立ち合い

 ギルドの裏手には練武場と呼ばれる建物がある。


 中央の空間を囲む古びた見物席が過去に何が行われていたかを示しているが、現在は名前の通り戦闘に関する技術を鍛える目的で冒険者達に利用されている場所だ。


「……」


「……っ」


 その中央に相対する二人。

 一人は落ち着いた様子のフリューゲル。もう一人は禿頭の大男。

 フリューゲルは何も持たず、男は木剣を構えている。


「――シッ!」


 沈黙の末、男が仕掛けた。手加減の無い縦の攻撃がフリューゲルに迫る。


「……」


 が、当たらない。身体を半身にし、最低限の動きで対応する。


「っ!」


 縦の攻撃が避けられたのを見て、男はすぐさま半身のフリューゲルへと剣を横に振る。

 悪手だ。


「――ここ」


 横に振られた剣の下を一瞬で掻い潜るように男へと近づき、フリューゲルは男の服を掴んだ。そしてそのまま――。


「降参、降参だ」


 禿頭の男――ノーマンが木剣を落とし、両手を上げた。


「寄り投げ……完璧だった。お前が目を付けたって話は本当らしいな、オーウィン」


 立ち合いが終わった二人へと近づく俺を見てノーマンは余裕を取り繕った様な顔で笑った。


「どうだった?」


「……肝が冷えた。本気で打ち込んでも当たらない、当たっても通じないと思っちまったのもそうだが、こうまで上手く反撃までされちまうとな。ついさっき教えたばかりだぞ?」


 ノーマン。俺の知り合いの冒険者であり、その経歴から人間を想定した技術を持つ男でもある。


 寄り投げはその一つであり、フリューゲルが教わったのはノーマンの言う通り本当についさっきだ。


「なあ、嬢ちゃんはなんでそんなに――」


「……」


「あー、まあこういうヤツなんだ」


 いつの間にかフリューゲルは俺の後ろに移動していた。ノーマンとは初対面だから無理もないか。


「ありがとう、ノーマン。対人を学ぶのにお前程の適役は居なかった」


「いや、俺も嬢ちゃんが気になってたからな。……結果は噂以上だった訳だが」


 あのオークを倒した後の数日間、フリューゲルは銅等級の中では最高難度に位置するクエスト群を立て続けに受諾し、その全てを成功させている。


「――」


「――」


 フリューゲルの活躍を耳にして気になったのか、観客席でこの二人の立ち合いを見ていた冒険者達の驚きの声が聞こえて来る。無理もない。


 ノーマンは銀等級だ。訓練とはいえそれをこうも簡単に降参させてしまった。


「どうだった、フリューゲル?」


「……な、何となく分かったかもしれません。でも、やっぱり対人これって意味が――」


「重要なのは少しでも知っておく事だ。……まあ、貧民街でのお前を見るに特に問題は無いとは思っていたがな。感覚はともかく、こういう技術は知ろうとしないと辿り着けない。覚えておけ」


「……はい!」


 フリューゲルは本当に成長した。一番大きいのは何かと戦うという事に慣れ始めた事だ。今と戦闘時では様子がまるで違う。


 そしてその慣れが、本来高かったフリューゲルの闘争のセンスを更に高めている。


 膨大なマナ、センス、慣れ。最早、銅等級のクエスト対象では相手にならない。


「助かった。これでフリューゲルはまた一つ強くなる。今度メシでも奢ろう」


「……なあオーウィン。その嬢ちゃんが、お前の夢の続きって事か」


「そうだ」


「……はは、なるほどなぁ。んじゃ、俺もその続き、見させてもらうぜ」


 少し笑いながらそう言って、ノーマンは俺達に背を向けた。


 ノーマンとは昔、何度かクエストを共にした。俺の夢も語った事があった。だから俺の考えが分かったのだろう。


「……こ、怖かった」


 フリューゲルの安堵の籠もった声が聞こえた。これだけは変わらない

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