第1期「半裸の淑女達」
入学初日、春が訪れた。
僕はラブレターと思しきそれに従い、放課後の空き教室で彼女を待った。
「さすが女子校、恋は男女だけのものじゃないんだな」
僕は浮ついている。そうでなくちゃ独り言なんて漏らさない。慣れないスカートの裾を気にしながら自己分析に打ち込む。
黒板の上に掛けられている時計に目をやると、五時二十七分。五時半にここへ、と呼び出された。約束の時間まで三分。僕は脳内で告白に対する対応のシミュレーションを行う。
『一目見た瞬間、私は荒波のような激情に呑まれました』
脳内で理想の女の子を作り上げ、その子の台詞を僕の口から出力する。お淑やかな女の子をイメージして声色を作った。
それに返すつもりで、僕本来の声で答えを述べる。
「ならば僕が碇になって差し上げましょう」
「沈むだろうが」
「うわぁ!」
教室の出入り口の方へ振り向くと、茶髪のポニーテールが可愛らしい美少女が立っていた。
「ごきげんよう、
ポニーテールの彼女は僕の名前を知っているようだった。それも当然のことで、何故なら彼女は僕と同じ一年G組に所属するクラスメイトだからだ。
「
「男だな?」
「ななななな何を言っているのかしら?」
「大和守美鶴。元総理・大和守
「し、知らないね!」
「お気に入りのAVは清純派女優と冴えない男優の純愛もの」
「そうです男ですだから男子高校生の最も触れてほしくない部分に言及しないで!」
クラスメイトの女子からお気に入りのAVジャンルを言い当てられる。こんなAVの冒頭みたいなイベントを経験する日が来ようとは。良いよ、ここで殺せ。
いやいや待て待て、そんな事を言っている場合じゃない。栗東院さんの言う通り、僕は男でありながらこのヤマジョに潜入学した。それがあろう事か初日からバレてしまったのだ。今ここで制服をはぎ取られて男の証拠を確認され写真に収められ、学校中の淑女達からこう揶揄われるのだ。
『こんな矮小なブツで国のトップに立とうなど、ちゃんちゃら可笑しいですわ!』
ひどい! 今の国のトップは矮小どころか付いてないじゃないか! ゼロより一の方が大きいんだぞ! 頑張れば三か四くらいにはなるんだから!
「まだ成長しきってないだけだ!」
「いや、お前はそのままでいてくれ。その方が都合が良いんだ」
僕にとっては都合が悪い。大きさこそが男の尊厳だぞ。
「付いて来い」
きっと僕のあられもない姿を撮影する為に場所を移すのだろう。とはいえ逃げようにも相手はクラスメイトだ。今日を逃れても明日がある。それを逃れても来週、来月、向こう三年間は籠の鳥だ。どうせ辱めを受けるなら早い方が良い。その方が心の傷もすぐ癒えるはずだから。
栗東院さんに連れられ、辿り着いたのは一年G組の教室だった。僕や栗東院さんが所属するクラスだ。
「連れて来たぞ」
「お邪魔します」
教室の中にはクラスメイト達が勢揃いしていた。
「栗東院さん! せめて、せめて他のみんなは席を外してもらえないかな!? 同時に三十七人の女の子に見られながら撮られるなんて一生モノのトラウマになっちゃうよ!」
「安心しろ、三十七人の女の子にお前の恥ずかしい姿を見られることは無い」
「ありがとう。それなら僕、覚悟はできたよ。さあ、好きなだけ撮れば良いさ!」
僕は観念して制服を脱ぎ捨てた。今までありがとう、ヤマジョ制服。短い付き合いだったけど、着心地は悪くなかった。
「お前を見守るのは三十七人の男子高校生だ」
「何を言ってるのさ。どこからどう見ても可愛い女の子達じゃないか」
お世辞ではない。クラスメイトは皆、共学の高校に居れば男子達から愛の告白が殺到するであろう美少女達。特にあの黒髪ロングヘアが艶やかな和風美人は僕の好みのタイプだ。何も無ければ仲良くなりたかったな。
「お前ら、脱げ」
「「「アイアイサー!」」」
クラスメイト達は一斉に制服を脱ぎ始めた。
「ちょちょちょちょっと!? ダメだよ! ヤマジョの淑女がそんな易々と乙女の柔肌を人目に晒すものではありません!」
危なかった。即座に自分の両目を潰していなければ、三十七人の淑女達の嫁ぎ先を奪うところだった。僕はじゃんけんで必ず最初にチョキを出すタイプだから、誰よりも早くチョキを作れる自信がある。こんな形で役に立つとは思いもしなかった。
「これ、使え」
「ありがとう」
栗東院さんから手渡された目薬を差す。段々と視力を取り戻す。やがて視界が完全にクリアになる。
目前に広がっていたのは、三十七人の男達がブラとパンティーだけを身に着けて仁王立ちしているという、この世の物とは思えない地獄そのものの光景だった。
「こんなのあんまりだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
僕の絶叫が放課後の教室に轟いた。
♀ ♂ ♀
「今一度、俺達に課された任務を確認しておきたい」
女子制服を着た男達を前に、悠里(あんな詐欺師は呼び捨てで良い)が教壇の上から語り掛ける。
「このヤマジョで女生徒として生活し、卒業時に最優秀クラスの座を勝ち取る。その為に必要な条件は何だ、ソフィア」
指名されたのはソフィア・
「はいはぁい、このクラスの級長を生徒会長にすることぉ」
「その通りだ」
「悠里、級長って何?」
初めて聞いた単語だ。僕の無知は今朝のHRで爆睡していた事が原因ではないよう祈る。
「学級委員長みたいなもんだ。今朝のHRでの話を聞いていなかったのか?」
「ははっ」
空笑いで誤魔化す。多分誤魔化しきれてない。
「ならば生徒会長を輩出するにはどうすれば良いのか、夜一」
次に指名されたのは
「うむ。年度末の生徒会長選挙に勝利する、であるな?」
「年度末って何?」
「そこはせめて「生徒会長選挙って何?」であってくれ……」
おかしいな、冗談のつもりがクラスメイト全員から本気の同情の視線を買った。流石の僕でも年度末くらい知ってるよ。確かに父さんが現役総理の頃、記者会見で年末と年度末を言い間違えて話題になったけど。
「生徒会長選挙くらいは分かるって事で良いんだよな?」
「ははっ」
「生徒会長選挙とは、文字通り翌年度の生徒会長を選ぶ選挙だ。これは例外的に、全ての学年の生徒が同時に立候補する、更に誰でも立候補できるという形式だ」
つまり、今年度末にその選挙で勝っちゃえばその時点で任務完了か。性別を隠さなきゃならない事情もあるし、早期決着が望ましいな。
「ヘイ、ユーリ! 例外的に、って事はその他の選挙は学年ごとなのかい?」
「お手本のようなフリをありがとう、渚」
「生徒会長選挙とは別に、学年別選挙が年に四回行われる。これは学年ごとに投票先を選ぶようになっている。生徒全員が、各学年の候補者一名ずつに投票をするんだ」
「待ってよ、僕達は入学したばかりで同級生さえもよく知らないのに先輩にも投票しなくちゃならないの?」
「そうだ。それは逆に言えば、先輩方から俺達一年に対しても同じだな。その為に選挙活動を行う」
父さんがやってたアレか。選挙区を車で徘徊しながら手を振るってやつ。でも、良いのかな。校内を車で走るなんて危険極まりないし、それどころか運転免許を持ってる人なんて居る訳無いじゃないか。僕でも乗れる乗り物なんて一つしかない。
「自転車でも良い?」
「ははっ」
「質問に答えろ女装野郎!」
黙って手鏡を向けられた。鏡の向こうに美少女が居た。
「でもさぁ、G組の僕達が選挙で勝てるのぉ?」
「同感だのう。何せ入学試験で最底辺の成績を取った者達が集まっておるのであろう?」
「フーム、その上A組にはあの天照が居ると聞くしね」
「心配するな。何せG組には美鶴が居る」
「えっ、僕?」
天照ってあの現政権のトップに君臨する天照だよね。A組に居るっていうのはその娘だろうし、どうしてそこに僕が並べられるんだろう。
「こいつは最後の男性総理、大和守神代の息子だ」
クラスメイト達から口々に驚嘆の声が溢れた。そんなに驚かなくても良いのに。君達だって、かつては腕を鳴らしていた閣僚や政治家の息子だろうに。
「待つのだ栗東院殿。大和守の息子であるならば、むしろおなごだらけのヤマジョでは目の敵にされるのではないか?」
天照に負けて以来、父さんは男を優遇するマニフェストばかりを並べるようになった。それが行き過ぎており、真っ当な男性からの票まで失っているのだ。息子としては悲しいけど、仕方無いと思う。過激なやり方は万人には受け入れられないよ。
「そうだが?」
「えっ、じゃあ何で僕の名前を出したの?」
「もしもの時はこいつの素性を公にしてG組全員が助かるんだ。これ程頼もしい仲間は居ないだろう?」
「それは仲間とは言わない! スケープゴートって言うんだよ!」
僕の抗議はクラスメイト達の喧噪に掻き消される。こんなクラスは生徒会長の輩出どころか進級さえも許しちゃダメだと思う。
「まあ冗談はこのへんにしておこう」
「まったく、冗談でもクラスメイトの人権を蔑ろにしちゃダメだよ?」
「ははっ」
「肯定してよ、僕の今日の安眠のためにさぁ!」
今夜からメイクやミックスボイスの勉強に励もう。自分の身は自分で守らなきゃね。きっとマイチューブで検索すればいくらでもそういう動画が見つかるだろうし。
「最底辺のG組が最優秀のA組に勝てない道理は無い。それどころかG組は有力クラスだと言っても良い」
「なんでぇ?」
「ヤマジョの絶対女王、現生徒会長はG組だ」
「ワーオ、完璧と名高いあの生徒会長がかい?」
僕でも知ってる。むしろ入学前から生徒会長の名前だけは知っていた。何せスポーツから芸術、学業までありとあらゆる分野で活躍するだからだ。
「所詮クラス分けは入学時の成績、しかも学業分野のみで判断された基準に過ぎない。俺達は他のクラスと違って、男であると言う肉体的な生来のアドバンテージもある。クラス全員で力を合わせればA組にだって勝てる!」
不思議だ。悠里とは今日知り合ったばかりなのに、彼がそう言えば本当にそんな気がしてくる。彼のような男が僕達のリーダー、つまり級長に相応しい。
「ということで美鶴、G組の級長はお前だ」
「悠里じゃないの!?」
「最後の男性総理の息子が政権を取り戻す、美しい筋書きだろ? 級長の仕事は怠いし」
「二つ目が本音だよね!?」
「ごちゃごちゃ言うな、それでもあの大和守神代の息子か! 俺は親父を尊敬している。そんな親父は神代さんの腹心として支えてきた。だから俺は神代さんの偉大さを知っているつもりだ。だから美鶴、俺は親父達がそうだったように、先頭に立つお前を支えたいんだ。そうすれば必ずこの国は女から取り戻せる。俺達にはお前が必要なんだ」
悠里から熱い視線が向けられる。クラスメイト達も僕を見つめる。そうか、僕はそういう星の下に生まれた。僕だって男だ。そこまで期待されたら応えないわけにはいかない。
「分かったよ悠里。そこまで言うなら僕、頑張るよ!」
悠里からはもちろん、クラスメイト達から拍手が送られる。悪い気はしない。
「いやぁ、助かった。今更申請した内容を変更するのは面倒だったんだ」
「そっちが本音だよね!?」
「ははっ」
まあ、良いんだけどさ。
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