ヤマジョ漢乙女政戦~女子校に潜入学したらクラスメイトは全員男でした~

R(oo)M(ee)

プロローグ

国立大和女子高等学校。四限終業のチャイムは、淑女を戦場に駆り立てる。


「最高級タマゴサンド、残り一つです!」


 声のよく通る購買部のマダムが叫ぶ。


『ルートAは封鎖されてるよぉ』


 ワイヤレスイヤホンから、少年とも少女とも聞き分けの付かない声がする。


「想定内だ。中庭を通過して食堂を目指す」

「「了解」」


 僕達三人は廊下に蔓延る淑女の群れを掻き分け、二階の窓から飛び降りて中庭に着地する。スカートが翻ろうと気にも留めず、吹奏楽部が練習している横を駆け抜けた。


 食堂がある一棟一階は混雑している。木を登り二階の窓から再び校舎内に侵入すると、


「ちょっと、通してくださる!?」

「何をお莫迦な事を仰ってますの、先に並んでいたのは私ですわ!」

「あぁ、いと麗しや王子先輩……」


 またしても、校舎内廊下は淑女が群れを成していた。


「やられた、王子先輩のティータイムだ!」


 僕が一棟二階の空き教室を指して叫ぶ。毎週月曜日は、テニス部の王子様・王子先輩がここで部員達とティータイムを楽しむ。その御姿を一目見ようと淑女達が集うのだ。


「知っているさ」


 僕の隣の茶髪ポニーテールの美少女が指を鳴らす。


「ヘーイ、ようやくボクの出番かい?」


 どこからともなく、モデルのように美しい顔とスタイルを誇る金髪ショートヘアの王子様が現れた。


「フーム、悩ましいね。ボクを差し置いてレディーの視線を独り占めとは……」

「何を言ってる。お前の方が美しい、存分に視線を集めて来い」


 金髪は単身で廊下を駆け、ウインクと投げキッスを連発した。


「「「ぎぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」」」


 空き教室前に集っていた淑女達は一目散に金髪を追いかけた。さっきまで不気味な熱気で充満していた一棟二階廊下に爽やかな風が吹き込む。


 道が拓けた。


「突っ走るぞ! ここからはテメエらの脚だけが頼りだ!」

「「おう!」」


 廊下は走らない。淑女のピクトグラムが疾走する僕達を睨む。それを無視して階段へ。階段を走るな、とは書いてない。


「見えてきた、食堂だ!」


 豪華なシャンデリアが目印だ。東京ドーム百分の一個分の面積を誇る広さで、この学校に在籍する淑女達の憩いの場として愛されている。


 購買部は、その食堂の隅にある。


「遅かったわね、最底辺のゴキブリ共!」

「A組三女傑!」


 最高級タマゴサンドはもうすぐそこにあるのに、僕達の一番の敵が食堂入口にて立ち塞がる。


「タマゴサンドは、わたし達のもの」


 三女傑の首魁、浮世離れした銀髪が輝く美少女が、細くも力強く宣言する。


「支払いはまだのはずだ。今はまだ、その最高級タマゴサンドは誰の物でも無い」

「残念だったわね、キャッシュレス決済ですぐに済むわ!」

「それはどうかな?」


 僕の隣で、茶髪ポニテがにやりと笑む。


「あ、あれぇ……? すみません、もう一度お願いします」


 購買部のレジでたじろぐふわふわ系の美少女。彼女もまた、三女傑の一人だ。


『ぐふふっ、購買部のキャッシュレス決済システム、ハッキング済みだよぉ』


 ワイヤレスイヤホンの向こう側で悪人が笑う。相変わらず頼りになる、僕達G組のIT担当だ。


「良いわ、こうなったら直接手を下してあげる。さあ、やっておしまい!」

「お任せください」


 次の瞬間、レジ前に居たはずのふわふわ系が目前一メートルに迫っていた。瞬きをする間も無く、彼女の右拳が襲い掛かる。


「ふんっ!」


 僕の端正な鼻筋が芸術的な曲線美を生み出すかと思いきや、隣から伸びた細く白い右手がそれを阻んだ。


「任されよ」


 満を持して、共に走ってきたもう一人の仲間が前に出る。黒髪ロングストレートが艶やかな和風美人が、姿にそぐわぬ闘気を漂わせる。


「どうする、A組の参謀様? そちらさんの最高戦力は、最底辺クラスの生徒一人しか足止めできないようだぞ?」

「あら、G組級長さん? アンタ程の人が戦況を見誤るとはね」

「どういう意味だ」


 A組三女傑の一人、学内一の策謀家と評される暗い青髪ショートボブの美少女が指を鳴らした。


「「「ごきげんよう!」」」


 いつの間にか、僕達はA組の生徒に囲まれていた。淑女の風上にも置けない下品な野次馬達は、全てA組の生徒だったのだ。それが入学時最優秀クラスと謳われたA組のやり方なのか? 同じ学び舎で筆を執る淑女として反吐が出る。


「アーハッハッハッハ! 残念だったわねG組! 一騎当千の武将さえも囮にする、それが戦争の正しい戦い方なのよ!」

「囮って、ちょっと可哀想」

「級長は黙ってて?」


 美少女二人の小気味良いやり取りさえも、絶体絶命の窮地に立たされると腹立たしい。


「どうしよう、万事休すだよ!」

「想定内だ」


 こいつはまだ、諦めていないようだ。


「想定内? 強がりもいい加減になさい! G組の最高戦力は持ち場を動けず、残されたアンタ達二人を三十五人の精鋭が取り囲んでいる。チェックメイトよ!」

「その盤面がもし、たった一手でひっくり返るとしたら?」


 茶髪ポニテはブレザーの懐から紙束を取り出し、それを宙に振りまいた。そのうち一枚が僕の手元に収まる。


「これって!」


 食堂に辿り着く前に数多の淑女を虜にした金髪の生写真だった。それも、着替え中の衣服がはだけた姿を捉えた生写真だ。


「「「ぎぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」」」


 僕達を取り囲むA組の生徒達は、宙を舞う写真を取り合い一触即発の様相。


「道は作った、走れ!」

「了解!」


 包囲網に生まれた一瞬の隙を突き、僕は購買部へと一目散に走り出した。


「級長!」

「まかせて」


 僕の後を追ってA組級長も走る。


 しかし、彼女がいくら文武両道の超淑女スーパーウーマンと言えど、僕の脚に追いつくはずも無い。


 何故なら僕が、男だからだ。


「獲ったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


と思いきや、すんでのところで別の手が最高級タマゴサンドを掴んだ。


「これ頂けますか?」

「はい、五百円ちょうど、まいど!」


 この学園には、女王が君臨する。


「やあ、一年生諸君。来週は買えると良いね」


 三年G組級長にして生徒会のトップに君臨する、ヤマジョの絶対女王。


 生徒会長は悠々と席に着き、陽光に照らされながら、最高級タマゴサンドを頬張った。



               ♀ ♂ ♀



「美鶴君、ゲームセンターは好きか?」

「うん、すき!」

「はははっ、俺もだよ。この場所が、俺は大好きだ」


 ダサいチェックの長ズボンが印象的な、近所のゲームセンターのオーナー。彼が僕の父親代わりの人だった。


 僕の父さんは総理大臣。具体的に何をしているのかは知らなかったけれど、とにかく忙しかったらしく、生身の姿よりもテレビに映る姿の方が記憶に残っている。


 当時、母さんはまだ幼い妹の世話に追われていた。父さんも母さんも僕には構ってくれないから、僕はゲームセンターに入り浸った。


 ゲームセンターは良い。僕の父さんが総理大臣だって知ってる人は居ない。誰も僕に媚びず、それどころか画面の中で僕をボコボコにする。


 それが僕は心地好かった。家よりも、学校よりも、心地が好かった。


 父さんが総理大臣ではなくなった。


 父さんが家に帰ってくると思い、僕は喜んだ。喜ぶ僕は初めて、母さんにぶたれた。


 僕は悲しくなって、夜も遅い時間にゲームセンターへと駆け込んだ。母さんにぶたれた事が悲しかったのか、僕の喜びに共感してくれなかった事が悲しかったのか、分からなかった。どちらでも良い。とにかくアーケードゲームに向かえばその悲しみは解消されると思ったのだ。


 ゲームセンターはシャッターが下ろされていた。


 オーナーが入り口の前に座り込んで缶コーヒーを飲んでいた。


「ゲームしにきたよ」

「ごめんな、美鶴君。もう、ゲーム出来ないんだ」

「でもゲームしたいよ。悲しいんだ、僕」

「俺もだよ、美鶴君」


 車のヘッドライトが店の前を通り過ぎ、ようやくオーナーが泣いているのだと分かった。彼が誰かを求めているように見えたのか、僕が誰かを求めたのか。僕は自然と彼の隣に座り込んでいた。


「女が総理になっただろう? それからすぐだ。このゲームセンターを潰すと銀行に言われた」

「なんで?」

「俺が、男だからだ」


 夜風が少し、寒かった。


「ここは誰もが楽しめる場所だったんだ。それを奪う権利なんて誰にもありゃしない。別にな、男だから素晴らしいとも思わない。女だから悪いとも、俺は思わないよ。せめて、俺達国民の幸せを奪わない人に、総理になってほしいよ」


 僕の運命を変えたのは政界から追い落とされた父の悲しみではない。


 何の罪も無い小市民のおじさんが、僕が総理大臣を志すきっかけなのだ。


「僕、総理大臣になる」



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