第11話 よし、決めた

 結局、魔法と物理をもって『万死に値する』をリアルに実行することはできなかった。

 なんというのか、魔となっても民を傷つけようと思わなかった王は、やはり善良な魔王だったのだ。

 万どころか、十を数える頃にはチラチラと私の顔色を窺い始め、十五で「反省しているようだし、本来すでに死んでいるわけだし、女神に転生の輪から外され、辛い思いもしてきただろう。二十死で許すことにしよう」と言い出し、フェリクスに「せめて聖女様へ暗殺を行った回数は死んでいただきませんと」と真顔で返されていた。

 しっかり私への暗殺計画実行回数を調べ上げていたフェリクスは、さすがというか、やはり怖い。

 最終的には何故か魔王がフェリクスに土下座で許しを乞うていた。

 

 三十六回目の死にしてようやくフェリクスから(魔王からではない)許されたソレントとアレオス、それから女神ミエリクトリに転生を封じられていた魂たちは、心底嬉しそうな顔をして死んでいった。

 それを見送る魔王も、現れた当初の雰囲気とはまるで違い、同情的で、彼らの魂の開放を心の底から喜んでいる晴れやかな顔だった。

 

 ……うん。やっぱり恨みは晴らした方がスッキリするよね、被害者も加害者も。

 

 積年の恨みを晴らしてすっかり落ち着いたのか、魔王の魂は浄化され、穏やかな青年王に戻った。

 とはいえ、かつて青年王が治めていた国はフェリクスが解体してしまったので、今さら王として返り咲くことは難しい。

 ならば、と青年王にはフェリクスが作った新しい政治体制と神殿の間に立ってもらうことにした。


 いわゆる中間管理職というものだ(誤)。

 

 再就職の斡旋をしたら、青年王は涙を流して喜んでくれた。

 あ、これ逃げられないヤツだ、と。

 

「さて、結果的に魔王も浄化されたし? 旅にも出ずに聖女の仕事が終わりましたね」


 これでおしまいかな? と指を折って数える。

 女神ミエリクトリからザッと聞いていた聖女の役目は、魔王討伐と浄化の旅、為政者の花嫁というものだった。

 そして現在魔王は浄化され、魔王が浄化されて元の善良な青年王に戻ったことで、人間と魔物との付き合い方にもようやく変化が生まれた。

 本来は、女神ミエリクトリによる最初の聖女召喚のあとに望まれていた変化だ。

 それがようやく起こったのである。

 

 ……為政者はフェリクスが潰しちゃったしね。

 

 これで本当に聖女の役目は終わったのだろう。

 少し寂しい気もする。

 

「ようやく聖女様に振り回される日々ともお別れですか。そう考えると……清々しますね」


「大きな×印を頭の上に浮かべて『清々する』と言われても……」


 今日も女神ミエリクトリから授かった真偽を見破る力は健在だ。

 フェリクスの発言は基本的に嘘など混ざっていないのだが、今日は珍しく×印が出ている。

 つまり、『清々する』は嘘で、寂しがってくれているのだ。

 

「そういえば、自慰は覚えましたか?」


 なんとなくしんみりしてしまった空気を変えようと、爆弾を投げてみる。

 以前のフェリクスはこの話題で赤面していたのだが、私からの突然のセクハラにも慣れてしまったらしい。

 すっかり可愛げというものがなくなり、食事中を狙って爆弾を投げても、噴出したり、喉に詰めたりとすることはない。

 

「覚えはしませんが……試してはみました」


「……頭上に丸印が出ているんですが」


 本当に試してみたのだろうか。

 自慰という言葉すら知らなかったフェリクスが。

 

 驚きすぎてまじまじとフェリクスの顔を見上げていると、フェリクスは苦笑いを浮かべた。

 聖女に対し嘘など付かないので、丸印が出るのは当然だ、と。

 

