足りない
「ふーん、強さを見込まれてねえ……」
「……」
「君がこの家を使ってる理由は分かったし、ここを基本的に管理してるオー君が許してるなら特に私が言う事は無いね。うん……あ、美味しい」
フリューゲルが用意した茶を飲みながら、フロイデは平常時のような薄い笑みを浮かべた。
「それはまあ良いとして、オー君がここに居ない理由、それとどこに居るのかは君にも分からない、だから何か知ってそうな私を追いかけたってのは面白いね。だって私も知らないもん、今日帰って来たんだよ?」
「……そうですね」
「だよね、あはは」
今のフリューゲルはオーウィンに関する情報に飢えている。
オーウィンを親し気に愛称で呼び、付き合いも長いのであろうフロイデだとしても、ここ最近のオーウィンの動向を知っている筈が無い。言われて初めて、その事に気づいたくらいには。
「ただ」
落胆するフリューゲルに対し、フロイデはその言葉を付け加えた。
「どこに居るか……はともかく、何故君の前から居なくなったのかは分かったかな」
「っ、本当ですか!?」
「単純な話なんだけどね。――戻ったんじゃないかな、君と会う前の状態に」
「戻っ、た?」
「うん。一番の武器を失っても、夢を諦めない往生際の悪いオー君にね」
フロイデが何を言っているのか、フリューゲルは理解出来なかった。
オーウィンの夢が英雄と呼ばれる存在になる、という事は知っている。怪我を理由にそれを断念し、自分へと託してくれた事も。
「そ、そんな……オーウィンさんは私に託すって――」
「それがそもそもおかしいんだよね」
有無を言わせない、絶対的な言いでフロイデはフリューゲルの言葉を遮った。
「夢を託す?ナイナイ。片足が満足に動かない状態で未だにモンスターと戦ってるんだよ?夢は諦めた、なんて口では言ってるけど実際は少しも諦めきれてない。そこそこの名誉と暮らしていくには十分なお金があってもね。そういう変人なの」
「じゃあ何で!」
「君の強大の資質……強さに目が眩んだのかな。それこそ、一時的に夢を諦めようとしたくらいには」
「っ……」
ともすればオーウィンを小馬鹿にするような物言いだった。しかし、フリューゲルは反論が出来ない。
『片足がバカになっても、
大規模クエスト当日のオーウィンのその言葉と自嘲するような表情を、フリューゲルは鮮明に覚えている。
その他にも予兆はあった。理解もしていた。そしてオーウィンの残り火を、フリューゲルは甘く見ていた。
自分であれば、いずれは忘れさせる事が出来ると。
フロイデは笑みを崩さない。
「でも、君じゃ足りなかったみたいだ」
「っ!」
「おふ」
全てが無駄だったと、否定されたようにフリューゲルは感じていた。
オーウィンの提案を承諾した事も、モンスターの恐怖を乗り越えた事も、何かを殺傷する感覚を体に染みつかせた事も。
剣の振り方を、マナの扱い方を、クエストの常識を学んだ。その上で
全てはたった一人の為に。
「……」
だからこそ、激情のままにフロイデの胸倉を掴んだフリューゲルは即座にその手を離した。小さく息を吐くフロイデを背に、フリューゲルは無言で部屋を後にする。
「……止められないよ、誰にも」
そう呟くフロイデの顔に、笑みは無い。
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