第10話 絵に描いたような『魔王』キター!

 漠然とした私の要求を、フェリクスはただ一言で飲み込んだ。

 すべて女神と聖女の求めるままに、と。

 

 それからのフェリクスは精力的に働いた。

 それまでは慣例に従い、まんまと聖女を王城に奪われるといった失策もあったのだが、今は国王を相手にしても強気に対応している。

 

 食堂で本当の姿を見せたことで、私の顔についての話が王城まで届いたらしい。

 王家からは『聖女を返せ』という面白おかしい失笑ものの抗議の他に、何故かアレオスからも恋文(笑)が連日のように届くようになった。

 どうせ噂が届くのなら、食堂で話した内容についてが届いてほしかった気もする。

 この世界ミエリクトリは今、聖女わたしの目を通して女神ミエリクトリに見張られているのだ、と。

 

 各地の神殿まで掌握したフェリクスは、いったいどういう手段を用いたのか、次々に領主や隣国を取り込んでいった。

 そうして明確に王家と対立し、歴代の聖女に対する行いに怒った民を味方につけ、王家どころか王制の解体を実現する。

 

「見事な『最後っ屁』ですね」


「聖女様、最後っ屁とは?」


「悪あがきみたいなものです」


 無様ですねー、と故意に語尾を伸ばして室内を見る。

 いよいよ国王ソレントと第一王子アレオスが野に下るということで、最後に恨み言ぐらい聞いてやろうかと様子を見に来たのだが。

 様子を見に来た先にあったのは、見覚えのある魔法陣だ。

 そう、聖女わたしが召喚された魔法陣である。

 

「なんですか? 魔法陣それでさらに聖女でも呼ぶつもりですか? もう模様だけ真似ても召喚の魔法陣として機能はしませんよ?」


 私が呼ばれた魔法陣は女神が封じた。

 それ以前に、あの魔法陣は女神が過去に使った術を人間が真似たものである。

 安定して聖女が召喚できるようになるまでに、人知れず少女が何人も犠牲になった魔法陣だ。

 

 それを、見てくれだけ真似たからといって、本当に効果があるものが作り出せるとは考え難い。

 たとえ効果が望めるレベルの魔法陣を作れたとしても、今度こそ女神がそれを許さないだろう。

 

「何が聖女だ、魔王の手先め!」


「顔は美しくなったが、中身は以前の方がつりあっていたのではないか?」


 中身が以前も今もどうかと思う性格なのは認めてもいいが、彼らにだけは言われたくはない。

 私は自分の都合で呼び出した人間を、容姿が気に入らないからといって暗殺者など送らないし、暗殺者を使うような息子を野放しにするつもりはないのだ。


「貴様に相応しい相手を呼んでやる」


「いでよ、大悪魔よ! おまえの花嫁に相応しい女をくれてやるっ!!」


 よく判らないが、なんとなく判った。

 要は雰囲気だ。

 雰囲気で、彼らが何をしようとしているのかを察するしかない。

 

「悪魔召喚的なものでしょうか?」


「あの魔法陣にそんな効果はありませんが」


 とはいえ、曲がりなりにもオリジナルは女神が作った術だ。

 模倣しただけの魔法陣で異世界から少女たちを攫ってきていたのだから、何かしらの力ぐらいはあるかもしれない。

 というよりも――

 

「おお! 来るぞ! 魔界より大悪魔がっ!」


 そんなモノがホントに来たらすごいなー。

 果たしてろくな準備もなく、技術として確立もしていない悪魔召喚など可能なものだろうか。

 半ば呆れて愉快な父子を見守っていたのだが、のん気に見物できていたのはそこまでだった。

 

 どうせ何も起こるわけがない。

 そう見守っていた魔法陣に、黒い雷が走り始めたのだ。

 

『呆れた間抜けがいたものだ』


 黒い雷に続き、低い声があたりに響いた。

 声の出所を求めて視線を巡らせると、魔法陣の中央に黒い染みが生まれていることに気がつく。

 気がついた時には染みは大きく広がり始め、黒い雷を放ちながら膨れ上がり、頭に巨大な角を生やした黒ずくめの大男の姿へと変わった。

 

 ……絵に描いたような『魔王』キター!

