第8期「五つの丸と淑女達」

「男だとバレてるだと!?」


 悠里が叫び、クラスメイト達が彼の口を塞ぐ。あの悠里が冷静を欠くほどの衝撃がある事実なのだ。月川先輩が囁かれたあの瞬間、僕はチビりそうだった。


「ねえねえ、ホントに月川って人は信用できるのぉ?」


 ソフィアの疑問はもっともだ。僕は部活で一緒だし、悠里もさっき言葉を交わした。しかしクラスメイトのほとんどは月川先輩と会った事さえ無いのだ。


「だが信用するしかあるまい。敵に回せば男だと明かされ万事休すであろう」


 夜一の言葉にソフィアを含むクラスメイト達は疑念を飲み込むしかなかった。


「フーム、どうも不可解だね……」

「不可解? 何がだ」

「イエス、ボク達は完璧に偽装しているよね。いくら月川先輩の美少女審美眼だろうと見抜けるとは思えないさ」

「美鶴、テニス部で何かバレるような事は無かったか? 例えば着替えを見られたとか」

「無いはずだよ。美鶴班は全員一緒に着替えるようにしてるし、部室で着替える時も他の部員と被らないように気を付けてるもん」


 僕達の索敵は抜かりない。これは自惚れではなくチームワークから成る根拠のある自信だ。窓は閉め切り備品で中が見えないように覆い、ドアの近くで一人が聞き耳を立てて部員の動きを把握している。窓とドア以外に外から見える穴など無く、やはり僕達の警戒態勢は万全だ。


「でも月川先輩の派閥に入った訳だし、心配する必要も無いんじゃない?」

「今はな。だが弱みを握られているせいで俺達は月川先輩に逆らえなくなったんだぞ」

「何か問題があるの?」

「今年度の生徒会長選挙は諦めなくちゃならないんだぞ。これで最速クリアの道は断たれた」


 僕もその選択肢は頭の中に置いていた。だけど勝ち目が無いと思い早々にその選択肢を切っていた。悠里は未だにそれを虎視眈々と狙っていたのだ。でもそれなら月川派閥入りを断れば良かっただろうに。うーん、底の知れない男だ。


「美鶴、お前らテニス部に出なくて良いのか? 夜一達もバスケ部は?」

「いやな、今日は部長の剣殿が休むらしく自主練なのだ」

「なるほど、剣先輩も動いてる訳か」

「僕はそろそろ部活に行きたいかな。月川先輩にはクラスメイトに報告する、とは言ったけどこれ以上はちょっとね」


 月川先輩から「遅刻しよう」って言われたし、多少は大目に見てくれるだろうけど現部長は王子先輩だ。今年度中はあの人からの信頼も失う訳にはいかない。


「じゃあ今日は解散するか。美鶴、月川先輩の連絡先は持ってるのか?」

「テニス部のトークグループがあるから、連絡先はすぐに手に入るよ」

「なら早急に連絡を取れるようにしておいてくれ。選挙戦が始まるまでに戦略会議をしたい」

「分かった。それじゃ行ってくるよ」


 バッグを肩に掛け、体操服を手に抱えて僕達は教室を出ようとしたが、悠里に引き留められた。


「今後はここで着替えろ」

「どうして?」

「バレるとしたら部室で着替える時以外考えられない。月川先輩だけなら良いが、他の誰かにバレるのは危険だ」


 美鶴班のチームワークを否定されたのは少し悔しいけど、悠里の言葉は正しい。


 僕達は細心の注意を払い、制服を脱いだ。



               ♀ ♂ ♀



 週末、僕達はカラオケボックスの一室に居た。


「う~ん、百点は出なかったか~」

「ははっ、惜しかったじゃないか」

「フーム、しかしツッキー先輩の歌声は美しいね! ボクの次に!」


 不幸にも小さめの部屋しか空いておらず、七人の淑女達は肩を寄せ合っていた。


「先輩方、そろそろ会議を始めないか?」


 悠里がしびれを切らした。何せ部屋に入ってから既に五時間が経っている。その間、月川先輩と王子先輩、そして渚の三人が延々と歌い続けているのだ。初めの一時間は僕達も歌っていたが、何せミックスボイスで歌うのは疲れる。王子先輩にはまだ男だとバレていないはずだから地声で歌う訳にはいかない。むしろ何故渚はあそこまでミックスボイスで歌い続けられるのか不思議でならない。アイツの声帯は不死身か?


