第2話 いや、普通は気にするでしょ。

 女神ミエリクトリに見送られ、光に包まれる。

 体が浮かび上がった気がしたのは一瞬だけだ。

 すぐにまた重力を感じ、足元には硬い石畳の感触が戻ってきた。

 

 ……これが召喚の魔法陣か。

 

 光に包まれているため周囲の様子は見えないが、魔法陣の内側は見える。

 足元に描かれた文様は、かつて女神が描いたものを人間が勝手に模倣した魔法陣だ。

 まずはこの魔法陣を使えなくする。

 

 ……ではでは、早速。

 

 えい、と女神から預かって来た『力』を魔法陣に叩き込む。

 女神の扱う術など人間わたしには扱えないが、持ち運ぶだけなら可能だ。

 あとは女神の力が勝手に動いてくれる。

 

 足元で書き換えが始まった魔法陣を確認し、今度は自分自身へと女神から授かった魔法を使う。

 いくつか授かったうちの、姿を変える魔法だ。

 この魔法で、思いつく限り醜い顔へと自分の顔を作り変える。

 人間の第一印象は、ほぼ見た目で決まる。

 その第一印象を最悪なものにし、これから顔を合わせることになる者たちの素直な反応を見せてもらうことにしたのだ。

 

 ……こんなものかな?

 

 顔を作り終わるのと、足元の魔法陣が書き換えられたのはほとんど同時だ。

 周囲の光が収まり始め、魔法陣は音を立てて凍りつく。

 最後に大きくパキリと音が響いたと思ったら、召喚の光は完全に消えた。

 

「おお、召喚の魔法陣が!?」


「馬鹿な! このようなことは今まで一度も……っ」


「騒がしいぞ。そんなことよりも、まずは聖女だ」


 聖女だ、と言ったのは誰だろうか。

 魔法陣の異変にざわめいていた周囲が、彼の一言で静まりかえる。

 そして一斉に視線が魔法陣からその中央に立つ私へと向けられるのが判った。

 

「随分と聖女の召喚を乱用なさったそうですね」


 俯いて髪で顔を隠し、わずかに怯えを含ませた声で告げる。

 これは女神からの神託である、と。

 近年あまりにも頻繁になった聖女召喚に、女神が疑問を感じている。

 そんなにも頻繁に自分の世界は乱れ、聖女を必要としているのか、と。

 その判断がつくまで、聖女の召喚を禁じる、と。

 

「で、では……ミエリクトリが我等を見捨てたわけではないのだな?」


「もちろん、聖女の召喚は必要があって行われてきた。異世界の乙女をこちらの都合で招くのだ。召喚の扱いには慎重に議論を重ね、決して乱用などしておらん」


 そうだろう? と周囲へと同意を求める豪奢なマントを纏った男に、ゆっくりと顔をあげて微笑む。

 よかった、と心底安心した声音もおまけした。

 

「ひっ」


「ば、化けも……っ」


 息を飲んだのは、私の視線を受けた豪奢なマントの男だ。

 辛うじて途中で言葉を飲み込むことに成功したのは、貴族令息といったところか。

 肩書きは判断できないが、良い仕立ての服を着ている。

 言葉を失っているのは豪奢なマントの男の息子だと思われる。

 髪と瞳の色が同じで、目元にも面影があった。

 

 そして始終無言だったが、近くにもう一人男が立っている。

 白を基調とした衣装に身を包む男は、神官といった雰囲気だ。

 彼だけは、作られた私の醜い顔を見ても眉一つ動かさずにいた。

 

 ……ふーん?

 

 てっきり醜い容姿に全員から罵倒を受けるかと思っていたのだが、予想は外れたようだ。

 意外に冷静な人物たちが、聖女召喚だなどという未成年者の拉致・誘拐行為に勤しんでいたらしい。

 

 息を呑んで私の顔を見る男たちを見渡しながら、周囲の様子を確認する。

 魔法陣を包んだ氷の冷気で空気が白く霞んでいるが、様子を確認するのに視界を遮るほどではない。

 

 召喚の魔法陣を囲むように石柱があり、天井はなかった。

 見上げると青空にオーロラがかかっている。

 オーロラといえば極寒の地で条件のあった夜にしか見れないもの、という気がしていたのだが、異世界ここでは違う。

 自然現象のオーロラも地域によっては存在するが、昼間のオーロラは主に女神が世界に干渉した時に現れるものだ。

 つまりは、今回の聖女召喚によって引き起こされた現象である。

 

 視線をオーロラから戻し、神官の後ろに控える男たちへと視線を向けた。

 手にした武器は、剣でも槍でもなく棒だ。

 服装が神官と同じ色をしていることから、僧兵か何かだろう。

 その後ろにあるのは湖で、召喚の魔法陣は湖の中央にあったようだ。

 岸から木製の橋が伸びており、召喚陣のある小島と岸とを繋いでいる。

 橋の先に今度は帯剣した兵士らしき男たちがいた。

 おそらくは神聖な召喚の魔法陣ということで、神職にない兵士は小島に近づくことも許されないということだろう。

 

「……待て」


 これ以上は面白い罵倒も聞けなさそうだ。

 そう判断して召喚の魔法陣から降りようとしたのだが、豪奢なマントの男の息子と思われる男――仮に王子と呼ぼう――がいち早く顔面ショックから立ち直ったようだ。

 王子は顔を顰めながら私を指差し、心底汚い物を見るような目をして口元を歪ませながら口を開いた。

 

「本物の聖女はどこだ? 私たちは聖女を召喚したのだ。こんな見るからにおぞましい化け物が出てくるはずがない」


 ……あ、この声。最初に聖女を気にした人だ。

 

 声だけ聞けば、どこのイケメン声優だと突っ込みたくなるような美声だ。

 二次元のイケメンであれば、どんな口汚い罵倒も御褒美になっただろう。

 だが、残念ながらこれは私に取って現実だ。

 いくら美声であっても、罵られてうっとりはできない。

 

「聖女を召喚したのだから、普通は美しい乙女が出てくるはずだろう。先代の聖女だって……」


「アレオス王子」


 ……あ、本当に王子だったんだ、この人。

 

 私を罵り始めた王子ことアレオスを諌めたのは、これまで一言もしゃべらなかった神官だ。

 中性的な顔立ちの美人で、柳眉を僅かに顰めてアレオスを見つめている。

 

「聖女は聖なる力を持つからこそ『聖女』なのであって、容姿は関係ありません」


 聖女様も、と言葉を区切り、神官の視線がアレオスから私へと向けられる。

 絵に描いたような醜い顔を作ったはずなのだが、この神官は眉をひそめることも、目を逸らすこともなく、真っ直ぐに私を見つめていた。

 

「アレオス王子は聞いたとおり言葉の強い方ですが、どうか御気に病みませんようお頼み申し上げます」


 ……いや、普通は気にするでしょ。

 

 私は故意に醜い顔にしたため、アレオスの反応は当然のものであり、気にする価値もないものだったが。

 素の顔で同じ反応をされれば、普通は傷つく。

 事実無根の言いがかりであったとしても、言いがかりだと判っていても、言われた側は心に棘が刺さったように一生消えない心の傷となるのだ。

 

「しかし、これまでの聖女はすべて美女だったではないか! おまえも回廊に並ぶ歴代聖女の姿絵を見たことぐらいあるだろう。このような醜い女が間違って召喚されたせいで、召喚陣に異変が起こったのではないか?」


 ……惜しい! 残念!

 

 顔が醜いのは故意に弄ったせいだし、召喚陣の異変は女神の意思による一時的な使用禁止措置だ。

 あくまで一時的なのは、私が帰る時にもこの魔法陣を使いたいためである。

 

「召喚の魔法陣の異変については、聖女が女神ミエリクトリからの神託を運んでくださいました。これは聖女召喚を乱用した人間に対し、女神ミエリクトリがお怒りになっておられるのでしょう」


「醜い化け物の言など信用できるか!」


 ……勝手に誘拐しておいて、すごい言い草だ。

 

 さすが犯罪者。恥を知らない。

 逆立ちしても思考回路が理解できる気がしないし、主張が受け入れられるものになる気もしない。

 

 ……それにしても?

 

 神官らしき男は、さすがは神官といったところか。

 私の醜い顔にも動じず、召喚した客人として礼を尽くした態度で接してくれた。

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