Engrave Chronicle

ZiN

序章 封印されし特異点

 ――数多の銀河の輝きの中にある小さな太陽系にある星、巨大な世界樹を中心に大陸が成り立つ星がありました。その星は姿無き創造神の思うがままに作り上げられた『箱庭ジオラマ』でありました、時には破壊され、時には新たに創られ、あるものが壊されれば再生され、破壊と創造そして再生を繰り返し今に至っています。


 ――この物語はその『循環サイクル』を綴ったもの、訳ありの少女と不可解な力を持つ少年が「約束の地」へと向かい「真実を知る」と共に物語は進んでいき、やがては「歴史に名を刻む」ことになると……。


 巨大な世界樹を持つ温暖な気候のアースガルズ大陸、西側に強大な科学力を持つミュンスター帝国、中央では大陸史上最強の軍事力と工業力を誇るユグドラシル共和国、東側には中世期の町並みと伝統を重んじるアルビオン連邦国の3つの国家からなる大きな大陸の1つである。

 ユグドラシル共和国の中央、世界樹を囲むように6つの街が立つユグドラシル州、その中の1つユグドラシル1番街にある広大な学園都市「ユグドラシル州立学園」、乱立する公立・私立高等学校に対しユグドラシル共和国の政府が1つに統一する公約を掲げて莫大な税金を使い設立された学園都市である。しかし、全公立学校は受け入れたもののそれでも頑なに合併を拒否する私立学校が残っており根絶までには至っていないのだ。

 時期はちょうど夏休みに入った頃、茶髪で無難とも言える髪型、日々の筋トレでがっしりとした体格をした普通の男子生徒のブレン・エンフィールド、ビスクドールを思わせる色白な肌と薄い青を纏い白に近い髪でサファイアのような綺麗な深い青色をした瞳のリリーア・オルヴィローラ、2人は世界史の成績が芳しくないことを理由に予習として学園内の大図書館にやってきていた。

 2人にとって必要な歴史書を持ってきては一緒に読む、予習であれば普通はノートに重要事項を書き綴るものだが中間試験では何が出るのかは世界史の教師が「教科書には無いあるもの全て出す、どれが出るかは君達の記憶力と努力次第だ」と断言するせいでノートに書き綴っても意味が殆どない上に過去問ですらパターンが無いと予測不可能、これに苦しむ生徒も多く赤点スレスレという事態もよく聞くのだ、教師は決してあからさまな意地悪をしているわけではなく「過去の過ちを知らぬ者は未来に起こる最悪の事態を想定できない」と言う理由であるからだ。

 これに対して怒る生徒も居るが赤点でも知識が根付いてあれば良いと全体の成績はあまり気にしない文化とあって大体は仕方ないことで済んでいるのである。

 まずはアースガルズの歴史書を見てみる、世界樹の周辺からエルフ族が現れ後に人類が現れる、人類はエルフ族から叡智を受け取り発展していく、それまでは分かるが問題はその後の出来事で大陸の先住民達が集まりミュンスター帝国の建国、アルビオン連邦国の建国と後に起こる産業革命、アルビオン連邦国の不自由さと開拓を理由にユグドラシル共和国が建国される、その際に独立戦争が起こるとたかが一冊の歴史書であるものの説明が複雑であるためそちらに気を取られてしまい何年に起こったかを途中で忘れてしまうのだ、問題では簡単な出来事のあった年ではなく「その時何があったのか簡潔に説明せよ」と言うものでこれにかなり苦しまされることがとにかく多いのである。

 理解するのに苦戦するものの何とかそれを読み終えた、次はオルディアの歴史書だ、こちらはオルディアとの交易がたどたどしいせいもあり未だに不正確な内容が多くさらに厄介さを増す、何度も改訂が行われており出来事や年代も変わってしまう、最新版のもの以外はまず当てにならない、それ故に借りる人も多く確保が困難であったが夏休みとあり人も少なくあっさりと借りることが出来たのだ。

 オルディアが何故不正確かと言うとアースガルズと違い「国家」と言う概念が無く書かれている内容によれば4つの大都市が東西南北とありそれぞれ独自の発展を遂げていて、その度に内戦があり政府が存在していても統一出来なかったとされている。

 しかし、過去に起こったオルディアを巡る世界大戦にて内戦続きとあって統率が無いと判断し侵略した各大陸からの総攻撃をも跳ね除け、最終的にはミュンスター帝国が開発中であった核兵器を宇宙空間で連発させ続けその人工太陽が3日間も立て続けに起こったこともあり、その圧倒的な軍事力と科学力を見せたことで「もしあれが落ちてくれば大陸は焦土と化し全てオルディアの手に渡る」と屈服し降伏させるまでに至っている、それ以来オルディアとの交易が少なくなってしまったことで歴史に関しての内容が不鮮明となってしまい今に至っているのだ。

 このオルディアの歴史書は各国家の学会が論文として提出した憶測にすぎずオルディアのことをよく知る人間ですら一切話したがらないなど世界大戦の影響は未だに残っている、推定では科学力と技術力は50年先進んでいるとされているオルディアについて知るには実地に行く以外手が無いのだ。

