第一章 未知なる大陸を目指して
あれから翌日、ブレンとリリーアは体調が回復した、二人揃っての驚異的な回復力に医師は驚いていた。
ブレンは完全に回復したが、リリーアは体が少々重く感じるものの追々回復すると医師が言ってたので心配するほどでもないとのことだった。巻き添えになってたヴィットーリアは大したことではなかったらしく一日寝ていたら元に戻ったと連絡が入っていた。
オルディアへの行くにはどうするか話し合うためにメンバー達は大図書館に集まっていた、学校内で集まれる場所と言ったら今のところここしかない、集まるには無難な教室棟や大食堂は長期休暇中は開いてないのだ。
スカスカな大図書館は話し合うには絶好の環境だった、この話を他の生徒が聞いても訳が分からないとあ
ういセットえわかじゃおるがごちゃごちゃしていて雑音のせいで会話が聞こえない街の店よりはマシである。
「セーブル州に行けばオルディア人に会えるってことね」
「ヒューイ君からの情報だとそうみたい」
「だけどよ、オルディア人って見たことないし歴史書の写真は古いからどんな特徴あるのかが……」
「うーんとね、私みたいに髪が白くて肌も白いの、後浮かんで移動するってところかな?」
「アルビノってところか? リリーアみたいに白い人は少なからず居るが……浮かんで移動するなんて見たことねぇな……」
リリーアの封じられた記憶からはそれくらいしか思い出てこない、ヒューイに頼りすぎれば邪魔だと思われ拒絶されかねない、どうすればと考え込んでしまう。
「とりあえず、親父にホテル代出すように言う、皆そんな大金ないだろ?」
と言ったらヴィットーリアがムッとした表情になる。
「親が個人運営の料理人だし沢山持っていてもおかしくないよね……」
「何泊まで持てるんだ?」
「昨日、口座見たときだと大体一週間分はあるわね」
「ならなんとかなるな……誤解していたすまない」
ヴィットーリアは両親が有名料理人かつ店もある、かなりの金額を持っているのは確かである。
しかし、問題はリリーアとメルだ、リリーアは仕送りがあるのか全く言わない、メルは送ってきているとは言っていた気がするが実際はどうなのかまではブレンは知らないのだ。
「リリーアは金あるのか?」
「あるけど、院長に言わないと貰えないからちょっと苦戦するかも」
「すぐにくれるってわけじゃないな……」
「そうなんだよね……散財していると
「メルはホテル代はあるのか?」
「うーん、お父さんに出せるかどうか聞かないとね……守銭奴だから金が飛ぶと分かると頑固でケチだし教育費以外はちょっとした金額くらいだし――」
「参ったな……」
メルの家庭の大黒柱である父親は無駄遣いを嫌うせいでなかなか出してくれないと過去に言っていた。
メルが生活費として貰っている額は五万ガルズと一見多いが消耗品や衣類など生活に必要なものを買おうとすればあっという間にすっからかんになるほどだ。
アースガルズの一般的な中小企業のサラリーマンの月収はおよそ三十万ガルズ前後、保険料を差し引くと二十七万である、大企業になると幹部でやっと四十万以上とある、教育費を考えると小遣いであってもメルは良い方に当たる。
――とにかくセーブル州に行く以外無いな。
その場でネットで調べても詳しい情報はなかった、とにかく行かない限り事情が把握できない、何とかしてくれるヒューイに「時間あったら手伝ってほしい」と連絡入れたが、どうも彼はゲームかプログラミングに熱中しているらしく既読が付かない。
「とりあえず、皆準備出来たらセーブル州に行こう、高速バスに乗れば時間帯によるが半日で着くからな」
「そうこなくちゃ!」
「準備が出来たら駅前の学園長像前に集合でいいな?」
「うん!」
一旦大図書館から出てそれぞれの寮で準備をする、長旅になるかは分からないが必要な衣服などを用意していく。
ブレンは万が一の戦闘に備えて戦闘服一式、これは父親から買ってもらったもので官給品とは違い
リリーアは「あの服」をクローゼットから引っ張り出した、母親が将来の姿を考え見繕ってくれたもので、ガレノス司祭が預かっており丁度高校に上がる時に渡されたものでサイズはぴったりだ、アースガルズでは奇抜に見えてしまうがオルディアではごくごく一般的な格好である。
メルは正しく魔女と言える格好、しかし夏場とあり黒一色ではとても暑いが仕方がない、魔法使いの界隈では正当な格好とも言えるのでこれ以外で着れそうなものはカジュアルな私服くらいだ。
ヴィットーリアは無難な花柄の淡い桃色のワンピースで細いベルトを締めている、いかにも町娘の格好だ、旅行に行く格好とは言い難いものの今の季節ではこれが一番だ。
全員が準備を済ませ駅前の学校長像前へと向かう、危険極まりない旅になるとは言えどもその覚悟は出来ている。
真っ先に来たのはブレン、言った張本人が遅れてはならない、次に来たのがヴィットーリア、もう少し遅れてリリーアがやってくるが、十分後にメルが遅れてやってきた。
「お待たせー」
「ったく、相変わらず約束事でも遅れてくるよな」
「だってどんな旅になるのか分からないからね」
「にしても遅すぎ、そんなんじゃあ後々問題になりそうだけどな……」
「んもー! 魔導書選びで苦戦してたんだからそれくらい許してよ!」
「はいはい……」
普通の魔法使いは何冊か魔導書を専用ベルトでぶら下げてるがメルは複数あるのが嫌なのかベルトが合わないのか理由は様々あるだろうが一冊しか持っていない、選ぶのに苦戦するのも仕方ないと言ったところだろう。
この先どうなるかは誰も分からない、夏休みと言う期限内でそれを終えられるのかと思いながら事が進んでいった。
「ミッドブルーシティ行きの高速バスは……」
「五番乗り場ね、次は二十分後だね」
「時間的にさっさとチケット買わないと逃したら数時間待たされるかもな」
「そうだね」
駅構内に向かい、コンコース内にあるチケット売り場で該当するバスのチケットを全員買った、一人七千ガルズと結構な金額であるがこれでも一番安いビジネスクラスである、個室に近いオプションを備える高速バスではそれの二・三倍以上はする、資金がいくらあっても行きはよいよい帰りは怖いになっては後味が悪い。
朝方ではあるものの雲一つも無い青空で気温は高く、薄茶色のアクリル板を屋根にした雨よけしかない乗り場で待っていては熱中症になりかねない、出発の十分か五分前くらいを目安にコンコース内の本屋で涼を取ることにした。
メンバーの中で最も暑さに弱いリリーアは痩せ我慢していたらしく本屋に入ると「天国かなー?」と言うほどだ。
「ところでリリーアちゃんの服、見たことない服だね」
「ワンピースの上に前掛けっぽいなにかでそれに巻きスカート? 変な構造してるな」
ブレンとメルが困惑する、リリーアの服はワンピースであろう膝丈くらいのインナーを着て、腰には青い縁取りされた巻きスカートらしきもの、その上に前掛けなのかケープなのか定かではないが変な形をしたものを羽織っている、この時期で重ね着かつ長袖とは一体何を考えてこの服にしたのか理解できなかった。
「これお母さんが将来の事を見据えて買ってくれたらしいの、オルディアはこの時期でも夜になると寒くなるから半袖がないの」
「そうか……確かにオルディアは北にあるし寒いのは当然だな……」
リリーアが言うにはどうやらオルディアの服らしい、デザインからして実用性皆無に見える、どこかに裏ポケットか何か入れるところはありそうだが明らかに使いにくそうである。
奇抜な格好に通り過ぎる客がじろじろとリリーアを見ている、何かのコスプレかと言われたら元になるアニメなどが無いオルディア独自のもののためどう答えれば良いのかすら分からない。
自分達もそこそこ奇抜ではあるがブレンなら傭兵と言えば納得する、メルは見た目の通り魔女と言えばいい、ヴィットーリアは言われなくともただの私服といったところだ、なのでリリーアが目立ちすぎるのは旅する上では危険かもしれないと思えるのだ。
「まだバスが来るまで時間はあるがオルディアへ行く手かがりをどう掴めば……」
「ヒューイ君以外頼れる人が居ないから困ったよね……」
今のところオルディアへと行くには彼に頼るしかない、頼みを受け取っておいて渋ったときは彼女のヴィットーリアが何とかしてくれる。
「ヒューがアンポンタンなこと言ってきたらギッチギチに締めあげるから諦めることはないわ」
「その時は頼む」
「ただ私達も変わらないといけないわね、ヒューにばかりに頼っては情けないわ」
「そうだな……」
ヒューイは最先端技術を知って扱える以上、常に先を進んでいる人間と言える、頼りすぎたりして度が過ぎて見放すのは彼からの「自己解決出来ないなら淘汰される運命である」という暗示を込めた忠告のようなものであるからだ。
