第二章 魔法使いと裏の賭け事
ブレン達を乗せた高速バスはセーブル州へと入った。
交易都市ミッドブルーシティに料金所を抜けると住宅街から一気に摩天楼の風景へ変わった、ユグドラシル州の一番街よりもビルの数が遥かに多く「経済的に強い街」だと言うことがよく分かる。
夕方であるせいかバスターミナルまでの道は混雑している、渋滞が見え始め到着が遅れだしていた。
ブレンは今日の宿をなるべく安くかつ団体で泊まれるところが無いかと調べていた、初めて来る大都市に混乱しそうだが、その都市の大きさの分何でもあると考えれば探すのはそこまで難しい問題ではない。
「ここなら良さそうかな、食事付きで良いところだ」
「一部屋で三千ガルズ、悪くないところだね」
「ターミナルから近いしすぐに行けるな」
ブレンの提案したホテルを三人に伝えるとそこで良いと決まった。
渋滞を見込んで夜頃に予約を入れた、渋滞に巻き込まれたバスはノロノロ運転になってきている、ターミナルまで直行ルートだが他のバスやタクシーも絡んで更に遅れてきている。
「これだとヒューが追いついてきそうだわ」
「夜の方が空いてるからすぐに来そうだね」
今の進み具合では後追いしているヒューイが追い付くかもしれないようなペースだ、運転手からアナウンスで三十分程の遅れになる見込みと流れた。
ヴィットーリアはヒューイにホテルの場所を教えて合流するなら一緒のホテルのほうがいいと伝えた、場所を教えさえすればヒューイは地図アプリを駆使して建物の外見や現在地からの移動ルートなども容易く算出するほどである。
三十分の遅れはまだいい方だ、会社が長期休暇期間になるとニュースで高速道路が酷い渋滞で二時間遅れは当然のように流れるほどだ、そこまでになると我慢強くても嫌気が差してくる。
席替え以降、ヴィットーリアの隣に居るリリーアは眠たげな表情で時々欠伸している、学園では真面目な性格から居眠りしたところを見たことはない、そうなると休日はねむねむなのかもしれないと思ったのだ。
「リリーア? もうすぐだからここで寝ると困るわ」
「大丈夫……景色が止まっていて何だか眠くなるの……」
「まぁそうね」
バスは歩くような速さで進んでいるが、止まっているようにも感じ取れ眠くなってくるのはよく分かる、リリーアは一度寝てしまうとなかなか起きないため何とか寝ないようにと背伸びさせたりしてる。
遅くなったり早くなったりとペースが滅茶苦茶で車酔いしそうになるが到着点はもうすぐといったところだ。
前を見るとタクシーがバスのレーンに入っているのが渋滞の原因らしい、標識を見るとバスは左、タクシーは右、一般車はそのさらに右と書かれている、台数が多いのもあるが標識通りに行かないタクシーがレーンに入り損ねその渋滞へと入ろうとしているせいだった。
遅いペースだが徐々にレーンからタクシーが居なくなるとペースアップしていく、渋滞に我慢していたブレン達はやっと動いたと大きな遅れにならずに済んだので安心した。
降車場に入り指定の下り口にバスは停まった、半日掛けてミッドブルーシティに到着した、乗客が忘れ物がないかと真剣になりながらあちこち探す、ブレン達も席替えしたためうっかり置き忘れてないかと確認する。
「忘れ物無いわね?」
「こっちは大丈夫」
「後は預けた荷物だけだな」
手荷物に忘れ物が無いことを確認し、ブレン達はバスを下りた。
乗務員がトランクから荷物を出している、空港のようにベルトコンベアで流れてくる訳ではない、ごちゃごちゃの荷物の中から間違えなく自分の荷物を取るという形だ。
ブレンは目立つよう複製品のドッグタグを荷物に付けてたお陰ですぐに手にしたがリリーアやヴィットーリアはどれだどれだと迷っている、メルは箒の柄に通してたのもあって念力で箒と荷物ごと手元に持ってきていた。
「うーん、間違って持ってかれると困るんだよね」
「適当に下ろしているからもうね」
なかなか見つからず二人は苦戦していた、自分の物なのかを中身を見るわけにはいかないかと言って持ってかれると後々連絡しては取りに向かう羽目になる。
困っているのを見かねてブレンが特徴を聞いた。
「リリーアは?」
「白い箱型のケースだよ」
「ヴィットーリアは?」
「黒色で大きめのスーツケースよ」
その情報を元に荷物を見ていく、するとリリーアのはすぐに分かりあれだと指差した、ヴィットーリアは似たようなスーツケースが多いせいでどれだか分からない。
「リリーアは見つかったけどヴィットーリアのが……」
「鍵掛けてるから開けられないはずよ」
「それはいいが、何かステッカーとか貼っていないか?」
「うーんと、料理人の資格者証のステッカーが貼ってあるんだけど分かるかしら?」
ブレンは見落としがないよう見渡す、よく見ると黒色のスーツケースで虹色の光沢が入ったステッカーが貼ってあるものがあった、ヴィットーリアにあれじゃないかと指差した。
「これよこれ! ブレンは目が良いわね!」
「そんな派手な物を貼っておいて見つからないは流石に……」
「たまに偽者が居るから困るのよ、まぁ資格証の番号を見れば分かるけど、照合しているほど余裕ないわね」
ブレンはそれくらい自分で出来るだろうと言う表情でヴィットーリアが荷物を持ってくるのを見ていた。
やっとのことで荷物に相違が無いか確認して今日の宿に向かった。
「そう言えばメルはバックパックで着替えは十分なのか?」
「まぁ、下着くらいしか入っていないからね」
「その上着は汗で駄目になるんじゃ?」
「まぁコインランドリーがあればそこで洗濯すればいいからね」
黒い魔女装束のメルを見て、汗で着心地悪くなったら洗濯すればいいという大雑把すぎる考えと着替えが入っているのか怪しく思った。
「私服は入っているよな……?」
「あるよ、寝間着とワンピースが三枚入っているから」
「まぁ……問題ないってことか……」
洗濯中は下着姿で居るのかと思ってしまったがメルはそこまで痴女めいたことをしたのは見たことないのでホッとした。
地図アプリを頼りに宿に到着した、ターミナルから十五分程度と近場で格安とあり金銭の心配をするメルにとっては彼氏の好判断だと信用を寄せていた。
「いらっしゃいませ」
「夜頃に予約していたブレンです」
「えーと、もう一度フルネームでお願いします――」
ブレンを筆頭にチェックインの手続きをする、部屋は個室で纏まった形で取れたが部屋割りまではどうなのかはホテルの都合次第だ。
やりとりを進めチェックインを済ませたブレンは皆に部屋の鍵を渡した。
「ホテルは久し振りだからやりとりが難しかったな」
「まぁ部屋が取れただけでも十分よ」
「寝心地いいのかな?」
「リリーアちゃん、そこ重視なのね……」
リリーアの見張りを付けたいところであるが、カードキータイプで厳重に鍵が掛かるのと、部屋は十階と天井からワイヤーで吊るし特殊部隊のように突入でもしなければ入れないとあり安全性は高い。
エントランスを抜けエレベーターで部屋のある場所に上がっていく、大浴場は二階にあるが、シャワールームが個室にあると分かり行くことはないだろうと思っていた。
そんなこんな、部屋のあるフロアに到着した。
「ミッドブルーシティかぁ……こんな大都市初めてだよ」
「ここに来るのは小さい頃だったから久し振りね」
「乗り疲れてカチコチだよ」
「見張りは付けるの?」
「ここは見た限りかなり安全だから俺が見張るほどじゃないけどな」
「そうだよね……」
ゲームや漫画に出てくるようなよくある野宿で見張りが付くというシチュエーションではない、高層ビルでなおかつロックピックも出来ないカードキー式である、ヒューイ並の頭脳でもなければこれを開けることは不可能だ。
皆それぞれの部屋に入った、部屋はシングルベッドと簡素なデスクとTVがある、見る感じ至って普通のビジネスホテルだった。
ブレンは暑い中で戦闘があったこともありドッと疲れが来ていた、接近戦で過激にナイフを振るっていて疲れないほうがおかしいくらいだ。
キャリングケースから着替えを出してシャワールームに入った。
「少し感電してたか……」
青白い火花を上げているスタンロッドを弾いていたが完全には遮断出来ず感電しており、未だにピクピクと指が動いている、まともに食らっていたら動けないほどの電流が流れていたと思うとよく弾けたなと思ってしまう。
気持ち悪い汗を流しているとあの時の『謎の力』を思い出した。
「俺って変だよな……精神世界に入れるなんて親父でも無理だし……母さんは看護師でも医者でもないからな……」
何故リリーアの精神世界に入り込めたのかよく分からなかった、家系を辿っても精神科の医者は一人も居ない、不可思議な力に疲れに混じって頭の中が狂いそうになってしまった。
「とにかく、目の前にあることを解決しないとな……」
それを教えてくれる人はここには居ない、ブレンは悪い汗をボディソープで徹底的に洗い流した。
――リリーアが故郷に戻ったら一体何するんだ?
結論は分かっているがその後が掴めない、無事に故郷に戻れたとしても学校のこともあるためずっと居続けることは出来ない、何かを隠していると疑問に思ってきたのだ。
こればかりは本人しか分からない、聞き出そうとしても本音を言おうとしない辺り言えない事情があると察したのだ。
体を洗い流しシャワールームから出て水気を拭き取っていく、今の所スマホには通知が来ていないためそれぞれ自由に疲れを癒やしているようだ。
――ヒューイは何時頃来るんだ?
ヴィットーリアからは何時頃なのかは言っていない、あそこまで関係が良くて隠し事をしているとは思えない、連絡を入れて返答を待ってみることにした。
「こっちに来るのは確かだが、時差が出るな……」
ここに来るのに半日掛かっている、逆算すると深夜帯の到着になる、ヒューイが寝ずに何か出来るような体ではないのは知っている、睡眠時間も加味すれば本格的に動けるのは昼頃になってしまう。
ヒューイに「無理するな」と一文を送った、鬼嫁の彼女が寝るまで付き合っていないと地獄を見ることもあってすぐに既読が付いた。
「リリーアが誘拐されなければいいが……」
ブレンの予測通りのことまでして誘拐しようとなればガラリと状況は変わってしまう、液状化して攻め込んできたあの刺客を考えると一人だけとは限らない、メルを超える魔術を持った人間になれば対処がしきれないのだ。
リリーアと連絡は付いてるのでとにかく「誰なのか分からないようにカーテンは開けるな」と送った、中の人間が分かってしまうと誘拐される可能性が高くなる。
ブレンは一通りやり終えて何も起こらないようにとベッドに潜った、自分が疲弊していてフルパワーで戦闘出来ないとなればヴィットーリアやメルに負担がかかるのだ。最悪、リリーアにも負担が掛かってしまう、そうなったらこの旅は続かなくなってしまう。
「未来のことを心配していても仕方ねぇな」
そう言って眠りに就いたのだった。
◆
真っ暗闇の大都市、裏路地にある小ぢんまりとした酒場で仲間同士合流して会話していた。
「それで? こっちにその娘達が来たの?」
「あぁ、追手の奴等の気配もする」
「あの娘だけに集中するなんておかしいよね」
「かなり闇深い事情があるかもしれないな」
青髪の男はそう言った、相手の女性は知っているかのように頷いた。
「ここの
「えぇ、船は出せるけどマナ燃料棒が無いってね」
「ふむ、何トンクラスだ?」
「最低で百トンクラス、貨客飛行艇だからインテグラルタンクに全部入れて往復出来ればってところね」
「現時点で買うことは出来ないな」
オルディアへ行くにも普通の旅客機よりかなり大型のものになる、大陸間での行き来になるのと貨物も同時に運ぶ貨客式がメインだ。
マナを燃料にしているが、エンジンは普通の大型貨物機の数十倍にも達する馬力を持っている、船では遅いなどの理由で「特急」として運ぶものがあるせいだ。
女性はこのミッドブルーシティの北側を縄張りとする首領と関係がある、相手はオルディア人であるため取引でオルディアの現場に行こうにも危険という理由で詰んでおり困っているのだ。
「このままでは行けそうもないな」
「まぁ、あの娘なら何とかしちゃうでしょうね」
「……」
余裕振っている女性に男性は少々呆れていた。カクテルを煽るのを見て大丈夫なのかと思っていたのだ。
「とにかく俺は護衛をする、行く手段だけでも確保しろ、そうでなければ間に合わなくなる」
「まぁ、一つが欠けて五年持つかどうかだからね……」
「余裕あるように振る舞わず気を引き締めろ、酒で調子良いだろうが自分を見失うな」
「分かってるわよ、本格的な仕事の前に良いお酒飲ませてくれる?」
「くれぐれも二日酔いにはなるなよ」
「えぇ」
男はそう言って酒場を後にした。フィッシュアンドチップスを口にしながらノートパソコンを見ている。
「光属性が欠けてるのを理由に執拗に狙ってくる、何だか噛み合わないわね」
オルディアの世界樹を支えている神子の中で光属性が三年近くも欠けている状態だ、今ここに居るのが光属性の神子であるなら早急に送らなければならない、世界樹が枯れてしまえばたちまち大地は干からびてしまい荒廃とした大陸と化してしまう。
後二年以内に見つからなければ、均衡が崩れあちこちでマナの供給が偏りだしそれを燃料にしている発電機が動かず不具合を引き起こすようになる、そうなってきたら戦争で滅ぶよりもさらにたちが悪いのだ。
だが刺客を送り込むほど狙う理由がこちらでは掴めなかった、あの男はそれについて話そうとはしなかった、仕事の事しか頭にないのかそれとも知っているが案内士でもないため話せないのかと推測が出るが結論は見えなかった。
「明日はどう動くか、上手いこと息合わせないと」
ノートパソコンを閉じてバッグに入れ、伝票を持ってカウンターで支払いを済ませた、鮮やかで無駄のない動きは自分自身が『称号持ち』であることを誇りに思っているからだ。
「姉ちゃん、くれぐれも首領には手を出すなよ」
「あの人は悪い人じゃないわ、手に掛けるほど悪さをしてるかしら?」
「まぁ些細な抗争くらいだ、大抵は下っ端の争いだからな、首領が悪いとは言えないな」
「でしょ?」
この縄張りのファミリーの一員が気にかけてくれた、首領には世話になっている女性からするとよっぽどのことがない限り攻撃的にはならないのだ。
裏路地の酒場に出ると生温い夏の暑さが気持ち悪く感じる、オルディアの夏は一ヶ月程度で終わってしまう上にここまで暑くはならないからだ。
電気代は掛かるがエアコンを稼働したままであるため狭い部屋は少し肌寒い空間になっていた、人種や育った環境が違う人間である以上いくら馴染もうにも馴染めない点がある。
ノートパソコンをデスクに置き、電源ケーブルを差し込む、バッテリー駆動でもハイスペック故に半日持てば良い方である。
着ていた服を脱ぎ捨て、冷たい水のシャワーを浴びる、火照った体を冷やさないとそれだけで熱中症になってしまう、こればかりはオルディア人の体質であるためどうにも出来ない。
手早く拭き取って髪もしっかりと水気を取った、寝間着に着替えてノートパソコンの電源ケーブルがちゃんと充電されているかを確認し、それからベッドに潜って眠りに就いたのだった。
◆
――翌日。
ブレンの提案が功を奏してリリーアは誘拐されずに済んだ、尾行してくる人間が居なかったことが一番だが、どこの部屋なのか煩わせることで相手側を無駄な手間を作らせ諦めさせることにも繋がったようだ。
朝食の会場はバイキング形式で好みはバラバラであるものの食事を済ませた。
――ヒューイは来ているようだが……。
寝ている時間とあり通知に気付くことなく起きてから見たところホテルには来ていると分かったが、本人は体力が無いのもあり寝込んでいるようだ。
情報収集のためにブレンの部屋で集まって話し合うことにした。
「ヒューは来ているけど寝てるとね」
「どうしても時差が大きい、仮に国内便を乗ったとしても結果は同じだな」
「仕方ないわね」
彼女いや妻であるヴィットーリアは叩き起こすのかと思いきやそっとしてあげるというタイプに驚いた。
「これからどうするの?」
「まずは観光案内所で外国人街があるかを聞こう」
「オルディア人が集まっている場所ね……」
「そんな都合良く居るものかしら? ねぇリリーア?」
ヴィットーリアの問にリリーアは首を横に振った。
「居ないよ……戦争以降集まったりすることなんて……なかったから」
「やはり大戦の影響か」
「目立つから髪を染めたり歩いていたりしてるかもしれない……」
「そうなるとますます見つからないな」
リリーアの姿がそのままであればオルディア人は相当目立つのは確かだ。肌は色白で髪も白い、若い姿で老人だと言い張るにも難しい、浮いて移動するとなれば魔女のメルのように箒は必要ない、あの手この手でオルディア人だと分からないようにしている可能性は高い。
とにかくまずは観光案内所に向かうことにした、ヒューイが起きるのは昼頃だと見込みその間に手掛かりを見つけるしかない。
ホテルでチェックアウトを済ませて観光案内所に向かう、バスターミナルからすぐそこにあるが単刀直入に言って答えてくれるのか不安であった。
――我こそはこの星の破壊者なり……。
突然、あの男の声に全員戸惑った。
「今の?」
「まさか追ってきてるのか?」
「そうだと思う」
「だとすればうかうかしてられないな」
あの大男が追いかけてきている、姿は見えないがやはり同じ手口でやってきている以上止まっていたら仕留めると考えたのだ。
人が多い通りを小走りで通っていく、荷物を持っての移動は手ぶらよりも疲れがすぐに来る。
「本当に追ってきてるの?」
「さっきの声が本当なら近い」
「疲れるよー」
リリーアがゼェゼェと息を上げてる、ヴィットーリアも追ってきているが付いて来れずかなり距離が離れていた。
「後少しで観光案内所だ」
「そんなに急かさないでくれる?」
「奴が追ってきている、待っているわけにはいかない」
「サービスエリアの時のように出てくるわけないじゃないのだから」
見兼ねてメルが荷物を箒に引っ掛けヴィットーリアと相乗りしてブレンに追いついてきた、リリーアは見かけ以上に体力あるのか少し息を上げてたが、いつの間にか平然としていた。
観光案内所に辿り着き、スタッフに単刀直入で「オルディア人の居るところは」と聞いた。
「残念ですが、オルディア人の集まるところはありません」
「そうか……」
「やっぱりね……」
だが諦めるわけにはいかずブレンは畳み掛ける。
「裏でもいい、情報が欲しいんだ」
「何故ですか?」
「重要な事なんだ、恐らくオルディアにとっては都合が悪すぎることだからな」
そこにいたリリーアを見たスタッフは何かに気付いたのか態度を変えた。
タブレットを操作し、マップアプリで見せた画面にはルートが表示されピンが立っている。
「……それでしたら、少し先に行ったこのカフェに行けば分かります、よろしければ住所を出しますね」
「ありがとう」
「もしかして迷われてるのですか? でしたらそのマスターが言ってくれますよ」
「行って事情を聞いてみる、ありがとう」
情報を得られたと合図するとメル達はやったという表情だ。
「上手いことやったね」
「リリーアを見て気が付いたらしい」
案内された場所はここから北側に向かったオフィス街にあるカフェだった、ビジネスマン達が闊歩しているため本当に居るのかが怪しい。
そこにオルディア人が集まり情報を交わしているとスタッフは遠回しに言っていた、間違えなければ行く手掛かりはそこで得られると。
バスを使うほどの距離ではないもののユグドラシル州以上の人混みに足を止める、歩調を合わせるだけでも疲れてくるほどだ。
「メル、先に目的のところに行ってくれないか?」
「いいよ?」
「この人の多さだと着くまで時間がかかる、リリーアを乗せてそこのマスターに会わせてみてほしい」
「分かった、リリーアちゃん、荷物は箒に引っ掛けて後ろに乗って、ちゃんと抱き着いてね!」
「うん!」
リリーアを乗せたメルの箒は高々と浮かび上がり人混みなんか気にもせず宙を移動していく、珍しい魔女を見て皆驚いているが歩みは止まらなかった。
ブレンとヴィットーリアは人混みを掻き分けながら目的のカフェに進んでいく。
「人が多いな」
「休日じゃないから余計ね」
「オフィス街はこんなものなのか?」
「ブレンは大都会に行ったことないの? こんなもんよ?」
「初めてだ」
あちこち世界を回っているヴィットーリアと違い、山奥のキャンプ地に向かうブレンでは見たことがない光景だ、どうすればいいのかと迷ってるがヴィットーリアは道があると先導して進んでいく。
「まぁ、流れに穴があるからそこを通っていくの」
「なるほど」
「これは使えることだから覚えておいて」
するとさっきまで壁のように感じていた人混みがまるで無かったかのようにスイスイと進んでいける、ヴィットーリアは観光客であるが動きはまるで通るビジネスマンと同化している。
営業に来たとでも言うのか、あるいは来たことがあるのかと言わせるようなオーラを出している、それに気が付いた人々は譲るように道を開けていったのだ。
メルが先に行った以上、とっくにリリーアを下ろしているはずだ、事が進めばそれでいいと思いながら人混みを避けながら先へと向かう。
――今カフェに着い
SNSでメッセージが来ているのを確認したがその先がない、ブレンは不安な予感が的中したことに気が付いた。
「ヴィットーリア! 先に行くな!」
「えっ? どうして?」
「メルの返答がおかしい、この先で何か起こっている!」
「嘘でしょ! それならさっさと行かないと駄目じゃないの!」
「分かっている! ただ突っ込むだけだと危険だってことだ!」
「見かけ以上に心配性なのね、任せなさい、こっちには晶機があるの、リリーアもあるのだから心配しすぎないほうがいいわよ」
「リリーアが倒せるほどか……」
あの大男以来、ヴィットーリアが居ようがリリーアが居ようが倒そうにも倒せなかった、また現れたとしたら先にやられている可能性も高い。
不安が過る、ブレンとヴィットーリアは駆け足でそのカフェに向かった。
――アイツとそっくりな奴に囲まれて
メッセージから襲撃されたとブレンは推測した、「すぐ行く」と短文で返した。
野次馬が集まっているのが見えた、ブレンはそれを掻き分けて現場に到着した。
黒服に身を包んだ男女が銃や剣を持ってメルとリリーアを包囲していた、ブレンは相棒を引き抜いて駆け付ける。
「メル!」
「ブレン! マズイよ!」
「多勢に無勢だな……!」
「これだと逃げられない!」
リリーアは晶機を出して威嚇するもののジリジリと包囲を固めていく、このままでは蜂の巣にされるか降伏して捕虜になるかどちらかだ。
「さぁて、その娘の宝珠をもらおうか」
「唯一の光属性の七大天珠は俺達のものだ」
身動きが取れずブレンはここまでかと思っていた。
「どあぁっ!」
「うっ!」
「くそっ! なんだ!」
次々と刺客が倒れていく、そこには青髪の男が剣一本で薙ぎ倒していた、剣より銃が優勢だと言うのに次々と倒していく姿にブレンは身震いした。
「奴を倒せ!」
「撃て撃て!」
銃声が鳴り響き野次馬が一気に霧散する、男の動きに追い付けず見るも無残にやられていく。
「この程度か、〈閃陣〉!」
目にも留まらぬ速さで次々と倒していく、刺客はこちらのことよりもビュンビュン動く男に釣られている。
「あのカフェに入れ!」
「わ、分かった!」
男にそう言われてメルとリリーアはカフェに入る、相棒と晶機を手にした二人は警戒する。
「構える暇はない! 彼女達に付いて行け!」
「でも!」
「奴らの的になりたいのか? 死に急ぐのでないなら続け!」
「分かったよ!」
ブレンとヴィットーリアも続けて入っていく、男は銃を撃たせまいと刺客を倒していく、もはや神でも降りてきたかのように撃破していく。
カフェに入るとそれに怯える客が居るものの当たり前だという顔をしている人間がちらほらと居る。
ズタズタにしていくのを遊覧でもしているかのように涼しい表情の男がカウンターに立っている、いつものことだと言う顔の客も居れば何事だと怯える客、やはりここは争い事が多いようだ。
「偶然か、それとも知っていたのか?」
「よく分からない、気付いたら囲まれていて……」
「分かっているように来たんだよな?」
「そうだよ……」
まだ片付かないのか銃声が収まらない、ましては古典的な剣まである時点で相手の戦闘技術レベルに疑う、組織的に襲撃してきたというのなら裏に何かがあるはずだ。
カフェには一歩も近寄らせないと激しい戦闘音が響く、助けた男は瞬きしている間にも捉えられない速さで倒している、剣一本でしかも相手が防刃チョッキなど着ていたら無力化されてもおかしくないが運が良いのか光の粒となって消えていくのが見える。
「ここに入れないってことなら任せたほうが良いかもね」
「だな、下手に手を出して怪我するくらいならプロに任せたほうが良い」
流れ弾がこっちに来ないかと思っているが、それすらも計算しているのか一発も飛んできていない、怯える客を横目にウェイトレスがテーブル席へ案内した。
「ご注文が決まりましたらベルでお呼び下さい」
「あの、これって日常的なんですか?」
「半分正解ですね、このエリアは裏社会があるので……」
「う、裏社会って……」
ウェイトレスの返答に来てはマズいと思ったのだ、裏社会が暗躍しているのであれば、ブレン達はそれに巻き込まれてしまったと言えるのだ。
そんなこともあって注文する気もなれずだんまりしていた。
「ちょっと、その白い髪の毛の女の子、かなり訳ありじゃないの、それに皆深刻な顔しているってことは手伝ってあげるわ」
いきなりの女性の声に皆、その声の方向に顔を向けた。
見るからに体格が良い女性、肌は色白で髪は薄いグレー掛かってる、瞳は漆黒のように黒い、リリーアと同じく妙に奇抜な出で立ちで袖のない服とそれを浮き出すような豊満の胸、下はひらひらとはためくミニスカートと言う姿に目のやり場に困る格好だった。
「あなたは?」
「私の名はヤステルファルク、こう見えてオルディア人よ、まぁこれを見て分からないとは言わせないわ」
右手から紫色の短剣が現れた、彼女は晶機持ちであることを示している。
「もしかして神様の導きかな?」
「まだそうだと言えないわ、そういうフリして連れ去ろうと思っているわよ」
疑心暗鬼なメンバーに女性は「何でよ」という顔した。
「言っておくけどそこで暴れてる奴らじゃないわ、もっぱらそこの娘の世話役なの」
「って誰のことだ?」
「だーかーらー、白い髪の女の子よ」
「リリーアが? ヤステルファルクさんと何の関係があるんだ?」
「間違えなければだけど、その娘『神子』でしょ?」
ズシンとリリーアの心に鉄槌が降ってきたかのような衝撃を受けた、ヤステルファルクと名乗る女性はまるで核心を知っていて突いてきたのだ。
「な……ん……で……?」
「私のお母さんが神子の世話役だったの、遺伝的に波長を感じ取れるからね」
「お母さんが言っていた最後を看取る人って……?」
「それが私のお母さんだったのよ、違う人だけど大陸に関わることだし、何人も看取って理性を保っていられたから」
ヤステルファルクはそう言った、その意味はブレン達には分からなかったがリリーアは怯えた表情でコクコクと頷いている。
「図星ってことね」
「そこまで何故知っているんだ?」
「うーん、結構前からずっと追っていたのよね」
「まさかアイツらを呼んだのは!」
「おおっと、それは勘違いしないでくれる? 私はレーダーで追っていて奴らを呼んだ覚えはないわよ」
「そうか、なら事情を聞く」
相棒を抜きかけたブレンだったが女性は敵ではないことが分かったので本題へと移った。
「俺はリリーアをオルディアに連れていきたいんだ」
「ほー、封鎖されてる状態でね?」
「そうだ、観光案内所でここに来れば分かると言っていたが、ヤステルファルクさんが知っているなら早い」
「これを言うならば裏ルート、まぁ君達の年齢からすると結構ダーティーなことをやらざる得ないことは覚悟してくれる?」
「裏社会か」
「首領には連絡入れるけど、それが上手くいくかは私にも分からないの、要は君達がそれを解決出来るかどうかに掛かっているの」
「俺達じゃないと出来ないこと?」
ヤステルファルクは当然のようにそう言っているのだ、解決出来るかどうかは自分達に掛かっていると言うと困るばかりだ。
「概要を言うと飛行艇を動かすための燃料を得ることよ、それにはここで開かれる危険なレースに参加する必要があるの」
「レースって?」
「『クレイジーウィザードレース』、そこの魔女っ娘なら知っているかしら?」
「なんとなく聞き覚えあるけど『何でもありのレース』だよね?」
「そういうこと、つまりこれで一位を取らないと燃料が買えないの」
メルはそれを聞いてゾッとした、オルディアへと行く燃料のために危険なレースに参加しないといけないのかと思ったのだ。
「私が行かないと駄目?」
「この中で箒を乗れるとしたら?」
「うっ……」
「そうでしょ?」
逃れようもない指名にメルはどうしようという顔をしていた。
「それ以外無いの?」
「残念ながら無いわね、首領曰く一位の座を取っている奴をビリケツにまで落とせば良いって言う単純な話よ?」
「そんな、見たこともないレースでいきなり一位って――」
「貴女しか居ないの? 分かるよね?」
ヤステルファルクの詰め寄りにモゴモゴ言っていたメルは渋々受け入れた。
「まぁ、まずはレースがどうなのかって見てからじゃないと」
「流石にそこまで唐突にってことはないのね」
「だって最低時速百五十キロメートルだから追いつけないのはバレバレよ」
「うわっ、それってウィザードレーサーじゃないの……」
「ね? ただそれを見てどうするかは貴女次第ってところ」
「なるほどね……」
メルの指名で皆戸惑っていると、何も注文していないことに気が付いたのかとりあえず奢ると言う形で頼んだのだ。
そうしている間、銃声や悲鳴が聞こえなくなっていたことに気が付いた、外は警察がウロウロしているものの日常茶飯事とあってかあの男に事情を聞き出しているだけで特にこちらに振ることはなかったのだ。
ヤステルファルクはあの男と何かしら協力しているのは推測できた、そうでなければこんな狙ったかのような出来事はないからだ。
「ヤステルファルクさんはオルディアに行きたいの?」
「仕事の都合があるから戻らないといけないんだけど、まぁド派手にやらかされて困っているのよ」
「あの謎の事件か」
「まぁ、おおよそ犯人は分かっているけどね」
「えっ?」
全員が彼女の方に顔を向けた、何故知っているんだと睨むかのように。
「何故分かるんだ?」
「君達知らないの? 首都上空に衝撃波ミサイルが撃ち込まれた事件からよ?」
「まさか同じ奴だというのか?」
「アースガルズにそんな強力なミサイルを搭載出来る戦闘機があるわけないでしょ?」
「そう……だな……」
ブレン達がまだ高校に上がっていない頃、ユグドラシル共和国の首都上空に突然衝撃波を伴う爆発が起こり大混乱になった事件がある、それがオルディアなのか他の大陸なのかは一切分からずであったのだ。
「同じミサイルだと仮定すればどんなに大型の艦船や飛行艇でも数発で落ちるわ」
「なるほど」
「まぁ、こんな話深く掘れば掘るほど訳分からなくなるからこの辺でね」
「あぁ……」
軍事学に精通したブレンでも分からない事件であるためかヤステルファルクはそう言ってコーヒーを啜った。
「本題から反れたけど、クレイジーウィザードレースには参加してもらわないとオルディアに行けないの」
「うーん、レーサー用の箒って物凄く高いんだけど一体誰がそのお金出してくれるの?」
「勿論、首領よ、まぁまずは会ってからだけど」
「うぐぐぐ」
裏社会という手を染めてはならないところへと行くことに誰もが反発していたが、しかし、リリーアの願いを叶えるには裏社会へ手を染めなければいけない、それに対しブレンは仕方ないと言う表情であった。
「ブレン! どうしてもなの!?」
バンッとテーブルを叩いたメルに客達の目線が集中する。
「仕方ない、リリーアを送るにもメルの力が必要だ」
「分かった! ブレン分かっているんだよね!?」
「俺達がやらかさない限りはどうにかなるはずだ」
それにヤステルファルクは納得したのかコーヒーを飲み干した。
「交渉成立ね、案内するわ、付いてらっしゃい」
「遠いところなのか?」
「いや、入り組んでいるが正確よ、私の事を知っているなら分かるよね?」
「やはりマフィアなのか?」
「それは着いてから分かることよ」
ブレンの疑惑に動じず、ヤステルファルクは会計で全員分の飲食代を支払いカフェから出たのだ。
「見失うことはないだろうけどすぐそこよ、普通の人達に変なことはしないこと、いい?」
「あぁ」
「裏社会に踏み込むなんて予想外だわ」
「私のためにここまでしてくれるなんて……」
リリーアは相変わらず暗い表情だった、自分一人で向かえば何とも無かったのにブレンやヴィットーリア等を巻き込んでまで向かうのだから罪悪感が襲いかかってくる。
ヤステルファルクに付いていくとその容姿からかナンパしてくる男性がちらほらと出てくるが短剣を出す度に怯えて逃げ去る、晶機持ちはこのアースガルズ大陸では異質なためか対抗することもないようだ。
「やれやれ、こっちもナンパ師が居て困るねー」
「格好を変えたらどうだ?」
「この暑さだとこれ以上服を減らせないんだよね」
「……」
ブレン達は細い路地を歩いていく、そこはビルの間で大小のビルが並ぶ場所で薄暗く生温い暑さが留まっていた。
すぐそこのビルの階段に入った、フロアに何が入っているかの名目が無いビルにヤステルファルクは分かっているかのように進んでいったのだ。
手入れが届いてるのかどうかと言ったビルに入る、古びたエレベーターはそれを物語るようにボタンを押しても遅くやってくるほどだった。
積載人数ギリギリでエレベーターに乗り込み目的のフロアへと上がっていく。
「こんな雑居ビルに首領は居るのか?」
「豪勢なビルで陣取っているよりはマシよ」
「隠れ家的なところって感じか?」
「まぁ、そうね」
エレベーターが目的のフロアに到着してドアが開かれる、薄暗いフロアで安っぽい曇りガラス張りのドアがそこにあった。
インターホンを押し、ヤステルファルクが事情を述べるとドアの鍵が開かれた。
一風変わって豪華な内装に驚かされる、大きなデスクに首領は座って待っており、側にはメイド服を着た秘書と思われる女性が座っている、まるで屋敷の主人のような風貌だ。
「ヤス、その連れがそうなんだな?」
「そうです」
「話を聞こう、君達は何の目的でここに来た?」
首領の重い声に圧倒されながらもブレンは答える。
「リリーアをオルディアに連れていきたいんです」
「ふむ、オルディアにか」
「首領のことは分かっています」
「取引を伝えたのだな?」
ヤステルファルクはコクりと頷いた。
「良いだろう、だがそこの魔女がそれ相応に答えられるかが気になるな」
首領はメルに指差した。
「待て、まずは自分の名を名乗るのが筋ってものだろ?」
「おっと、これはすまないな、俺の名はヴィトだ、覚えておくと良い」
ブレンの援護に助けられたメンバーはホッとする。
「魔女の名は?」
「メルよ」
「単刀直入に言うぞ、レースで一位を取れ、その金で燃料を買い、余った分で保証金を付けオルディアへと向かう」
「いくら出るの?」
「今の賭け金で行くと五千万ガルズだ、一位を取った時点でこの金が手に入る」
「それに箒はどうすればいいの?」
「俺に任せろ、腕利きの改造屋が近くにいる、彼に任せればその安っぽい箒でも見かけ騙しの化け物に変えてくれるからな」
「安っぽいは余計だけどなんとかなるってことね」
ヴィトはメルがどこまでやれるかまでは把握していないようだ、一度見物しなくては作戦を練ることが出来ない。
「まずは見物してからの方が良いじゃないの?」
「そうだな、流れを知ってからでないと駄目だな」
ヤステルファルクはそうした方が良いとヴィトに提案したのだ。ヴィトは良いだろうと頷いた。
「決定ね」
「くれぐれも失望させるなよ?」
ヤステルファルクに圧を掛けるように言ったが慣れているのかシレッとしている。
「とにかく、会場に向かうわよ、あの速さとやりたい放題を見たら本当にクレイジーに思えるはずよ」
「どうすれば……」
「そこは、見た後に話し合いましょ、期待通りになれば何もしてこないから」
首領に一礼して部屋から出た。
「ここからどのくらいの距離がある?」
「西側にあるからそう遠くないわ、循環バスに乗れば行けるから」
「とにかく案内を頼む、リリーアが無事にオルディアへ行くことが約束だからな」
「心配ご無用、オルディアには行かせるから」
そうヤステルファルクは言って先導をし始める、不安気なメルにブレンは何とかなると励ました。
雑居ビルから出て大通りにあるバス停に向かった、ひっきりなしに車が通るものの循環バスは時刻表の時間からややズレて到着した。
運賃を払い、レースの会場に向かった。ルート上ではそこが停車位置でもあるため迷うことはないようだ。
通学バスと違い各停であるせいもありバス停に客が居れば停まっては動いてと予定通りに行かないためブレン達は少し苛つき出したが、ここの生活に慣れているヤステルファルクは動じなかった。
襲撃に遭わないかと警戒しているが、あの青髪の男が全部倒したのかそれともヤステルファルクが居るからなのか気配すら感じ取れなかった、裏社会に染めている人間に手を出せばたちまち泥沼化するせいかもしれないと思ったのだ。
ノロノロ運転ながらも会場前のバス停で全員降りた、会場全体の見かけは大型の商業施設にしか見えない。
「なぁ、メル、レースってどういうルールなんだ?」
「うーん、アルビオンのレースだと決まったコースを魔法や妨害無しで操縦の腕だけで走るだけなんだよね」
「ということはここは観客席だけなのか?」
「そうなるね、大型のモニターがあってそれをカメラマンやドローンが追うって感じ」
「なるほど」
会場はガヤガヤとしており非常に混雑している、クレイジーというだけあって血が騒ぐのだろうか、ユグドラシル共和国では競馬が公式なギャンブルとなっているが、このレースは非公式なのかもしれないと思ったのだ。
ヤステルファルクが窓口でパスカードらしきものを見せた、すると窓口で人数分のチケットを渡され、それを全員に配った。チケットには「見学」と書かれている。
「これって公式的なものじゃないんだよね?」
「国からすれば認めようがないけど、ここじゃあ当たり前なのよね」
「普通なら閉鎖されてもおかしくないと思うんだけど」
「ここは『例外』の都市なのよ、金に絡むことは制限一切無しだから」
冷や汗が出てくる返答にブレンは困惑した表情を浮かべた。
「本当に魔法だけなのか?」
「少し前まで銃撃戦やっていたけど、その流れ弾でコースをぶっ壊すから魔法で落ち着いたってところ」
「銃撃戦……まるで航空戦じゃないか……」
「二人一組で航空戦紛いな事やってたからね」
今で言う二人乗りの戦闘機と全く一緒だ、片方は銃撃担当で片方は操縦担当、装甲のある戦闘機ではなく、生身を晒した箒になっただけだと想像するだけで危険だ。
「まさかミサイルもあったのか?」
「それは流石になかったけど、近接信管付きの無反動砲で対空砲のような扱いをしていたのは聞いてるわ」
「一昔前の航空戦か……」
大戦当時はロケットでの大型爆撃機を撃墜したのと同じ方法でレースが繰り広げられていた、大戦では金属製の航空機とあり直撃前提での攻撃であったが、対空砲の砲弾と同じく近接信管となれば偏差射撃で爆風や破片を与えれば撃墜は可能だ。
その会話をしつつ見物席に向かう、馬券に相当するチケットを片手にした見物客が当たれ当たれと騒いでいるのが見える。
席はヤステルファルクが頼んだのもあり固まって取られていた、競馬場のような見物席と巨大なモニター、馬を魔女に変えたかのような光景に関心を持ってしまった。
「コースはどうなっているの?」
「まぁ、ミッドブルーシティ内よ、アルビオンにあるウィザードレースがモデルになっていて決められた
「お婆ちゃんが若い頃にやってたって聞いているけど、こっちはもっと酷いんだよね?」
「そのお婆ちゃんはアルビオンの人間かしら? あっちは操縦の技術を問われるけどこっちは撃墜する技術も必要なの」
「やっぱり……危ないんだね……」
不安な表情を見せるメルにブレンは右手を取って無言で「メルなら出来る」と頷いたのだ。
「ブレン……」
「メルの魔法は伊達じゃない、魔女の家系とただのチンピラと比べたら、分かるだろ?」
「まぁね……だけどそいつらが何級なのかが分からなくて……」
「だからヤステルファルクさんは先に見物させたんだよ、毎日のように魔法使っている人間とここでしか使わない人間、見れば分かるくらいなんだろ?」
「う、うん……」
そんなカップルを見てヤステルファルクは微笑んだ、「私も彼氏が居ればな」と妄想に耽ってしまっているのが顔面に出て丸見えだった。
すると巨大なモニターの前にあるステージに二人組の男性が現れる。
「さぁて今回のレースは相変わらずの首位、ルッソファミリーの暴走野郎レオルーカが参戦だ! 彼を覆す挑戦者は未だに居らず!」
「新参野郎は徹底的にぶっ潰す! 命知らずの奴らが参戦だ!」
「毎度の如く瞬き禁止! そしてくれぐれも貴重品はお手に離さず!」
「今回の配当金はモニターにある通りだ! レオルーカへの圧倒的な支持と見て取れる数値となっております!」
レオルーカという首位の配当金がまるで株価のように跳ね上がっている、他の選手とは天地の差で期待があまりにも強すぎるのだ。
「さて何人が脱落するのか? 彼を追い抜いた者は未だに姿無し!」
「いつものように恐怖で独走するだけなのか!?」
「彼の武力行使は華のよう、今回も熱いレースになること間違えなし!」
モニターにレオルーカが映ると観客が盛り上がった、彼のアピールで行けと言わんばかりにコールする光景は競馬の観客と同然だ。
「今回のコースはモニターの通りとなっております! 急カーブの連続と上下のグネグネとしたトリッキーな配置、計算を間違えればあっという間にコースアウトだ!」
「選手達はGによる失神が無いことは確認済みです! 華麗な航空ショーとなるか独走での味気ないショーになるのかは終わりまで分かりません!」
スタートラインに選手が並んでいく、観客の失笑やブーイングもあるがどうなるかは全く見えない。
「これ、貸してあげる」
「双眼鏡?」
「スタートまではアピールタイム、そのスキにどんな箒を使っているか見ないとレース中はまず映らないから」
「あ、ありがと」
ヤステルファルクが双眼鏡をメルに渡した、デジカメのように倍率が変えられる構造でズームイン・アウトを教えるとすぐに使い方を理解したのだ。
「あれは……十速だね……あっちは六速と……」
このレースに関心がないはずのメルだが次々と変速を答えるのを見てブレンは戸惑っていた。
「うーん、見る限り、皆ガチなモデルだね」
「箒にギアなんかあるのか?」
「あるよ、自転車と同じでグリップを左右に捻るとギアが変わるの」
「どこに付いてるんだ?」
「腕を伸ばして丁度良いと思うところにあるよ」
「見せてくれ」
「うん」
ブレンも双眼鏡を手に取ってアピールタイム中に相手の箒がどうなっているのかを見ていく。
箒にはサドルがあり、そこから腕を伸ばしたと推定すると握れそうな位置にゴム製で出来たシフトレバーがあった、シフトしやすいように箒そのものの形状が違ったりしているがどれもこれもまさにレーサー向けだと分かった。
「アクセルやブレーキはどうなってる?」
「それは念力の使い方かな、私の箒はお母さん譲りのだからあまりスピードは出ないけど、前かがみになればアクセル、後ろに引けばブレーキってところ」
「動きはヘリコプターに近いな」
「極論だけどそうだね」
そうこうしてるとアピールタイムが終わり、選手達が箒に跨って合図を待つ。
「後は魔術のクラスだね」
「最上級を撃ったらどうなる?」
「手を抜いてもそこら中に走ってるバスを吹っ飛ばすくらいだよ、トレーラーもやろうと思えば横転させられるから」
「そんなの直撃したら命は……」
「……無いよ」
メルの暗い返答にブレンは頭を悩ます、いつものお仕置きですら手加減して上級とあるが本気を出せば大型トレーラーを転覆させるほど、最上級となれば戦車をも吹っ飛ばせると思ったのだ。
それが飛び交うとなれば絶命も待ったなし、どうすればと悩む一方でレースのカウントダウンの後、勢い良く飛び出た。
「今回のレースはどうなるのか!」
「続々と加速しております!」
メルの通学姿とは大きくかけ離れたスタートダッシュに冷や汗が出てきた、競馬でもオートレースでも無い、抵抗無き飛び出し方に一瞬で選手達はスタートラインから早々に消えていった。
「は、早すぎないか!」
「レーサーだとこれくらい普通なんだよね?」
唖然とするブレン、リリーアもあまりの早さに理解不能だった。
「明らかに違法レベルの加速だね……」
「メル、操縦出来るのか?」
「見た限り時速二百キロメートルは出てるから、曲がるのに物凄く先読みしないと曲がれないくらいだよ」
「つまりコースを記憶しているかどうかってところか?」
「その上にどこで速度を調整するかも計算しないとコースアウトだね」
速度が上がれば上がるほど曲がれなくなるのは、この世界の物理法則のせいだ、いくら空気抵抗を無くす魔術やGを打ち消す魔術にも限界があるのだ。
「暴走野郎のレオルーカ! 無駄無き計算された美しい動きに見とれてるのか!?」
「三ラップの間、一体全体何が起こるか我々も分かりません!」
「勝負はまだ始まったばかり! 魔術を使うのはまだまだ早すぎる!」
「まずはどう出るかの計算が重要だ!」
カメラに移っている選手達は先を読んでいると分かるように足を伸ばしたり蹴りを入れている。
「急旋回って足を軸にしてるのか?」
「そうだよ、自転車と違って念力の方向を足で制御するの」
「バイクで似たような動きはするが……」
「飛行機でも何とも無いし、本当に慣れてる人だと直角移動は当たり前になるから」
明らかに普通では曲がれないようなところに輪があり次々と抜けていく、急旋回すれば遠心力や慣性で失神しそうになるはずだが、まるでエースパイロットのように平然としている。
各ウィンドウに映してる速度計は時速三百キロメートルと出ている、航空機が半スロットルで出している速度に近く、たかが箒でも速度は見かけ以上だ。
「おーと! 早速コースアウトする選手が出てきたぞ!」
「まさかまさか、魔術を使わず終わってしまうのか!?」
「この先の展開はゴールラインまでのストレートを突破してからだ!」
グネグネと曲がっているコースだが観客席の前は長い直線だ、他のレースと同じくここで一気に差を縮めることになる。
「首位は独走中! だが後ろから挑戦者が追いかけてくる!」
「このために用意したと言わんばかりにマナの尾が見えてます!」
差を縮めるにはここしかないと青白いマナをアフターバーナーのように箒から出ている、速度は時速五百キロメートルに達しておりゴールラインのある観客席を流星のように一瞬で過ぎ去っていく。
「見えねぇ! こんな速度で動かせるのかよ!」
「アルビオンのレースは速度制限があるけど、こっちはもはや空中分解するほどの違法改造だね……」
「一位は?」
各選手のウィンドウを見る、一位の速度は最高で時速六百キロメートルだ、急旋回を挟むためか速度は落ちてるがそれでも早い、後続の選手がそれを狙ってなのか近づいていくのが見える。
「おっと! 始まったぞ! レオルーカ、空中機雷を仕掛けた!」
「当たれば大怪我間違えなし! 急旋回のポイントを狙ってます!」
赤い火属性の玉がコース上にバラ撒かれる、回避しようと速度を落としたため差が広がっていく。
「メル、あれは?」
「機雷型の中級魔術、バラ撒くとなればマナの収集に時間が掛かる上級は使いにくいところだね」
「煽動ってところか」
一定時間が経つと爆発した、爆炎が後続の選手に襲うが水属性の盾で打ち消している。あの速度から瞬時に発動しなければ巻き込まれる時点でメルにそれが出来るのかとブレンは不安感を募らせる。
「急旋回でのブレーキに合わせるように魔術を放っているぞ!」
