最適解
「帰って来てたのか」
「昨日ね。結構びっくりしたんだよ?ギルドにも家にも居ないんだから」
「……良く、俺の居場所が分かったな」
「オー君の知り合いを片っ端から尋ねただけだよ。……これはちょっと予想外だったけど」
壁の上で座り、足をぶらつかせながらフロイデはフェリエラに視線を向けた。
「お前……!何でここに居るんだ!」
「君も久しぶりー。何でって、オー君の顔を見に来ただけだよ」
「……ならもう良いだろ。さっさと出ていけよ、寝ぼけ女」
フロイデの言葉に対し、フェリエラは先程の殺意に近い態度でそう答えた。
フェリエラはフロイデを嫌っている。ギルドで二人が顔を合わせた際、決まって今のように憎まれ口を叩いていた。
フロイデはその言葉に対して意地の悪い笑みを浮かべた。
「聞いたよフェリエラちゃーん。喧嘩売って負けたんだって?」
「……っ」
「おい、フロイデ」
「しかも、自分より格下だと思い込んだ上で返り討ちに遭ったんでしょ?……ダサ」
フェリエラはフロイデを嫌っている。だがフロイデもまた、フェリエラを嫌っている。何が理由でそうなったのかは知らないが、憎まれ口を叩くのはお互い様だった。
だが今回は今までとは少し違う。フェリエラは歯を食いしばり、震えながらフロイデを睨んでいた。
「お前もだ……あのクソ女だけじゃない……お前もいつか……」
「やってみたら?」
「……は?」
フロイデは壁から飛び降り、俺達の前へと着地した。手の平を上にし、おどけるような仕草をした。
「ほら、手ぶら」
「……」
「チャンスだよ。それとも……ビビッてる?」
「おい!お前ら、それ以上は……」
「――やってやるよ!」
フェリエラがその言葉と共に姿を消した。元居た地面の一部分が抉れている。
「アイツ……速いな……」
「大丈夫。見てて、オー君」
俺はフリューゲルとフェリエラの戦いの決着の部分しか見ていない。以前から風足に関してフェリエラから何度か助言を求められ何度か戦闘の瞬間も見た事があるが、ここまでの速さは無かった。
「望み通りぶっ潰してやる」
その声だけが聞こえて、フェリエラの姿自体は捉える事が出来ない。マナで動体視力を強化しても。
俺が思った以上に、フェリエラは成長している。
「おお、確かに速いね」
恐らくここまでの速度はかつての俺でも出せないだろう。フロイデは素直に驚いているようだった。
しかし、いつも通りの笑みと余裕は少しも揺らいでいない。
「――死ねっ!」
何度か移動を繰り返した後、フェリエラが仕掛けた。フロイデの背後――死角からの高速の飛び蹴りが見えた。並大抵の冒険者が受ければ怪我では済まない威力だ。
「――後ろ」
「っ!」
それに対し、フロイデは横にただ移動するという動きだけで回避した。空を切った蹴りの勢いのまま、フェリエラがフロイデの目の前に着地する。
「終わり?」
「……!」
もう一度フェリエラが動き出し、少しの間の後に再び攻撃を仕掛ける。横合いからの拳。速度は更に増しているように見えた。
「よっと」
しかし、それも当たらない。
フロイデは何も特別な事はしていない。マナによる身体強化も目以外は最低限だろう。
「右」
「何、でっ!」
「後ろ」
「何なんだ、お前は!」
フェリエラの攻撃は一切当たる事が無かった。まるで知っていたかのように、フロイデは全てを軽々と避けている。
「確かに速い。でも」
こいつは昔からそうだった。戦いの場面で当たり前のように最高の動きをしてみせる。
貧民区でやっていた斬り合いの真似事だって、俺が本当の意味でこいつに勝ったと思った時は無い。
「速いだけだね」
「!?」
地面を蹴る瞬間、足にマナを集中させる際に生じる僅かな隙。フロイデはフェリエラの移動位置を見極め、その隙を利用してフェリエラの目の前に移動していた。
最適解。フロイデは戦闘においてそれを常に見つけ出す事が出来る。
磨かれた技術ではない。生まれながらの、大きすぎる才能。
「ほい」
「っ……」
そのまま踏み込みの足を払われ、フェリエラはいとも簡単に姿勢を崩した。フロイデはそのまま倒れようとしているフェリエラの頭を掴み――。
「ぁがっ!!」
地面へと叩き付けた。
フロイデは完全に動きが止まったフェリエラから手を離し、笑みの消えた顔で見下ろしている。
「これじゃ、オー君の代わりなんて無理だよね」
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