高鳴る鼓動
「はあっ、はあっ」
「足が止まってるぞ」
「……!」
息を切らし膝をつくフェリエラに対し、俺は即座に続行を指示する。フェリエラは歯を食いしばりながら立ち上がった。
「五二四」
「っ!――あっ」
俺が数字を告げた瞬間に、フェリエラは一歩目を踏み出した。しかし、視認出来ない速度から二歩目に移行するその瞬間、フェリエラは力が抜けたように倒れ込んだ。
限界だ。
「体力の限界……ここまでだな」
「はっ、はっ……ま、まだ、やれます」
「ダメだ。これ以上は怪我に繋がる。素直に休め」
「……はっ、はい」
怪我という言葉に反応したのか、フェリエラはその言葉を聞き仰向けに倒れた。
「四と五の調整は出来ている。問題は一二三の調整の甘さ、高速から低速の切り替えだ」
昨日、訓練の合間にフェリエラを鍛える事を俺は承諾した。これがその訓練。
数字は風足時の速度を表している。大雑把に一から五までに分け、俺の指示した通りの順で速度を切り替えるという物だ。
「足へのマナの集中量、踏み込みの強さ。その調整を常に意識しろ。意識、意識、意識
……その先に、モンスターと戦える程に身体に染み付いた無意識が手に入る」
「これを、無意識で……」
「ああ。時間はかかる。気長にやれ」
「……今みたいな話を、昔オーウィンさんから聞いた事があります。覚えてますか?」
「いや。お前が金等級になった頃ぐらいの話か?」
「それよりももっと前です。あの時の私は今みたいな見た目じゃなかったですから、覚えてないのが普通かもしれません」
「そうか」
「……オーウィンさん、緊急クエストには行かないでください」
「……」
「ギルドもオーウィンさんの事情は把握してる筈。怪我を原因に招集を断るんです。私が口添えします」
「それは罪滅ぼしか?怪我をさせた責任とでも言うつもりか?」
「っ、それは……」
「何でも良いが、そこまでお前に干渉される筋合いは無い」
「……死んじゃいますよ」
「それでも良い。それが俺の選んだ生き方で、死に方なのであれば」
「……」
厄災到来は俺にとって好都合だ。フロイデがそうだったように、俺の目標を実現するのには最適な舞台。それに今回は前回以上に人手が集められている。
当日集まった全ての人間に、俺を指して英雄と呼ばせる。その気概で行く。
「もし、私が」
フェリエラは仰向けの状態から起き上がり、俺と視線を合わせた。
「厄災当日までにオーウィンさんの想定を超える程に強くなれたとしたら、足を止めてくれますか」
「お前、まだ……」
「あの女がオーウィンさんに夢を継がせると言わせて見せたように。私を見て、今度こそ本当に諦めてしまうほどに強くなれたとしたら」
フェリエラは本気だった。この宣言だけじゃない。フリューゲルとフロイデを超えるという発言も。
強さに対する強烈な執着。その点は少し、俺と似ている。
「ここでずっと、私の隣に……」
「……お前の勝手だ。好きにしろ」
「っ、はい!」
それは恐らく叶わないだろうと、俺は内心では理解していた。
だがこれで良い。それが薪になるのなら。
こいつが強くなれるのであれば、それはそれで良いのだろう。
「おい!オーウィン!」
「……来たな」
出入口の方から俺の名を呼び、こちらに近づいてくる二つの人影。片方は大柄で、もう一つは俺と同じぐらいの体格だ。
「よく来てくれた。マーク、ノーマン」
「よく来てくれた、じゃねーよお前!こんなとこに居たのか!?」
「全くだ。お前が居なくなった事は、ギルドではちょっとした騒ぎになってるんだぜ」
金等級冒険者マーク。銀等級冒険者ノーマン。どちらも俺の知り合いで、こいつら同士も見知った仲で、フェリエラを介してここに来てもらった。
マークは隣で座り込んでいるフェリエラを何度か見た後、理解が出来ないという顔で俺に疑問をぶつける。
「お前本当に何でここに居るんだ?フリューゲルちゃん放り出してよ」
「……フリューゲルの事は気にしなくて良い。とにかく、俺は新しい戦い方を模索したい。その為に広い場所が必要で、フェリエラに協力を求めた」
「戦い方って……お前、足は……」
「それはもう良い。その上で考える」
「……そっか。ま、俺はこうなると思ってたがな」
「……そうなのか?」
マークは呆れたような顔で頭を掻きながらそう言った。適当に話を合わせている訳でも無く、最初から分かっていたとでも言うように。
「俺もだ」
マークに同調するノーマンの顔は、笑みを抑えきれないといったようにニヤついていた。
「目が死んでねえ」
「目?」
「あの嬢ちゃんに後は任せるって言ってた時もな。こんなのは俺じゃねえ、いつかはまたやってやる……そういう往生際の悪い目をしてたんだよ」
「あーそれ分かるわ。口では何かぼそぼそ良い訳してるけど、納得いってねえって顔なんだよお前」
「……そうか」
俺は自然と笑っていた。俺の内心はこいつらには筒抜けだったようだ。
「懐かしいな。この面子で何度か、クエストに行った事もあった」
「大体お前が先走って全部倒してたけどな。てかノーマン、お前十分実力はあるんだから金等級目指せよ」
「オーウィンがやる気を取り戻したってんなら、それも良いかもな」
この二人だけじゃない。かつての俺は何人もの冒険者達と同じ立場で、同じ目線で、同じ心意気で語り合い、共に戦った。夢の為に突き進む俺にとって、その時間は癒しの時間でもあった。
「俺はもう一度お前達と肩を並べたい。今回の緊急クエストで、過去の俺を取り戻す。その為に協力してほしい」
「よく言った!無論、俺は付き合うぜ」
「俺も。つっても、片足が満足に動かないのは事実だろ?どうすんだ?」
「少し、試したい事がある。今からお前達にはそれに関する意見を貰いたい」
その言葉と同時に俺はマナを体に巡らせる。それを察した二人も同時に、戦闘態勢に入る。
「ありがとう」
感謝の言葉と共に、俺は構えた。
☆
「はあっ、はあっ……こんな感じだ」
「おっ、お前っ、無茶苦茶だ!」
倒れ込んだマークが抗議の声を上げる。その横では俺と同じように息を切らしたノーマンが座り込んでいた。周辺はフェリエラが風足を使った時以上に荒れている。
「オーウィンさん……まさかそんな動き方で……」
横で様子を見ていたフェリエラ……俺がこの動きを思いついた原因が、驚愕した表情で俺を見ていた。
「初めからこうすれば良かったんだ」
「そりゃお前、確かにそうだけどよお」
「緊急クエストが始まるまでの時間はこの動きを物にするのに使う。改善点があれば遠慮なく言ってくれ」
「……やっぱお前はイカレてるよ」
マークの軽口を背に、俺は空を眺めていた。疲労した身体に心地好い風が吹く。
「待っていろ、フロイデ」
頬が緩むのを感じる。期待に胸が高鳴る。
「……」
それに水を差すような鋭い鳥の鳴き声が、どこからか聞こえた気がした。
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