3

「全く奇遇だな。こんなところで高校時代の同級生に会うとは思ってなかったよ」


 スーパーの中にあるフードコート。コロナ対策のためまばらに配置されたテーブルの一つに僕と向かい合わせに座った中村は、そう言って人の良さそうな笑顔を浮かべる。


 声を掛けられたとき、本当はその場から走って逃げ出したかった。だが……彼が僕のことを覚えていたのが、僕にはあまりにも意外だった。彼にしてみれば僕なんか虫けらのような存在だったはずなのに。


 それで思わず僕は足を止めて振り返ってしまったのだ。そして中村に「懐かしいなあ。久々に話でもしないか」と言われ、僕が難色を示したにもかかわらず、なんだかんだで彼の口車に乗せられ、今に至る。


 不思議だった。何で彼が僕みたいな人間と話をしたがるのか。全く見当が付かない。


「山本は今、何してんだ?」


 彼があまりにも悪気無く聞いてくるものだから、僕は少々カチンときた。だけど見栄を張ったところでどうしようもない。不機嫌さを隠そうともせず、僕は彼に応えた。


「無職だよ。フリーターやってる。結婚もしていない」


「そうか……」


 中村の笑顔が消え、バツの悪そうな表情に変わる。聞いて悪かったとでも言いたげな。


「中村はどうなんだよ」彼と視線を合わすことなく、僕は聞いた。


「俺か? 俺は今はうちの会社の金沢支局長だよ。今年の4月からな。まあ、コロナのごたごたで、実際に来たのはつい最近なんだが」


「会社って、どこに務めてるんだ?」


 その僕の問いに対する彼の答えは、ほとんど予想通りのものだった。

 僕でもよく知っている、一部上場の一流企業だ。


 まったく、エリートは違う。はっきりと思い知らされてしまった。


「で、その支局長様が、僕に何の用があるっていうんだ?」


 相変わらず顔を背けたままの僕に構うことなく、中村は続けた。


「山本、お前さ、高校時代にお前をいじめてた奴らが今どうなってるか、知りたくないか?」


 なんだよそりゃ。僕が知らないとでも思ってるのか。


「大体は知ってるさ。田中は知らないけど、佐藤と鈴木は幸せそうじゃないか。SNSを見りゃ分かる」


「ふふん」中村は鼻で笑った。「やっぱり何にも分かっちゃいないじゃないか。いいか、あいつらが自分に都合の悪い情報なんかSNSに載せると思ってるのか? あいつらはSNSじゃリア充を気取っているけどな、内情はひどいものだ」


「……え」


 思わず僕は中村の方に振り返る。彼の顔には、なんとも言えないゲスな微笑みが宿っていた。こいつがこんな顔をするなんて……


「佐藤の家はな、今回のコロナ禍で大打撃を受けてる。最近SNSの更新が滞ってるだろ? ヤツにはもうそんな余裕は無いのさ。補助金の申請をしているらしいが、そんなものじゃどうにもならない。間違いなく、近いうちにヤツの家は倒産するだろう」


「……」


 なんてことだ。


「そして、鈴木は……アイツは一切SNSには書いていないが、2月の米ドルの大暴落でFXの口座がロスカットしたらしい。なけなしの数百万がパァだ。しかも消費者金融から借金してまで注ぎ込んだ挙げ句、な。当然返すことも出来ないよな。ヤツの奥さんも愛想を尽かして、離婚調停の手続きを進めているんだとさ。ヤツには子供がいないからな。幸か不幸か」


「……」


 僕は絶句するしかなかった。


 あいつらが、そんな苦境に立たされていたなんて……


「そして、田中だが……アイツはSNSには何も書いてないよな」


「あ、ああ」


「その理由が分かるか?」


「いや」


「簡単さ。ヤツはもう、この世にはいないからな」


「……!」


 愕然とした。


 あの田中が、この世にいない、だって……?


「35くらいになった時だったかな。スキルス性の胃がんが見つかったそうだ。その時点でもうステージIV。若かったから進行も早かった。入院から半年で亡くなったそうだ。奥さんも子供もいたのにな」


「……」


 そうだったのか……


「お前、笑ってるぞ」いつのまにか、中村が僕の顔をのぞき込んでいた。


「……ええっ?!」


 確かに、今の話を聞いて僕は心のつかえが取れたような気がした。心の中に降り続ける雨が、少しだけ止んだようにも思えた。それが無意識に表情に出ていたのか……


「ひどいヤツだな、お前。人が死んでるのに笑うなんてさ」


 そう言って、中村は軽蔑したような視線を僕に向ける。


「くっ……」何も言い返せない。


「だがな」中村は皮肉っぽい笑みを浮かべながら続ける。「お前にはその権利がある、と俺は思う。アイツの死を笑う権利がな。そうしても当然なことを、お前はアイツからやられたんだから」


「え……?」


「俺はそう言うの、嫌いじゃない。それが人間だ。他人を恨んだり、憎んだり、蔑んだり、転落したヤツを、ざまぁ、と思ったり……醜いよな。本当に醜い。だけど、それが遺伝子に刻まれた人間の本質なんだ。どうにもできない。そんな醜い感情なんか持ったことがない、なんていうヤツの方がよっぽど俺は信用出来ない。でもな……」


 そこでなぜか中村は、視線をテーブルに落とす。


「田中はお前をいじめたこと、後悔していたらしいよ」


「ええっ?」

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