第5期「女子の部屋と淑女達」
結論から言えば、級長会議はG組の勝利だった。
あの日から天照さんは休み続け、級長会議当日になっても復帰していなかった。級長会議に級長以外の生徒が出席するのは原則認められておらず、例えそれが体調不良を理由にしていても、だ。最有力候補だったA組が欠席となり、浮いたC組は格上のB組へ、D組は「彼女の遺志を継ぐ」と言って自票を入れた。それ以外のクラスが予定通りG組に投票し、一年生代表の座はG組級長である僕が獲得したのだ。
ヤマジョでの初戦で勝利を収めたG組の面々は祝杯をあげていた。紅茶ではなくジュースで、スイーツではなくポテチで。
皆が騒ぎ立てる輪の外で、僕は盛り上がる気にはなれず窓の外を眺めていた。
「どうした美鶴、飲まないのか?」
「そういう気分じゃなくて」
「変な奴だな」
悠里はコーラを一気に飲み干す。勝利に貪欲な彼にとってはこれほど幸せな事は無いのだろう。僕も彼のように非情な人間であれば良かった。
「これで良かったのかな」
「天照か?」
「ただの体調不良なら良いけどさ。一週間も休むなんておかしいと思わない?」
教師に聞いても「体調不良だと聞いています」の一点張りだ。教師も本当にそうとしか聞かされていないのだろうし、それ以上の情報を得られないのも仕方無い。
「休んでるのって白光院へのアレを見た日からだよな?」
「うん。もしかしてアレがきっかけだったのかな、って」
「心配なら見舞いにでも行けば良いじゃないか」
「えっ、良いの?」
「天照に絆されないって約束できるなら好きにすれば良い」
「わかった、ありがとう!」
そうと決まれば善は急げだ。僕はバッグを持って教室を出た。
「今しがた大和守殿が走り去っていったのだが」
「何か話してなかったぁ?」
「ああ、ちょっとな」
「フーム、何だか生き生きしていたね」
「まあアイツの事は気にせず、飲んで食って騒げば良いさ。近々、次の戦いが始まる事だしな」
♀ ♂ ♀
ボタンを押すのに五分程躊躇した。
学生寮の部屋にはチャイムが設置されている。ただそれを押して天照さんの様子を見るだけなのに、どうしてこんなに緊張するんだろう。
おそらく、会ったとして何を話せば良いのかが分からないのが問題だ。直接的な休んでいる理由を聞くのもどこか気が引けるし、かと言って世間話のネタも無い。級長会議で僕が代表に選ばれたよ、なんて同じく級長の彼女に言うような話題でも無いし。
────ガチャリ。
「美鶴、何してるの?」
「うわぁ!」
突然現れたパジャマ姿の天照さんの登場に狼狽えてしまう。
「い、いやぁ…… お見舞いに来たんだけど……」
「そう、入って」
「えぇ!?」
僕は訳も分からぬまま天照さんの部屋へ招き入れられた。部屋は全生徒同じ間取りだが家具で個性が現れる。天照さんの部屋はシンプルながら高級感溢れる白色で統一されている。僕の部屋はこだわりなど無い住む為の空間の中に家庭用ゲームが置いてある、まさに男子高校生の部屋だ。それと比べるとここはまさに淑女の部屋だ。あと良い匂いがする。
「お見舞い品ってほどじゃないけど、これ」
学生寮の前の自動販売機で買ったスポーツドリンクとお茶を差し出す。好みは分からないし、体調不良だという前提ならこの二つはベストの選択だろう。
「ありがとう、美鶴」
「体調は? 先生からは体調不良だって聞いたけど」
「もう大丈夫」
天照さんの顔を見ると、血色の良い美人顔がただあるだけだった。流石に一週間も体調不良が続くとは思えなかったし、やはり何か他の理由があるに違いない。
「テニス部の先輩達も心配してたよ」
「そう、ごめんなさい」
「謝る必要は無いよ! 体調不良なら仕方無いし。そろそろ復帰出来そう?」
「……わからない」
天照さんの表情に影が差した。
「僕に力になれることがあれば言ってよ」
「ありがとう、美鶴」
八帖一間の洋室に沈黙が流れる。それが長引けば長引くほど次の言葉に抵抗感が生まれる。だけど何を話せば良いのか分からなくて、考えるうちに更に沈黙が続いてしまう。
その沈黙を破ったのは天照さんの方だった。
「体調不良だけが、理由じゃない」
「他に休む理由があった、ってこと?」
それが果たして級長会議を棒に振るほどのものだったのか。僕は更に興味が湧いた。
「休んでる理由、聞いても良いかな?」
「美鶴なら、いいよ」
「ありがとう」
「あの日、G組で人を縛ってるのを見た」
白光院さんを縛り、B組が級長会議でG組へ投票するのを約束させた時の事だ。あれを見た瞬間の天照さんの表情は普通じゃなかった。やはり僕の予想通り、そこに何か秘密があるのだろう。
「わたし、昔、誘拐されたの」
「誘拐!? だ、誰から!?」
「ママを恨む、男性議員の仕業だって聞いた」
僕も聞いたことがある。現総理の天照さんが台頭してきた頃、彼女への男性議員のやっかみは凄まじかったらしい。父さんはそんな非人道的なやり方は好まないが、あくどい男性議員は居たのだろう。しかし本人ではなく娘に危害を加えるなんて汚いだろ。僕も少なからず女尊男卑の社会が生まれるきっかけとなった天照乙女さんへの負の感情はあるが、流石にそこまでじゃない。
「暗い部屋に閉じ込められて、手を縛られた」
「ひどい……」
「それを思い出して、怖くなって」
「ごめん!」
僕は衝動的に土下座をした。あんな作戦を考えたのは悠里だけど、それに反対しなかったし止められなかった僕にも責任はあると思ったのだ。
「美鶴は、悪くない」
「でもごめん。あれは僕達G組全員が悪い。だから天照さんを苦しめた責任は僕にもある」
「そんなことない。悪いのは、男」
その男というのが、過去に天照さんを誘拐した奴らを指しているという事は分かっている。それでもやはり心が痛かった。
天照さんの男性への嫌悪は正当なモノだ。直接的に自らに危害を加えられたのだからそうなっても仕方無い。だが、それと女尊男卑の社会を助長するのはまた別の問題のはずだ。悪い男性も居れば善良な男性だって居る。男だから、ではなく悪い人だからという理由で罰を受けるべきだ。きっと天照さんにその柔軟性は無いだろうし、理解していても受け入れられないだろうとも思う。
やはり、天照さんに負ける訳にはいかないのだ。
なんて真面目な脳内は目前の光景によって塵芥とならざるを得なかった。
「どうして服を脱ごうとしているのかな!?」
「美鶴が、居るから?」
疑問形にしてあたかも「何を当たり前な事を問うのだ」と言わんばかりの天照さん。僕が非常識な訳じゃ無いよね? これは流石に彼女が非常識なんだよね?
「折角来てくれたから、ついでに既成事実を作ろうと思って」
「ついでに人生を左右しちゃいけません!」
「だって、栗東院に負けたくないから」
安心してほしい。悠里とは天地がひっくり返ろうが大金を詰まれようがそんな事態にはならない。
「犬の模様のパンツ、履いてる」
「だぁっしゃぁぁぁぁぁぁぁ!」
唸れ僕のピースサイン! どタイプな天照さんの下着姿なんて目の当たりにしてみろ! 僕の内に宿る野獣が雄たけびを上げてしまう! 負けるな僕、戦え僕の理性! 僕の両目は潰される為にある!
「ブラも、肉球の模様」
「もういっちょぉぉぉぉぉぉ!」
追い打ちの目潰しだ! これで視力が回復するまでのクールタイム追加だ!
「美鶴」
「うわっ、なに!?」
胸元に衝撃が走り、僕はふかふかの地面へと倒れ込んだ。すごく良い匂いがする! 間違いない、ここは天照さんのベッドだ! つまり僕、押し倒されたって事!? それどころか身体の上に五十キロに満たないであろう重量が掛かってる、つまり僕の上に天照さんが居るんだ!
「美鶴、我慢できない」
「うひゃぁ!」
耳元から天照さんの声がする。吐息が掛かってくすぐったい。まずい、僕の下半身に宿る獣が今にも奮い立とうとしている。ついさっき男は嫌いって聞いたばかりなのに、ここで僕が男だと知られれば天照さんに一生もののトラウマをもう一つ植え付ける羽目になりかねない。
こうなったら、命を捨ててでもこの場を離脱する!
「石川君! 川端君! 吉田君!」
G組の中でも特に女の子への執着が強い三人だ。そしてあの日、モールス信号で僕への殺意を露わにしてくれた彼らならこの窮地、もとい天国から僕を救い出してくれるに違いない。
────ガラガラッ!
「ころしてやる」
窓が開く音の後、耳元からドスの効いた声が聞こえた。
そこで僕の意識は落ちた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます