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「アイツの息子がな、小学校でいじめられたんだ。それでようやくアイツは高校時代に自分がやったことの罪深さに気づいたようだ。親の因果が子に報い、ってヤツだな。とにかくアイツは、お前に謝りたい、ってしきりに言っていたらしい。でもお前の連絡先なんて誰も知らなかったからな。そして余命宣告を受けたときアイツは、これは天罰だ、と思ったらしい。それでアイツは納得して死んでいったんだとさ」


「……」


 そんなことが、あったなんて……


 だけどここまで中村の話を聞いてきて、僕の心の中にふと、一つの疑問が浮かんだ。


「中村」


「ん?」


「お前、やけにあの3人の事情に詳しいじゃないか。何でそんなに詳しいんだ? 誰からそんなこと聞いたんだ?」


「ああ……高校の同級生たちから直接、な。あの3人を快く思っていなかったのはお前だけじゃない。何を隠そう、この俺もだ」


「……!」


 衝撃だった。


「お前が高校を辞めた後、あの3人はいじめのターゲットを失い、しばらくはおとなしくしていたが……やがて別なターゲットを見つけたんだ。誰だと思う?」


「……え?」


「俺だよ」


「!」思わず僕は目を見張る。「なんで……お前が……」


「原因は、奈緒美だ」


「奈緒美……って、谷中奈緒美か?」


「ああ。当時の俺の彼女の、な。田中は奈緒美が好きだったんだ。それでまあ、横恋慕ってヤツかな。次第に攻撃の矛先が俺に向くようになったんだ」


「まさか……お前があいつらにいじめられるなんて……」


「だけど、俺には弁護士の親戚がいたからな。証拠を集めてヤツの家に内容証明を送りつけてやった。今後もこのようなことが続くようなら法的な措置を取らせてもらう、ってな。おかげでいじめは速攻で止んだよ。ああいう手合いは弱い者には強いが強い者には弱いからな」


「……」


 やっぱ、彼は僕とは違う。本当に優秀なヤツというのは、こうなんだ。何をするにもソツがない。


「でもなあ……」中村は遠い目になる。「ぶっちゃけ、俺は当時、退学したお前を少し恨んだよ。お前が学校を辞めなければ、俺に災難が降りかかってくることはなかっただろうからな。だから、お前がいじめられてたのは良く分かってたけど、あえてその時俺は何もしなかったんだ。でも……いじめを知りながら何もしないのは、いじめに荷担していたのと同じだ。俺はお前をスケープゴートにしていた。だから俺も、お前に恨まれてもおかしくない人間なんだ」


「……」


 僕の顔が険しくなったのを見て取った彼は、それでも皮肉な笑みを崩さなかった。


「最低だろ? ひどいヤツだと思うだろう? そうだよな。俺もお前にそれだけのことをしたんだ、って思ってる。許して欲しいとも思ってない。ただ……お前にそれを話したかった。話して、一言お前に謝って、すっきりしたかった。良心の呵責、ってヤツだ。だからお前を呼び止めたんだ。ごめんな」


 そう言って、中村は神妙な顔になり、僕の目の前で頭を下げた。


 僕は何も言えず、ただ、僕の方に向けたままの彼の頭のてっぺんを見つめることしか出来なかった。


 信じられなかった。高校時代カーストの頂点にいた、中村。その彼が、カースト最底辺の僕に向かって、頭を下げている。こんなことがあり得るのか。


 やがて、中村はおもむろに頭を上げる。その顔には自嘲めいた笑みが浮かんでいた。


「ま、これもめっちゃ自分勝手な言いぐさだよな。だけど、俺はそういう人間のクズだ。見下してくれていいよ。ついでに言えばな、俺が金沢に来たのだって、表向きは栄転だが、単に本社で俺が手がけたプロジェクトが失敗して左遷になっただけだ。しかも単身赴任だからな。正直、会社を辞めてやりたい、と思ったよ。だけど……建てた家のローンもあるし、娘の教育費も必要だ。妻も働いてはいるが、とてもじゃないが彼女の収入だけじゃやっていけない。今の会社を辞めて転職しても、もう俺の年齢ではこれ以上の年収アップは望めないだろう。しかも俺のやらかしは業界でも有名になっちまったからな。そんな地雷のような人間を、好条件で採用するような会社はないさ」


 そこで僕は、彼に聞きたくて仕方なかったことをようやく口に出す。


「……お前の奥さんって、谷中なのか?」


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