第6期「生徒会と淑女達」

 翌朝、僕は運動場で十字架に張り付けられて拷問を受けていた。


「「「羨ま死すべし」」」

「あっつ! あっつ! 焦げちゃうって! スカート焦げちゃう!」


 足元から炎が上がり、スカートの裾が焦げている。燃え移っていないだけ運が良い。


 昨日の放課後、僕は天照さんのお見舞いに行った。そこで押し倒され、石川君達に助けを求め気を失ったのだが、次に目を覚ました時には朝日に照らされながら十字架に磔にされ、地獄の炎で炙られていた。


「ソフィア、マシュマロ良い感じだぞ」

「ありがとぉ、いただくよぉ」

「芋が焼けた、頂こう」

「デリシャス、嫉妬の炎で焼いた焼き芋は格別だね」


 クラスメイト達はその炎で芋やマシュマロを焼いている。


「美鶴も食うか?」

「あっつあっつ! せめてアルミホイルを剥がしてよ! 唇が焼ける!」


 悠里はめんどくさそうにアルミホイルを剥がし、綺麗に焼けた焼き芋を僕の口元に持ってきてくれた。焼き芋なんて久々に食べた気がする。もっと寒い日なら更に美味しかっただろうに、炙られているせいで汗だくだから美味しさは半減だ。


「そういやもうすぐ生徒会だな。美鶴、死ぬ気で媚びを売って来いよ?」

「昨日まではそのつもりだったんだけどね。死ぬ気どころか今ここで死んじゃいそうだよ」


 確かに僕は痛い目に遭う覚悟で石川君達に助けを求めた。その結果が命を落とす事になるのは想像以上だ。女に興味無さそうな悠里くらいは助けてくれると思ったんだけど、炙られている僕を見るなりさつまいもとマシュマロを用意しやがった。


「美鶴、何してるの?」

「天照さん!」


 昨日ぶりの天照さんだ。制服を着て学生カバンを持っている。遂に学校に復帰する気になったんだね。それならお見舞いの甲斐があったというものだ。


「これはこれはA組級長、ようやく復帰か?」


 悠里が天照さんに話しかける。ついでに焼けたマシュマロを差し出す。


「栗東院、貴女には、負けない」

「ははっ、それは光栄だ。入学時最優秀クラスだったA組様にライバル視していただけるとはな。だが、ヤマジョで成り上がるのは俺達だ。選挙でも負けるつもりは無い」

「それはどうでもいい、美鶴は渡さない」


 バチバチに火花を散らしているのだけど、互いの意思は微妙にズレている。


「美鶴、またテニス部で」

「うん、またね!」


 天照さんは昇降口へと消えた。


「良かった、もう大丈夫なんだ天照さん……」

「あれぇ、あの級長様にお熱ぅ?」

「確かに天照殿は薄幸美人、大和守殿のタイプであるな」

「オーウ、結ばれる事の無い敵同士の恋、ドラマチックじゃないか!」

「そういうわけじゃないんだけど。というかそろそろ良くない? スカートがいつの間にか膝丈になってるし、腕も痛くなってきたよ」

「ああ、美鶴。残念ながらそうもいかないみたいだぞ」


 悠里が指さす方に視線を移す。そこには更に嫉妬の熱を上げたクラスメイト達が居た。


「「「俺も挨拶したかった」」」


 炎に油が足され、僕は地獄の業火に焼かれた。幸いにもこの様子を見た教師が駆けつけ消火してくれた為、大事には至らなかった。即日で制服の代えなんて用意できるはずも無く、今日一日は膝上十五センチのミニスカートで過ごす羽目になった。


 見えちゃわない? 大丈夫?


「小さいから大丈夫」


 殺す。



               ♀ ♂ ♀



 生徒会室。


 ここはヤマジョの最高権力が集まる聖域であり、ヤマジョの光と闇が介在するカオスの住処。


「これより、生徒会会議を始める」


 生徒会長の日乃本ひのもと全子ぜんこが開会の宣言をした。二年生と三年生の出席者が一斉に拍手を始め、僕も遅れて拍手をした。


 磔になったあの日から一週間、毎朝火炙りの刑に処され耐火性能が上がった僕は今、一年生代表として生徒会に参加している。


 まずは出席者の自己紹介から。一年生代表の僕がトップバッターだ。悠里に考えてもらった可もなく不可もない自己紹介と抱負を述べ、難なくやり過ごす事が出来た。もちろん途中で噛みまくったのも悠里の指示だ。本当だ。決して気圧された訳じゃ無い。いや、本当だからね。


「二年生代表、並びに被服部部長。二年A組級長の館花たてはなすみれです。昨年までは一年生代表として出席していましたが、今年からは被服部の代表として出席させていただきます。日乃本会長を含め、先輩方のお力になれるよう精進いたします。よろしくお願いいたします」


 館花先輩の事は悠里から事前に教えてもらった。来年度、日乃本会長が退陣した際、次の生徒会長最有力候補の先輩だ。昨年度の学年別選挙で全勝を記録した優女だ。何事も無ければこの先輩が生徒会長に選ばれるだろう。先を見越して派閥入りするなら館花先輩が最有力だ。


「テニス部部長代理、二年C組級長の月川つきかわ調しらべで~す。テニス部の現部長は王子先輩ですけど、今年は私が代理でテニス部の代表として出席しますんでよろしくお願いしま~す。美鶴ちゃんが一年生代表とは驚いたよ、やほやほ~」

「調、この場で私語は慎みたまえよ。可愛い後輩が一年生代表で嬉しい気持ちは分かるがね、ここは神聖なる生徒会の場だよ。失礼、続けてくれたまえ」


 僕もこの二人が揃っているのを見た時は驚いた。生徒会には三年生の各クラスの級長、各部の部長、一年生代表、そして生徒会役員が出席している。テニス部の部長である王子先輩が三年級長枠として出席している為、その腹心である二年の月川先輩がテニス部の代表として出席しているのだ。


 更に、月川先輩は次期生徒会長有力候補の一人だ。館花先輩に次いで序列二位と言われている。僕もテニス部員だからこの人に気に入られるのは容易だろう。だが裏を返せば、他の有力候補の派閥に入ればテニス部での居場所を失う事になる。他の有力候補の派閥に入ってテニス部での居場所を失うか、テニス部由来の信頼を元に月川先輩の派閥に入るか、今後の学生生活と今後の展開を読みつつ、じっくり見極めなければならない。


「バスケットボール部部長、並びに二年E組級長のつるぎ美琴みことっす。生徒会に出席するのは今年からなので、先輩方にはご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いするっす!」


 彼女が有力候補序列三位の剣先輩。元々ヤマジョにはバスケ部が無く、彼女の入学と共に設立された。中学時代は都代表に選出されるほどの実力者だったらしく、バスケ部設立一年目でヤマジョバスケ部を全国大会にまで連れて行ったスーパープレイヤーだ。運動部の生徒からの人気は剣先輩と三年の王子先輩が二分しているらしく、ひょっとすると彼女の逆転当選もありうるというラインに居るらしい。幸いバスケ部にはG組生徒も多く入部しているし、取り入る隙はありそうだ。


 その後、各部の部長、三年級長、そして生徒会役員の順で挨拶をした。


 そして最後が、ヤマジョの絶対女王である日乃本会長だ。


「生徒会長の日乃本全子だ。本来なら三年G組級長として出席する筈だったが、ありがたい事に昨年度末の選挙で生徒会長に選ばれこの椅子に座っている。しかしこの座に驕り胡坐をかくつもりは無いよ。私達は皆、等しくヤマジョの生徒だ。ここでは立場など気にせず、自由に発言してくれたまえ。もちろん、ヤマジョの淑女としての品格は保ち、だがね。拙い私だが生徒会長として選ばれたからには全力を尽くし学校を良くしていきたいと思っている。ヤマジョの生徒一人一人の幸せが私の幸せだ。今年度一年間、よろしく頼む」


 日乃本会長は深々とお辞儀をして挨拶を終えた。


 一言で言えば、清廉潔白な人だと思った。現役時代の父さんを彷彿とさせる聖人ぶり。昨年度末にどんな選挙戦が行われたのかは分からないが、彼女が勝って当然だと思わせる風格がある。良い人過ぎて裏があるんじゃないかとまで疑ってしまうが、得てしてああいう人は裏表などないシンプルな人格の持ち主なのだ。父さんがかつてそうであったように、きっと日乃本会長も心からヤマジョ生の幸せを望み、それを自らの幸福だと本気で思っているのだろう。


