眠りの中で
緊急クエスト前日の夜。俺はフェリエラの屋敷の一室に居た。
「……」
食事等々を済ませ、明日クエストに持ち込む物の点検を行っていた。といっても特注の剣を二本と、クエスト用の装いだけだ。これ以外の小細工はもう要らない。
「フリューゲルが自分を追い詰める理由、か」
先程、ベルに言われた言葉が頭に残っていた。フリューゲルは以前俺が居なかった時も同じように自分を追い詰めるように動いた時があったように自罰的な側面がある。あの時は家族が原因だと言っていたが、今回は恐らく違う。
「……俺が居なくなった事を自分の実力不足として捉えている?」
有り得そうな話だった。力不足で見限られた、だから自分を追い込む事で更なる強さを得ようとしているとしている。俺がもう誰かに託す事は止めたという事を知らずに。
そこまで考えて、ある疑問が思い浮かんだ。
「何故俺は、アイツと別れた際にその事を言わなかった」
あの時点で俺は立ち上がる事を決めていた。であれば、別れ際に伝える事が出来た筈だ。
結果的に伝えなかった事でフリューゲルは奮起し実力を向上させているらしいが、それは俺が意図した事ではない。
何故?
「……いや、良い。今は明日を見るべきだ」
俺はその思考を振り払う。そのままロウソクの火を消しベッドへ向かおうとした時、机の上に置いていたそれが目に入った。
あの日フリューゲルが俺に贈った小さな木彫りの剣。手を伸ばし、触れようとする。
「……」
俺は結局、それを手に取る事は無かった。
☆
その日俺は夢を見た。
あの森の中、俺とあいつが初めて向き合った場所。
『ひええええええっ!!』
情けない声とマナの光と共に、あいつの手で凶悪なモンスターが両断されるその光景。俺が思わず、自身の夢の続きだと確信してしまった輝かしい瞬間。
その筈なのに、何故か胸が苦しかった。
☆
緊急クエスト前日の夜、フリューゲルはオーウィン宅へと帰宅していた。
「……」
帰った事を知らせる言葉も無く家に入り、疲労しきった身体を引きずり自室へと向かう。フロイデはまだ帰っていない。
本来、フリューゲルはオーウィンの居ないここに来る気は無かった。ここ最近はギルド内の休憩室で身体を休めていたが、それを知って激怒したアイラや通りがかったベルによってここに帰される事になった。
「……?」
既にアイラの手で詰め込まれるようにして食事は終えている。そのまま倒れ込む様に就寝しようとするフリューゲルの目に、それが映った。
そこには無かった筈の机に置かれていた一枚の紙。
「っ……」
そこに書かれていた文言を見て、フリューゲルは全身の強張りが抜けるような感覚を覚えた。
【メシを食って風呂に入ってしっかりとした環境で睡眠を取る。怠るなと言った筈だ】
それは叱責のような内容だった。見覚えの無い整った筆跡。しかしそれが誰の言葉なのか、フリューゲルには瞬時に理解出来た。
「はい……」
誰の言葉なのか以外は何もかもが分からない。
だがフリューゲルにとっては、それだけで良かった。
☆
その日、私は夢を見るように思い出した。
最近は感じる事の無かった深い眠りの感覚の中で。
『フリューゲル、お前には才能がある。俺がお前を英雄にしてやる』
生まれて始めて誰かに必要とされたように感じた瞬間。あの人の手の感触。
もうそれを知らなかった頃には戻れない、私の全て。
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