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部活が終わると僕は急いで図書室の裏へ向かった。

この学校の図書室は敷地の端っこにあって周りがコンクリートの塀で囲まれている。こんなところに人は誰も来ないし、周りからは全く見えない。それがちょうど良い。

近くまで着くと砂利道をゆっくりと、音を消しながら歩き、その狭いスペースを隠れながら覗く。


良かったまだ来ていないみたいだ。

僕はそのまま真ん中あたりまで進み、図書室の壁面にもたれかかって座り込んだ。

タオルで汗を拭いて、水を飲んで、また立ち上がりあたりをうろちょろとする。

落ち着かない。


高校最後のコンクールが近いというのに部活中もずっとぼーっとしていて顧問の先生に怒られた事をふと思い出したが、今はそれどころでは無い。

なんと言ったって今日はとても大事な日なのだ。


緊張のせいか喉が異様に乾きペットポトルの水を何度も飲み込んだ。この茹だるような暑さのせいも多分ある。

夏はこの時間になっても日が沈まなくて、太陽がいい加減鬱陶しく感じる。それにあんまり明るいと少しロマンチックに欠ける気がしたけれどもう後戻りは出来ない。

そんな事を考えていると、少し遠くからこちらに向かって来る足音が聞こえてきた。

僕は鼓動が急に早くなった胸に手を当てて、大きく、静かに息を吸い込み、背を伸ばして立ち彼女が来るのを待った。


「わぁ!びっくりした!居たんだ」

ひなせさんは僕を見つけるとビクッと体を動かして驚いていた。

「どうしたの玲くん。こんな所に呼び出して」

笑顔だったけれど、困惑した目で彼女は言った。ひなせさんは少し天然だ。だからここが学校で有名な告白スポットという事を多分知らないんだと思う。


「あ、あのさ。ひなせさん。大事な話があるんだ」

僕は真剣な顔をして、姿勢をより正した。

「え?う、うん!なに?」

ひなせさんも僕の真似をして体をピシッとさせて、真剣な顔で僕の目を見つめてくる。


「あの…笑わないで聞いてほしいんだけど」

「うん。笑わないよ」

ひなせさんは真剣な眼差しで僕を見つめている。

「ちゃんと聞いててね」

「うん。分かった」

「じゃあ言うね」

僕は覚悟を決めて、大きく息を吸い込んだ。


「僕は、ひなせさんの事がずっと好きでした!付き合ってください!」

僕は頭を下げて、彼女に腕を伸ばした。


「え、えっ、え……あ、ありがとう!」

ひなせさんは驚いた様子で、顔を紅くしてきょろきょろとしている

「そっか、告白だったんだね。そっかそっか」

紅くなった顔を手でぱたぱたと煽りながら、落ち着きを取り戻そうとしている。

やっぱりひなせさんは可愛い。


「だめ…かな?」

僕は出来るだけ早く返事がもらいたくてつい意地悪な聞き方をしてしまう。

「いやいや!駄目じゃないけど…」

「けど?」

「急すぎて、どうすればいいか分かんないよ…」

ひなせさんはかなり困っているみたいで、足をぐりぐりと捻ったり、髪を触ったりしている。


「…ひなせさんは、僕の事どう思ってるの?」


「え!?それは、まぁ、仲の良い男友達だと思ってる…よ?」

友達という言葉がとても強く耳に残った。

もしかしたら両想いなんじゃないかなんて妄想していた僕が滑稽な気がした。

「……じゃあ駄目って事?」

「いやいや、違う違う!そういう事じゃなくて…まだ分かんないっていうか…」

ひなせさんは俯いてしまった。

やっぱり僕なんかじゃダメなんだろうな。薄々は気づいていたけど。

僕も言葉を出せなくなって俯いた。

セミの鳴き声だけがただ煩い。

しばらくすると、ひなせさんは意を決したように言った。

「ご、ごめんね。すこし考えさせてください」

そう言うとそのまま逃げるように早足で帰ってしまった。

どうやら、失敗に終わったみたいだ。

いや、失敗というよりかは、これは間違いだったんだろう。


やっぱり僕には恋愛なんて分からない。



そわそわして眠れない。僕は目を開けてスマホを開いた。

ひなせさんから連絡が来る気配は一向に無い。

もう11時だし、ひなせさんはいつも早く寝るほうだから多分今日返事は帰って来ないと思う。

それでも僕は、ひなせさんも僕と同じように眠れていないんじゃないかなんて淡い期待を消しきれずに、何度も何度も携帯を確認している。

ひなせさんにとって告白なんてよくある事なんだと思うから、それは無いって事も頭では分かっている。


いくら眠ろうとしてみても、頭がごちゃごちゃとして全く眠気がやってこない。

嫌な夜だ。


僕はやっぱり落ち着かなくて、外に出る事にした。

ベットから起き上がり、パジャマの上から薄いシャツを羽織って外に出た。

行き先は家から歩いて10分くらいのところにある近所の小さな公園だ。悩みがあるといつも行く僕の行きつけの公園だ。

夜になるとセミの煩い鳴き声はほとんど無くなっていて、変わりに鈴虫の綺麗な鳴き声がどこからか聞こえてくる。それのせいで夜の静けさがより際立つ。

