第2話 歓迎会
通りに並ぶ建物の壁には、観光用なのか古びた絵地図が貼られているのを横目に見ながら、見知らぬ町を、心細い思いをかくしながらトボトボと歩く。
私の目の前をハーバートさんが歩いているから、その背中を見つめながら歩いていた。
これからどんな生活が待っているのか想像もできない。今までは家の使用人達が何でもしてくれたけど、きっとこれからはすべて自分でしなければならない。平民の生活がどんなものかも分からないし、学校にも通わなければならない。
何をやってもダメな私なんかが……
「大丈夫」
顔を上げると、ハーバートさんがふっと目元をゆるめた優しげな表情で私を見ていた。
「最初は不安なことの方が多いと思う。でも、俺が必ず、力になる。妻や子供達も、ミアが来るのを楽しみにしているよ。だから、ほんの少しだけ勇気を出して、ここでミアがやりたい事をやるといい。俺も、君の信頼を得られるように努力するよ」
語りかけてくるその声も、とても穏やかなものだった。
やりたい事……
わたしのやりたい事は……
それを考えていると、私が一年滞在することになる、ハーバートさんの家に到着していた。町の中を通っていた本道から、わき道に入って少し歩く距離で、木々に囲まれた中で、建物があるここだけが開けていた。
家の全体を見渡すと、そこは得体の知れない魔法使いがすんでいるような気味の悪い場所ではなく、オレンジ色の屋根にベージュ色の土壁の家は、何だか可愛らしいものだ。
家の周りには、色鮮やかな草花が生えていて、そよそよとやわらかく風に揺らされる様子は、何かを語りかけてくるようで、気持ちを明るくしてくれる。
それでも、不安の塊である私の心は、完全には晴れない。
「さぁ、ここが我が家だ。ようこそ」
ハーバートさんの長い腕が、扉を引いて開けてくれると、
パン パン パンっ!
乾いた音がひびいて思わず身がまえたけど、目の前でヒラヒラと紙吹雪が舞って、おどろいたままそれを見つめていた。
「「「いらっしゃーい!」」」
開け放たれたままの扉の向こうに、ニコニコ顔の三人の姿が見えた。
「待ってたよ、ミアちゃん。さぁ、中に入って」
女性に手を引かれ、私の背中を女の子が押して、家の中に入る。その中は、たくさんのガーランドが飾られて、あちこちに黄色や白のお花も飾られていて、壁にはたくさんの絵が飾られていて、部屋全体で私の歓迎を表しているようだった。
最後にハーバートさんが家の中に入ると、パタンと扉が閉められる。
「俺の家族を紹介するよ。妻のエリだ。それから、息子のウィルはミアと同じ10才だから、学校では同じクラスになる。わからないことは、ウィルにも聞くといい。最後に、娘のゾーイだ。ウィルの一つ下で、もうすぐ9才になる」
「はじめまして、ミア!これからよろしくね!」
元気いっぱいに、ウィルが言った。父親似なのか、黒い髪に空色の瞳の顔立ちはハーバートさんにそっくりだった。
「わー!お姉ちゃん、お人形さんみたいだね。見て!そっくり」
人形を掲げて見せたゾーイは、母親似なのか、やわらかい印象を受けるブラウンの髪と瞳で、キラキラとした視線を私に向けてきた。人形の方は、赤毛に緑色の瞳と、その辺は確かに私に似ていたけど、まったく嬉しくなかった。
私は、自分の赤毛が嫌いだから。バカっぽく見えるし実際にその通りだったと、誰かが言ってたのを聞いている。
「座って、座って。お母さんが、たくさんお料理作ったんだよ!」
今度はゾーイに手を引かれ、イスに着席する。
テーブルいっぱいに、良い匂いのする料理が並べられていた。こんなにたくさんの種類を用意するのは、大変だっただろうに。ハーバートさんご一家の歓迎会は、心を尽くしたものだった。
ひねくれた私だって、それくらい分かる。ハーバートさんのご家族は、本当に、心から私を歓迎してくれていた。
「ありがとうございます……お世話になります……」
だから、上手に笑えなかったのだとしても、やっと、その言葉は言えていた。
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