第2期「ヤマジョの淑女達」
HRの時間。僕達は遊戯に勤しんでいた。
「フーム、こっちだね」
「正解だよこんちくしょう!」
僕はババを地べたに叩きつけた。おかしい、いくら僕が表情に出やすいタイプだからとはいえ十連敗だなんて何か裏があるに違いない。
「はっ! みんな昨日はメガネなんて掛けてなかったじゃないか!」
「あたりぃ。実はジョーカーに赤外線と似た性質の特殊なインクで印を付けてたんだよぉ。肉眼では見えないけどぉ、このメガネならばっちりぃ」
「そんなの卑怯だイカサマだ! それでも政治家を志す若者か!」
「しかし大和守殿、確か一戦目に平然と買収を持ちかけてきたような」
「イエス、しかもジュースを賭けたババ抜きなのにジュース一本で交渉してきたね」
目前の損を取って未来の大きな利を得る。父さんから教わったけど使いどころはここじゃなかったみたいだ。
「分かったよ、今回は僕の負けだ」
「オレンジぃ」
「緑茶をよろしく頼む」
「サンクス、ミルクティーをお願いするよ」
「了解」
財布の中身を確認しながら食堂を目指す。このだだっ広いヤマジョの校舎にはたった二ヶ所しか自動販売機が存在しない。その一ヶ所が食堂だ。
自動販売機に千円札を挿入しようと思ったら、隣からコインが投入された。
「あっ、ごめん」
僕は慌てて一歩下がった。
美人だ。
窓から射し込む朝日が彼女の銀髪を照らす。陽の光を反射させるというよりはそのまま吸い込んでしまうかのような印象を受けた。その下にはミステリアスな瞳があり、その間から続く鼻筋は花の都パリに流れるセーヌ川のよう。その行く先には小さく可愛らしい口がある。
一目で分かった。本物の美少女だ。
「何か、ついてる?」
彼女は自分の顔を指差して尋ねてきた。
「ごめん! ちょっと見惚れちゃって」
「あなたも、かわいい。名前は?」
「美鶴だよ、大和守美鶴」
「きめた」
「決めたって、何を?」
「わたしと結婚して」
何を言うとるんだこの子は。さては電波系ってやつだな。こんな綺麗な顔をしておきながらその上キャラまで濃いだなんて。ライトノベルならメインヒロインに抜擢される素質がある。ここが女子校であるのが悔やまれるよ。
「あはは、面白いね。でも知ってる? 女の子同士じゃ結婚できないんだよ?」
今すぐ男だと打ち明けて婚約を申し出たい。
「大丈夫、わたしが法律、変えるから」
法律を変えるなんて大言、ヤマジョ特有のジョークだろうか。それなら僕も乗るしかないね。
「君が総理になる日を楽しみにしてるよ」
彼女がにっこりと微笑んだ。うわっかわいい。
「ちょっと級長! ゴキ組なんかと話しちゃダメじゃない!」
「A組の皆さんが待っていますよ、天照さん」
今、なんて言った?
まさかこの子がA組の級長・天照みこだって言ったの?
「美鶴、約束」
天照さんは再度僕に微笑み、食堂を後にした。
「ジョークじゃ、ない……?」
額に流れる冷や汗を拭い、震える左手で千円札を自動販売機に挿入する。
この震えはきっと武者震いだ。僕は恐れつつも、ひそかに奮起した。
「丁度良かっ── 何だそのペットボトルの山は」
教室に戻ると、さっきまで居なかった悠里が教壇に立っていた。
「ちょっと賭けババ抜きで負けちゃってね。ソフィアはオレンジジュースで夜一が緑茶、渚はミルクティーだったよね」
「ありがとぉ」
「かたじけない、のだが……」
「サンクス、ミツ。でもこの数は何だい?」
「だって負けたらみんなにジュース一本奢りでしょ? 十敗したから一人十本だよ」
夜一と渚には買収を仕掛けたからプラス一本。それに僕の分のメロンソーダを買ったから、合計で三十三本。総額三千三百円。今月のソシャゲ課金は諦めよう。
「あー、話して良いか?」
「ごめん悠里、邪魔しちゃったね」
「構わん、美鶴もついでに聞いてくれ。近々、級長会議が行われる事となった」
級長の僕がついでじゃダメなんじゃないかな。しかも何で級長の僕よりも先に悠里がそれを知っているんだろう。
「級長会議とは何か知らない美鶴も居るだろうから簡単に説明しよう」
「僕の他に〝知ってる美鶴〟が居るかのようだね」
「一年全クラスの級長が集い、現状報告と上から降りてきた議題について話し合う、それが級長会議だ。今回は第一回ということもあって顔合わせの意味合いもあるだろうな」
天照さんも出席するんだよね。怖いってんじゃないけど、思わず身震いしてしまった。
「これは噂だが、一年生代表の選出が行われるらしい」
「知らない美鶴が居るみたいだよぉ」
「だろうな」
その通りだけど人から言われるとちょっと癪に障るな。
「選ばれた級長は一年生の代表として次の生徒会に出席するんだ。生徒会に出れば、生徒会長や二年の有力候補達に顔を覚えてもらえる。この先の政治戦争に於いてスタートダッシュを決められるチャンスとなるんだ。その理由は美鶴でも分かるだろ?」
「もちろん! 派閥ってやつだよね?」
「その通り。格上に気に入られればその恩恵を受けられるし、応援する二年の先輩が次の生徒会長になれば、その次は楽勝ってわけだ」
総理大臣を目指すと決めてからいろんな事を学んだ。政界は縦社会の文化だ。入る派閥を間違えれば途端に未来は断たれてしまう。
「よーし、そうと決まれば早速他クラスに顔を売りに行かなくちゃね! 他クラスの信頼を勝ち取って一年生代表に選ばれるんだ!」