 

 え? なにこれ。魔王これ聖女わたしが浄化しないといけないの? と面倒に感じたのは一瞬だけだ。

 魔王(仮)は聖女わたしになど一切関心を見せず、自分を呼び出した(はず)の父子へと向き直った。

 

「さ、さあ! 悪魔よ! あれなる魔王の手先を殺すのだ!!」


 びしっと私を指差す国王ソレントに、魔王は一度だけチラリと私へと視線を寄越す。

 が、ただそれだけだ。

 すぐにまた視線をソレントへと向け、一歩ずつ歩を進めた。

 

 ……あ、これ駄目なやつだ。

 

 召喚した魔物に、召喚者が速攻で殺されるパターンだと思う。

 怒りのオーラが見える気がする魔王の背中を見守りながら、護衛として私を背中に庇うアスランへと呟く。

 

「……突然だけど、聖女に暗殺者を送る王子と、聖女に悪魔をぶつけようとする国王って、ホント似たもの親子ですよね」


「聖女様はもう少し危機感とか持とうか」


「あら、だってわたしのことはアスランさんが守ってくれるでしょう?」


「聖女様に毛ほどの傷でもつけようものなら、フェリクス様がおっかないんですよ」


 とりあえず後ろに下がってくれ、とアスランが悲壮な声をあげたので、一歩だけ後ろへと下がる。

 真面目で正直者のフェリクスは、あれは一種の狂信者だ。

 聖女が命じれば、何でもするヤバさがある。

 事実、聖女を道具として見る者を一人ひとり洗い出し、綺麗に潰していった。

 結果として一国の首さえ変えてしまったのだから、恐ろしいなんてものではない。

 使い方を間違えると怖すぎるハサミだ。

 

『今回の聖女は、なかなか見所があるようだな。いつもの操り人形ではない』


 よほど魔王が怖かったのか、アレオスは腰を抜かしたまま壁際まで後退し、失禁していた。

 悪魔どころか魔王を呼び出してしまったソレントはというと、がっちりと魔王が片手で頭を掴んでいた。

 あまり格闘技には詳しくないが、確か『アイアンクロー』とか言う技名だった気がする。

 

「聖女の召喚を悪用した人間に、女神ミエリクトリもお怒りです」


 救う価値のある世界なのか見極めるのに忙しくて、浄化の旅になど出ている暇はなかった、と肩を竦めて答えると、かすかに魔王の笑い声が聞こえてきた。

 ついに女神も見捨てたか、と。

 

「あと、女神ミエリクトリにとっては、魔王あなたも手を差し伸べたい一人ですからね」


 女神ミエリクトリにとっては、人間も魔物も生命として差はない。

 だからこそ、聖女に持たせるのは『浄化』の力であって、魔を滅するための力ではないのだ。

 魔に落ちた魂を浄化し、再び心静かに生きられるように、と。


 そもそもこの世界ミエリクトリにおいては、魔物は人間の心から生まれている。

 魔王というのは、魔物たちの王という意味もあるが、王が魔に転じても魔王だ。

 特に、ソレントがうっかり呼び出した目の前の魔王は、人が転じた魔王の中で最古の存在だった。

 

 そして、魔王に転じたきっかけというのが――

 

「わたしとしては、強制的な浄化や封印を施すより、積年の恨みを果たさせてスッキリしてもらった方がいいんじゃないかな? と思ってます」


 いかがでしょう? とおどけた声音で魔王へと提案する。

 魔王の恨みは為政者、もっと正確に言えばこの国の王家へと向けられている。

 民への恨みはないのだ。

 というよりも、魔王は魔に転じていようとも『王』である。

 王にとって民は守り、慈しむものであって、恨みをぶつける対象ではない。


『……では、おまえは私の邪魔をするつもりはないのだな?』


 ソレントの頭を掴んだまま、ようやく魔王が私へと振り返る。

 角が生えていたり、目が爛々と赤く輝いていたりとするが、基本的には整った顔立ちの美丈夫だった。


「個人的には応援したいぐらいですが、わたしがするのは提案だけです」


 恨みを晴らしたあとは成仏する。

 あるいはおとなしくどこかで隠居生活を送る。

 そう約束してくれるのなら、女神ミエリクトリが管理しているあるモノを渡します、と誘う。

 

 女神ミエリクトリが管理しているモノとは、魔王が人間であった頃に、彼を裏切ったすべての人間の魂だ。

 この魔王が『魔王』に転じたきっかけについては、女神ミエリクトリも思うことがあったらしい。

 せめて魔王の慰めになれば、と当時の関係者すべての魂の転生を禁じ、纏めて保管していた。

 

「あと、これは本当にただのお願いというか、好奇心なのですが……魔王さんって、『万死に値する』って言葉知っていますか?」


『……知らんな。だが、良い言葉だ。なるほど、たしかにこやつ等にはただ一度きりの死では足りぬ。万の死を与えてもなお私の心は晴れぬだろう」


「わたし、癒しの奇跡を女神ミエリクトリから授かっております」


 そこに今まさに魔王に命を握られている生きた人間がいますよね? と魔王が手にしたソレントと、足元のアレオスを示す。

 

 あとはもう、判るだろう。

 

 女神が保管していた魂をソレント、あるいはアレオスの中へと移す。

 魔王がそれに恨みを晴らす。(オブラートに包んだ表現)

 魂の入った人形が動かなくなったら(オブラートに包んだ(略))私が癒す。

 また別の魂を移す。

 魔王がそれに恨みを張らす。(オブラート(略))

 (オブラ(略))私が癒す。


 これを一万回ほど繰り返してみたい。

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