涙
「強く吹くだけが風なのかな?違うよね。強い時もあれば弱い時もある。時には暴れるように……と思ったら一切の勢いが無くなったり。そういう柔軟さがあるよね」
「……ぅ」
「ただ最高速度で向かってくるだけなら、それに合わせて叩き落せば良い。速ければ良いってもんじゃない。だよね、オー君」
「……ああ」
地に叩き付けたフェリエラの頭から手を離しながら、フロイデは俺に問う。
知能が低い一定水準のモンスターや相性の良い相手なら速度で蹂躙する事は十分に可能だ。だが、風足の真価は出せる速度の幅が大きく広がる……移動という行動の選択肢が増大する事だ。
「勘違いしてない?その程度で夢を継ぐとか継がないとか、さっ」
「……っぁ!」
「フロイデ」
「負けたのはコイツだよ」
手足を地面に付け、倒れ込むフェリエラの頭をフロイデは足蹴にする。俺の静止の声にも表情を変えず、それを止めようともしない。
「それにさ、勘違いしてる事がもう一つあるよね」
「う、ぐ、お前……!」
「自分はオー君に特別視されている。そんな風に思ってない?――動くな」
「……っ!」
「風足の習得、頑張ったんだね。怪我をしたオー君の代わりになろうとしたんだね。……自分を助けてくれた恩に報いる為に?それとも贖罪かな。どちらにせよ、あれはお前だから助けたとか、お前にだけ優しいとかそういうのじゃない。オー君は目の前の弱者は見捨てない。そういう英雄としての在り方を自分に強いてるだけだよ」
「黙、れ……」
「あの時、お前を助けた事をオー君は何一つ覚えてない。それが証拠だよね」
「黙れ!足を、退けろっ!!」
「退けてくださいだろ、負け犬」
「フロイデ!」
「……分かったよ」
負けたのはフェリエラで、戦いに関与していない上にこの場で一番弱いのは俺だ。この争いを止める資格も力も無いが、これ以上は殺し合いになる。フロイデは渋々といった表情でフェリエラから足を離した。
「おい、今の話は……」
「本当だよ。オー君は気づいてなかったみたいだけど、コイツはその怪我の原因だ。それが私達の周りをうろちょろしてた理由」
「……そうか」
俺の右足の怪我は当時クエスト対象に襲われそうになっていた冒険者を助けたのが原因だった。そして俺自身は忘れていたが、その冒険者こそがフェリエラ。
フェリエラが何かと俺に接触をしてきた理由は、今フロイデが言っていた事に近しい物なのだろう。
「……そうだ。オー君に通達。近々、厄災が来るよ」
「っ!本当かっ?」
厄災。モンスター達の大規模な侵攻であり、通常のクエストとは比べ物にならない危険度である一種の災害だ。
それ故にそこでの貢献は大きく評価され、その活躍はより多くの人間に伝わる事になる。フロイデが白金等級に認められたのも、前回の厄災での貢献が決め手だった。
「うん。というか、やっぱり知らなかったんだね。情報を隠してたのはコイツかな」
「……」
「まあ良いや。前回とは比べ物にならない数で、その対応としてもう緊急クエストとして発令されてる。全員参加だよ。……来るよね?」
「ああ」
「そう言うと思った。マナの滾り方と目が、ちょっと前までのオー君とは全く違う。不貞腐れるのはもう終わりって事かな」
「ああ、もう止めた。……お前の言う通りになった」
「でしょ」
フロイデは得意げに笑った。
向上心を失くし銅等級として活動する俺に対し、フロイデは一言。
『どうせいつか我慢出来なくなるよ』
それだけ言って、足を止めた俺を置いて白金等級としてクエストを受け続けた。
「随分と置いて行かれた。……必ず追いつく」
「待ってる。……ギルドに呼ばれてるから、もう行くね」
フロイデはいつものような微笑でそう答えた後、壁の上へと跳んだ。
「あ、そういえば」
「何だ」
「あの子……フリューゲルちゃん。どうするの?オー君探してるみたいだし、ソイツみたいに夢を継ぐって頑張ってるけど」
フロイデの口からその名前が出たのは驚いたが、こいつはクエストの合間は俺の家で寝泊まりをしている。関わりがあるのは道理だった。俺とフリューゲルがどういう関係かも知っているようだ。
「……何も言うな。努力しているのならそれで良い。今ここで俺がもういいと言えば、水を差す事になる。もう俺の夢にアイツは関係は無い。だがそれで強くなれるのなら、告げるのは今じゃない」
「それ、まだ会わないって事?」
「ああ。……いや、もう会う事もないかもしれん。今のフリューゲルに必要なのは自立だ。俺と会わなければいつかは俺と俺の望みを忘れ、自分の道を見つけ、その為に力を振るえるようになる」
「ふーん。……ソイツの事もそうだけどオー君ってさ、ちょっと
「……」
「じゃあね」
そう言い残してフロイデは去った。そこから振り返り、倒れ込んだまま動かないフェリエラへと手を伸ばす。
「立てるか、フェリエラ」
「……き、聞かないんですか」
「何?」
「厄災について……黙ってた事……」
「……言う言わないはお前の勝手だ。別に気にしていない。それと、俺の怪我の事も気に病むな。フロイデはああ言っていたが、お前のせいじゃない」
俺のその言葉の後、フェリエラはそれまで下を向いていた頭を上げた。
「よっ、弱いからですか……?そうやって、私に興味を持ってくれないのは……」
「お前……」
フェリエラは泣いていた。顔を歪ませ、流れす涙には頬に付いた土が混ざっている。
「強く……強くしてください……もう敗けたくない……あいつらに勝ちたい……貴方に、無視されたくない……」
強さへの自負と誇り、そこから来る傲慢さ。その全てを捨ててフェリエラは俺に縋っている。
いや、それらを取り戻す為か。自分が敗者であり続ける事を良しとしない。
その濡れた目には俺と、勝利への渇望が映っている。
「……俺の訓練の合間で良いなら、付き合う」
フロイデの発言は的を射ている。俺はこの訴えを断れない。フェリエラはそれを聞いた後、自ら頭を地に付けた。
「おい……」
「おねがい、します……」
恩か贖罪か。フロイデはそう言っていたが、最早それだけじゃない。
こいつをここまで突き動かす物は何なのか。俺には分からなかった。
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