四足

 ブルームの森の前に大きく広がる平原。丘陵や湖が点在し、本来緑が目立つ筈のその光景は平時とはまるで違う有様だった。


 まるで隙間無く敷き詰められたように、モンスター達は人間達の住む街とそれを守る外壁に向かって侵攻している。


 地を走る獣型。闊歩する巨人型。空を飛ぶ有翼型。街へと伸びる川を泳ぐ水棲型。


 多種多様。しかしその敵意の対象は合致している。

 先頭をひた走る狼型のモンスターが、後続に呼びかけるように大きく声を上げた。


 ――直後、そのモンスターを押し潰すような巨大な火球が辺り一帯に炸裂した。





 ☆





「うお、すげえな」


 ブルームの森内部にて、木の上からその様子を遠巻きに眺めていた男が居た。


「あれが魔術……あんなもんが使えるなら戦いの常識なんて変わりそうなもんだけどな」


 男は火球が描いた軌道を遡るように首を動かした。その先には外壁がある。


 外壁上に居るのは暑苦しいという印象持たせる黒い衣服の集団。その中心から火球が生まれ、再びモンスターの大軍に向けて放たれる。


「マナを身体の外に発して性質を変えるとかなんとか……聞いただけじゃワケ分からんかったが、これを見るとなあ」


 人間とマナが持つ新たな可能性を唱え、外壁の外へと移住した者達。それこそが魔術院。


 壁内に危害を加えるでもなく、ただ内輪で得体の知れない何かをしている。それが今日までの魔術院の評価だった。


「俺も教えて貰おうかな。遠距離からモンスターを倒せるならラクで――おっと、次は大砲か」


 男の視線の先にあるのは鎧を身に付けた集団。外壁上に設置されたいくつもの大砲がそれらの手によって点火され、轟音と共に砲弾がモンスター達へと降り注ぐ。


 騎士団。街の中央と上部に位置する区域に存在する。下部の冒険者とは違い壁の外から街へと侵攻してくる人間の対処や街中の治安維持を生業としている。


「人間相手に斬ったり殺したり良く出来るよなあ。――俺はこっちの方が向いてる」


 男は木の下へと視線を移した。

 ゴブリンが一匹、森の中を彷徨うように歩いていた。男には気づいていない。


 大方事前のクエストでは駆除しきれなかった生き残りだろうと男は結論付け、木の上から飛び降りた。


「――ふう」


 落下の勢いのまま一撃で人間における頸椎を短剣で突き刺され、ゴブリンは即死した。


「大丈夫でしたー?」


「ああ」


 男は木の下に寄り掛かったもう一人の男――髪色は珍しくも無い茶色だが、研ぎ澄まされた雰囲気と頬の傷が特徴的だった。


 腰に二本の剣を下げ、何かを待っているかのように目を閉じている。


「気づいてんなら対応してくださいよ」


「お前が倒しただろう」


「まあそうですけど……アンタ強いでしょう?銅等級には見えないな」


 男達は共に銅等級だった。銀等級以上が前線を担当する中で、その補助が役割の者達。


 その中でもこの二人が配置されたのは外壁から近いブルームの森の末端……恐らく最も負担が軽い場所だ。


「お前もな」


「そんな事無いですよ。……ま、俺としてはこれくらいが良いんです。今回もここみたいな安全な場所でやり過ごせましたし。前線行ったら死ぬ気しかしません」


「上を目指そう、という気持ちは無いのか」


「その日暮らしが出来るだけの金があれば良いんですよね、クエストもたまにしか受けませんし。上を目指すとキリが無いでしょ。……それに、本当にやりたかった事は失敗しまして。夢破れた男っちゅー事です」


 男は茶髪の男に倣うように木の横側へと座り、目を閉じたままの茶髪の男の顔をまじまじと見る。


「やっぱりそうだ。アンタ何年か前、勢いに乗ってる冒険者だって騒がれてた人でしょ?」


「……知ってるのか」


「白金等級なんて聞いたことも無い等級の冒険者が出て来たのもその頃でしたからね。……そんな人が何でここに居るんです?」


「怪我だ」


「……ああ、そういう」


 男は話を打ち切り、溜息を吐きながら枝葉に覆われた空を見た。


「惨めですよね。失敗してもその後の人生は続くってのは。……失敗するならするで、その途中で燃え尽きちまえば良かった」


 男は小さく笑った。後悔とも諦観とも取れるような表情で。


 未だに外壁上からの攻撃は続いている。衝撃で地面が軽く揺れる中、茶髪の男が立ち上がった。


「俺はまだ諦めていない」


「……!」


「失敗か成功か、半ばで力尽きるか。俺にとってそれが決まるのはこれからだ」


 茶髪の男の体内を、研ぎ澄まされたマナが巡っている事に男は気づいた。茶髪の男は未だに座している男へと顔を向けた。


「お前の名前は」


「……ノイン」


「そうか。俺はオーウィン。……ノイン、その名前と俺が今からする事を、どうか覚えていてくれ」


「えっ、ちょっ!」


「お前なら一人でも大丈夫だろう」


 慌てた様子のノインを置いて、オーウィンはその場から姿を消す。


 思わず立ち上がったノインはオーウィンが動き出す際にしていた奇妙な構えと動きに困惑していた。


「……四足?」

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