第3話 うわぁお。大混乱。

 少し支度があるので、と場所を変えて通されたのは神殿内にある一室だ。

 このあと王城へと移動するらしいのだが、その移動のためにまだ準備が残っているのだとかなんとか。

 

 ……ま、嘘だろうけどね。

 

 簡単に想像できることとしては、期待ハズレの『聖女わたし』をどう扱うかで相談でもしているのだろう。

 一室へと移された私はというと、ありあまる時間を使って湖から神殿までの移動中に仕入れた情報を整理する。

 

 まず、豪奢なマントの男はこの国の王で、ソレントという名のようだ。

 顔は不味くないのだが、加齢のためか、生活習慣のためか、腹回りのお肉が気になる。

 

 アレオスは第一王子だが国民からの人気が低く、異母弟である第二王子の方が次期国王に近い扱いを受けているらしい。

 そのため、一発逆転を狙って今回召喚した聖女の伴侶の座を狙っていたようだ。

 

 僧兵でもないのに近くにいた身なりの良い男は、公爵家の三男でコレクトという名前らしい。

 国王も無視できない力を持った家柄らしく、その伝手でゴリ押しして今回の聖女召喚に同席したようだ。

 その目的は、アレオスの主観では彼と同じものだった。

 召喚した聖女の伴侶として収まり、兄を追い落として家の跡取りになろうと目論んでいるのだとかなんとか。

 

 ……本来は聖女を取り合っていたはずの王子と公爵家三男が、今はその聖女を押し付けあってるとか、笑える。

 

 ここまでの道すがら、廊下で見せられたやり取りを思いだして忍び笑いを洩らす。

 お互いにお互いの窮状を挙げ連ね、すべて聖女を花嫁に迎えるだけで解決する、と花嫁わたし(予定)の意思も確認せずに盛り上がっていた。

 

「待たせたな、聖女よ」


 ……あれ? 神官の人は?

 

 ノックもなしに扉が開けられたかと思えば、布の塊を持ったアレオスがそこに立っていた。

 続いてコレクトが部屋へ入ってきたが、国王の姿はドアの向こうに見える。

 どうやら醜い女には近づきたくないし、同じ部屋の空気も吸いたくないらしい。

 召喚の儀式に立ち会った者たちの中で、何故か神官の姿だけが消えていた。

 

「これでも被ってその醜い顔を……いや、聖女は神聖な乙女だからな。おいそれと民に素顔を晒すわけにはいかぬのだ」


 ……はい、嘘発見。

 

 私は女神ミエリクトリの命を受けてきた、ここ何代かである意味本当の意味での『聖女』だ。

 女神ミエリクトリとも密な連絡が可能で、アレオスたちの都合よく捻じ曲げられた嘘はすぐに女神ミエリクトリが教えてくれる。

 歴代の聖女は被り物など許されず、突然呼び出された右も左も判らない異世界に怯えたまま、それでも為政者たちの都合で民たちの好奇の目に晒された。

 神聖だから隠す、というのは嘘だ。


 目の前に布の塊を投げられ、ふわりとそれが広がる。

 投げられた布の塊は、白いベールだ。

 元が軽い布を雑に丸めて持っていたため、投げられた時に勢いはすぐに失われて手のひらへと舞い降りてきた。

 

 ……民の前に醜い聖女など出すわけにはいかないから、ベールで顔を隠しておけってことね?

 

 これは少し面白そうだ、とアレオスの提案に従う。

 広げたベールを故意に顔を出すように被ると、アレオスの側仕えと思わしき若い女性がやって来て着付けるふりをしつつ、しっかりと私の顔を隠した。

 潜められた声ではあったが、側仕えの女が小さな声で「これが聖女だとか、嘘でしょ」と笑うのが聞こえる。

 アレオスたちには聞こえなかっただろうが、私の着付けを手伝いながらの発言だ。

 これは思わず漏れた、あるいは誰にも聞かせる気のなかった発言ではなく、はっきりとした私への攻撃だった。

 

 しっかりとベールをピンで留め、何度もうっかりベールが外れないようにと確認がされる。

 側仕えが離れる際に小さく礼を言うと、醜い顔はもう見えないはずなのだが、側仕えの女は一瞬だけ顔を歪ませた。

 

 

 

 

 

 

 神殿から王城へと移動する際に、小さな事故が起きた。

 美しい聖女を見世物にして王城へ運ぶ予定で用意された馬車は、屋根のない馬車だった。

 そのため、風が直に馬車に乗った人物に当たるのだ。

 

 ……風でベールが捲れるなんて、あるあるだよね。

 

 それを考慮して、何度もベールを留めたピンを確認したのだと思うが。

 何度も確認したのが仇になったのだろう。

 馬車に乗る際に『うっかり』少しベールの裾を踏んでしまい、ピンが緩んだ。

 そして、すでに曰く付きである聖女を早く民の目から隠そう、と常より馬車の速度を上げたことも仇となった。

 

 ふわりと風を受けて大きく捲れ上がったベールは、ピンから抜けて宙へと浮かび上がる。

 前へ、前へと進んでいた馬車はそのままベールを置いて進み、彼らが隠したがっていた私の顔が白日の下へと曝け出された。

 

