第7話 さて、そろそろいいかな?
アレオスのこれまでの暴挙を知ったフェリクスは、王家へと猛烈な抗議を行い、その日のうちに私の身柄を神殿へと移してしまった。
フェリクスのおっとりとした外見からは想像もできない、驚きのスピードである。
これまで王家の発言を信じて聖女の身柄を預けてきたため、すぐに私が使える部屋はないと、フェリクスは始終私に詫びていた。
すぐに使える聖女用の部屋はないが、その代わり神殿で用意できる最上の部屋を空けた、と。
……や、さすがに神殿で一番偉い人の部屋を寄越せ、なんて思ってなかったよ。
それも、部屋を追い出された主は大神官という身分にあるらしい。
そう、大神官であるフェリクスの部屋がそのまま私のために空けられたのだ。
……神殿で一番偉い人だとか、そりゃ、あの時の侍女も『物知らず』って私を笑うわけだよね。
家具を入れ替える時間などなかったが、さすがにベッドの寝具は取り替えられる。
王城とは違って扉には鍵が掛けられていなかったし、警護のため一言声をかけてほしいとは言われているが、基本的にはどこへでも自由に建物内を移動することができた。
……改めて考えると、本当に幽閉されてたんだなぁ。
王城での扱いと、神殿での扱いには差がありすぎる。
王城では可能な限り
ベールも被らずに醜い顔を晒して歩き、顔を合わせた瞬間にギョッと目を見開く神官や巫女もいるが、それはこの顔が凶器となっているのだから仕方がない。
初見でこの顔に驚くことはあっても、彼らは私に対する態度を崩さない。
侮ることも、目を逸らすこともなかった。
……まあ、全員じゃないけどね。
やはりというか、顔から目を逸らす者も、陰口を叩く者も神殿にはいる。
目を逸らす者については、故意にこの顔を作っている側として申し訳なく思うし、神官たちも何も言わない。
けれど、陰口を叩く者については、庇いもしないし、神官たちもそれなりの対処をしていた。
王家の聖女に対する扱いがおかしい。
そう神殿側が疑問視したことで、浄化の旅(笑)への出発は延期されることとなった。
それにともない、王城で私へと行われていたはずの教育にも疑問が持たれ、確認を兼ねて再教育が行われることとなった。
これでさらに浄化の旅(笑)に出発するのが遅れることになったが、聖女に関することを神殿としては放置もできないらしい。
ならば、と歴代の聖女の死因を『訂正』していったら、教師役の神官とフェリクスがすごい顔になった。
……まあ、確かに病死と暗殺、事故死と自殺じゃ、意味が違ってくるからね。
この世界に留め置かれた聖女たちは、みな幸せな人生を送ることができていない。
生まれた世界からある日突然連れ攫われ、やって来た異世界で為政者の都合で心の沿わない男と娶わせられたのだ。
幸せになるためには、夫となった拉致加害者と、花嫁にされる拉致被害者双方の努力が必要となる。
が、当然被害者の都合など考えずに拉致を敢行し続けた加害者側が、被害者のために努力などするはずもない。
彼らはすでに聖女をただ都合の良い道具だとしか思っていないのだから。
歴代すべての聖女の死因を訂正し終わると、部屋から飛び出して行きそうな顔をしたフェリクスが、今まさに部屋から飛び出そうとしていた教師役の神官の服の裾を踏みつける。
ギリギリ転ぶことはなかったが、礼を失しかけていたことを神官は思いだしたようだ。
一度ゆっくりと深呼吸をすると、もういつものような冷静な顔つきに戻っていた。
「聖女様、お言葉を疑うわけではございませんが……」
「はい、いってらっしゃい」
例のごとく、確認作業に走りたいのだろう。
真面目だな、とは思うが、他者の言葉の裏を考えず、確認も取らずに信じ込むよりよほどいい。
少なくともフェリクスは、若干『聖女』というものに盲目になっている気がするが、それでも自分の頭で考えて行動することができているのだ。
王城の為政者たちには問題があったが、神殿はまだ捨てたものではないらしい。
これについては女神ミエリクトリも胸を撫で下ろしていることだろう。
浄化の旅は無期限延期となっているが、傭兵のアスランは引き続き私の護衛として神殿に雇われていた。
というのも、暗殺者から咄嗟に自分の身を盾にして私を守ったことが評価され、神殿側から信頼されたのだ。
城の人間でも、神殿の人間でもないアスランは、私のいい話し相手になってくれた。
民の目線、民の都合で話を聞かせてくれるからだ。
……さて、そろそろいいかな?