この時間になると歩いている人も殆どいなくて、この静寂が少しだけ怖い。


公園に着くと僕はブランコの横にあるベンチに腰をかけた。

滑り台とブランコしかない小さな公園だけれど、僕は結構気に入ってる。

ここに来ると小さい頃母親と一緒に来た事をよく思い出して、なんか分からないけれど安心する。

空を見上げると、名前も知らない星がキラキラと光輝いていた。大きな星もあれば目を凝らさなければ見えない小さな星もある。

僕はベンチに寝転んで、ただ空を見た。


そうだ。

心のどこかでわかっていたんだ。

僕にとってひなせさんは憧れなんだ。

誰にでも優しく話しかけて、いつも笑顔で、それでいて間違っている事は間違っているってハッキリと言う。

そんな彼女の事を僕は尊敬していたんだと思う。

だから僕が彼女と対等に、恋人関係になれる事なんて無い。

そんな事は初めから分かっていた。


高校生活最後の夏。なんて浮ついた空気に乗せられた自分の愚かさが恥ずかしい。

僕にそんなものが望めるはずないのにな。明日学校に行ったらひなせさんに謝ろう。そして、友達として最後まで、卒業まで仲良くしてもらえればそれで良い。

そうだよな。それが良い。


考えがまとまって諦めもつくと欠伸が出てきた。今日はいろいろと頑張って疲れた。

僕はそろそろ帰ろうと思い、ベンチから起き上がった。


「星、綺麗ですよね」

突然となりのブランコに座っていた女の子に話しかけられた。

「わ!びっくりした!」

僕は驚きのあまり、ベンチから落っこちて地面に尻餅をついてしまった。

全く気がつかなかった、いつから居たんだろう。

「あ、ごめんなさい。びっくりしちゃいましたよね」

そういうと女の子は笑いながらブランコから降りて、僕の手を引っ張って起き上がるのを手伝ってくれた。

「ありがとうございます」

僕はお礼を言うと、彼女の事をじっと見つめた。

多分歳は僕と同じくらいだと思う。

肩甲骨くらいまで髪を伸ばしていて、だいぶ薄着をしていた。

それでいて、すごく綺麗で可愛い顔だった。

「どうかしましたか?」

女の子は首を傾けて僕の目をじっと見つめてきた。

途端に恥ずかしくなって、僕は目を逸らした。

「い、いえ。なんでもないです」

「ここ。よく来るんですか?」

「まぁ…たまに来ます」

「静かで良いところですよね。私ここ好きなんですよ」

彼女はそういうと、僕の座っていたベンチに腰をかけて、僕も隣に座るように手招いた。

「私、大好きな歌があるんです」

彼女は空を見ながら言った。

「歌、ですか?」

唐突な話で僕はすこし反応が遅れた。

「はい。なんて歌か忘れちゃったんですけど、叶わない恋を歌った切ない曲なんです」

僕は今の自分を見透かされたような気分になって少し恥ずかしくなった。

「どんな曲でしたか?」

そう聞くと彼女はふいに空を指さした。

「あれがデネブあれがアルタイルあれがベガ。夏の大三角って言われてるやつです。私その曲で初めて知ったんですよ。ほら!見えますか?」

「え、どれですか?」

「あれです!ほら!」

僕は彼女の指差す星座を追いかけた。

夜空が広くってどれか分からないでいると彼女は必死に指を伸ばして僕に教えてくれた。

「デネブ、アルタイル、ベガ…覚えました」

「ふふっ、良かったです。星の名前を覚えると空を見るのが楽しくなりますよ」

彼女はとても満足そうに、嬉しそうにそう言った。

ふと時計に目をやると、既に0時を回っていた。

「あっ、もうこんな時間ですね。帰らないと」

「ほんとですね」

僕がベンチから立ち上がると彼女も一緒に立ち上がった。

「遅いですし、送りましょうか?」

僕はさっき程じゃないけれど、すこしだけ勇気をだして聞いてみた。

「いえ、大丈夫です!家すぐそこなので」

「そうですか…」

当然の事だけれど、なんか寂しく思ってしまった。

すると、女の子は少し恥ずかしそうに言った。

「あ、あの…明日もここに来てくれますか?」

僕は嬉しくなってつい大きな声で返事をした。

「はい!明日また会いましょう!」

「ほんとですか?約束ですよ!ちゃんと来てくださいね!」

女の子はパァっと嬉しそうな顔をして言ってくれた。

「そういえば、名前なんていうんですか?」

「私、なるみって言います。君は?」

「僕は玲って言います」

「玲くんですか。綺麗な名前ですね」

なるみさんはそう言うと何度か僕の名前を小さな声で復唱していた。

「覚えました。明日も絶対来てくださいね、玲くん」

「はい。絶対来ます」

僕達はそう言って公園から出てそれぞれ反対側の道に別れた。

「あ、そういえば曲名思い出しました」

別れ際彼女は僕に背を向けたまま言った。

「君の知らない物語。だったかな」

それだけ言うと彼女は暗闇の中に居なくなってしまった。

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