第4話 神官とはいえ、ちょっと出来すぎじゃない?

 結局、側仕えの女性は家に帰されたらしい。

 王子であるアレオスの側で働くような女性は、やはり貴族の令嬢だったようだ。

 聖女=美少女といったような短絡思考のアレオスのこと、不手際を起こした側仕えなど簡単に処分するかと思ったのだが、意外に冷静だ。

 

 ……小説ものがたりのように極刑・処刑・粛清・連座ってコロコロしないんだね。

 

 とはいえ、元側仕えの女性は実家に戻ったあとは自室に軟禁されているらしい。

 王子の不興を買った娘など、自由になどさせてはおけないのだろう。

 

 もう一人、私の顔を見た子どもはというと、こちらは特にお咎めなしだった。

 というのも、あの子どもは私の素顔しか知らないので、アレオスたちが隠したい『今回の聖女は醜女だった』という状態を知らない。

 マントの下にあったものが『聖女』として想像、あるいは理想通りの容姿だったので、アレオスたちの想像とは違う騒ぎ方をしたのだ。

 

 曰く、今回の聖女も美しい。

 王城の回廊に並んだ歴代の聖女の姿絵の中で、一番の美しさだ。

 むしろ、あの美しさはすでに人間のものではない。

 女神ミエリクトリが人間に化けて降臨なされたのではないか。

 

 こんな耳に聞こえの良い騒ぎ方をしたため、アレオスたちは子どもを放置することにした。

 否、放置という言い方は正しくない。

 子どもの発言というある意味での信頼性を利用し、『召喚された聖女は美少女だった』と対外的に宣伝することにしたのだ。

 

 ……まあ、さすがに子どもが処刑されたら寝覚めが悪いしね。

 

 未だに私の化けた顔しか知らないアレオスたちは、むしろこの子どもに同情的だ。

 私のあまりにも酷い顔に、気が触れてしまったのだろう、と。

 

 ……面倒くさそうな人に素顔を見せる気はないから、いいけどね。

 

 顔というものは、良くても悪くても不幸を呼び寄せる。

 どうせ結果が同じならば、私はより楽な方がいい。

 美人は得だが、得だけでは終わらない。

 ならば不美人として扱われ、侮られた方が都合が良い時もある。

 あの側仕えの女性のように、人間は自分より下と判断した相手には油断し、侮り、傲慢になるものだ。

 そこをありがたく利用させてもらい、弱みを晒させ、握らせて貰おうと思う。

 

 

 

 

 

 

 王城に用意された私の部屋は、塔の上だった。

 塔の一室に閉じ込めて、ひと目を避けさせたい、という意図がありありと見える。

 本来は日当たりの良い客間が用意されていたようだ、目論見どおり世話役の侍女に侮られた結果、面白おかしく噂しているのを聞かせてくれた。

 

 異世界から来たからには、こちらの世界の常識など知らないだろう。

 こんな前置きを置いてのも楽しい。

 異世界ミエリクトリの歴史や常識、読み書きを教師をつけて教えてくれるのだが、その内容は面白いほどに歪められ、人間に都合の良いものになっていた。

 疑問に思うたびに女神ミエリクトリへと確認しているので、人間に都合の悪い事実もまる見えだ。

 

 召喚された聖女で、無事に元の世界へと帰ったのは、女神ミエリクトリが召喚を行った初代の聖女だけだった。

 二代目からは人間が聖女の召喚を行っており、ミエリクトリの歴史では二代目聖女とされている人物は、実は十三代目の犠牲者だ。

 人間が女神の術を模倣した結果、聖女の召喚が成功するまでに人知れず十一人の少女が術の失敗の犠牲になっていた。

 

 記録上は二代目と三代目の聖女は役目を果たしたあと帰還したことになっているが、これも女神ミエリクトリに言わせると、送還の失敗により亡くなっている。

 

 四代目からは、もっと酷い。

 教師は聖女が当時の王子と恋仲になり、帰還を取りやめ、そのまま王子と結婚したと語るが、女神ミエリクトリの語る真実によると、聖女が恋したのは庭師の青年だ。

 聖女の人気を王家に取り込みたかった王は庭師の青年を殺し、父と娘ほど歳の離れた王子と聖女を結婚させた。

 当然、聖女は結婚を拒否したが、所詮はなんの後ろ盾もない異世界の小娘だ。

 最後まで拒みきれるものではなかった。

 

 そして、このある意味では成功体験により、女神より遣わされる聖なる乙女は、為政者にとって都合の良い道具になってしまう。

 