傭兵アスランからは、実に様々なことを教わった。
城や神殿とは違う一般常識や、貨幣の価値について、王都の様子、主要な施設、信頼のおける大店、美味しい食堂など、本当に様々なことを。
これなら一人で外へ出てもやっていけそうだ。
そう知識を仕入れることにも一息ついたところで、行動に出ることにした。
私が姿をくらますことは簡単だ。
女神ミエリクトリから授かった姿を変える魔法を解き、元の顔に戻るだけで良い。
これだけでもはや別人だ。
ただこの場合、身長や性別から「もしや」と疑われることもあるかもしれないので、さらに化ければ完璧だろう。
幸いなことに、私が授かったのは姿を変える魔法だ。
世界のどこかにいる実在の人物にしか変身できないのでも、時間制限のある魔法でもない。
顔の造形どころか、年齢も性別も思いのままだ。
身長と性別あたりを変えれば、誰も変身後の私を聖女として呼ばれた醜女だとは思わないだろう。
……心配になるぐらい簡単に抜け出せたね。
これまで脱走しようなどという素振りを見せてこなかったのも、良かったのかもしれない。
移動の際に言われていたように、ちゃんと護衛へと声をかけていたのも、信頼された理由だろう。
護衛を付けて大浴場へと移動し、護衛は大浴場の入り口で待機する。
脱衣所で姿を変えて、世話役の巫女の振りをして大浴場から出ることは簡単だった。
そこからさらに時々姿を変えて移動し、裏口から出る頃には、商人風の中年男性の姿をとっていた。
元から長湯にしても、さすがに長すぎると護衛たちが疑問に感じて大浴場を巫女に確認させた頃には、私は自由の身だ。
わりと好きにやってきた気はするが、自由は自由である。
……男って、楽だな!
性別は元の私とわかりやすく区別するため、男性を選んだ。
身長は日本人としては高めの180台に。
顔の造形は極々平凡に。
髪の色も街でよく見かける茶色だ。
瞳の色はせっかくだから、と緑色に変えた。
こうして出来上がったのは、元の私とはまるで違う青年である。
異世界に来てすぐに変えた醜女の面影もなにもない。
若い娘が身一つで生計を立てることは現代日本でも難しいが、これが男になると可能性は広がる。
男というだけで弱者として狙う目が減るし、働き口にも仕事を選ばなければ困らない。
とはいえ、あまり変な仕事もしたくはなかったので、そこはアスランから聞いた情報を利用させてもらった。
美味い料理を出すと評判の食堂の店主は、涙もろい人情家だと事前に聞いている。
彼の食堂を訪ね、適当に涙を誘う身の上話を語った上で、住み込みの店員として雇われることに成功したのだ。
……日本とは違って面白いな。
日本の食堂はメニューが何種類もあり、客が注文する度に料理人が作っていたが、ここでは少し違う。
竈の数にも、鍋の数にも、使える水の量にも限界があるので、それに対応した仕組みで食堂は回っていた。
まず、料理は一律同じ値段だ。
これは店側と客が共に計算しやすいという利点がある。
そして、メニューの数は肉か魚か、そのどちらも無しかの三種類だけだ。
一度に大量に作った料理を大きな鍋で温め続け、客の注文が入ると皿へと料理を盛り付ける。
そのため待ち時間というものがない。
いわゆるファーストフードというものだ。
付け加えるのなら、代金と交換で料理を手渡すため、食い逃げの心配もなかった。
そんな日本とは様子の違う食堂で和食スゲェもやらずに私が何をしているのかと言えば、これまでと同じ情報収集だ。
とはいえ、いつまでも受身というのも芸がない。
