠里と月川先輩が座っていた。


「ようやく起きたか」

「良かったよ~。祖母祖父を呼んだ時はさすがにもうダメかと思ったもんね~」

「それもこれもソフィアオリジナル蘇生マシンのおかげだな」

「蘇生マシン?」

「ああ、このリモコンのボタンを押すとな」


 悠里の右手親指がリモコンの赤いボタンを押す。


「あばばばばばばばばばば」


 僕の全身に強力な電流が流れた。この一瞬、悠里の隣におじいちゃんとおばあちゃんが見えた気がする。


「美鶴ちゃんも無事だったということで、対策案を練らないとだね~」

「そうだな。A組のアイドルに対する反撃策か……」


 あっ、良かった。どうやら八千年の時を経て目を覚ました訳では無さそうだ。枕元のスマートフォンを確認すると、うん、今日の放課後だね。


「実は僕に考えがあるんだ」

「何だ?」

「夢の中で良い策が思い付いたとでも~?」


 僕は敢えてもったいぶり、夢の中で悠里ロイドが言っていた言葉をヒントに思い付いた新たな作戦を発表した。


「やろうよ、女の子アイドル!」



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