完成間近
コスタ川。俺達が住む街の中を流れている水流があるが、それはこの川の支流だ。その源流は未踏区域にまで伸びている。
真横に流れる水流に沿うように、俺達は細々と生えた木々の間を進んでいた。
「大きいですね。この川……」
「ああ。……お前、泳げるか?」
「……多分、無理です」
「ならこの付近で戦う際は注意しろ。場所によって水底が深い場所もある上に、水棲のモンスターが潜んでいる場合もあるからな」
「は、はい!」
あの受付は俺の要望通り、他の銅級が手を出したがらないクエストを提示してくれた。
「オークか」
オーク。ゴブリンがより巨大化したような身体と豚のような顔を持つモンスター。
本来銅等級でも十分に対処可能な相手だが、既に二人がクエストを失敗し、殺されている。
ギルドによれば二度の戦闘経験とこの周辺の豊富な食料資源によって更に強大化している危険があるという。
「もう少しで銅等級が受諾対象から外れるところだった。そのせいで報酬も評価もかなりの高さだ。こんなに美味いクエストは他に無いぞ」
「……勝てるん、でしょうか」
フリューゲルは怯えというより不安を感じているようだった。相手は間違いなく今までで最強の敵だ。無理もないだろう。
「勝てるさ。マナの調子はどうだ?」
「す、凄く良い感じです。身体の調子も……」
「なら大丈夫だ。マナを全身に巡らせて斬る、受ける、避ける。それだけで良い」
しかし、怯えを感じていないというのは凄まじい進歩だ。あの無茶なクエストでモンスターとの戦闘に対する心構えが出来たのだろうか。
それだけで良い。恐怖はマナの循環を阻害する。それが無ければ今の時点で既にお前は――。
「こいつだな」
「……!」
木々を抜けた先、広がった空間の中央にそいつは鎮座していた。
片目が傷によって潰れていてもなお鋭い眼光。肥大化した全身の筋肉。
地面には動物達の骨に混じり、殺した冒険者から奪ったのであろう剣と盾が置かれていた。
そいつは突然姿を現した俺達を少し見つめた後、その二つを手に取りながら立ち上がり、構えた。
「成程」
様になっている。俺が今まで見たどのオークとも異なる姿。
恐らく過去二人との戦いから俺達側の戦い方を学んだのだろう。
「行けるか」
「――はい」
帰って来たのは、力強い返事だった。
☆
敗因を挙げるとすれば三つだ。
「はっ!」
一つ、武器の使用。ヤツの身体は武器なんて持たずとも十分に凶器として通用する。それに剣も盾もヤツの身体の大きさに合っていない上に、手入れも出来ていない。早々にへし折れた剣を見て、ヤツは唖然としていた。
「っ!」
二つ、戦い方。武器を扱う事を前提とした、言ってみれば俺達のような戦い方はヤツには向いていない。獣のように何も考えずに暴れ回った方が厄介だっただろう。
「――はっ!」
慌てたオークによる盾での力任せの打撃を物ともせず身体で受け切り、フリューゲルはヤツの首に向かって最後の一振りを放った。
三つ、フリューゲルに対する有効打を与えられない事。
「はっ、はっ、……オーウィンさん!」
「やったな。完全勝利だ」
「はい!……えへ」
喜びの表情で俺に駆け寄って来たフリューゲルは、ダメージを負った様子が欠片程も無かった。
日々の訓練が身に付けさせたマナによる防御。フリューゲルが持つマナの規模で行われるそれは、最早暴力的だ。
「分かってきたんです、私がするべき戦い方。……次はもっと上手く――」
完成が、近い。
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