本屋で気になったものを立ち読みして時間を潰しているとヴィットーリアがスマホを出して何かやりとりしていた、ヒューイのことなのか両親のことなのか分からないが真剣な顔をしてる。
「さてと、もうそろそろ良い頃合いだな」
「ここにある本にはオルディアを扱ってるものがなかったね……」
「立ち読みで夢中になっていて乗り遅れるとマズい、少し急ぐぞ」
「うん」
幸いにもメンバーは固まっていたのですぐに動けたが何故か離れたところで科学関係の書籍に夢中になってるリリーア、本を強引に取り上げて引きずるようにブレン達とバス乗り場へと向かった。
「化学反応式が――」
「リリーア、自分の目的忘れてどうするんだよ」
「うっ、ごめんなさい……」
いきなり夢中になっていたところを取り上げられて慌ててたがブレンの言うことに気が付いただけでも良かった、もし意地でもとなったら乗り遅れていた。
本屋から出ると日差しがさらに登ってるのもありさっきよりも暑さが増している、今日の天気予報では三十二度と平年並みではあるものの直射日光となればもっと暑い。
熱気の中、時刻表通りに高速バスが到着した。始めて乗るものに全員わくわくしている。
荷物をトランクに預け、チケットの座席番号に皆座った。席の並びは二席一組で通路を挟んでいる、ブレンとリリーアがヴィットーリアとメルと言った組み合わせだった。
「見た目以上に座り心地良いね、これでも一番安いとは思えないよ」
「これに乗ってミッドブルーシティまで半日かぁ」
渋滞などに巻き込まれなければ予定通り夕方には到着する、その間バスに揺られることになるがいくら乗り心地が良くても飽きるときは飽きてしまう、幸いにもコンセントがありスマホの充電機が使えるとあって移動中の暇潰しはなんとかなりそうだ。
――あるべきところへ向かうのだ。
男の声が脳内で響く、行けと言わんばかりの口調だった。
「うっ!」
「リリーア?」
「やっぱり……そうなんだよね……」
「リリーアに何が起こってるんだ? 少し話してくれないか?」
苦しそうな表情を浮かべているリリーア、連れて行くと言ったブレンにはまだ知らなければならないことがある。
「あの声が聞こえるの……あまり時間がないかも……」
「それって誰なのか分かるか?」
「分からない……まるで本能的に聞こえてくるから……」
「幻聴じゃないよな?」
「違う……」
どんどんと表情が暗くなっていくリリーアを見てブレンはまた逆鱗に触れると思いそこまでにした。
バスは時刻通りに出発した。道中で何かに襲われないかと不安が募る、運転手の交代や休憩等もあるため所々でサービスエリアに停まることになる、その際に狙ってきたらと思うと油断できない。
行きたいと言った張本人であるリリーアはどんよりとした表情だった、オルディアは危険なところであるのは大体把握している、生まれ故郷でもあるからかまだ言えない何かがあるように思える。
通路を挟んだ席、メルとヴィットーリアを見ると何やら相談しているようだ、走行音とエンジン音のせいで聞き取れないが小声でやりとりしてる。
「えっ、ヒューイ君が来るって?」
「そうよ、あんなひょろい体で『あの大陸にある驚異的な技術を見たい!』から私達に付いていくって言い出したのよ」
「だけど夏休みってヒューイ君からすれば自由奔放な時だけど何でかな?」
「ヒューはあぁ見えて新しい技術に対しては目をキラキラさせるのよ、ハイテク系の話になると誰も追いつけないアレになると私ですら止められないわ」
付いてこないような気配を見せていたヒューイが後を追ってくるとは思ってなかった、体力がただでさえ無い彼が付いてきたとしても途中でへばってしまうのはよく見ている。
ヴィットーリアは付いてきても無理があるとメッセージで言い続けたが、ある種の暴走状態となってしまってるらしく止められなかったと諦めた表情でボヤいてた。
「いつくらいにこっちに来るの? 次のバスに乗ったら夜になると思うけど……」
「こっちが手こずってれば合流する感じってところよ、もし戦闘になったら逃げる羽目にはなるわね」
「裏方でサポート役になってくれるといいんだけど……」
「ヒューはそこまで馬鹿じゃないから何かしらサポートしてくれるかもしれないわ」
二人はヒューイが足手まといになるのではと最初は思っていたが、あの頭脳であれば超技術を誇るとされてるオルディアの技術を分かりやすく教えてくれるのではと思っていた。
バスは気が遠くなるような高速道路に入り進んでいく、学生は夏休みとは言え社会人は仕事中である、平日でもそこそこの交通量、渋滞に引っかかってしまうと予定はどんどんとずれていく、巻まれないようにと祈るくらいしかできなかった。
――ガンッ!
「な、なんだ!?」
「屋根に何か落ちたのか?」
突然、天井から何かが落ちたのか大きな音を立てた、乗っている乗客達は慌て始める、運転手はオートパイロットであるからか落ち着いてと言うが空気はどんどんと悪くなっていく。
外を見る限り雹が降ってきそうな空模様ではない、隕石であったら拳ぐらいの大きさでも薄い鉄板の天井であっても貫通している。
「見つけたぞ! 七大天珠!」
その声と同時に天井が液状化して波打った、ニュルッと出てきたのは黒服を着た少女だった。手にはスタンロッドらしきものを握っておりバチバチと青白い火花を上げている。
ブレンは相棒を引き抜き通路に出る、幸いにもブレンは通路側とありリリーアを攻撃しようにも席が壁となっているため蹲っていればある程度は安全である。
「リリーア! 縮こまってくれ!」
「うん!」
膝を抱え込むように身を小さくする、普通に座っていて流れ弾に当たるよりは安全だ。
「ほう、お前が『力』を持つ奴か?」
「『力』? よく分からねぇがバスジャックするとなれば警察が来るまでにはお前を倒す!」
「乗客は
「リリーアに手を出すようなら倒すまでだ」
「なら上に上がるがいい」
液状化している天井を人間とは思えぬ跳躍で飛び上がった。
「ブレン、私も出るよ」
「行けるか?」
「もちろん!」
続くようにメルが参戦する、天井は風圧で立てないほどであるが魔法でそれを無効化することができるのは彼女しかいない。
「ヴィットーリアちゃんはリリーアちゃんを守って」
「えぇ」
ヴィットーリアまで行ってしまうとリリーアは無防備になる、少なくとも護衛が居なければさらわれてしまう。
ブレンとメルは席を足場にして液状化している天井を貫くように飛び出た。
天井に上がるが速度に比例してとてつもない風圧が襲いかかり立ち上がれそうにない。それでもあの少女は平然と待ち構えるかのように立っている。
「メル! 風除けでなんとか出来るか!?」
「うん! 任せて!」
メルが詠唱を始め、風除けの魔法を放つと風圧が無くなり立てるようになった。
「範囲はこのバスの周辺、絶対に落ちないでよ!」
「メルも気を付けろよ、箒がトランクにある以上飛べないからな」
「うん、行こう!」
バスの天井が
「魔女は想定外だがお前を倒せば大したことじゃあない」
「リリーアちゃんに手を出すなら意地でも倒すよ!」
「近接攻撃に弱い魔女ごときにやられることはない」
――ヒュン!
メルの耳元に何かが通った、少女の左手には投げナイフと思われる刃物を持っていた。
「メル、射撃で封じている間に魔法を撃ってくれ、どうも魔法に対しては強くないように思える」
「そうみたいだね、ブレン頼むよ!」
――パァンッ!
その銃声が戦いの火蓋を切った、射程距離内であるにも関わらず見えているかのように避ける相手にブレンは狙いを付ける。
「チッ!」
「行け〈ドラグノフ〉!」
――ギュン!
時空を捻じ曲げるかのような風切り音を立ててブレンに飛んでくるが遺伝的な動体視力でそれを回避する、ナイフと思ったが柄がない特殊な刃であるのは分かったのだ。
「メル! 今のは魔法か!?」
「違う! 闇属性を纏った魔槍といったとこ! パッシブスキルかも!」
「光属性で打ち消せるか!?」
「あの速さだと追いつかない!」
――ギュンギュン!
戸惑う二人を嘲笑うかのように魔槍が飛んでくる、銃弾よりは遅いものの狙いは正確、当たれば即死しかねない威力であるのは見て分かった。
メルの魔法は詠唱時間がかかるものが多い、間に合うどころか回避に専念するあまり封じられている状態だ、ブレンは当たれと撃つがやはり避けられる。
「
「なんですってえぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
「メル! 挑発に乗るな! 攻略する手段はある!」
激怒するメルに相手はヘラヘラと笑っている、あからさまに
――銃弾も当たらねぇ、魔法も使えねぇ、どうすれば!