「おっとすまない。調、この辺で終わりにしようか」

「えぇ~、また王子先輩に負けて終わるのか~」


 王子先輩は採点機能で早々に百点を叩き出し、月川先輩の最高得点は九十九点。凡人の僕達からすれば十分に高得点なのだが、勝負の世界ではその一点が勝負を分ける。ちなみに渚の最高得点が九十六点、ソフィアが九十四点で善戦。僕と夜一が八十点代後半でお茶を濁し、悠里は七十点台常連だった。繰り返す、僕が八十点台後半で悠里が七十点台だ。


「まずは王子先輩、アンタがここに居るという事は月川先輩や俺達の選挙戦に力を貸してくれると捉えて良いんだよな?」

「もちろんだとも。テニス部の可愛い後輩達だもの。全力でサポートするつもりさ」


 これ程までに心強い味方は居ない。何せ王子先輩はテニス部の王子様だ。テニス部員の票はもちろん、運動部のおよそ半数の票も固いだろう。そしてヤマジョには王子先輩の熱烈なファンが多く、彼女の後ろ盾があるならばそれらの票も集まる。


「一つ問うてもよろしいか? 三年生の学年別選挙は何の為に争うのだ?」


 夜一の疑問に僕やソフィア、渚も便乗した。卒業時最優秀クラスで居られるのは生徒会長を輩出したクラスだというのがヤマジョの常識だ。昨年度末に日乃本先輩が生徒会長選挙で勝利を収めた。つまり、彼女が所属する三年G組が卒業時の最優秀クラスになる。にも拘らず今年度の学年別選挙を戦う意味が果たしてあるのだろうか。少なくとも僕には分からない。


「大和大学進学後の地位を固める為、じゃないか?」

「その通りだ。卒業時最優秀クラスが大和大学への推薦が貰えるのは知っているね? だからと言ってそれ以外の者が大和大学へ進学できない訳では無い。一般入試で合格すれば入学できる、まあ当たり前だがね。大学の先輩方も当然ヤマジョの様子はチェックしている。自らが優秀であると示せれば進学後に地位を逆転する事だって可能なのさ」

「とか言って~、王子先輩はまた負けるのが悔しいだけでは~?」

「うっ、うるさいぞ調!」


 あの王子先輩がたじたじだなんて。やはり月川先輩は恐ろしい女だ。改めて思うが、月川先輩の派閥に入って正解だった。そうじゃなきゃ男であるとバラされ一瞬でヤマジョでの居場所を失くしていたところだ。


「王子先輩は昨年度末の生徒会長選挙に出てたのか?」

「そうだよ~。だけど日乃本先輩に僅差で負けちゃったんだよね~。ある種、王子先輩のタレント人気票だけで戦ってたようなものだし、よく僅差まで追い込めたよ~」

「ははっ、これは耳に痛い言葉だね。しかし全子は魅力的な女性だ、危うく惚れてしまいそうな程にね」


 王子先輩のファン達がこの言葉を聞いたら暴動が起きかねない。人前で王子先輩に日乃本会長の話題を振るのは止した方が良さそうだ。


「しかしG組には渚ちゃんが居る」

「オーウ、ボクかい?」

「私は君に嫉妬していると言っても良い。何せ──」

「イエス! ボクは美しいからね!」


 渚がとっても嬉しそうだった。クラスメイトとして誇らしくもあり、彼の喜びようが微笑ましくもある。


「そして今年は調も選挙戦に本格参戦となればより戦略的に戦える。全子達に負けず劣らずの勢力になれたと思う」

「あはは~、照れますな~」


 隣の悠里は少しだけムスっとして不満そうだ。自分が褒められないのが悔しいのだろう。


「まあそんな訳でね、戦略はこの後話すとして、まずは最終目標を定めようじゃないか」


 王子先輩がノートとシャーペンを取り出しテーブルに広げる。


「今年度は是非とも王子・月川・大和守連名での勝利を目指したい」


 三者の名前が丸で囲まれる。その隣には日乃本・館花・天照の名前とそれを囲む丸。反対側には剣。あの派閥には誰が付いているのか分からないからそれ以上の情報を書き足せない。それらの下には直線が引かれ、その線上に四つの印を付ける。そして線の終点には大きな印。


「理想は年間全勝だが、そこまでは求めないさ」

「そ~そ~、去年の菫がイカれてただけだもんね~」

「最終目標は年度末、生徒会長選挙で調を勝たせる事だ。それに伴い私と美鶴ちゃんへの票も集まるからね」


 四つの印に丸とバツを二つずつ記し、終点の大きな印を赤いペンで丸く囲った。


「王子先輩、甘いコト言わないでくれ。俺達は一度たりとも負けるつもりは無い」


 悠里はソファーにふんぞり返り、脚を組んでぶっきらぼうに言い放った。彼から視線を送られた僕、ソフィアや夜一に渚も頷く。


「年間全勝しましょう。僕達は勝つ為にヤマジョに来ました」


 僕は赤いペンで全ての印を丸く囲み、力強くペンを置いた。



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