回光返照
モンスターの大群に対し、ギルドは初手で出来る限りの数を減らす事を狙った。
外壁上に配置された騎士団と魔術院によって遠距離からの攻撃を浴びせ、数を減らした後は前線近くに待機する騎士団、冒険者達で対応する。
ギルドの策は上手く機能し、損害を出すこと無くモンスター達の数を半数程度に減らす事に成功した。
しかし、残るモンスター達の勢いは止まらない。倒れた先陣を踏み潰し、後続が先陣となり外壁へと距離を詰めていく。それに合わせて砲撃と火球の数は減り、先陣が湖付近を通過した頃には轟音は完全に止んでいた。
――その時、外壁に設置された鐘の音が辺りに響いた。前線の対応の開始を知らせる合図。
「良し、進むぞ」
ブルームの森、北端。森と外の境の付近で待機していた冒険者達の集団が、鐘の音を聞いて動き始める。
「勢いは衰えてないが、いくつかの集団に分かれてくれたようだ。これなら対応もしやすい」
「空を飛んでるのが何匹か居ますね。どうします?」
「襲ってきたら対処しろ。向こうから来ない分には放置で良い。――どうやら俺達が緒戦のようだ。俺が前に立つ!行くぞっ!!」
先頭に立ち、身の丈ほどの大盾を持った金等級の男を中心とするその集団が目前に迫るモンスター達とぶつかろうとしていた。
「ガードナーさんっ!後ろから何か来てますっ!」
「何っ!?」
その時、一人の銀等級冒険者がそう叫んだ。金等級の男――ガードナーは振り返ると同時に耳を
「生き残りか……。手間はかけられん、森を飛び出した瞬間に仕留めるぞ」
少しの間の後、森から迫る音の正体が冒険者達の前に現れた。
「今――なっ!?」
ガードナーは驚きの声を上げる。音の正体はモンスターではない。姿勢は低く、獣のように両手足で木を踏み台にし飛び出して来たのは人間だ。
その人間が自分達の上を飛び越えていく様子をガードナーは眺めていた。その僅かな時間でガードナーが確認出来たのはその人間が男である事、茶髪である事。
そして、まるで子供のような笑みを浮かべていた事。
「……オーウィン?」
ガードナーはかつての戦友の名を呟いた。第一線から退いた筈の男の名を。
☆
「ははっ、多すぎるだろう」
宙を駆ける中、その光景を前にしてオーウィンは笑った。通常のクエストでは絶対に見る事の出来ない数のモンスター。それらが一様に自分達へと突撃してくる絶望すら感じる光景。
「お前はこの好機をモノにしたんだな、フロイデ」
前回の厄災ではオーウィンはクエストに参加していなかった。自分が怪我を理由に戦いの場にすら立てなかった一方で、それまでは常に背中を合わせ戦っていたフロイデはたった一人で英雄と呼ばれるに相応しい功績を残してみせた。
何て不甲斐なく、情けない。
『じゃあ、私も付いてくね』
そして、何よりもあの幼馴染に申し訳が立たない。オーウィンの心中にはその想いがあった。
「俺もすぐに……追いつくっ!」
冒険者達の頭上を跳び越えた勢いまま、オーウィンは間近に居たモンスターの集団の中央へと落下した。着地の際、真下に居たオークを空中で抜いていた剣で押し潰すように仕留める。
「ふっ!」
間髪入れず、周囲に居た何匹かのオークの喉をまとめて円を描くように剣で切り裂いた。剣を口に、悶えるオークを踏み付け次のモンスターの元へと向かう。
目の前に居たのは馬の下半身に人間の上半身のような身体を持つモンスター、ケンタウロス。その手には人間の遺物を拾ったのか槍が握られている。
進路を邪魔するように接近してくる何匹かのゴブリンを蹴散らし、オーウィンはケンタウロスへと飛びかかった。
「……っ!」
迎撃として放たれた突きを身体を捻る事で
「……」
空を飛ぶモンスターは手を出してこない。集団が崩壊しても尚、襲い掛かって来る危険度の低い残党を切り払いながら、オーウィンは次の相手を見据え動き出した。
天へと伸びる一つ目の巨人。砲撃と火球を受け周囲のモンスターは居なくなっているが、巨人自身は傷はあれど未だ外壁へと歩を進めている。
「!?」
巨人へと接近する中で、オーウィンは異変に気づいた。巨人の周囲の地面が一人でに砕かれ、砂や石の塊となって宙に浮き始めた。
超常種。そう断定した直後、浮き上がった塊が接近するオーウィンに向かって砲弾のように放たれた。
「……っ」
接近を拒む様に放たれる塊を前に、オーウィンは全身を使い回避に専念する。
巨人相手の常套手段は足を狙う事。巨大な身体を支える足の腱を斬る事で動きを封じる。
しかし、これでは接近が出来ない。放たれる塊が尽きる様子も無い。動きながらも思案するオーウィンの目に、ケンタウロスの死体が持つ槍が映った。素早く近づき、槍を回収する。
「――あああっ!!」
剣を口から離し、オーウィンは気合の声と共に巨人に向かって槍を投擲した。巨大な一つ目を狙って放たれたそれは狙い通りに命中する事は無かったが、目から外れた巨人の顔面に突き刺さった。
その直後、宙に浮いていた塊が地面へと力無く落下する。悶える巨人に向かってオーウィンは駆け出した。
「倒、れろっ!」
巨大な足に接近し斬り刻む。抵抗による踏みつけを躱し、斬り刻み続ける。
自重に耐え切れず、遂には倒れこんだ巨人の脊髄を抉るようにオーウィンは剣を突き刺した。
「……はっ、はっ」
オーウィンの呼吸は荒い。倒れ伏した巨人の背中から、外壁側の様子が見えた。
オーウィン以外の冒険者達は未だ、モンスターとは交戦していない。
「一番、乗りだ」
外壁上の騎士団が、魔術院が。そして目の前の冒険者達が、恐らく今の一連の戦闘を見ている。
「俺を見ろ」
その姿を。その武勇を。その躍動を。
日の光がその主張を手伝うかのように強く照りつけている。ただ見せつける為に、オーウィンは再び駆け出した。
☆
その姿を見ていた者は、確かに存在した。
「アイツ……!」
かつての戦友である禿頭の冒険者が。
「は、はあ!?あ、あれってフリューゲルが探してた……!」
「……やば」
二人の女冒険者が。
「……オー君っ!」
英雄と呼ばれる白金の女が。
「……オーウィンさん?」
そして、ただその男だけを求め続ける黒髪の女も。
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