接近戦に追い込めば勝算はあるが、ブレンがベルトに下げてるサバイバルナイフが唯一の接近武器だ、相手はその倍もある長さのスタンロッド、リーチを考えると持ち込む前にやられるのは確実であった。
――いでよ光の神鎗! 〈セイントランス〉!
相手の頭上に何十本の光の槍が襲いかかる、二人の居るところに回避せざるえなくなり天井の半分近くまで迫ってきた。
「くっ! あの娘め! 怯えているフリを!」
「今のはリリーアの魔法か!?」
「恐らく!」
リリーアからすると天井越しに見えているのかまるで分かっているかのように放ってきた、やはり『神子』は何かしら力を宿しているのかもしれない。
「当たれ〈ドラグノフ〉!」
――ギュギュギュン!
何本の魔槍が飛び掛かる、距離的には命中は確実、しかし二人はそれを何となく避けた。回避されたことで相手は手札を無くしたらしくスタンロッドを握り締めた。
「何故避けられる!?」
「さぁな! そいつが実際に使える距離ではないってことだろ?」
「お前は一体何だ!? やはり『力』があるからか!?」
「知らねぇよ、腕が悪いんじゃねぇのか?」
「遊戯はここまでか! ならば殺し合いと行こうか!」
あれが陽動であったのかは不明なものの相手は接近戦が主体のようだ、ブレンは相棒をホルスターに収めてサバイバルナイフを抜いた。
永遠と続く高速道路、バスの天井での争いは周りの車に乗る人々には異様に見えているせいでスマホの構えからしてカメラモードにしているのが分かる。相手の素性が分かれば警察が捕らえに来る時間を作るだけでも追い詰められる。
「撃った分支払ってもらおうか!」
「このロッド相手にナイフで掛かろうなら痺れるだけだ!」
――バチッ! バチンッ!
ナイフとスタンロッドが当たる度に青白い火花を散らす、幸いにも柄は通電しにくい樹脂グリップであるため痺れることはなかった。
「メル! 今の状況なら撃てる!」
「分かってる!」
ブレンは銃だけではなくナイフの腕もしっかりとしていることもあり見くびっていた相手は次の一手が出せないのかひたすらスタンロッドを振るっている。
金属同士のぶつかり合う音が響く、リーチの差でブレンが腕を伸ばすが刃が届かない、どちらかのスタミナが切れるか僅かなスキが出来て攻撃が当たるか、接近戦は拮抗している状態だ。
「燃えろ! 〈ファイアーストーム〉!」
「ぐっ!」
炎の突風が吹き相手を退けた、メルの魔法は確実に効いている。
「この程度でやられる気は……!」
「メル! 撃ちまくれ!」
「形勢逆転だね!」
ブレンは時間稼ぎにひたすら斬り込む、メルに攻撃が飛ばない限りは魔法攻撃に専念出来る。
「いい加減諦めたらどうだ!?」
「それは無理だ、七大天珠を渡せば終わる話だがな!」
「何に使うか分からねぇ奴に渡せるか!」
答えるかのように激しい金属音を立てる、事態に気が付いて警察が来るか、どちらかが倒れるか終わらぬ戦闘にブレンは息を上げ始めていた。
「氷の刃に凍てつけ! 〈アイスブレード〉!」
「ぐぅっ!」
「続けて食らえ! 〈ライトニング〉!」
「ちいっ!」
氷の刃と雷が襲いかかる、相手はヨロヨロと体勢を直すが膝を付いた。
「悪いがここまでだな!」
「偵察情報は嘘だったか……」
「終わりだ!」
ブレンが止めにナイフを突き立て相手の心臓に一撃を食らわせた。
「これが『殺しの重さ』か……」
「覚えてろ……七大天珠を追う者はまだ居るぞ……」
血を吐きながら答える相手にブレンは疑問を抱いた。
「まだ居る……?」
「私が死のうと所詮は……ただの駒なんだよ……」
「駒……?」
「故郷に戻りたかった……ゲホッ!」
その言葉を最後に天井で倒れた相手、すると光の粒が現れ衣服を残して消え去っていった。
「コイツ……一体……」
「あの消え方、魔法か何かで出来ているっていうのかな?」
「奴の服にヒントがないか調べよう」
遺品のようになっている衣服を取り上げポケットなどを探ってみる、すると見たことがない腕時計型の端末があった。
「なんだこれ? 最近出たスマートウオッチっぽいな」
「動かせる?」
じっくり見るが起動ボタンが無い、弄っていると突然ウィンドウが現れた。
「何語だこれ?」
「うーん、もしかするとオルディア語かな?」
「とにかくリリーアのところに戻ろう」
「だけど……どうやって?」
「あっ……」
相手の魔法によって液状化した状態で上がったがメルにはそのような魔術は無い、どう戻れば良いのか困り果てた。
「と、とりあえず、どこかで一旦止めて下りるしかないな、走っている状態で戻ろうとして手を滑らせたら死ぬからな」
「そうだね……ヴィットーリアちゃんに何とか止められるか聞いてみるよ」
ヴィットーリアに事態は収束したと伝えて運転手に路地で一旦停止するようにSNSで伝えた。
「故郷に戻りたかった……?」
「ブレン?」
「奴が最後に言った言葉だよ、かなり含みのある言葉じゃないか?」
「故郷なんてどこにでもあるよ、ただの
「殺された奴が言うことじゃないようだけどな……」
ブレンは謎めいた言葉を理解しようとしていたがメルは無理に理解するなとジェスチャーで教えた、相手の策略の可能性を考えれば深刻に考えたら思う壺だと。証拠となる衣服を纏めて後は止まるのを待つだけだ。
するとバスが路地に入っていき停止した、ブレンは窓を叩いて開けるように伝えるとヴィットーリアが開け、ブレンは鮮やかに身を滑り込ませる、しかしメルにはそんな体躯神経は無いので出入口から慎重に足を下ろしていった。
「ふう、なかなか厄介だったけど倒したぜ」
「私の魔法が届いたかな?」
「あれってやっぱりリリーアちゃんの魔法だよね……だけど天井越しに正確に撃てるなんて『神子』にはそんな力があるの?」
「何と言うかうーん、勘って言うものかな?」
「勘であそこまで狙い撃てるのはな……」
まるで透視しているかのように放ってきたリリーアの魔法には腕のあるメルには理解しにくいものであった、どんな魔法でも壁越しに狙って撃つことは不可能だからだ。
戦闘はもう無いと運転手に伝えバスは運行を再開した、天井での戦闘に不安気だった乗客達はブレンとメルの活躍に称賛していた。
「それで奴の服を持ってきたんだけど、これ分かるか?」
「ん?」
スマートウォッチらしきものを出し表示させた、オルディア語と思われる文章を見てリリーアは少し悩んだ顔をしたが思い出したかのようにピンと来た表情になった。
「んーと、『七大天珠の連れを抹殺せよ』って出てるね」
「ということは狙いはリリーアだが俺達の方が先ってことか」
「だと思う、そうじゃなかったら私を狙うから」
出てきている文章はリリーアを奪うためにまずは周りに居る人間を片付けるのが先だと分かった、他にも居るという言葉を思い出すとリリーアと一緒に居ることはオルディアに来ても狙われ続けるという意味かもしれないと。
「そう言えば死体諸共服だけ残して無くなったんだけどオルディアってそんな超越した技術があるの?」
「ううん、違う、オルディアは『輪廻転生』という生命の循環を持っていて死ぬと世界樹に戻るとされてるの」
光の粒となって消え去った相手はオルディア人だと言うことだろうか、このような死に方があちらでは当然だとリリーアは言っている。
「あれが世界樹に戻ったということなのか?」
「そうだよ、私も死んだらそうやって消えるから、こっちだと死体は残るし骨だって残るから発掘調査で遺骨が出たとかあるけど、オルディアではそれがないからどんな生活してたかまでの情報がないと分からないってところ」
「だから歴史書があれだけ改訂されてるのか……」
アースガルズでは発掘調査や古代遺跡などで遺骨があればDNAや放射年代測定で何時頃なのか生活様式はどうなっていたか分かるものの、オルディアでは遺骨が無いとなれば生活様式諸共一体何をしていたか分からないせいで歴史書が改訂されるのも頷ける。
「とにかく今後似たような奴等が来るってことはリリーアの側から離れられないな」
「その時は戦うよ、ガレノス司祭から剣術を学んでいたし銃で狙撃されなければ十分だから」
「ってことは?」
「私には晶機があるよ、ほらね?」
リリーアの手元からスッと出してきたのは青いレイピアのような細い剣だ、近接メインとなると銃には敵わないものの先程の相手のようにスタンロッド辺りならリリーアの方が上なのは確かだ。
「晶機があるなんて初めて知ったわ、何時頃から使えるようになったの?」
「多分十歳の頃かな? 最初は剣というより棒みたいな感じだったけど」
「徐々に思う形になった辺りは一緒ね」
ヴィットーリアにも大型の複合クロスボウの晶機があると自ら出した、まるで自慢するかのように見せあっている。
「武器があるなんて最初から言ってくれればよかったじゃないか」
「あくまでも晶機は自己防衛のためだから普通は出さないのよ、法律で武器を携帯していたら許可証見せろとか色々あるでしょ?」
「そうだな……」
アースガルズでは武器の所持自体は認められているもののメンテナンスや武器庫があるかなど幾重にも及ぶ試験を行った後に貰える許可証を携帯していないと逮捕されてしまう。
ブレンは子供の時に現役軍人である父親と共に武器の扱いをレクチャーしてもらいわずか十二歳という年齢で許可証を得た、こうして相棒を携帯出来るのも許可証あってだからだ。
しかし、晶機に関しては扱っていないためリリーアやヴィットーリアが晶機を持って歩いて警察に見られれば長い取り調べされてもおかしくはないのだ。
乗客達は見たことのない武器に興味津々、リリーアはサファイアのように青く輝く剣、ヴィットーリアは
「あ、あまり長く出さないほうがいいかも、皆見てるよ……」
「そうね、ブレンはこれを見たことないのかしら?」
「初めてだ、ヒューイは知っているのか?」
「当然よ、まぁ何で出来てるのかさっぱりだって言うけど」
あの夫婦関係に近い上に超越的な知識を持つヒューイですら晶機が何なのかさっぱりだと言う、やはり特殊なものであるのは確かなようだ。
「リリーアは分かるがヴィットーリアは構造からしていちいち手動リロードしないといけないようだが……」
「そう見えるでしょ? 晶機はあくまでも『動き』だけだからいくらでも撃てるのよ、ただ撃てば撃つほど体力を持ってかれるから無限とは言えないわ」
「つまりヴィットーリアの体力そのものが
「まぁ、あながち間違ってはないわね」
どうやら射撃型の晶機は持ち手の体力に比例して射撃できる弾数があるようだ、どこまで撃てるかは分からないが弾代が馬鹿にならないブレンからすれば嬉しいものになる。
「そろそろサービスエリアに到着するから何か買って休もうよ、あんな襲撃がどんどん来るって思うとちゃんと休まないとね」
「あぁ、走っているバスに襲撃してくるくらいだから相手は相当の腕利きだろうからな」
目的地のミッドブルーシティはまではこのサービスエリアを経由する、休憩を兼ねて軽食や帰省なら手土産をと言ったところである。
音声ガイダンスでサービスエリアに到着するとアナウンスが流れると長時間座っているせいか乗客皆そわそわしている、固まった体を伸ばすにはそこしかなく走っている間は立てても揺れるせいでバランスを崩す上に狭いとあってなかなかできないせいだ。
サービスエリアのバス駐車場で停まり、一時間の休憩時間が入った、ぞろぞろとバスから降りていく乗客の流れに付いていきブレン達も降りていく。
数々の店が入っている建物はこの高速道路が通っている地域の名産品や土産品等があり子供の頃に来たかどうかのブレン達にとっては新鮮なものを見ているような気分であったのだ。
「色々とあるわね、見慣れない品物が多いわ」
「始めてきたけどこんなところあるなんて……」
「うーん、帰りも高速バスならお土産でも買おうかな?」
気が付いたらメンバー全員散り散りになってしまった、リリーアが狙われてるというのに無防備になってしまっている。ブレンは気付いてリリーアを探すが人混みの中に紛れてしまい見つからなくなってしまった、トイレに行くなら分かりやすいが皆土産物に見とれてしまっているのかSNSに連絡入れるが既読が付かない。
――困ったな、時間までに戻ってこないと置いてかれるな……。
なかなか見つからず焦りだすブレン、一時間は長いようでも実際は短く感じるのだ、飲み物や菓子を買うくらいならすぐであるが連絡が付かないとなると余計に焦ってきてしまう。
女子達は良い物には目を
――探していて飲み物とか買うのを忘れたら後先困るから買うか……。
探すのに夢中になってしまい自分が脱水状態にでもなったらリーダーがだらしないと突っ込まれかねない、ブレンはスポーツドリンクや好みのコーヒーを買い、小腹が空いたらとビスケットを買った。先程の戦闘はあまり動けなかったものの地上であればアスリート並みに動くことになる、それで小腹が空くくらいは分かっていることだ。
自分の買い物は済ませたがそれでも見つからない、メンバーで一番目立つリリーアが居ないことが気がかりだ。外見がアルビノのように真っ白に近い上にあの奇抜とも言える格好とあって珍しがられて写真撮影とかになっていれば群がっているので分かるがその様子はない、本当に連れ去ってしまったのかとどんどんと不安になっていく。
――こうなったら電話だな……。
SNSの通話機能で無理矢理呼び出すことにした、バイブレーションやアラームがあれば嫌でも気が付くからだ。
まずは一番気を付けないといけないリリーアからだ。
「出るか……?」
暫くコールを流していると「もしもしー?」といつもの気が抜けたような声が聞こえてきた。
「リリーアか? 今どこに居るんだ?」
「ブレン? んーと、名産品が並んでるとこ、色々あって面白いよー」
「おいおい、狙われてること分かっているならあまり離れないでくれよ」
「ごめんごめん、初めて見るものばっかりで好奇心が、ね?」
「全く、とりあえず自分の飲み物とかは買ったか?」
「あっ、まだだった、すぐ買うよー」
「分かった、会計前に居るから」
「うんうん、じゃあね」
リリーアの居場所は分かった、名産品の手土産が並ぶところだと分かったので人混みを掻き分けながら進んでいく。会計前に居れば気付いてくれるのは確かだ。
少し待っていると商品が入った籠を手に下げたリリーアが見えた、奇抜な格好だと言うのに誰一人も興味がないのかスルーされている、自分達が気にしすぎであるのかそれともオルディア人を知っているのかさっぱりであるものの会計を済ませたリリーアがブレンのところへとやってきた。
「ごめんなさい……ついつい夢中になっちゃって……」
「無事でよかった、とにかく興味が引かれるのは分かるがはぐれたらどうしようもないから気をつけてくれよ」
「うん、もしかすると私一人じゃあ駄目かもしれないからね……」
「分かってるならいい」
リリーアは自分が狙われてることを自覚していたが気を取られたことに対しては分かっているだけでもいい方だ、呼び出してからのと変な言い訳をするよりマシである。
「他の皆は?」
「それがはぐれてSNSで連絡入れても既読が付かないんだよ」
「うーん、ヴィットーリアちゃんは食材でもないとそこまで興味ないと思うんだけど……メルちゃんも頭良いからなんというか……」
「だよな……」
残る二人は元から珍しいものに興味が強く引かれるほどの性格ではない、明らかに異常なことが起こっていると思った。
――
あの男の声が聞こえリリーアに頭痛が走る。
「うぅっ!」
「どうした?」
「あの声が……!」
「ということはこの近くに奴が……?」
辺りを見るが怪しい人は居ない、ここで相棒を抜けば全員驚いて警察が飛んでくる、何とか見つけようとするがその声の主は分からなかった。
どこだどこだとブレンとリリーアは歩き回った、最新鋭技術でも狙った人にスピーカーやイヤホン無しに聞こえさせることは不可能だ、幻聴でもないというリリーアの言うことからするとこの付近に居るのは確かだ。
「ひっ……!」
「なっ……!」
振り向くと目の前に見たことがない大男が立っていた、短髪の銀色の髪で目はまるで信号のように赤く灯っている、背丈は二メートルはあるであろうブレンよりもさらに高く体格は軍人以上に鍛えられているのか着ている黒いロングコートに浮き出ている、両肩に銀色のパッドを付けているのもあり一世紀前の騎士のような風貌を思わせる。
ブレンは躊躇わずに相棒を引き抜き、リリーアは晶機を出した。
「何だお前は……!」
「貴方が私に声を……!」
大男はニヤリと笑った。
「御名答、この俺がお前に語りかけているのだ」
「リリーアを狙っているのか!? 俺を狙っているのか!? どっちだ!」
「どちらとも言えよう、
「うおぉぉぉぉぉっ!」
――パァン!
感情任せに相棒を撃った、その銃声で周りに居た人は皆パニックに陥った、男はそこにはおらず人混みが見えるだけだった、もし先程の銃弾が誰かに当たっていればブレンは逮捕されていてもおかしくはない。
「くそっ! アイツは一体!?」
「なぁブレンと言う者よ、俺と手を組まないか?」
「なっ!?」
再び目の前に現れブレンはトリガーを引こうとするが男は仁王立ちだ、武器を持ってないのに撃てば更に混乱を招いてしまう。
「お前と手を組むだと!?」
「世界を『新たな秩序』にするためにな?」
「どういう意味だ!? 『新たな秩序』ってなんだ!?」
「ブレン! 真に受けちゃ駄目!」
リリーアが叫ぶように言う、晶機を突き立て男に来るなと威嚇する。
「貴方の言う『新たな秩序』、この世界に何をもたらすっていうの!?」
「見た限り
「それはシグルス教の新約聖書じゃなくて『ミーミル教』の旧約聖書のことだね……! まさか世界を壊してまで一体何の得があるというの……!?」
「俺は『呼び出された』だけだ、依頼を完了すれば消えるのみだがな」
男の右手から黒い邪気が集まり百八十センチ近い刃を持つ漆黒の長剣を現した、リリーアのレイピアでは届かないほどの長さ、威嚇に対して男はそれをリリーアの顔面に突き出した。
「分かるだろうこの『負の力』を? この大陸は『平和』を建前に小さな争いですら隠される真実を見せず、隠蔽され続けていることで住まう者は誰一人も争いの真実に気が付かず人任せに片付けていることを……!」
「くそっ! お前はエルネスト革命の時のバティスタ大佐か!? でなければリリーアをそうして狙ってるのか!? はっきりしろ!」
ブレンの声に男は動じない。
「エルネスト革命? バティスタ大佐? 笑止、俺はアースガルズ大陸の人間ではない、この刃を見て分かるのはそこの白栲の七大天珠だけだ、古式の火薬式銃を操るお前に何が分かる?」
「晶機使い……!?」
「晶機と分かるとは、やはりオルディアの人間だな、面白い、ここで一戦交えてみるか?」
「っ……!」
男が漆黒の長剣を構える、周りはそのせいで野次馬が集まっているがあまりにも危険すぎると分かっているのか距離を相当離している、この騒ぎに残っているヴィットーリアやメルが気付けば多勢に無勢で男は去るはずだと。
――カキン!
分かっているかのように男は振り返ると同時にそれを弾いた。黄色い矢はその場に転がっていく。
そこには人混みの中で撃てないであろう状況で隙間を狙ったのかヴィットーリアがクロスボウを構えていた。
「リリーア! 大丈夫!?」
「あ……ありがとう……!」
野次馬が射線に入ったら危険だとまるで神が海を二つに隔てたかのように道が出来ていた。
「あんただったのね! リリーアを苦しめてたのは!」
「何? 晶機使いがまだ居るのか? ほう、また面白いことを」
男は試すかのように剣を振るった、黒い邪気が波動となって空間を揺るがしガラス窓やドアをガタガタと揺らした、それに怯える店員や野次馬はさらに距離を離した。
「あの時の奴はお前が派遣したのか!?」
「そうだ、俺の命令で動いた駒だがな」
「なんて奴だ! 殺し合いのために罪が無い人間を派遣するなんてあんまりだと思わないのか!?」
「殺し合いなんぞ、オルディアでは当然のことだ、アースガルズでは馬鹿げた法律でやれないだけあって『
「何が『華』だ!? 殺し合いは罪深いことは分かっているだろ!」
だからなんだと言わんばかりに男はブレンに剣戟を放った、黒い刃が飛んでくるが何となく避ける、店の壁に当たるが傷一つも付かずに消えた。
「ブレンが行くところはお前の思っている通りのところではない、常に力比べという殺し合い、それに伴いあらゆる技術が向上され、力無き者は淘汰され、力有る者は称賛され生き残る残酷な大陸だ」
「オルディアはそんな憎たらしい争いをしているとでも言うのか!?」
「それがオルディアの『
「なっ――!?」
軍事学を父親から叩き込まれるかのように習ったブレンにとっては男の発言はまるで考えに釘を刺すかのような感触を覚えた、世界大戦でオルディア側が圧倒的有利だと言うのに止めである陸軍を一人たりとも大陸には上陸せず、主要施設を絨毯爆撃や戦略爆撃を行い、そして「差」を見せるかのように宇宙空間で核兵器を炸裂させた程度だ。
男の言うことは真実だ、次々と戦艦や巡洋艦等の主力兵器を沈めては
「オルディアは極寒の大陸だ、極限の環境下で生き残る術が見つかり実用化されれば瞬く間に称賛され偉大な者へとなる、完全たる実力主義の大陸だ」
「まるでフリーランスだらけの大陸じゃねぇか……」
「フリーランス、辞書を見ているかは分からないが『傭兵』であることが分かればな」
不気味な笑みでどう出るのかと構えている男、見た限りで力の差は明確でありヴィットーリアの矢を弾くほどの感性はそれを物語っている。
「飛んでけ! 〈シャイニングハイロゥ〉!」
男の頭上から白い光の球体が降ってくる、人混みを盾にしてメルが詠唱していたようだ。
「打ち消せ! 〈シャドウウォール〉!」
暗闇の板が頭頂部から一メートル程度の高さで現れ、降ってきた光の球体を吸い込んだ、詠唱無しにメルの放った魔術の属性が分かり瞬時に発動できる辺り相当な腕だ。
「この程度、勝てないのは目に見えてるだろう? 相手にならないな」
男はそう言い残し一瞬で姿を消した、ひらひらと黒い羽が床に落ちていく。
人混みからひょっこりとメルが出てきた、買い物袋を手に下げて魔導書を片手にしていた。男が現れる前に買い物を済ませていて戻ろうとしていたのかもしれない。
「メル! 見えてたのか!?」
「うん! ブレン、さっきの明らかに大聖霊クラスのマナを持ったヤバイ奴だよ!」
「あぁ! 奴がリリーアに幻聴を送っていたのは分かった! あの態度だと何時でも殺す気だ!」
「強敵がすぐそこに居たなんて……!」
あの男にブレン達は対抗できる方法がないかと考え始める。
「なぁメル、相手の弱点とか属性って見ることは出来るのか?」
「それは分からないね、スカウターなんかあれば分かるんだけど……」
ブレンの知識は偵察をまず先に行い有効打を与える、ごく一般的な軍隊で使われる戦術だ。スカウターや
「メルちゃんが知っているか分からないけど魔術具で『アチキー』というの知っているかな? 見た目は眼鏡だけど相手の情報が読めるものだよ」
「アチキー……? うーんと、確かお婆ちゃんがそれっぽいの掛けてたような……」
「古典的なスカウターになるけど、それなら相手の属性だけじゃなくて体力や魔力も見えるの」
「そんな便利なものなんだ……お婆ちゃんに連絡が付けばどこで売っているか分かるかも……」
リリーアが何故か魔術具を知っていることに少し疑問を覚えたが便利なアイテムがあると分かっただけでも良かった。
「そろそろバスが出てもおかしくないから早く戻ろうぜ」
「うん」
乗り損ねればサービスエリアで取り残されてしまう、置いてかれないようにと急ぎ足でバスへと戻っていった。
駐車場は照り返しでとても暑い、時刻を見ると後十分で出発する、だが先程の事件で乗客がまばらに行っているのが見えた。
置いていけばバス会社の売上に影響が出る、ある程度遅延が出ても全員乗せるまで待つかもしれない。
バスに乗り込むと冷房がかなり強く効いていて少し凍えるほどだった、運転手は乗っているが乗客の戻りが悪いせいかどうしたという表情であった。
「後はこのままミッドブルーシティまでか」
「またあんなヤツが来ないといいけど」
