覆水不変
緊急クエスト当日の早朝、モンスター達の先端がヒュグノス荒区を通過した事が確認された。
既に召集の報せを受けていた冒険者達は続々とギルドへと集まりつつある。人員の配置や戦いの流れについての最終確認を行い、現場へと向かう為に。
「……」
フリューゲルの体調は完全回復とは言えないまでも、ある程度の快復を果たしていた。
頭痛や疲労症状は軽くなり、沸き上がるマナによる高揚感が増している。フリューゲルは自身の意識が研ぎ澄まされているのを感じていた。
「見てくれてるんですよね」
フリューゲルはオーウィンの伝言が書かれている紙を横目で見た後、机の上で保管していたある物に手を伸ばした。
あの日、オーウィンが居なくなる前にフリューゲルに贈った白い羽根。それを手に取りしばらくの間見つめ後、自身の懐の中に忍ばせた。
剣を腰に下げ、身体を縦に伸ばし身体を
「お。……調子が良さそうだね。良く眠れたのかな」
同時にフロイデもオーウィンの部屋を出ていた。二人はそれ以上の言葉も無く並び歩き、家の外へ向かう。
フロイデが外への扉を開こうとした瞬間、フリューゲルは立ち止まった。
「貴女は……」
「ん」
「オーウィンさんが戦う事を止めようとは思わなかったんですか。……オーウィンさんが私を見限ったのなら、この緊急クエストでも積極的に戦おうとする筈です。貴女からはそれを止めようとする気が感じられません」
「止めたよ。……でも無理だった。だから私は戦い続けてる」
「……」
「進み続けないと、オー君は私を見てくれないもの」
扉から射し込んだ朝日がフロイデの表情を隠す。
「……!」
フリューゲルは突然の強い光に目を背ける。再び前を向いた時、フロイデは既にそこには居なかった。開いたままの扉を通り、フリューゲルは外へ。
「……あの人は分かってる筈」
オーウィンを止めずに進み続ける事。それはオーウィンの在り方を肯定し、戦いの最前線でオーウィンを待つ事であるとフリューゲルは理解した。
それはオーウィンの望みを認めるのと同時に、場合によってその死も受け入れるという事だとも。片足の機能不全という枷を知りながらも、戦おうとするのを
オーウィンの夢を尊重し、その夢の為に本人が死ぬ事すらも覚悟している。フロイデが選んだ選択肢。
「私は、違う」
見限ったといってもオーウィンはまだ自分を見ている。それはあの紙と言葉が示している。
であればもう一度。オーウィンと初めて出会い、自分に価値を見出してくれたあの瞬間を。
「私が貴方の夢の続き。それに……」
もう一度、自らの力でオーウィン自身に夢を諦めさせる。それがフリューゲルの選んだ選択肢。
「――フ、フリューゲル?」
ギルドへと進み続けるフリューゲルの前にその女は現れた。
フリューゲルと同じその黒い髪は乱れ、加齢が浮き彫りになった肌や顔色は生気が無い。
「貴女、今冒険者業で凄く稼いでるのよね?聞いたのよ、活躍してるって。す、凄いわ。そんな才能が貴女に有ったなんて」
「……」
「それで、今避難命令が出てるでしょ?でも、一番安全な中央に避難するのにはお金が要るの。……あ、あの時の事は謝るわ。だから、お願い。少しお金を――っ!」
矢継ぎ早に言葉を繰り出す女は、歩くのを止める気配も無く横を通り過ぎようとするフリューゲルを間近で見る事になった。
目の前に居る自分が見えていない。そう感じてしまうような視線の揺るがなさを。
「ま、待って!私達はかぞ――」
それはもう、捨てた物だ。
フリューゲルは進み続ける中で、願うように呟いた。
「
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます