決意と指針
「はっ……はっ……」
「ふぁ……。ねーいつまでやってんのー?」
オーウィン宅にある小さな庭、そこでフリューゲルは剣を振っていた。軒下ではフロイデがあくびを噛み殺し、呆れたようにその様子を見ている。
「雨降ってるの気づいてる?びしょびしょだよー」
「はっ……はっ……」
濡れた髪が顔に張り付き、水を吸った服が動きを鈍らせる。
しかし、フリューゲルはそれを止める気配が無い。フロイデが外で昼食を済ませ、再びオーウィン宅に帰宅した時からこの光景は続いている。雲に隠れてはいるが、既に日が落ちかけている。
「さっきも思ったんだけどさ。君、常にマナを練ってるよね。今だけじゃない。私と話してた時も、ギルドで座ってた時も」
「はっ……はっ……」
「オー君の指示?だとしても、イカれてるよ君。常に何かと戦ってるような気の張り詰めよう、高揚感、体の力み……本当の意味で気の休まる時間なんて無い筈だ」
「…………」
「何が君をそうさせる?」
フロイデの問いかけに、フリューゲルは剣を振る手を止めた。波打つような前髪の隙間から覗く目がフロイデを映す。
「オーウィンさんにマナの扱い方を教えてもらったあの日から、これを苦しく感じた時なんてありません」
フリューゲルのマナの起点――それは思慕。
想うほどに強くなり、強くなるほどにまた想う。途切れる事の無いこの循環が、際限無くマナを研ぎ澄ませている。
「だって、こんなにも暖かい」
フリューゲルは胸に手を当て、頬を緩ませた。
「……気持ちわる」
その姿は、フロイデの目に異様なモノとして映る。
「まあ良いや、私はもう寝る。お風呂沸かしとくから入りなよ」
「……そういえば」
その言葉を聞いて、フリューゲルの中にとある疑問が浮かんだ。
「私が来た時、部屋はオーウィンさんの部屋しかありませんでした。寝具も一つだけ。……今もそうですけど、どこで寝る気なんですか」
「オー君のベッドだけど」
「……」
「何?」
「私の寝具の替えがあります。それを使ってください」
「嫌」
「……私、貴女の事が嫌いです」
「奇遇だね。私も君の事が好きじゃない。……何考えてるのか知らないけど、オー君に関わるのはもう止めた方が良い。無駄だから」
そう言い残し、フロイデは家の中へと戻っていった。それを見送り、フリューゲルは再び手を動かし始める。
「ふっ……ふっ……」
剣を構え、背を伸ばし、振る。オーウィンが最初に指示した基本的な訓練。
銅等級に昇級した後も、オーウィンが居なくなった後も、フリューゲルは一日たりともこの訓練を欠かしていない。
「強く……」
雨粒が弾け飛ぶ。
「オーウィンさんの夢を、塗り潰すくらいに……」
空を斬る音が雨音に混じる。
「今度こそ……私がっ!」
何故オーウィンが居なくなったのか、本当の事はまだ分からない。だが、フロイデの言葉には重みがあった。
オーウィンが本当に夢を諦める程の高みを目指す。それが、今のフリューゲルの指針。
「……会いたい」
抑えがたい、耐えがたいその想い。しかしそれすらも薪となる。
何も言わず居なくなったオーウィンに対するほんの少しの怒り、焦燥。そして、先程から感じていた初めての感情――フロイデに対する巨大な嫉妬すらも。
頬を伝う雨水をそのままに、フリューゲルは剣を振るう。
☆
フロイデが厄災到来の報を持ち帰還した後日、本部ギルド長アドラーにより緊急クエストが発令された。
厄災――モンスターの大規模な侵攻。通常散発的で統一意思の無いモンスター達の侵入とは異なる明らかな統率者の存在。クエストの内容はその侵攻の阻止である。
アドラーは中央を通して上区の騎士団、白山の治癒士達、壁外を彷徨う魔術院にまで協力を要請。前回の厄災の反省を活かし、出来得る限りの戦力を用意し始めた。
そして、緊急クエストは強制参加のクエストであり、
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