バスジャックしてまで襲ってきた刺客に目を光らせる、メルはオルディアへと行く手掛かりはないかと倒した相手の服を更に調べていた。
不安気な顔をして窓を見ていたリリーア、もし仮に自分一人だったらまんまと連れさらわれていたのに違いない。
「リリーア、何があっても守るからな!」
「うん! ありがとう!」
バスは乗客が店内で事件があったと言伝を聞き三十分遅れでサービスエリアを出発した、誰一人も乗り損ねることもなく順調に進んでいく。
「ヴィットーリアちゃん、これ分かる?」
「チョーカーね、黄色ってことは何かしら階級があるかもしれないわね」
相手の服から出てきたのは黄色く安っぽい生地で出来たチョーカーだ、ある程度世界史に詳しいヴィットーリアは何かに気付いたのか手に取りじっくりと見始めた。
「うーん、幾何学的な模様があるわね、何かで読み取れそうだわ」
「ほんとだ、もしかしてこのスマホっぽいもので読み取れるのかな?」
スマートウォッチを何とか感覚的にカメラモードにしてチョーカーの柄を読み込ませた、するとオルディア語がドンと出て更に訳が分からなくなった。
「うわーん、分からないよー」
「リ、リリーア分かるかしら?」
読めない言語で頭の中が混乱してしまう、ブレンにこれこれと指差して通路から手渡しで受け取りそれを見せた。
「なんか出ているな」
「これを知りたい……?」
ヴィットーリアのジェスチャーで教えてほしいと言う意図を汲み取った、リリーアはホログラムの画面を見る。
「何々? 出身地、東サンクチュアリ、エウロス領、下級層、傭兵って出てるね」
「サンクチュアリ?」
「それについては私分からないよ」
「そうか……」
ブレンはこれ以上は分からないとジェスチャーで送ったらヴィットーリアが分かったと合図しスマートウォッチを返した。
「リリーア、オルディアに居た頃って覚えてるか?」
「全然……だけどフィオって言う同い年の幼馴染がいた事だけは覚えてるの」
「フィオ、たしかあの時にリリーアが言っていたな……」
「私の精神世界に入ったの覚えてるんだ……」
「普通の人間、いや医者でも出来ないことを俺はやったんだよ、そしたら変な帯に巻かれたリリーアの姿を見て嫌になって解いたんだ」
「だからあの時、妙に同じ声が聞こえると思った、あれはブレンだったんだ……」
リリーアは暗い表情だが精神世界に入った事実はブレンにある以上は免れない。
ヴィットーリアとメルが何か情報を得ようと必死にスマートウォッチのようなものを弄っている、その都度ブレンに渡されてリリーアがそれを訳すといった具合だ。
そうしている間、バスに揺られながら目的地は徐々に近付いていく、渋滞は無くスムーズに走っている、夕方になると渋滞が多いが今日はそこまで交通量はないようだ。
また敵襲が来るかもしれないと警戒しているが天井から潜入してくるタイプの敵はどうやらあの一人だけのようだ、走っているバスを襲うとなるとメルのような箒に乗った魔法使いくらいしかいないであろう。
「ブレン、ミッドブルーシティに着いたらどこで情報を得るの?」
「うーん、観光案内所とかでオルディア人が住むエリアがあるかどうかだな……」
「よくある外国人街みたいなところかな?」
「そうそう、オルディア人をメインにして住んでいれば情報は得やすい」
「だけど、私達のこと警戒してるかもしれないから口の軽い人が居るのか分からないよ……」
「それもありえるな……」
目的地に着いたと言っても手掛かりになるオルディア人が居ないとどうにもならない、どこに居るのかさえ分かれば情報を得られるが、アースガルズ大陸の人間に対してオルディア人は敵視している、そう考えるとベラベラと喋る人が居る可能性はゼロに等しい。
ひとまず観光案内所でどこに居るかを聞くのが手っ取り早いと考えた、あるいは警察署でもいい、親切なオルディア人が居ればそれで事は進むからだ。
さっきからずっと窓の景色を見ているリリーア、一人で遠出することもないのか珍しいと思っている表情だ、ブレンは父親の趣味であるキャンプでどこでも行っているため大した景色でもないが、箱入り娘に近いリリーアは感じ方が違うようだ。
「リリーア、もしかして遠出するの初めてか?」
「今まで近郊だったからこんな遠くに行くのは初めてだよ」
「そうか、これも思い出になると良いかもな」
「そうだね」
移動中でも見たことがない景色だけでも思い出になる、オルディアに戻った時、それを両親に言うなりすれば昇華されまた新しい思い出を探し出すことになる。
それを見逃さないと見ている姿は故郷への土産話ともなりアースガルズ大陸の事をあまり知らないオルディア人相手でも十分良い話である。
ヴィットーリアとメルはスマートウォッチらしきもので情報を何とかして確保しようと必死だ、遠出で景色を見てのんびりと過ごすはずが敵襲でそれは崩され一気に警戒状態になってしまった。
するとヴィットーリアがブレンに「席を入れ替えてほしい」と言ったので席を立ってヴィットーリアと入れ替わる、そこでブレンはメルと一緒になったので恋人同士のモジモジとした感じがするのだ。
「リリーア、オルディア語ってどこまで分かるのかしら?」
「うーん、こっちで言う検定何級みたいなことで言うと二級くらいってところ」
「それ以外はどう?」
「生活とか文化とかは全然駄目、子供の時の記憶で十年も経ってるからもしかすると全く知らない事が出来てるかも知れない……」
「十年前の記憶で子供の頃だから分からないのも仕方ないわね」
「あまり力になれなくてごめんね」
「謝ることないわよ、こっちも知らないところに行くから気持ちは一緒よ」
オルディア語の翻訳はリリーアを頼っているが、故郷がどうなっているかは地元民でもないと分からないような点があるようだ。
今のところバスジャックしてくるような敵は来ておらず、むしろサービスエリアで遭遇したあの大男が気になるほどだ、彼が部下となる人間を派遣しているとなれば黒幕が試すかのように現れた理由が理解できないのだ。
スマートウォッチらしきものを見せては翻訳とリリーアは少し忙しく感じた。
「電子パスポートってあるね」
「これが? 顔写真と文字だけしかないわ、パスポートならスタンプがあると思うけど無いわね……」
「これの使い方は分からないよ……見せれば通せるのか、何かセンサーみたいなもので行くのか色々考えられるけどね……」
「こっちだとまだ手帳型のパスポートだからオルディアは相当技術が進んでいるみたいね」
電子パスポートを見てどう扱うのかさっぱりだ、リリーアの言うことも大体合っているような気もするが、ここぞとばかりにヴィットーリアはヒューイに「これ分かる?」とSNSで画像を送って調べてもらうことにした。
「オルディアってどんなところかしら……両親が唯一行けなかったって言うし……」
「とにかく寒いところだよ、私が長袖でこんな格好なのはそのせいだから」
「夏でも肌寒いの?」
「うん、感覚で覚えてるくらいだけど、このバスの車内くらいが最高気温ってところ」
「ということは夜は肌寒いってことね……」
世界中を料理のレシピを求めようと駆け巡ったヴィットーリアの両親ですら行けなかったオルディアは夏でも寒いところだと言うのだ。
リリーアを狭苦しい修道院から引っ張り出したヴィットーリアは思い出すとリリーアが夏でも長袖であると言うのを思い出した、最初は肌の露出が悪いと言う戒律だからか日焼けが嫌だと思っていたが今の話で故郷が寒いところであるせいだと分かったのだ。
――やっぱり凄いや! オルディアは未来技術の大陸だよ!