「どうした美鶴、そんなにやる気に満ち溢れて。昨日の今日で何かあったのか?」
「ちょっとね。うっかり天照さんのやる気に火を付けちゃったんだ」
「Oh……」
悠里の目が死んだ。
「言葉は銃弾より速し、であるな」
♀ ♂ ♀
「僕なりに他クラスについて調査を行ったんだ」
僕は教壇からクラスメイト達を見下ろす。
休み時間の度に各教室を巡り、調査の甲斐あって他クラスの特徴が掴めた。G組に性別が男という個性を持った生徒が集まっているように、それぞれのクラスにも似たような生徒が集まっていたのだ。
「まずはA組なんだけど、優等生の集まりみたい。優雅にティーパーティーを開いたり、授業の予習復習をしている人も居たよ」
「だろうな。補足すると、A組は現政権の閣僚や議員の娘が多いぞ。特に天照を筆頭にA組のリーダー的存在である〝三女傑〟には注意が必要だ」
悠里が情報を付け足してくれた。遠くから見ただけじゃそこまでは分からないし、この調子で他クラスの調査報告でも補足してくれると助かる。
「続いてB組。教室でダーツやボウリングをしていたよ。優等生というよりは、案外遊び好きのお茶目なクラスかも」
「違うな。B組はA組を目の敵にしている。級長はA組を打ち倒し一年生代表の座を勝ち取るつもりでいるようだ。おそらくだが、ダーツやボウリングの的にはA組生徒の写真が貼りつけられていたんじゃないか?」
そういえば紙のような物が貼られていた気がする。物騒だな、B組。
「C組はなんというか、普通の女の子達だったよ。政治家を目指しているようには見えなかったね。紅茶とクッキーじゃなくてジュースとポテチでパーティーしてたし」
「典型的な女子高生だ。強いて性質を述べるとすれば、長いものに巻かれるタイプだな」
「あ、これはあまり重要な特徴でも無いんだけど、全クラスの中で一番スカートが短かったよ」
途端にクラスメイト達がメモを取り始めた。勤勉でよろしい。
「D組は、うん、危険だ」
「D組だけは調べが付いてないんだが、危険ってのはどういう意味だ?」
「口にするのも恐ろしいよ……」
僕はスマートフォンで撮影したD組の教室をみんなに見せると、口々に心内の恐怖を吐露した。
「何だこれは……?」
「おぞましい……」
「これが女子校の光景なのか……?」
「というか現代日本の光景か?」
「これこそ、愛だ……」
壁一面に敷き詰め貼られた天照さんの顔写真。教室の中央の床には魔法陣のような謎の模様が赤い液体で描かれており、その中央には天照さんの六分の一スケールフィギュアが置かれている。フィギュアはおそらく手作りだろう。そしてそれを囲むようにD組の生徒であろう白いローブを纏った少女達が祈りを捧げている。教室の隅には血に塗れた釘バットと、頭陀袋がいくつか転がっており、その中にはおそらく…… 何の為にそんな行為を行っているのかは分からない。しかし少なくとも彼女らが天照さんを信奉している事だけは分かる。
「間違いねえ。D組は天照の信者、つまりA組の味方で俺達の敵だ。だがこれは良い情報だな」
「何故だ? 警戒すべき敵が見つかったのだ。G組にとっては憂慮すべき事態では無いのか?」
「もちろんそうだ。だが、敵か味方か分からないよりも、間違いなく敵だと分かっている方が情報としての価値は高い」
「監視カメラ設置しとくぅ?」
「ああ、頼めるかソフィア?」
「フーム、ボクの方が美しいのに……」
カメラロールからこの写真は削除しておこう。持ってるだけで呪われそうだし。あれ、この白ローブの子達ってカメラ目線だったっけ?
「で、E組なんだけど。スポーツが得意みたい。みんな早くも運動部に入部してるみたいだよ」
「テニス部とバスケ部が多いらしいぞ」
またもやクラスメイト達がメモを取り始めた。こっそり覗いてみると、メモ帳には「テニス部はアンダースコート、バスケ部は脇」と書かれていた。確かに必要な情報だよね。僕もメモしておこうっと。
「で、最後はF組だね。なんか物静かな人が多い印象だけど、それ以上の情報は得られなかったよ」
「オタク集団だ。アイドルやイケメンが好きで、特に三年の〝テニス部の王子様〟と呼ばれている先輩が人気らしいぞ。中には同人誌を描いている奴も居るらしい。ちなみにSNSのアカウントは全員分特定済みだ」
こいつに慈悲とモラルは無いのだろうか。SNSアカウントの特定だけは罪が重すぎる。むしろそれが何の罪もない無垢な彼女らへの罰となってしまう。同情するよ、F組。帰ったらアカウントにロックを掛けておかなくちゃ……
「以上が他クラスについて調べてきた成果だよ。だからと言ってどうやって信頼を勝ち取るかまでは思い付いてないんだけど……」
「いや、上出来だろ。これだけの情報が揃えば作戦も立てやすいしな。よくやった、美鶴」
何だか照れるけど、素直に嬉しい。
「この情報を元に、俺が他クラスの信頼を勝ち取る作戦を考案する。みんな、協力してくれ」
「「「おう!」」」
悠里が立てる作戦にいつでも参加できるよう、僕達は英気を養うべく、今日は終業後すぐに寮へと帰った。
振り返ると我ながら思う。僕、級長として結構頑張ってない?
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