「何ごとも教わったままに信じ込まず、確認をするのは大切だと、聖女様のことで学びましたので」


 これは私が召喚されたばかりの頃の話だろう。

 慣例に従って聖女の身柄を王城へ預け、王城では王子主導による聖女暗殺計画が何度となく行われた。

 聖女は神殿が招いた異世界の客人なので、と最初から神殿で聖女を預かっていれば起こらなかったことでもある。

 他にも、歴代の聖女の真実というものも、私が指摘したあとにフェリクスは自分で調べ上げていたはずだ。

 

「……ちなみにオカズは?」


「黙秘します」


「もしかして――」


「違います!」


 言い終わる前にフェリクスが否定してきたのだが、その頭上には大きく×印が出ていた。

 この場合は、違いますというのが嘘なのだろう。

 『誰か』と言葉を紡ぐ前に否定されたので、フェリクスが思い浮かべた人物への否定が『嘘』ということになる。

 

「……ちなみに、わたしはアスランの名前を挙げようと思っていたんだけど?」


 嘘である。

 日本人の女の子は生まれた時から全員BaconとLettuceが好きだ、などという暴論は聞いたことがあるが、全員が全員ということはないだろう。

 いたとしても、せいぜい半数ぐらいのはずだ。

 ――閑話休題。話が逸れた。

 

 私の続けた言葉に墓穴を掘ったと理解したのだろう。

 フェリクスは久しぶりに頬を朱に染めた。

 

「これ以上はあえて突っ込みませんが、忘れないでくださいね。『聖女』だなんて呼んだって、わたしたちは普通の女の子なんです」


 突然知らない世界に攫われてくれば、誰だって怖い。

 魔物のいる世界を旅しろ、だなんて言われても困ってしまう。

 元の世界に好きな人がいたかもしれないし、逆に攫われて来た世界で誰かを好きになることだってあるだろう。

 本当に、召喚聖女など、普通の女の子なのだ。

 

「……よし、決めた」


 女神ミエリクトリに託された、最後の仕事。

 女神が救う価値のある世界かどうか、その見極めも私が任されていたのだ。

 

「今回の聖女召喚と魔王の浄化によって、人間は自分の心の魔物と向き合う第一歩をようやく踏み出しました」


 これを人間の成長と見なし、女神ミエリクトリの守護はもう少し続けてもらうことにする。

 女神ミエリクトリがこの世界から目を離す時は、人間に呆れて見放す時ではなく、人間の成長と独り立ちを祝う時であればいい。

 そう願う。

 

「召喚の魔法陣は取り上げない。そのかわり、召喚方法に条件をつけます」


 まず、召喚される側はそれまでの『すべて』を奪われて強制的に異世界へと拉致されてくることになる。

 召喚される側が『すべて』を奪われるのだから、召喚する側も『すべて』を捧げるべきだろう。

 

「その条件では、召喚者として奴隷などで身代わりが立てられそうですが……」


「身代わりなんて認めません。そこは女神様がしっかり見張ってくれるでしょう。……自分にリスクがないと思うから、ホイホイ聖女召喚なんてするんですよ」


 代わりはいくらでも用意できる、と召喚された聖女が道具として扱われたのも、このせいだ。

 自分たちが負うリスクがなかったからこそ、気軽に異世界から少女たちを攫い、利用するだけ利用して捨てるような真似ができていたのだ。

 

「今回のように為政者が主導で行う召喚であれば、為政者の『すべて』が対価です。この場合、民と国土が対価でしょうか?」


 これなら本当に一か八かの本当に切羽詰まった理由でしか異世界からの召喚に挑めなくなるはずだ。

 召喚の魔法陣自体は残されたとしても、実質『使えない』魔法陣になる。

 

 自分の『すべて』をかければ、異世界からかけた『すべて』とつりあった存在が呼ばれる。

 例えば、うっかり魔王になってしまった青年王のような立派な為政者が召喚に臨めば、召喚を必要とした事柄を解決できるほどの勇者が呼び出されることだろう。

 

 あくまで、召喚側の資質次第だ。

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