 本来の目的であった魔物の浄化のために呼ばれるよりも、落ちた王家の威信回復のために、王位争いでより有利に立つために、と私欲で呼ばれるようになったのだ。

 本当に酷い時には、同時に二人の聖女がいた時代もある。

 

 ……そして先代の聖女召喚は十二年前、と。遠慮がなくなってきたというか、どんどん召喚の間隔が短くなってるね。

 

 教師が歴史として並べて書いてくれるので、実に判りやすい。

 ついでに習ったばかりの歴史と照らし合わせていくと、本当に魔物への対抗手段として聖女を召喚していたのではなく、為政者の都合だけで呼ばれていたのが可視化されてくるのだが、教師はこれに気が付いているのだろうか。

 よほどの馬鹿でない限り、これを常識として説かれた聖女は気がつく。

 女神ミエリクトリの補足がなくとも気がつく。

 この聖女召喚はおかしい、と。

 

 先代の聖女は国王ソレントの妾にされ、妊娠中に自殺している。

 もちろん、教師は妊娠中の病死と説明してくれたが、女神ミエリクトリが補足をしてくれるので、私に捻じ曲げた嘘は通じない。

 

「おひさしぶりです、聖女様」


「確か……召喚された日にお会いした方ですよね? お名前は存じておりませんが……」


 一通りの王家に都合の良い歴史の授業が終わると、今度は神学の教師として神官が塔にやって来た。

 ざっくりと「神官かな?」と頭の中で片付け、初日は途中から姿を見なくなっていたのだが、私の醜い顔を見ても顔色一つ変えず、目を見て話すことが出来ていた貴重な人物だ。

 

「私は女神ミエリクトリに仕える神官フェリクスと申します。今日より聖女様に女神ミエリクトリのお教えをお届けしたく、近くへ参上いたしました」


「神官様、ですか」


 はて、ただの神官が仮にも聖女の教育係になど呼ばれるものだろうか。

 そう疑問に思って口から漏れた言葉は、脇に控えた侍女に拾われた。

 小さな、本当に小さな呟きでもって忍び笑いを洩らし、「フェリクス大神官様を神官だとか、物知らずにもほどがあるでしょ」と。

 

 ……なるほど。上に『大』がつくなら、聖女の教育係にぐらい選ばれるかもね。

 

 私としては、こういう呟きを拾い取りたくて、故意に周囲から侮られるよう振舞っている。

 手っ取り早い手段として醜女の姿をしているが、醜い女を蔑むのは異性よりも同性の方が激しい。

 陰口を聞こえるように言うのも同性だ。

 会う人間、会う人間、みなが同じような態度であるため、私に対する侮りは留まることを知らない。

 たまにご機嫌伺いとして嫌そうな顔をしたアレオスが顔を見せるが、王子の態度が悪いせいか、その従者や側仕えの態度も悪い。

 これを見た聖女付きの侍女たちは、完全に私に対して気を使う必要はないと判断したようだ。

 近頃はアレオスがいる場であっても、平気で聞こえるように陰口を叩く。

 アレオスもアレオスで、「言われても仕方のない容姿だろう」と涼しい顔だ。

 どう考えても、機嫌を取るべき『聖女』に対する態度ではない。

 

 そして、侍女が今日フェリクスの前でもやらかしたのは、フェリクスの出方を見る意図があったというよりも、当然フェリクスも私を下に見ていると、確認の必要すら感じなかったのだろう。

 かなり潜められた声ではあったが、しっかり侍女の言葉を聞きとがめたフェリクスが眉間に皺を寄せ、すぐにその皺を消した。

 

 ……この辺は、神職の人だから、かな?

 

 フェリクスは聖女に対する侍女の態度に不快をしめし、しかしすぐには怒らなかった。

 予定通り私へと神学の授業を授け、授業の終わりに侍女を借りると言って連れ出していった。

 

 整った容姿のフェリクスに呼び出された侍女は浮かれて付いて行ったが、戻って来た時の機嫌は最悪だ。

 さすがに私へと八つ当たりをすることはできなかったようだが、控えの間からはフェリクスと私への罵倒と、何か物を殴りつけるような音が聞こえた。

 

 ……それにしても?

 

 神官フェリクスは、少なくとも外見で人を判断するような人物ではないようだ。

 私の醜い顔については一切触れず、顔を逸らさず、目を見て話をすることができた。

 

 ……神官とはいえ、ちょっと出来すぎじゃない?

 

 こうなってくると、ひねくれ者の私としてはフェリクスの本性を暴きたくなってくる。

 あの綺麗な顔を歪め、本音では私をあざ笑っているところが見たいのだ。

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