第5話 そんなに判りやすくて大丈夫?
塔に閉じ込められながらも二ヶ月ほどのん気に聖女教育を受けていると、ふと違和感を覚えた。
私を閉じ込めるために配置された護衛という名の見張りも、世話係として付けられているはずの侍女もいない、奇妙な空白の時間が生じたのだ。
これは、と気がついた時には窓辺のカーテンが揺れた。
風など入ってくるはずはないのに、と揺れるカーテンを視線が追うが、振り返るべきは背後だ。
音もなく開かれた、何故か鍵のかかっていなかった扉から、黒装束を纏った男が飛び込んできて――
――白刃を煌かせて襲い掛かってきたかと思ったら、直前で見えない壁にでも阻まれたかのように壁へと弾き飛ばされた。
……そういえば、女神様が命の保障をしてくれてたっけ。
判りやすい、絵に描いたような『暗殺者』だ。
女神ミエリクトリが私の身を守ってくれたのだろう。
一体誰が私を? という答えは、割とすぐに判明する。
普段は嫌々と顔に書いて現れるアレオスが、約束もないのに塔へとやって来たのだ。
それも、私の部屋までの道すがら、大根役者の方がまだマシだといえる棒読みの台詞を叫びながら。
……そんなに判りやすくて大丈夫?
とりあえず、階下の様子はアレオスの実況で知ることができた。
警備が厳重なはずの聖女の離宮に――この国では幽閉塔を離宮と呼ぶらしい――見張りが何故か一人もいない。
鍵という鍵も開いている。
これは大変だ、誰か侵入者があったかもしれない。
聖女は無事だろうか。
愛しの我が聖女よ、今お助けに参ります――などと芝居がかった台詞を言いながら飛び込んできたアレオスが見たのは、光の鎖――これも女神ミエリクトリの仕事だ――で雁字搦めに拘束された暗殺者と、暗殺者を椅子にして座る私の姿だった。
「あら、王子。お久しぶりです。今日は顔を見せてくださるお約束はしておりませんでしたよね?」
(訳:随分いいタイミングで顔を出したね。犯人はおまえか)
「ところで、先ほど階下から『愛しの我が聖女』とか聞こえた気がしたのですが……」
(訳:おまえの棒読み台詞、全部聞こえてたぞ)
「そうそう。離宮に侵入者がありました。この通り、女神ミエリクトリの加護でわたくしは無事だったのですが……」
(訳:暗殺者の手引きお疲れ様です。聖女を暗殺とか、頭大丈夫ですか?)
「今後のことを考えると、警備責任者はもちろんのこと、国王様のお耳へも入れておいた方が良いと思うのですが」
(訳:聖女暗殺未遂について、国王の耳にしっかり入れておくからな)
アレオス第一王子終了のお知らせ。
聞く者によっては、そう聞こえたかもしれない。
「――
びっくりするほど浅はかな計画ですね、というのは本音すぎて飲み込んだ。
実際には、私が死のうが生きようが、聖女は二度と召喚されないことになっている。
むしろ、容姿が気に入らないだなんて理由だけで聖女を害せば、それこそ女神の「この世界は助ける価値がないのではないか」という考えを自分たちで肯定してしまうだけだ。
それはそれで面白そうなのだが、こんな為政者を持っただけで女神の加護を失うことになるかもしれない民たちはたまったものではないだろう。
……さて、王様はどう出るのかな?
どんな小さな仕草も見逃すまい、と国王ソレントを見つめていると、国王は小さく溜息を洩らす。
どうやら、この王は容姿で私を判断しないようだ。
聖女の背後に女神ミエリクトリがいることを思いだしたのか、アレオスへと謹慎処分を決定した。
……聖女の暗殺未遂に対して、甘すぎる処罰だとは思うけどね。
それでも、一応の誠意は見せられたようなので、私も引くことにする。
というよりも、アレオスに対してそれほど興味がない。
今回の暗殺騒ぎで判ったことだったが、女神ミエリクトリは本当に私の命を保障していた。
人間が私に何をしようとも、女神に守られた私を害することなど不可能なのだ。
いわば、絶対に負けない喧嘩である。
こうなってくると哀れみの方が先にきて、すべて跳ね返るとわかりきっている刃などないも同然だ。
女神の
これによってほとんど不問に近い扱いを受けたアレオスは、これを自分に都合よく捻じ曲げて受け止める。
王子だから見逃された。
父王もやはり聖女を排したいと考えているのだ、と。
……むしろ暗殺者がかわいそう。
謹慎が明けると共に再びやってきた暗殺者だったが、私に襲い掛かるや否や見えない壁に弾き飛ばされ、光の鎖に絡め取られる。
せっかくなので、と幽閉塔という名の離宮のインテリアにしようと、外壁に吊るすことにした。
日を追うごとに増えていく
今度は食事に毒物が混ぜられるようになったのだが、これに対する女神ミエリクトリの対応は徹底していた。
というよりも、女神ミエリクトリの方でも段々楽しくなってきたのだろう。
毒入りの食事を運んできた侍女はその場で転んで皿を頭から被り、毒を飲んで死んだ。
かと思えば侍女は転ばず、料理を皿へと盛り付けた給仕が盛り付けの際に跳ね返ったソースを無意識に舐めて死んだりもする。
不思議と料理人が死んだりしないのは、料理自体は国王や王子と同じ物を出されているからだろう。
毒が盛られるのは、料理が完成してからだ。
白々しくもアレオスに食事への同席を誘われたので、これに応じる。
食後のデザートをしつこく促されたので、目の前で美味しく食べきって見せた。
目を丸く見開いて驚いていたので、デザートには毒が仕込まれていたのだろう。
残念ながら、女神ミエリクトリが私の命を保障している以上、故意に毒を飲んだところで私にはなんの効果もない。
……そして毒が入っていなかったのか? とか給仕を疑って自分も毒入りデザートを食べるとか、本当に馬鹿だね、この王子。
デザートを飲み込んだ瞬間に倒れたアレオスに、給仕や側仕えが大慌てで王子を食堂から連れ出していた。
今頃は強制的に胃の中の物をすべて吐き出され、胃を洗浄されている頃だろう。
解毒の心配についてはいらないはずだ。
アレオスが自分で用意した毒である。
当然、念のための解毒薬も用意しているはずだ。
……用意しているよね?
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