ヴィットーリアがスマホを見てヒューイが乗り気と思えるメッセージに困った顔を浮かべた。
「どうしたの?」
「止められそうもないわね……戦闘になったらどうするのって思うわ……」
「誰のこと?」
「ヒューよ、行くって言うから足手まといになるから行くなって言ったけど熱が上がって言うこと聞かないのよ」
「えぇぇぇぇぇぇっ!?」
リリーアが驚くのも仕方ない、ヒューイが来るとは思っていなかったのと、来たところで何が出来るのかと考え込むくらいだ。
ヒューイの得意分野である情報学でノートパソコンやタブレットを片手に魔法でも放てればメルに次いで強力なメンバーになれるが、そんな姿を見たことが無いので逃げるかどこか安全な場所で待機するしか今のところないのだ。
「ヒューイ君は金持ちだったけ?」
「ヒューの家は父親がシステムエンジニア一本でのし上がった技術者の家庭だから、月に数百万ガルズは当たり前のように稼いでるのよ、ある意味お坊っちゃんってところ」
「そうなんだ、なら一人で来れるのも不思議じゃないね」
止めようのないお坊ちゃまのヒューイは追いかけてくるように合流することになる、彼に一体何が出来るのだろうと思い悩んでしまう。
「とりあえず、行くかどうかよりもこれを教えろって言うわ」
「外出たら多分返答しないかも……」
「それはさせないわ、私の言うことは必ず返事しろって言うのがルールだからね」
「な、なんか予想以上に本当に『夫婦』だね……」
「ヒューを取るのはこの私だから、他の女いや誰にも取らせないわ、一人で食っていけるような大金持ちだからね」
学園内では名物扱いのこの二人だが想像以上に絆が深い、答えようがなければヴィットーリアが押しかけると尻に敷かれているということが分かる。
「まぁそれはいいとして、情報収集のプロが勝手に来てくれるんだから頼らないわけにはいかないでしょ?」
「そ、そうだね」
「変な情報屋に金払うよりは遥かにマシよ、ヒューはネットさえあれば何でも掴むから」
「だね……」
現地に着いたらまずは情報収集になる、これで苦戦していたら何時になってもオルディアに行くどころかそこで終わってしまう、ヒューイが居れば必要な事を言って放ったらかしにしてれば余計な金を払うどころかまともな情報を持ってきてくれるからだ。
ヴィットーリアが何時になっても先程の送ったことに対して返信が無いことに苛ついたのか通話で「行くよりさっき送ったのを教えなさいよ!」と身震いするような怒りの入った声で言ったためバス車内は凍りついた。
「いい、ヒュー? 後五分以内に言わなかったら会った時どうなるか想像付くなら急いで返しなさいよ!」
「ヴィ、ヴィットーリアちゃん、もうちょっと声落として、皆怖がってるみたいだから」
大声上げるせいでブレンがやめろやめろとジェスチャーしているのを見てヴィットーリアを何とか落ち着かせようとする。
「返すもの返さない奴に怒鳴る以外何があるの?」
「うっ……」
鬼嫁のような目付きでリリーアを睨む、気圧されてリリーアは縮こまってしまう。
「分かってんなら目の前の仕事をやりな! 私がコールしたら射撃の的になってもいいってことにするから!」
そう言ってヴィットーリアはスマホをポケットに突っ込んだ、普段学校に居ても普段見ない苛立っている表情は恐ろしいものだ。
嵐が終わったとリリーアはホッとするが五分後にまた来るとなったら今度は乗客巻き添えで抑え込むことになりそうであった。
それを見ていたメルはやれやれとうんざりした顔をしている。
「あぁ言う人間はどんなに器量あっても誰も付いて来ないね」
「そう……だな……」
「いずれ正体を知った彼氏にフラれて地獄の底へ落ちる、今のあの顔以上に歪んで
「メル、言うのは別にいいが俺を巻き込むなよ? 寝言は寝てから言えって喧嘩になるのが分かるからな」
メルが余計なブラックジョークを噛まして口喧嘩どころではない騒ぎを起こしそうだとブレンは「お前もか」と言う顔をしていた。
トラブルがあっても止まることもなくバスは目的地へと進んでいく、あの大男が出てから敵襲も無くまるで嵐が去ったかのような静けさにブレンは落ち着けなかった。
試すかのように現れ、力の差を見せ、部下は駒だと言う、史上最悪な人間を目にしてやりかえせなかった自分にも苛立っていたのだ。
――あれは当たっていたはずだよな?
弾丸は男に当たっていた、そうでなかったら野次馬の誰かに流れ弾が当たっていたはずだ、それなのに男は平然としていた、理解できないことにグルグルと頭の中でそれが
誤魔化そうと買ったビスケットを口にするがそれは止まってはくれなかった、不正解だと回るのを止めないのだ。
「ブレン? 落ち込んでるの?」
「そうじゃない」
「さっきから顔真っ青だからエアコンに当たり続けて震えてるのかなって?」
「むしろ当たっていないと困るくらいだな」
「うーん?」
メルが困惑した表情で聞いてくるがそれも違うとブレンはそっぽ向いた。
「まぁ後少しで目的地だしホテルで疲れを癒やしたらどうかな?」
「そうする」
適当な返答してブレンは天井を見ていたのだった。
◆
薄暗い細い路地、車一台が相互で通るのがやっとな道幅、人口密度の高い住宅街であるため幹線道路以外は細いところが多く迷路のようになっている。
細道にある安アパートに暮らすのは白髪のボブヘアカットで若干グレー掛かっており、モデルのような豊満な胸と細いウエストでがっしりとした尻、理想体型の黄金比を達成している長身の女性が安っぽいデスクでノートパソコンの画面を見ていた。
画面にはオルディア語が出ており各種記事が出ている、他大陸には通信ができないようになっているオルディア大陸であるものの、彼女はその特殊な信号をキャッチ出来る小型の携帯アンテナで接続している。
「ん?」
もう一つソフトウェアを立ち上げていた、そこにはユグドラシル共和国の地図が出ており点々と七色のマーカーが出ている、その中に一際大きな信号を発している青いマーカーが自分の住むところへと向かっている。
他に居ないのかとモードを切り替える、一色のマーカーのみにすると点々と小さなマーカーがあるのに対し、こちらへ向かってきているマーカーは数倍大きかったのだ。
「まさか……アレじゃないわよね……」
女性には聞き覚えのあることであった、オルディアでは『禁忌』とされている人間が居て、それがオルディアの世界樹を支える者であることを思い出した。
アースガルズ大陸の七大聖霊と同等であり、その力は常人では圧倒されるほどで、自らそれをコントロールすることも訓練無しでは難しい膨大なマナを紡ぐことが出来る。
つい先日に起こった事件でもそのマーカーが居た場所と事件発生場所が合致する、それが何かしらの理由がありこちらへと向かいだしていると女性は仮定したのだ。
「彼も気付いてるかしら……」
女性には「波長を感じ取れる能力」があり、今接近しているマーカーから発せられる「波長」を徐々にだが感じ取れている。
何故それがここに居るのか理由は分からない、たまたまそこで生まれてしまったのか、あるいは意図的にユグドラシル共和国に来たのか、個人的な推測は増えていく。
「このままだと彼女が狙われるのは必然的ね、動きからして襲撃にあったようね」
気になって追いかけるように見ていたところ途中で動きが止まっていた、そこはサービスエリアであり黄色のマーカーと一緒であることから小さいグループになって動いていると分かるのだ。
そして、突然の黒色のマーカーが出現したこと、その大きさは青色のマーカーと同じであった、狙っている者だと分かったものの属性は紫色の闇属性ではない『黒』というのが何なのかが引っかかって仕方ないのだ。
女性は仲間である男に連絡を入れた、すると男も気付いていたとすぐに返答が来た、アレではないかと言うと間違えないと断言したため推測は当たったのだ。
「七大天珠……」
白色のマーカーは高速道路を辿っていることから車か何かで移動しているのは確かだ、距離と速さを見るに今日の夕方か夜にはミッドブルーシティに到着する。
交易都市であるため外国人が多く居る、襲撃するならもってこいの場所であり殺害事件があっても一体誰なのかと警察が苦戦するほどの都市である、外国籍であれば殺して高飛びも当たり前であるからだ。
ここに来た理由は聞かない限り追い返すことも出来ない、ミッドブルーシティは危険な場所であることを伝えないと七大天珠を狙う人間に殺されてもおかしくはない。
――彼女の監視はリディアの依頼だ、こちらも後を追っている。封印を何者かが解除した以上、身の危険は非常に高い。
男は依頼があってこそ動いている、自分がここに来る前から潜伏して動向を伺っておりあの事件以降連絡が辿々しくなった、本当の仕事が始まったと言う合図でもあるかのように動いてるのだ。
「そっちは地元民のフリして事情を聞き出してくれないか、俺は奴等を排除する」
「分かった、くれぐれも大怪我はしないでよね」
「そっちこそ
「何時でもオーケーだよ」
「ならいい」
男との通話を切り女性は目的通り動くべく画面を適宜見ている、探知レーダーは完全とは言い難く、波長が届かないほどの深い地下に入られてしまうと探知出来なくなるが、ミッドブルーシティには地下鉄はなく高架鉄道であるためその点は問題ないと考えてる。
問題はどこへ向かうかだ、流石に時間的にも乗り継ぎはしないと思えるが、もし行くとしたら他大陸になるはずだ。