「レオルーカ! これをあっさり回避する! 彼を撃墜することは出来るか!?」
風属性の緑色のホーミング弾が飛ぶ、それをバレルロールして回避する、航空戦同然で予測不可能になってきたのだ。
「あっー、全然駄目駄目! 下級じゃあ避けられるって!」
「上級じゃないと当たらないのか?」
「そうだよ! 背中に盾を作っているから仮に当たっても少し揺れる程度!」
「ということは一位以外は皆分かっていない?」
「だろうね……」
次々とホーミング弾を撃ってくるが急ブレーキや急旋回での蛇行で一発も当たらず虚空に飛んでいく。
するとボルトのようなものを後ろに投げ込む、それを弾丸に黄色い尾を引きながら飛んで追いかけてくる選手に襲いかかる。
「あれも魔術で出来るのか?」
「予め雷属性を纏わせて乱射してるところだね……」
「メル、本当に倒せるのか……?」
ブレンの問いかけに苦悶した表情を見せるメル、首位の魔術の発動速度や撃ち込みの正確性を考えると相当な訓練を積んでいると推測したのだ。
詠唱しなければ使えないメルからするとパッシブスキルのように扱う選手達はもはや相手にならないほどだ。
雲行きの怪しくなる計画に誰もが諦めかけている、あんな奴を相手にして一位を取るなど無謀極まりない。
「詠唱無しで撃つこと前提だとマナをどうやって紡ぐか……」
「ただのチンピラにしては不自然だよな……」
「そうだね……大魔法使いの可能性だってある……」
「ヴィトという首領の内部に相応の人間は居るのか?」
その問にヤステルファルクは首を横に振った。
「アイツはレースのためだけに相当場数を踏んでいるのよ、昔は首領にも対抗できるのが居たみたいだけどアイツにやられたきりなの」
「となれば裏工作が必要だな、打つ手はあるはずだ」
モニターでは激しい魔術の撃ち合いが始まっていた、レーザーや火球が飛び交う、選手の中に魔術書を片手にして撃っている者が居ないのを見ると丸暗記しているのだろうと思った。
「さてさて、一体誰が首位を陥落させられるでしょうか!」
「撃っても撃っても当たりません!」
考え込んでると早くも二ラップ目に入った、メルは呆れた顔をしてモニターを見ている。
「中級以上使えないって、ほっ、んっ、とっ! 見てられない!」
「メル……」
「アイツを倒せば良いんでしょ!」
「そうだけど……」
「あのステージの上で上級を撃ったらどう思うんだろうね!」
「まぁ……狙われるでしょうね……」
怒り心頭のメルにブレンは落ち着けと手優しく抑えた、ここでもし目立つことをすれば首位であるレオルーカが手段を練り始めてしまうのだ。
「と、に、か、く! 私の箒をレーサー用に仕立ててアイツに最上級をブチかませば一位は行けるはず!」
「やる気満々なのは良いけど、一発勝負だよ?」
「一発勝負って!?」
「彼が出るのは次のレースで終わりなの、あの金額を貰ったら何年暮らせるか分からないほどよ」
まさかの一発勝負と出てメルは怯んだ。
「それならあの金はどういうことだ?」
「一言で言えば所属してるファミリーが水増ししてるのよ、つまりそこら中に居る観客の九割がガヤで来てるのよ」
「えっ、じゃあこの騒いでる連中って……」
「大声で言えないけど敵よ」
「うわっ!?」
四面楚歌であることを言うと全員青ざめた、私服であるのは裏社会の人間に見えないようにということや、コールも首位ばかりなのは独占しているからだと、ヤステルファルクの発言からそう汲み取った。
「早くここから出たほうが良いじゃないか?」
「そうだよ、もしバレたら殺されるって!」
ヤステルファルクはそんなこと分かっていると全く動じなかった。
「まぁ、実情を理解したのなら良いわ、ブレン君は相当頭が良いみたいだし、メルちゃんもやり方次第で可能性はいくらでも大きく出来るわ」
「やれば勝てるってことだよな?」
「確実なものにするなら裏工作や身を犠牲にする覚悟を見せてくれる?」
「分かった、こんな
うんうんとヤステルファルクは頷く、リリーアも怯えてはいるものの生まれ故郷がどれだけ危険なのか理解してくれてると思ったのだ。
「オルディアの『掟』の一つ『力を示せ』、示し方は特に縛りはない。ただそれをどこでどうやって見せるかは自分次第よ」
「私のお母さん、その一人だったから『天授の証』を持っていたんだよ」
「えっ、待って、まさかじゃないけど『ヒヨルスリムル』の娘なの!?」
「うーん? 何それ……?」
「要は『
「戦乙女? 称号持ち? ヤステルファルクさん、専門用語ばっかりで困るよ……」
「――なっ!?」
リリーアの返答に石のように固まってしまったヤステルファルク、中二病でも拗らせたかと思っているブレン達も困った顔になる。
「オルディアって何なんだ……?」
「まさか中二病だらけの脳内ファンタジーな人ばかりの世界?」
ブレンとメルは無いわと言う表情。
「私の故郷、そんなところじゃないけど……」
「居ないこと願うわ……」
呆れるリリーアとヴィットーリア、自分だけがおかしいこと言っているとヤステルファルクはキョロキョロする。
「最初から話すと長いんだよね……」
「それは後で話してくれ、今はこれを何とかするのが先だろ?」
「ブレン君、理解力あって助かるー」
「うーん……」
気を取り直して目の前にある問題を解決することを優先した。
レースは最終ラップの半ばに来ていた、レオルーカが独走しており激しい撃ち合いも虚しく終わっていた。
「結果は見ての通りってところだな」
「まずはこれを改造することからね……」
一見、ただの箒であるが柄は亜麻仁油でコーティングされて年季が入っている、穂は丁寧に整えられており、今でも十分使える母親の若い頃使っていたお古の箒はいくら本気で念力を操っても六速ギア付きの自転車と並走出来るかどうかが限界だ。
自転車で言えばギア無しの一速しかないものに相当する、扱ぐ力に当たる念力を効率的に推進力として使えないため、度々それで困る場面もあった。
しかし、大切にしていたものを改造すると言うのは気が引ける、祖母は若気の至りの名残でレーサー用であるが早すぎると母親が操れず結果的に今に落ち着いたのだ。
――お母さん……ごめん……!
メルは箒をギュッと握った、改造してはマズイ代物だと分かったブレンは「駄目なら駄目って言えよ」と言ったのだ。
「メル……大事なものだろ?」
「リリーアちゃんのために改造するなんて……」
そのバックグラウンドで大歓喜が上がる、レースはとっくに終わっており配当金を得たファミリーの人間はニヤニヤと不気味な笑みを浮かべていた。
「他の箒はあるのか?」
「うーん、あるんだけど、首領は駄目って言うよ、二本も必要ないだろって言い返すから」
「あの容姿から意外と常識的だな……」
わざわざこのレースのために買うとなったらメルは一本余計に箒を持っていく羽目になる、荷物を増やしては旅は続かない上に管理も困るのだ。
「改造するのは良いけど乗れるかが問題ね、今の何十倍の早さになるから下手すると箒に遊ばれて吹っ飛ぶ可能性もあるわ」
「いきなり乗ったことがないスポーツカーに乗るようなものか」
「そういうこと」
時速六百キロメートルという速度は次元が違う、メルからすれば曲がろうとして曲げたら勢いで箒から手が離れてコースアウトしてしまうようなものだ。
そんな化け物のような箒を乗りこなせるのかはメルの学習力次第だ、最上級をも操るほどの頭脳はあっても箒の操縦はまた違う知識になる、レクチャーしてくれる人間が居るのかも怪しい。
――これがリリーア一人だったら一体……。
自発的にリリーアが行動に出た場合、同じことになるのかそれとも行けずに終わってしまうのか、ブレンは色々と考えは出るが結論は真っ暗闇だった。
「私のせいでメルちゃんの大事なものを……」
「ううん、良いよ、だって遅いよりは良いかもしれないし」
「そこまでして本当に良いの?」
「ちょいちょい遅くて困ってることあったし」
「遅刻のことだろ……」
それに対して目くじらを立てたメルがブレンに振り向く。
「ブレン……! んのアホー!」
「うわあぁぁぁぁっ!」
観客席にブレン目掛けて巨大な稲妻が落ちた、雲一つもない空から轟音が響き、それに驚いた観客達は逃げ出すように会場を後にしていく。
「おや? 詠唱無しでその威力だと行けるんじゃないの」
「もうブレンが変なこと言うから!」
「お仕置きにしては強すぎるわね」
「これくらいしないと黙ってくれないの!」
学園内では遅刻魔と言われてるメル、直せとブレンは毎回言うものの改善されないどころか逆ギレは当然、そこだけに注力したのもあるが詠唱無しでブレンを黒焦げにする威力を見てヤステルファルクは行けると確信した。
「それをバンバン撃てれば大したことじゃないはずよ」
「だけど、物凄く疲れるの」
「最上級が飛んできたら箒のコントロールが必死になるわよ」
「うーん、それ私の体力が無限にあること前提?」
行ける行けるとヤステルファルクが笑顔で答えるがメルは不安だらけの表情だった、リリーアやヴィットーリアも無茶ではないかと嫌な表情を浮かべてる。
「奴が扱えるのは中級から上級辺りだし、最上級を撃ってきたらどんなに守りが堅くても手こずるわ」
「うっ、やっぱり行けること前提なんだ……」
「まぁまぁ、裏工作はするしなんとかなるって!」
「うーん……」
乗り気ではないメルにヤステルファルクは行けるとゴリ押す、黒焦げから立ち上がったブレンはあのなと言う表情であったものの女子達のノリに追い付けず参っていた。
「それで、俺は何すれば良いんだ?」
「箒の改造をしている間に奴の箒にこれを仕込んでほしいの」
ヤステルファルクがポケットから群青色の小さな球体を出してきた、見たこともない物体にブレンは何で出来ているんだと見とれてしまう。
「これは?」
「マナの流れを阻害する物質よ、これを穂に仕込んで上手いこと制御できないようにするの」
「だが持ち主が近いんだぞ、そんな事出来るのか?」
「出来るわよ、とあるところに行って仕込めばいいの」
「そうか……」
妙な無茶振りされ嫌な気分であったが仕込むだけであればそれほど時間はかからない、持ち主が居ない間に穂に突っ込んでワイヤーで固定するだけで十分だというのだ。
「作戦の流れは大体分かった、だがレオルーカの居場所は?」
「試合後、絶対に寄るバーがあるの、そこに入って奴が何かしらの理由で居なくなったところを狙って仕込むの」
「よっぽどのことが無いと動かないように思えるが」
「そこは私にお任せ、ソルジャー達を使って喧嘩沙汰を演技してもらうの、奴にとっては騒ぎを起こされると酒が不味くなるって言うからね」
「なるほど、何時ぐらいに行けば良いんだ?」
「まだ早すぎるから夜になってからね、落ちないように取り付けるだけだから雑でも構わないわ」
「分かった」
ヤステルファルクの作戦を受け入れつつ女子達の方に向かっていく。
「後の皆はメルちゃんのサポートするの、ここで勝てばオルディアに行くことも出来るわ」
「本当に行けるんだよね?」
「えぇ」
「だけど私一人で良かったはずだよね……こんな風に人を巻き込んでいくのが嫌……」
暗い表情のリリーアを見てヤステルファルクは「そんな顔しないの」とポンポンと肩を叩いた。
「何故、貴女がアースガルズに居るのかは分からないけど神子の力は本物よ、一人で行ってもいいとは限らないわ、もしそこで命を落としてしまったらオルディアから非難どころではない報復攻撃だって来るのよ」
「じゃあさっきの襲撃は皆狙ってるの……?」
「アースガルズに居ることはもう既に全土で知れ渡っているわ、残念だけど逃げようと衛星は捉えているからね……」
「嘘……」
リリーアの存在は既にオルディア中に知れ渡っている、もはや逃げようが何だろうとこうして追いつかれてしまうのだと。
「さてと、まずはメルちゃんの箒から入ろっか」
「うん……」
「首領の改造屋は腕利きだから本当に丁度良いって言うものを作ってくれるわよ」
「それならいいけど……」
そうして会場を出ることにした、改造屋は分かりにくいところに居るらしくヤステルファルクの記憶力次第になるようだ。
外は暑苦しい、昼に差し掛かっているせいで直射日光に加え白い石畳で舗装された遊歩道からの照り返しが痛いほど感じる。
循環バスの乗り場で次のバスを待つ、ユグドラシル州のバスターミナルにあった日除けとはまた違いこっちは頑丈な鉄製で急角度を付けて出来ている、そこに日陰が出来ており直射日光を浴びることはないものの照り返しだけはどうしようもなかった。
「あっついねー、長袖って日焼けが嫌なの?」
「ううん、あっちに行った時に寒いからね……」
「あぁー、もしかして北の方の育ち?」
「あまり覚えてないけど雪が凄い降るんだよね」
「豪雪地帯というとボレアース辺りかな?」
「地名までは分からないけど多分そうだと思う」
「東の育ちと比べると夏なんて一瞬だもんね……」
リリーアにヤステルファルクは地元民のような雰囲気で話しかけている、ブレン達には何を言っているのかさっぱりであるがとにかく寒いところであるのは間違えないようだ。
「貴女の事を詮索する気はないけどオルディアはかなり変わったよ、内戦は絶えないけど人から機械へと移っている、もう生まれてくる意味すら分からなくなるくらい人類の理想郷になってしまったわ」
「そうなんだ……やっぱりアースガルズと比べるとオルディアは行き過ぎてるのかな……?」
「事件での封鎖さえ無ければそこら中の大陸から学者が毎日見に来ているよ、ただ並外れた科学力で再現出来る訳がないから諦めてる、オルディアはそう言う人間を嫌うから酷いと学者を殺そうとまでする」
「やっぱり『力』で決着付けるのはずっと変わらないんだね……」
「どこに行くかは分からないけど、これも掟の一つだから覚えておいて。アースガルズのような平和な大陸じゃないからね」
自分の故郷は危険だらけであるのは確かだ、ブレン達の身に危険を及ぼすレベル、本当なら一人で行けば良かったのにと罪悪感に襲われていた。
今になっては引き返せない、ヤステルファルクの首領との約束、それでもオルディアへと行くには一人では出来ない、不思議と付いてきたブレン達にどう返そうかと思い悩むばかりだ。
循環バスが到着して改造屋が居る区域へと向かう、車内は暑さもありエアコンをガンガンと動かしてるからか出た汗が冷えるくらい涼しかった。
「改造屋ってどこに居るの?」
「ここから離れたオフィス街と住宅街の間ってところ、着くまでにどんな物にしてほしいか考えておけば彼はやってのけるわ」
「うん」
「まぁ、まだ十代みたいだし奴と比べれば伸び代はいくらでもあるわ、それにその格好じゃあ大魔法使いそのものって分かるから奴も頭を悩ますに違いないわ」
話からして今まで大魔法使いに匹敵する選手は出ていないようだ、メルがそのきっかけとなればレースも大きく変わるかもしれないと思ったのだ。
「ヒュー?」
「ヴィットーリア、どこに行ってるんだい?」
ヒューイが起きたらしく通話を入れてきた、書き置きもせずホテルに居なくなったため困っているようだ。
「あー、ちょっとね、メルの箒を改造してもらうためにそこに行ってるの」
「メルちゃんの箒を改造? 一体何する気なんだい?」
「あの危ないレースに行けとマフィアの首領と約束したのよ」
「おいおい、ここのマフィアは本物だよ!? そこらのギャングとは全く違う! 金が出せなきゃ血を出せっていう奴らだよ!?」
まさかのことにヒューイは動揺を隠せないのが通話で分かるほどだ。
「ヒュー、可能なら遠隔で配当金を弄ったりは出来る?」
「うーん、セキュリティが強い可能性があるから何とも言えないな」
「メルが一位になったらドカンと上げて、そうしないと首領が黙っていられないみたいよ」
「手強い取引ってところか、まぁ何とか操作出来ないか調べてみる」
「この手の仕込みはヒューにしか出来ないのよ、何とかして叶えてほしいわ」
「それでオルディアに行けるならやってやるさ、技術と知識に飢えてる自分のためだしね」
「しくじったら全員殺される、そこだけは分かって頂戴」
「あぁ」
ヒューイは後発であるがレースの配当金でも操作できれば首領も棚からぼた餅でボロ儲けで大目に見てくれるとヴィットーリアは考えがあったのだ。
循環バスは丁度区画が変わる辺りに差し掛かっていた、ボタンを押してそのバス停があるところで降りた、オフィス街と住宅街の間で高層ビルに対して急に十階建てのマンションなどが立ち並ぶ場所であったのだ。
「こんなところに改造屋が?」
「場所は分かってても誰にも言わないこと、ファミリーにとっては穴場だからくれぐれも言わないで」
「分かった……」
マンションを横切り、細い路地に入った。車が相互で通れるかどうかの道幅だ、高層住宅で日陰ばかりで日当たりもあまり良いほうではない。
区域内の掲示板を見たヤステルファルクは「自治会便り」のピンを外して剥がした、裏の板には小さなメモが貼ってありオルディア語で何かが書かれている、番号は分かるものの細かい住所なのだろうと皆思ったのだ。
「これは?」
「改造屋の情報よ、シーズンが終わると店を閉めるから確認って感じ」
「シーズンってことは競馬と似てるんだな」
「まぁね」
張り紙を元に戻しヤステルファルクが先導する。
「んで一体なんて書いてあったんだ?」
「営業時間と定休日よ、改造屋は体弱いからあまり長く起きていられないの」
「そうか……」
「頼りないように見えるかもしれないけど責めないでね」
「あぁ」
細い路地を進んでいくとヤステルファルクが誰も居ないことを確認してこっちだと手招きした。
「こっち――」
「シッー! 改造屋が敵ファミリーだと分かったら閉めちゃうから声出さないで……!」
「あぁ……」
どうやら腕に比例してなのか秘匿扱いのようだ、敵ファミリーに譲りたくないほどとなると知っているのは極一部だと言える。
薄暗い路地に入り、車のガレージと思わしきシャッター付きのマンションに到着した、ヤステルファルクはエントランスホールに入り、インターホンで部屋番号を押して待った。
「――もしもし?」
「――氷雨に彷徨い、力求む者、助力求めここに来たり」
「――来い」
オルディア語で謎めいた暗号を言うとロックが解除された。
「くれぐれも変なこと言って刺激しないでね、彼は相当な変人なんだけど天才的な腕だからそこは保証するわ」
「変人? まさかヒューみたいな引きこもり?」
「うーん、三割当たってる、ここで待ってたら彼が怪しむからさっさと行くよ」
エレベーターに乗り込み五階に上がる、改造屋とは言えども普通の一般的なマンションとあってとても飛べそうもないところだ。
皆、不安な表情を浮かべるがその部屋の前でヤステルファルクは「コンココココン」と合図らしきノックをする、暫くすると鍵が開く音が聞こえた、ドアを少し開けヤステルファルクの姿を見て「首領のカード」と言うと入れと大きく開けた。
「久々だねー、何年ぶり?」
「三年ぶりだ、しかも大魔法使いとはやっとか」
改造屋という男は白髪でヒューイのように細い体であった、作業服かと思いきやずっと寝ているのか黒で薄っすらと白い線が入ったパジャマ姿だった。
部屋は質素ながらも必要最低限の家具はある、部屋は二つあるものの改造するには狭すぎるようにも思えた。
「そっちの名前は?」
「ランスキー……」
「俺はブレンだ、こっちは彼女というかまぁ幼馴染のメル」
「よ、よろしく……」
元気の無いランスキーに困惑し始める、明らかに過去になにかされたのではないかと憶測が浮かんでくる。
「傭兵に魔女に変な格好したの……? ヤス……コイツらは……?」
「神子の旅グループってところ」
「神子か……ここに居るのが謎だな……」
「まぁお互い詮索はしないってことで、メルちゃんの箒をお願い」
「いいだろう……それを寄越してくれ……」
「はい」
ランスキーは箒を見て一目瞭然だと目付きが変わった。
「アルビオンの銘柄だな……先端の紋章からドラグーン製か……それにこの手入れの届き様は物が分かっているな……」
「物凄い高いから大切に扱ってと教わったくらいなの」
「ここだと三百万ガルズは余裕で行く……速度は出ないが伝統や家系を示すものとしは一番だろうな……」
その額にブレンはとんでもない物をと驚いた表情だった、ただの箒だがアルビオン連邦国では銘柄品と言うだけあり、それを改造するのはあまりにも高額過ぎる上にメルが大事にするのもよく分かった。
「これをどうする……?」
「六速でシフトチェンジがスムーズなものにしてほしいの」
「チェンジのクリック感は……?」
「カチカチ言うくらいが良いかも」
「どこまで速度を出せる……?」
「これで本気出しても時速四十キロメートルだから、レオルーカと言う奴を追い抜ければいいよ」
その問に彼は困った目付きをした。
「無謀な……ヤス、見込みは……?」
「あるわ、この娘、最上級使えるから」
「まぁいい……箒に遊ばれるなよ……?」
「うん」
大雑把な仕様を伝えた、ランスキーは何が必要なのかとクローゼット兼部品置き場からグリップなどを出してきた。
「シフトチェンジを頻繁にするなら滑りにくい物がいい……決まったギアにしたいならこれだ……」
「うーん……」
見た目はグリップを付けた棒であるが内部に差があるらしくメルはその感触を確かめていた。
必要なものだけ出すという彼の生活スタイルはまさに穴場の改造屋と言っても過言ではない、普段は何しているかは分からないものの必要あれば動くと言ったところなのだろう。
グリップ選びに苦戦するメルにランスキーは色々と助言する、一人一人にあった箒を作るためかオーダーメイドの光景が広がっている。リリーア達は何言おうにも手が出せなかった。
「部屋は本当シンプルだね……」
「ヒューの部屋にも近いわ」
部屋は狭いもののその場で改造するだけであれば広くも狭くもないと言ったところだ。
「これでいいな……?」
「うん」
「後は変換器か……種類が多い……どれにする……?」
「直線で一気に最高速まで行けるものってある?」
「フォーミュラー型か……あのレースだと機動力を落とすのは俺からしてあまりお勧めはしない……」
「ドリフトからの直角切り替えで行けば追いつけるはず」
ブレンは箒の構造に興味が引かれていた、グリップのみならず穂が付いてる根本には変換器が付いている、メルの箒には緑色の球体が付いておりそれが念力を変換するものであるようだ。
裏工作ではそれを取り替えるというものだが穂を退かせば丸見えという構造に箒としては実用的ではないと理解したのだ。
「直角の切り替えは自分の体力も使う……今までの乗り方は通用しなくなる……操れるか……?」
「こう見えて遅刻の時とか全速力で行ってるからある程度練習すれば行けるかな」
「言葉からして今まで不満が多いようだな……」
「本当に単位落ちるとか言う時にドカンと行ってくれないと困るから」
「そうか……早いことには越したことはない……」
そうしてメルの箒の設計を済ませたランスキーはデスクトップパソコンで改造項目をセットして見積書を印刷したのだ。
「ヤス……在庫品があるから安く抑えられる……ただ彼女がこれを操れるかは俺には分からない……」
「ふむふむ、改造は一回限りよ、メルちゃん、いい?」
「これで作ってもらえれば十分よ」
「だってさ」
メルの納得した表情を見て彼は頷いた。
「分かった……今夜までに仕上げる……暫く預かるぞ……」
「壊さないようにお願い」
「レースまで時間がないな……後はそっちの腕に絡む……ここまでは俺の手は加えられない……」
「何とかしてみせるよ」
箒をランスキーに託して全員部屋から出たのだった。
「出来上がったら連絡する……金は首領からだな……?」
「そうよ」
「腕が鈍りそうだったがタイミングが良かった……クライアントに答えられるよう作ってみせる……」
「無理は禁物、病状が悪化しないようにね?」
「あぁ……すぐに取り掛かる……バレない内に去ってくれ……」
そう言い残して一行はマンションから出ていったのだ。
「さてと、夜が勝負よ、ブレン君が奴の箒に仕込むのとメルちゃんが数時間であれを乗れるようになるかだから」
「メル、そっちには手はあるか?」
「あるよ、リリーアちゃん、ちょっと耳貸して」
「うん」
メルにも手があるらしくリリーアに何かを耳打ちする、するとリリーアが何故か本気になったと言わんばかりの反応を顔に出した。ブレンはおかしなことだろうと思っていたがリリーアの表情は妙に嬉しそうだ。
「いいよいいよー、材料があればねー」
「リリーアちゃんの腕は確かだからね」
「ヤステルファルクさん、私の言うものあるかな?」
「ここなら何でも揃うわよ、まぁ一部除いて」
リリーアがヤステルファルクに言うと納得したらしく大きく頷いた。
「材料ならここで買えるわね、まぁどうするのかは分からないけど」
「ふふふ、アレは学校でも地味に使えるから覚えちゃったんだよね」
マッドサイエンティストのオーラを出すリリーアにブレンは一体何を伝えたんだと不安になってしまう。
「まぁ、夜になってからのお楽しみってこと」
「皆夜になると本気になるって深夜テンションでも発動できるのか……?」
理解不能な状況にヴィットーリアも一緒だよとお手上げのポーズだった。ブレンも同情すると言うアクションを示した。
メルの箒が改造されてる間にリリーアの買い物に付き合うことになった、ヴィットーリアはヒューイとの合流をしたいと言うが聞く耳を持たないリリーアとヤステルファルクに気圧された。
「まぁ、理系なら無いと困るものかー」
「学校じゃあ手続きしないと買えないんだよねー」
「それを覚えるほど作るって想像しがたいけど……」
循環バスに乗り商業区域へと向かった。リリーアの言うものはユグドラシル州の大型雑貨店にあれば良いもの、さらには化学薬品とまである、こればかりは無免許では手に入らないだろうと思えるものだがヤステルファルク曰く一般でも買えると言うのだ。
こうして夜という大勝負に向けて着々と準備が進んでいくのであった。
◆
冷たい研究室、無色のガラス玉のようなものに五色のレーザーがそれぞれの台座に乗っており色の付いた玉から伸びている。
「正の力、七大天珠はその力故に悪きものに手を染めることは出来ない」
空いた台座に白い球体を置く。
「これでも力不足」
白い球体から伸びるレーザーが交わった瞬間、ガラス玉は音を立てることもなく粉々に砕けた。
「一般的な宝珠ではこの圧倒的な力に交えないと……」
新たなガラス玉のようなものをセットする、白い球体から伸びるレーザーの出力を上げるが今度は出ている方が砕けた。
「オーバークロックに耐えられないとなれば……現物を手に入れないと作れないってことね……」
砕けた球体の欠片を箒で集めてゴミ箱に入れた、求めているものを作ろうとあの手この手で試しているが一つも作れていなかったのだ。
机上の理論ではその出力で交わった瞬間に生成される、逆が成功したのにその逆が出来ないのは異常だと頭を悩ませていた。
逆の理論で出来たそれは「滅属性の宝珠・漆黒の宝珠」であり世界中の「負の力」を集めて生成されたものである、この世界には「正の力」が少ないこともあり純粋にそれを持っているのは七大天珠以外無いのだ。
――早く、早く、姉様の手が及ばないまでに……!
元に戻してしまう姉が居る以上、手段が潰される前に完成させ世界諸共破壊してしまいそこでそれを使えば偉業は成し遂げ「創造神」へとなれると。
「まーだ捕まえないの?」
「どうもあちらから来るようだ、襲撃を与えたがコイツにやられて駒が大きく減った」
「――っ!」
大男は側に立っていた、そして手元に出されてるウィンドウに映る青髪の男の姿を見て思い当たる節があった。
「翼からして天使族ね……幸運なのか不運なのか守りは予想以上ね……」
「あぁ、俺とやりあったところで決着はない」
「どうしてこう上手くいかないのか……」
あまりにも好都合過ぎる展開にもやもやとしてくる、女性は諦めたかのようなため息を吐いた。
「この娘、本当に光属性なんだよね?」
「あぁ、波長の乱れと周期性からすると何かで抑え込んでいるだろう」
「つまり持ってきても封印を外さないと使えないってこと?」
「あぁ、俺の力でやっとだ」
「随分と狙ったようにやってくれるわね……」
リリーアを狙う女性と大男は研究室で次の作戦を考えていた。
「あの女が絡んでいるとなれば再戦もありえる」
「天授の証を持った奴ね」
大男は頷いた。
「過保護にも程がある」
「まぁそう言えるわね」
「所詮、捨て子扱いにされる運命がこうなるとはな……」
「全く、世界は都合良く行ってくれないわね」
オルディアでは捨て子扱いにされるはずが逆の過保護になっていることに対し女性は何とかしてその都合の良い状態から打破出来ないかと考えていた。
考えは纏まらずボッーと研究室で頭を抱えているだけであったのだ。
――ギュイィィィィンと歯車が回る、それは事態を早めるかのように歯車は高速回転したのだった。
Engrave Chronicle ZiN @ZiN_strelok
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