 あとは、阿鼻叫喚の地獄絵図だ。

 

 どんな美女が乗っているのかと期待して見つめたベールの下から出てきた醜い顔に、大人たちは表情を凍らせた。

 アレオス同様、聖女と呼ばれる人間の顔は美しい、と決めてかかっていたのだろう。

 ベールの下の顔に、自分たちが何を見ているのかが一瞬理解できず、困惑から凍りついた。


 そして、子どもというものはいつの時代、どんな場所でも素直なものだ。

 ベールの下から現れた醜い顔に驚き、悲鳴をあげて泣きはじめた。

 

 ……うわぁお。大混乱。

 

 醜い顔にした覚えはあるが、それでも人間とわかる範囲の顔だ。

 そこまで怯えることはないと思うのだが、『聖女』に対する期待値が高かったのだろう。

 

 馬車に同乗することを『辞退』し、馬で前をいくアレオスがこの異変に気付くには少しの間があった。

 おそらく、彼の頭の中では聖女召喚失敗の責任を誰に取らせるか考えることに夢中で、後方への注意を怠ったのだろう。

 それに気をよくして、あら困ったわ? と小首を傾げて首を周囲へと巡らせる。

 私と目のあった見物人たちは、面白いように悲鳴をあげて逃げ始めた。

 

 騒ぎが伝染しはじめ、私の姿をまだ見ていない進行方向の見物人たちもが騒ぎ始める。

 そこまでの事態になって初めてアレオスは後方を振り返った。

 

「何をしている!? ベールはどうした!?」


「風に舞って飛んでいってしまいました」


 ピンの留め方が甘かったのでしょうか、と付け加えたのは、当然わざとだ。

 アレオスの視線が私から逸れ、側仕えの女性へと突き刺さる。

 この側仕えは先ほど外見で『聖女』を判断した女性なので、生贄になってもらうことにした。

 意に沿わぬ相手に対し、アレオスたちがどういう行動を取るのか、その試金石だ。

 少しかわいそうな気はするが、先に私へと攻撃してきたのは彼女の方だ。

 他者ひとに言葉とはいえ殴りかかったのだから、自分が殴り返されるのも承知の上だろう。

 

「これでも被っていろ」


 舌打ちをしながらバサリとアレオスの仕立ての良いマントが投げかけられる。

 装飾の凝られたマントなだけ、ベールよりも重くて首が痛い。

 

 この場ではこれ以上の偶然を装った揺さぶりは不可能だろう。

 そう判断し、あとはおとなしく王城へと運ばれ、仕込みの結果を見ることにした。

 

 ……あれ?

 

 城門を通り、王城の前庭へと馬車が進む。

 ステップを下りて馬車から降りると、どこから忍び込んだのか、それとも城に出入りできる身分にあるのか、仕立ての良い服を着た五歳ぐらいの男の子がこちらの様子を窺っていた。

 おそらくは、先ほどの騒ぎで噂になった『聖女』の顔を確かめに来たのだろう。

 

 ……ちょっとだけサービスしようかな?

 

 せっかく警備の目を掻い潜って近くまできてくれたのだ。

 子ども相手になら、見たいものを見せてやるのも一興かもしれない。

 それに、どうせアレオスのマントを被らされているおかげで、他の人間に私の素顔など見えないのだ。

 

 ……こんにちは、はじめまして!

 

 姿を変える魔法を解き、マントの隙間から顔を覗かせる。

 素の顔で微笑むと、目の合った子どもはポカンと口を開いて固まった。

 

 ……まさか、素顔でも化けた顔と同じ反応をされるとは思わなかった。

 

 故意に嫌悪感を抱くような醜い顔を作ったのは私だが、私のもともとの顔はそれほど不味くはない。

 だからこそ容姿にコンプレックスがあり、女神ミエリクトリから姿を変える魔法を授かった。

 

 他者ひとの印象は、ほぼ第一印象で決まる。

 その第一印象を、普段とは違うものにしたかったのだ。

 

 ……美しくても、醜くても、化け物扱いされるのは変わらないね。

 

 次に顔を変える時はやりすぎず、平凡な顔にしてみよう。

 そう次の予定を立てていると、従者となにやら打ち合わせをしていたアレオスが子どもの存在に気がついたようだ。

 怒声を浴びせながら子どもと私の間に立ちふさがったので、アレオスから顔が見えないよう体の向きを変える。

 

 ……あ。

 

 体の向きを変えた視界の先で、例の側仕えの女性が両脇を騎士に固められながら王城とは違う方角へと歩きはじめるところだった。

 側仕えの女性が忌々しそうに私を睨みつけていたので、素顔のままにっこりと笑い返してやる。

 

 ……うん、こっちも変わらないね。

 

 マントの中身が、ベールで隠したモノと違うことに側仕えは驚いたのだろう。

 すごい顔で睨みつけていた顔が、驚きに変わる。

 言葉も出ないのか、パクパクと口を開いたり閉じたりとしていた。

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