しかし到着時間を考えると東方行きは終発が十七時であるため時間切れ、グリーゼ行きは貨客輸送機の出発手続きは十六時で終了している、消去法で行くとオルディアとなる。
今のオルディアは「謎の墜落・沈没事故」が発生しているせいでどの大陸の船・飛行機は安全と原因追求のため一切出ていない状態だ。
「私と一緒で『帰りたい』のかしら……?」
オルディアへ行けるのはここしかない以上考えられる理由はそれしかなかったのだ、自分と同じく「帰りたい」のであれば力になる以外やることがない、無理だと言って追い返すのもあんまりだ。
「問題はどれを使うかよね……」
来る者が船か飛行機かで対応が変わる、船は貨物機に比べ時間はかかるが大量輸送が出来るため多数の貿易会社や旅客会社があるものの事件以降大損害を食らっているため一切受け付けていない状態だ。
飛行機だと時間は短く、運べる貨物量は少ないものの貨客輸送が多い、その中でもオルディアの飛行艇工場で特注生産された超弩級貨客飛行艇を所持している貿易会社がいくつかある、説得すれば行けるかもしれないがこの状況では金を要望されても行けるのかも不明だ。
原因不明の事件が裏にあるため説得したところで解決できるかも怪しい、事件後に空軍の護衛で行った貨物機があるが突然のマナを伴う大爆発で巻き添えを食らい護衛の戦闘機までもが撃墜されている。
その攻撃はオルディア側の迎撃機か超長距離迎撃ミサイルではないかとユグドラシル共和国は言うものの和平条約に基づき断じてありえないとオルディア側が反発するせいで真相は闇の中である。
「とにかく、その娘がどこでどうやって行くかだよね……護衛も居るようだしなんとかなりそうだけど……」
白色のマーカーは速度が落ちない限り後二時間後にはこちらに到着する、今日はいつものように寝ようにも眠れない日になりそうだと思ったのだった。
◆
昼白色のLED照明がモニターだらけの部屋を照らす、窓は換気で開けてるが外の風景は薄暗い密林である。
「それでなんでちょっかい出したの?」
怒りに満ちた抑揚のない声、薄い青色の寝間着に白衣を羽織っただけの金髪の女性は目の前に居る黒服の大男にそう言ったのだ。
「試したかっただけだ、ここに来るという以上はあそこを通過することになるからな」
「七大天珠を何だと思っているの? 殺せとまでは言っていないわ」
「あの娘、晶機はあったが人を斬ったことが無い顔だったな」
「話を曲げないでくれる? あなたが自分勝手に出しゃばってやられたらどうするのよ? 宝珠を持って帰れば良いだけなのに何故余計なことするの?」
女性の正論に大男は何も動じない、狂ったかのような赤い瞳は女性を睨んでいた。
「あれが光属性の七大天珠だというのであれば晶機は青ではなく白のはずだ、これをどう答えるのだ?」
ホログラムでその状況の映像を流した、予め仕掛けた光学迷彩を纏ったドローンカメラが見たものが流れる。
「全く、馬鹿なのか知らないけど、映画の役者じゃないんだからちゃんとやってくれる?」
「
映画でも作っているのかとカメラワークがなかなかの良い動きのあまり女性は「何がしたいんだ」と呆れた表情を浮かべている、男は動じずただ見てくれと見せつけてる。
「青となれば水属性だ、七大天珠で属性を変えるようなことは出来るわけがないだろう?」
「そうね、『天授の証』でも無力化されるほどの抵抗力がある以上は不自然過ぎるわね」
宝珠の属性を変える『神からの
「波長は感じ取れるのよね?」
「あぁ、だが他の七大天珠と違いかなり乱れていた、跡切れ跡切れでまるで今にも死にそうな人間の状態に近い」
「そうなると宝珠に何かしら制御装置を仕込んだかもしれないわね」
「あの里親のやることだ、武力のみならず頭も良いからな」
映像が終わると画面が暗転した。それを見た女性は色々と推測をしている、何故晶機が青なのかそして髪色と瞳の色も青と光属性の七大天珠とは思えない状態である。
この宝珠を求めとある村を襲撃したが、
「考えられるのは覚醒が不完全、あるいはその封印が完全に解かれていないという辺りね」
「だが一部の封印はこの少年によって解かれてる、彼を利用して解除するのも手かもしれないな」
「あなたならやってのけそうだけど、大将が前線に出ては危険だからね……」
「この娘の恋人であれば、危機に陥る度に善意で助けようとする、外せと言えば嫌でもやるはずだ」
次の一手はと女性は考え始める、大男は持て余してるのかはさっぱり分からない、試そうとするのを遊びだと思っている以上頼りないのだ。
他の人間では宝珠を取り出す技術を持っていない、取り出しは医学的なものとなり心臓手術と同等である、取り出しに関する知識と技術が無ければ最悪重篤な無気力症になる場合がある、その場で出来るのは残念ながら目の前の大男しか居ないのだ。
「一つ聞きたい、村の教会に居たこれは一体誰だ?」
男はその人物を捉えた写真を見せた、女性はまさかと言う表情を浮かべた。
「姉様……!? いやもう何十年以上も前に死んでいるはず……! 何故生きてるの……!?」
「ほう、お前の姉か、似ているが年齢に相応しくないな」
「もうとっくに皺苦茶の婆さんになって死んでるわ! なのに何故私と一緒なのよ!?」
「お前に残念な知らせだ、この修道女の格好をした女は破壊したものを『再生』出来る力がある、俺がこの村を破壊し尽くしても一日もあれば元通りになってしまう」
「な、なんですって……! 姉様にそんな力ある訳が無いわ……! 嘘言わないで!」
自分の姉が何故若くして生きているのか混乱する、同じエルフ族の双子として生まれたが別々の道を歩んだ。
だが自分は自分自身を実験台に改造したサイボーグのような人間だ、年齢もエルフ族では一番長生きした百歳を超えている、まるで鏡で映したかのような姉の姿に信じることが出来なかったのだ。
そして姉には『再生の力』があることが信じられない、遥か昔に寒村で起こった「
まるで見据えていたかのように姉はその力を手にしている、そうなればこちらは圧倒的に不利であるのだ。男がこの星を破壊したとしても「再生」されてしまうとなればイタチごっこになる。
「そうなったら、宝珠を手に入れると同時に姉様を殺すべきね、『創属性の宝珠』が完成したとしても先に復元されるとなったら私が先手に出ない限り意味が無いわね」
一番の目的である『創属性の宝珠』が完成しなければ壊したところで姉がそれを元に戻してしまう、ならば壊す前に殺害し封じれば目的は達成されるのだ。
「手強い状態ね、もう信用にならないけどそいつらを殺して宝珠を奪ってほしいわ、ただ遊び感覚で戦うのは困るわ」
「ふん、お前もその時が来たら戦うことにはなるだろう、今の内にやれることをやっておけ」
「分かったわ……」
「今は大本営を攻める時ではない、外堀を埋めなければ多勢に無勢だ」
男はそう言い姿を消した、ファストトラベルで再びリリーアが監視できるところへと向かったのだ。
「姉様がどうであろうと私は屈しない、完成して死んでくれればいいのだから」
冷たい口調で独り言のように言った女性はモニターを見つめていた。
薄暗い密林は夏でも冷たい空気が流れ込む、大型コンピューターやサーバーなどを冷却するにはとにかく気温が低くなければオーバーヒートして非常停止してしまうからだ。
白衣を羽織っていても少し肌寒い、しかしこれらのハードウェアを冷却しなければ故障して修理になれば手持ちの資金がどんどんと無くなってしまう、夏でも冬でも換気は絶対と決めているのだ。
「今の愚かな星が消え、新たな星が生まれ未来は私が作る、そして邪悪な宗教や学会が無い世界を……」
復讐心に燃える女性、認められるまでの否定ばかりの状況で正気を保つことは出来なかった。
そして、否定の嵐から守るように支えてくれた夫は数十年どころか四十年以上も前に亡くなっているのだから狂っていてもおかしくはなかったのだ。
「私の目的が果たされるまで穢れた生き物のように生きるのよ……! アーハハハハハハッ!」
外見から思えない不気味な笑い声が部屋に響く。
「完成して私の体内に組み込んで破壊された時に『創造神』として現れれば!」
後一つの欠片が何時埋まるのか、女性はとにかく光属性の七大天珠が欲しくて仕方がなかったのだ。
あの男に任せたもののやりたい放題に暴れ、もしあの少年が同調し攻撃してきたら勝ち目はほぼないと言える。
そして、姉の存在は驚かされた、元に戻すという力があるとなれば星までもを元に戻してしまう、姉も始末しなければこの偉業を達成できないのだ。
「ユグドラシル国の北側……まさか自らこっちに来るというのかしら……?」
レーダーに映る青い大きなマーカーがユグドラシル共和国の北側、オルディアの近くに迫っている、誘導しているのかは定かではないもののこちらに来てしまえば奪うチャンスは何時でもある状態だ。
「これは都合がいいわ……この間に七大天珠を生み出せれば良いのだけど、何やっても失敗するから一体何で出来ているのか……」
女性の求むものが作れない七大天珠に苦戦していた。七大天珠を作れればわざわざ取りに向かうことが無くなるが組成が分からず、その生成の仕方も分からないとあり半分諦めかけていた。
女性の見つめるモニターにはそこをうろうろと動いている、恐らくオルディアに行く方法でも探しているだろうと。
――ゴオォォォォンと時計の針が一周し『滅びの時』を合図するかのように鐘が鳴り、時計の針はチクタクチクタクと進んでいった。
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