 僕は、あの椅子に座らなくちゃならない。


「さて、難しい議題に入る前に報告事項だけ先に話しておこう。来月、今年度初の学年別選挙が行われる。一年生である大和守君にとっては初めてだよね、意気込みのほどは?」

「えっ、僕ですか?」


 突然話を振られて動揺してしまう。


 学年別選挙に向けての意気込み、か。もちろん背負う物が大きいゆえにプレッシャーは感じている。級長会議では運良く勝てたが、次はあの天照さんが居る。今回G組に票を入れてくれたクラスがまた入れてくれるとも限らない。もう一度他クラスの信用を勝ち取らなければならないのだ。そして今回は一年生だけが対象ではない。二年と三年の先輩方にも投票権があるのだから、およそ三倍の相手から信用を勝ち取らなくてはならないのだ。既に分かる、難しい戦いになるだろう。


「ワクワクしてます」


 それでも僕は男の子だ。戦うのは嫌いじゃない。勝利を目指してクラスメイト達と協力するのは、戦争ゲームやRPGと似通った部分もある。そういう意味ではプレッシャーや緊張よりもワクワクの方が大きい。


「ですが、一つだけ心に決めている事があります」

「ほう、何かな?」


 日乃本会長がにやりと笑み、僕をまっすぐ見つめる。


 僕は日乃本会長に視線を返し、それから生徒会に出席している全ての生徒に視線を移していく。


「もう誰も傷つけたくない。誰も傷付ける事無く、全ての人を幸せにして勝利します」


 生徒会室は静まり返る。元々音の少ない空間ではあったが、まるで全員が同時に呼吸を止めているかのような真の静寂がそこに生まれた。


 しかし次の瞬間、まばらに拍手が起こった。


「綺麗事ではありますが、嫌いではありません」

「あははっ、美鶴ちゃん強気だね~」

「ううっ! 感動したっす!」


 二年生の次期有力候補の三人からも好反応。これはもしやファインプレー?


「素晴らしい意気込みだった。ありがとう、大和守君」


 日乃本会長の声に拍手は終わった。


 そこからは僕には難しい議題について話し、長い会議の末に生徒会は終了となった。


 生徒会も終わり皆が退席する中、僕を手招きする先輩が居た。


「どうしたんですか、月川先輩」

「この後暇?」

「部活に出るつもりですけど、月川先輩もですよね?」

「おっけおっけ~、つまりは暇って訳だ。それならちょっとだけ遅刻していかない?」


 月川先輩は悪戯っぽく笑う。


 これはおそらく派閥への誘いだろう。ここで付いて行けば自然に月川先輩を応援する流れに巻き込まれ、他の派閥に入るのは難しくなるだろう。だがこれを断れば月川先輩の派閥に入る道は断たれてしまいかねない。


 それなら僕に出来る事は一つだ。


「それじゃ、クラスメイトを呼んでも良いですか?」

「クラスメイト? 構わないけど、一対一じゃ嫌なのかな~?」


 月川先輩は笑っている。あくまで笑っているのだが、どこか掴み所の無い態度で真意が掴み切れず心が読み切れない。それが月川先輩の政治戦においての武器なのだろう。


「そんな、嫌な訳無いですよ! ただちょっと、僕を支えてくれるクラスメイトを紹介したいだけです」

「ふむふむ…… おっけ~。そいじゃお先に食堂のテラスで待ってるよ。それじゃ~」


 月川先輩は生徒会室を出た。今気づいたけど、館花先輩と剣先輩も生徒会室に残っており、もしかすると僕達が話しているのを遠くから見ていたのかもしれない。あの月川先輩の事だ、それを分かった上で敢えて見せつけるように僕に唾を付けたのかもしれない。こうすれば僕が残り二人の派閥に入りづらくなる効果もあるし。月川先輩、飄々としていながら思慮深い女だ。


 さて、そうと決まればアイツを呼ばなくちゃ。


 僕はスマホを起動させ、連絡先の中の〝組長〟にメッセージを送った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る