伝言
「大分、様にはなってきた」
俺のその呟きに答える者は居ない。マークとノーマン……それに加えてフェリエラも、緊急クエストに関するギルドからの呼び出しを受けている。銅等級はともかく、銀等級以上の戦力はある程度の配置が決められている為だ。
昨日、ここに侵攻するモンスター達の先端に当たる個体が視認された。緊急クエストの招集は恐らく明日になる。
「もう通常のクエストの発行は停止されているだろうな。……実戦で通じるかは賭けだな」
あの二人の協力もあって、ここ数日間で納得のいく水準までこの動きを磨き上げる事が出来た。だがモンスターとの戦いで試してはいない。
通じるか通じないか、昔のように自分が満足の出来る戦いが出来るのかどうか。それが分かるのも明日。
「……」
マナが沸き上がるのを感じる。フロイデにも指摘されたが、ここ最近はずっとこうだった。マナがもたらすこの高揚感……久々の感覚だった。
マナを発生させる起点は人それぞれだが、基本的には精神的要因である事が多い。
俺の場合は自身の夢に向かって突き進んでいる事を実感出来る今この瞬間こそが起点になる。
「……今は体を休めるべきか」
この感覚のまま訓練を続けたくなるが、本番は明日だ。今日ぐらいはしっかりと休息を取るべきだろうと部屋に戻ろうとした時、その声が聞こえた。
「オーウィン!」
「……ベル?」
フェリエラが帰って来たのか思ったが声が違う。振り返った先に居たのはマークと金等級冒険者であるベルだった。
その表情と声色は、お世辞にも平穏とは言えない。
「最近マークの様子がおかしいから何か隠してるのかって問い詰めたら、アナタが今ここに居るって白状したわ」
「お前は金等級だろう、ギルドでの話はもう良いのか」
「話を逸らさないで。……私が何を言いたいか、分かる?」
「フリューゲルの事だろう」
ベルは大規模クエスト以来、フリューゲルを気に入ったのか何かと干渉していたようだった。今、俺に対して何か言いたい事があるとすればそれしかない。
「アナタが復帰しようとしてるっていうのは聞いたわ。……それで、何でフリューゲルちゃんの元を離れたの」
「アイツ自身が自立する為だ」
「じゃあ黙って出て行ったのは!?何で何も言わずに――」
「俺が出て行くと言ってもアイツはそれを受け入れなかっただろう。期限付きで居なくなったとしても、それはいつか俺が帰って来る事を前提にした心持ちになるだけだ。それは自立とは言わない」
「……自分があの子の支えになってるって自覚はある訳ね。アナタ、そこまで鈍くないもの」
「あれは支えなんてモノじゃない、依存だ。生まれたばかりの子供が親に縋るようなモノだ。……アイツは別に子供じゃない。既に十分な力を持っている。その不健全さは分かるだろう。今の内に、無理にでも断ち切るべきだと思った」
元より俺はいつまでもフリューゲルの側に居るつもりは無かった。フリューゲルの才能を磨く手伝いをした後は、高みに登るフリューゲルを陰から見ているだけで良かった。
「……アナタの考えは分かったわ。私は所詮部外者、介入する権利は無いのかもしれない。でもこれだけは知っておいて。あの子はもうボロボロよ」
「……」
「睡眠も食事も満足に取れてない。そんな状態で戦おうとしてる。その上でギルドは本人の訴えと彼女の実力から今回の戦線で
煮え切らない顔だが言いたい事は言い終わったのか、ベルは俺に背を向けた。
「私は……言うわよ。あの子に、アナタがここに居るって事」
「止めてくれ」
「っアナタ……!」
「俺は今回、少し無茶をする事になる。それがアイツに伝われば力づくでも止められる……そんな気がする」
フリューゲルは今回の戦線に俺が出る事を恐らく否定するだろう。あの祭りの日のような目で、誰も抵抗できないような強さで。
「……」
「俺はここで、俺を取り戻したい。誰にも邪魔をされたくない」
ベルもまた、俺が肩を並べていた冒険者だ。
「卑怯者」
ベルは顔を見せず糾弾するようにそう言った。
こいつはフリューゲルの身を案じるのと同時に、俺が昔のように戻る事を望んでくれてもいる。マークと共に治療法を探してくれたのもその為だ。
だから、ここで俺がそう言えば告げ口を躊躇してくれると思った。
「……ここに居る事は言わない。でもせめて、何か一言でもあの子に伝えてあげて。私が伝えるから」
「分かった」
それが最大限の譲歩だという事だろう。今のフリューゲルとは出来る限り干渉は避けたいが、これは断れない。
俺が伝えると決めた文言を聞き終えた後、ベルは去って行った。
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