第9話 あ、ちゃんと答えるんだ。

「お迎えに参りました、聖女様」


 問:大衆食堂で働いていたら何故か神殿からやってきた大神官に跪かれた時の若者の気持ちを答えよ。

 

 答:

 

「……どなたかとお間違いではありませんか?」


 むしろ、他にどう答えろと言うのか。

 

 大衆食堂に身奇麗な格好をした神官が、それも大神官がやって来たという事も驚くが。

 その大神官が跪き、女性どころか若者に向かって『聖女』と呼びかけているのだから、私でなくとも驚く。

 現に、食堂で料理を運んでいる時にフェリクスが現れたものだから、他の食事客が驚きに固まっていた。

 

「いいえ。貴女様が聖女様です。それは確かに……少しお姿は変わっているようですが、私には判ります」


「や、聖女ってぐらいですから、聖なる乙女で、女性でしょう。俺が女に見えるんですか?」


「今のお姿は男性に見えますが、それでも貴女様が聖女であることに変わりはありません」


 姿は違うが、同じ人間である。

 そう私を真っ直ぐに見つめて言い切るフェリクスに、負けた。

 私も大概ひねくれた人間だが、だからこそ、こういった真っ直ぐな人間には弱いのだ。

 真っ直ぐな人間に正面からぶつかってこられたら、つい私も正直に返してしまいたくなる。

 

「……参考までに聞かせてほしいのですが、どこで判断をしましたか?」


「最初はアスランですね。アスランが、貴女とよく似た若者を見かけた、と言って、この店を教えてくれました」


 アスランが最初に「おや?」と思ったのは、私の話し方らしい。

 アクセントの付け方に癖があったようで、そんなことまで気にしていたらしい傭兵の仕事っぷりに驚かされた。

 意識して観察してみると、些細な仕草に『聖女』と同じものがあったそうだ。

 けれど、アスランは結局性別を理由に『聖女』と『食堂で働く若者』を別人だと判断した。

 

 そこで終わっていれば良かったのだが、アスランは自分の直感と理性で意見が一致しないことを捨て置かず、『街でこんな若者を見かけた』と噂話の一つとしてフェリクスの耳へと入れたらしい。

 気になることを内へと溜め込まず、外へと出した。

 

 結果としてフェリクスが動き、見事私を見つけ出してしまった。

 

「アスランさんはもういいですから、フェリクスがわたしだと判断したのはどこですか?」


 次のために聞かせてください、と続けると、フェリクスは僅かに唇の端をあげる。

 一応、これが彼の微笑みらしい。

 

「私については……聖女様が纏う神気と申しますか……雰囲気? ですね。なんとなく判ります。姿は違うが同じ方だと、ひと目で判りましたよ」


「つまり、大神官ともなるとオーラ的な何かが見えるってことですか? あ、だから容姿が醜女あれでもちゃんと聖女扱いしてくれたんですね」


 納得、納得。

 一人でそう頷いていると、フェリクスは困ったように眉をひそめる。

 神気が判らなくとも、容姿で聖女への態度は変えなかったはずだ、と。

 

「嘘を言っても判りますよ。女神様から嘘を見抜く力も授かっていますからね」


「聖女様に対して嘘など申しません。お疑いでしたら、試してみてください」


「じゃあ……」


 さすがは神職といったところか。

 嘘などつかない、という態度すらも堂々としている。

 こうも堂々とされると、ひねくれ者の私としては、ささやかな嘘であっても暴きたくなるというものだ。


 ……絶対に動揺する、一瞬だけでも隙ができるような質問は……?

 

 何かないだろうか、と考えて、すぐに浮かんだのはドラマで見たセクハラ発言だ。

 主人公の女性に口で負けそうになった男性の上司が、台詞の流れにまったく関係なくぶち込んできた最低のセクハラ台詞である。

 

「……週に何回ぐらい自慰しますか?」


「……自慰、とは?」


「え!? そこから!?」


 きょとんと瞬くフェリクスに、セクハラと承知で質問した私の方が困ってしまう。

 神職といえば、男色が蔓延っていてもよさそうなものだが(偏見)少なくともフェリクスには無縁の言葉だったらしい。

 会心の一撃を狙って殴りかかってみたのだが、フェリクスの無知によりまさかのカウンターを喰らってしまった。

 

「フェリクス様」


 今日は来ていないと思ったら、アスランはフェリクスと一緒に来たらしい。

 アスランはフェリクスの耳元へと口を近づけると、何ごとかを囁いていた。

 

 ……あ、理解したっぽい。

 

 アスランの説明で『自慰』の意味を知ったらしい。

 あまり表情の出ないフェリクスの顔が、はっきりと判りやすく朱に染まった。

 

 ……フェリクスが動揺するとこ、初めて見たかも。

 

 アレオスの蛮行や、歴代聖女の扱いについて、怒るところは何度か見たが、動揺しているのは初めてだ。

 妙に感慨深くもある。

 

「……いたしません」


 ……あ、ちゃんと答えるんだ。

 

 たっぷりと間が開いたが、フェリクスは私の質問へと「しない」と答えた。

 この答えに対し、女神ミエリクトリから授かった力で真偽を確かめる。

 じっとフェリクスの目を見つめていると、その頭上に大きな青い丸印が現れた。

 どうやらフェリクスは嘘をついていないらしい。

 これが嘘だった場合は、頭上に赤い×印が現れる。

 

「……嘘の反応がでませんね」


「真実ですから」


「試しに、『私は毎晩自慰をするムッツリ助平です』って言ってもらえますか?」


「私は毎晩自慰をするムッツリ助平です。……これでご満足ですか?」


 フェリクスの頭上に、今度は大きな赤い×印が現れている。

 どうやら真偽を見抜く力が不調だとか、壊れているだとかいうことではないようだ。

 

「フェリクスは清らかな大神官であると、女神ミエリクトリの判定が下りました」


「私が嘘など付いていないとご理解いただけたのでしたら、神殿へお戻り願えますか?」


「そう……ですね。類稀なる正直者フェリクスに免じて、私もそろそろ『本当』を見せようと思います」


 すっと姿を変える魔法を解くと、目線が少し下がった。

 男性に変身するにあたり背を高くしていたので、元の身長に戻っただけなのだが、久しぶりすぎて少し違和感がある。

 

 素顔を晒すのは、初日以来だった。

 

 初日にあった子どもにだけ、この顔を見せている。

 食堂で働くようになって様々な噂を流したが、多くの噂の中で本当のことがあるとしたら、あの子どもの流した噂だ。

 

 今回の聖女も美しい。

 

 女神もかくやというのはさすがに言いすぎだと思うが、美しいか、醜いかといえば、私の本当の顔をみて醜いと言える者は少ないだろう。

 よほどの特殊性癖の人間だけだ。

 

「……聖女様、何もそこまで顔を作らずとも」


「失礼だな。意外に失礼だな、大神官!」


 これが何もしていない本当の私の顔である、と唇を尖らせて抗議する。

 好きに顔を作って醜女になったり、顔どころか性別まで変える変身っぷりを披露してはいたが。

 自分の顔を良く見せるために女神ひとから授かった力を使ったりなどしない。

 そこまで落ちてはいないし、そんな必要もない顔だ。

 

「これが本来の顔……? しかし、この顔なら……」


「聖女は美女である、という思い込みをしている者がいたようなので? そういった手合いが理想と違う聖女を前に、どういう反応をするのかを見たかったんですよ」


 見事に踊ってくれましたね、と『そういった手合い』ことアレオスとコレクトについてをほのめかす。

 彼らは召喚の魔法陣から現れた聖女わたしを醜いと罵り、ひと目を避けて囲い込むどころか、さっさと殺して次を呼ぼうと暗殺者まで放って寄越した。

 

「ですが、それももう終わりです。醜い姿でも、性別を変えても、聖女わたしを見つけ出したフェリクスを、わたしは信じようと思います」


 これは女神ミエリクトリの願いである。

 

 そう前置いて、ミエリクトリへと召喚される前に女神ミエリクトリから聞いた話をフェリクスへと伝える。

 

 女神ミエリクトリは聖女を遣わしたのは初代の聖女と私の二回だけであり、他の聖女召喚は人間の都合によるものだった。

 そのくせ、本来の目的であった浄化を行わせた回数は半分もなく、呼び出された聖女はことごとく為政者の花嫁にされてきた。

 異世界から少女を攫い、聖女として担ぎ上げ、政治の道具とする現在の世界のあり方に、女神ミエリクトリは悲しみ、お怒りでもある、と。

 

「召喚の魔法陣を悪用し続ける為政者たちに、女神ミエリクトリは私を遣わしました。聖女召喚は本当にこの世界ミエリクトリにとって必要なものであるかどうか、判断を下すために」


 フェリクス、と静かに、改めて彼の名前を呼ぶ。


「貴方がわたしに聖女として浄化を行え、と願うのなら、わたしも貴方に願います。この世界を聖女が、女神ミエリクトリが救う価値があると証明してください」

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