そう考えて、今回はこちらから噂をばら撒くことにも挑戦してみた。
「そーいや、こんな噂を聞いたんだけど、本当かなぁ?」
こんな嘘っぽい話が、本当なわけないよね。
この情報が間違っていたら訂正してください、と相手の自尊心を刺激しつつ、噂をばら撒く。
曰く、数ヶ月前に召喚された聖女がまったく街に姿を見せないのは、あまりにも醜い容姿をしているため、外に出せないのだ、と。
この噂には、けっこうすぐに火がついた。
神殿から王城へと聖女が移動する際にベールが風に捲れ上がり、子どもが泣き出して騒ぎになるほどの醜い顔がベールの下から出てきたという話がもともと広がっていたからだ。
「いや、俺は今回の聖女はスゲー美人だって聞いたぞ。たしか、貴族のガキがそんなことを言ってたことがあったろ」
「女神様もかくや、って美貌の乙女だって俺も聞いたぞ!」
これは一度だけ素顔を子どもに見せた時の話だろう。
王家にとっては都合のいい話だったので、子どもの口を封じず、逆に広告塔として使っていたはずだ。
この言葉はいくつか利用できそうだ、と『今回の聖女もやはり美女』説に乗っかることにした。
「……でも、貴族の家の子の話、だよな? 貴族の子どもって言ったら、小さくても親に言われた通りのことを言うんじゃないか?」
つまり、今回の聖女が美人だという話は、貴族が子どもを使ってばら撒いた嘘の発言である。
実際の聖女は街で話題になったように醜女で、醜いからこそ外に出せないのだ、と。
面白い方向へと辻褄を合わせてやる、辻褄が合っていると誘導すると、人は信じたいように物事を信じる。
純粋な子どもが見たままを語った賛辞は、
姿を見せない聖女について、程よく街で話題に上がるようになり、さらに噂を追加する。
醜い聖女を厭い、王城内で暗殺事件が起こった。
その暗殺事件を仕込んだ犯人として第一王子の名が挙がっている。
聖女をみすみす死なせてしまった王家に神殿が怒り、聖女の遺体を神殿へと引き取っていった、と。
真実は微妙に違うが、大筋でなら一致してしまうのがこの噂の怖いところである。
王子アレオスは聖女に対して暗殺者を放っていたし、聖女ではないが何人も王城内で死んでいる。
とどめには王城へは聖女を預けておけない、とフェリクスが私を神殿へと連れ出す際に使った馬車が街で目撃されていた。
これらの真実から点と点だけを抜き出せば、私の適当な噂が辻褄のあった話に聞こえなくもない。
「聖女様とはいえ、異世界からやってきてくださった女の子だろ? それを見た目がちょっと気に入らないからって殺して次を呼ぼうだなんて、ヒデェ話だ!」
「俺の娘が異世界で聖女にされた挙句に、見てくれが気にいらねぇ、ってんで殺されたら……っ」
……うん、良かった。アレオスの行動がこの世界の一般的行動じゃなくて。
少なくとも、アレオスの行いを市井に流せば、考えられない蛮行である、と怒り出すのは普通の感覚のようだ。
元から聖女に頼って人気回復を図ろうとしていたアレオスの民からの信頼度と好感度は低く、この噂でさらに下がった。
アレオスの好感度を下げつつ、王家に対する不信感を煽っていると、食堂に見覚えのある男が顔を出した。
ややくたびれた感じの服を着ているが、姿勢が良いため平民でないことはひと目で判る。
あのあと軽く傷口は塞いでやったので生きていることは知っていたが、お久しぶりのコレクトだ。
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