 2人は黙々と読み進めている、これも試験に出てくるとあって内容を理解しなければ答えようがない、適当に答えたり無回答であれば当然ゼロであり点数は貰えない、不確かなオルディアの歴史には正解が無いともあり苦戦する生徒は非常に多いのだ。

 次のページをめくった、そこにはオルディアにおける「儀式」についての記載があった、アースガルズにはない儀式でありさらに非人道的とあり理解は困難を極める。

「神子……?」

 か細い声で呟くように言うリリーア、相方のブレンは独り言だろうと気に留めなかった。

 ――選ばれし神子よ。

 突然、男の声が聞こえてきた。

「神様の声……?」

 リリーアはユグドラシル共和国の国教である宗教シグルス教の修道女シスターとあり寝る前には必ずお祈りをしておりやっとのことでその声を聞くことがやっと出来たと思ったのだ。

 ――じきにオルディアの世界樹は枯れる。

 オルディアの世界樹が枯れる、その言葉の意味が分からなかった、世界樹は星の内部にある「マナ」を栄養にしており枯れることは余程のことが無い限りそれは一切ない、リリーアは内容を見ていく、憶測とは言え一部は真実が混じっており信憑性は怪しいもののよく見て理解しようとする。

 ――ガチンッ!

 頭の中で金属が千切れる音が響いた。

「うっ……!」

「どうした!?」

「うわああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 リリーアの悲鳴が大図書館に響き渡り中に居た生徒達が驚いた顔をしていた、胸を抑えるように苦しむ姿にブレンは支えるように手を伸ばした。

「何があったんだ!? しっかりしろ!」

「…………」

 椅子にもたれるようにぐったりとしており瞳は光を失っている、意識が無くなっていると分かった、心臓発作なのかは分からないがとにかく救急車を呼ばなければ助かりそうもないと分かったのだ。

「誰か救急車を呼んでくれ! 何か発作を起こしてる!」

 ブレンは居る限りの生徒に叫ぶように指示する、いきなりのことに慌てふためくが救急車を呼ぶ生徒が居る、突然のことに大図書館は大混乱状態になった。

「保健室に連れて行かないと助からないかもしれないです!」

「保健室に運ぶならなんとかする、このままにしていたら最悪死ぬかも知れない!」

 ブレンは女子生徒の手を借り何とか背負った、ブレンは父親が軍人とあり災害救助での救助人の運び方を教えてもらったのもあり落ちないよう太腿を抱え腕を肩に掛け手を交差させる、力なら筋トレで鍛えているとありリリーアの体重はベンチプレスの重さと比べれば軽いほうだ。

 背中と腕に柔らかい感触を感じるがそれどころではない、救急車が来るまでに保健室に運び込み寝かせないと状態が分からないままだ、暑い真夏の中で少し離れたところにある保健室へと向かった。

「リリーア! もう少しだ! 死なないでくれよ!」

 意識があるのか確かめるように言ったが返答がない、急ぎ足で運ぶが暑さのせいで保健室までが遠く感じる、広大な学園都市はイザと言う時に限って不便とあり困ったものである。

 ――何でもかんでもデカくすりゃ良いってことないんだよ!

 ブレンは不満を抱えながら何とか特別管理棟にある保健室の扉を足でひっかけて中へと入りリリーアを下ろしベッドに寝かせる、夏休みとあり常駐している保健師が居ない、がらんどうな保健室は冷房が点いていないのもあり熱が籠もっている、操作盤で最大威力かつ最低温度で一気に冷やす、室温は体感からして恐らく35度近い、このままでは悪化するどころか熱中症と合併症を患って悪化するに違いないと思ったのだ。

「リリーア、生きている――」

 脈があるのか腕に触れた瞬間、意識が吸い込まれるように無くなった。

 ブレンは運ぶ際に炎天下に居たため熱中症でつられて倒れたかと思っていた。しかし、そこは暗闇の世界だった、意識を失ってこんな世界に入るわけがない、彷徨うように見渡すとあるものが見えた。

 リリーアと思われる白い少女が帯のようなものでミイラのようにグルグル巻きにされている姿があった、まるで何かを封じ込めるかのように巻かれた姿、ブレンには見覚えがあった。

 ――時々見るあの夢か?

 それに近寄っていく、よく見ると顔付きはリリーアそのものだ、謎の帯は体を縛り上げるかのように巻かれていた。

「一体何だこれは? だけどこんなのほっとけねぇ!」

 ブレンは躊躇うことなく帯を外そうと端がないかと探す、背中の方に留め具があった、それを外し長さがどれほどあるのか分からない帯を周りながら解いていく、あまりの長さに嫌になってきたものの高校入学から付き合ってきた仲であるため諦めるわけにはいかない、こんな姿のまま放置して去るなど心情からして出来ないことだった。

 周りに周ってやっとのことで帯を解いた、長さは推定でも200m以上はある、一体誰がこんなものを巻き付けたのか分からないがリリーアはこれで助かった。

「君は私を開放してくれたのね……」

 開放されたリリーアは聖母のような声でブレンに抱き着いた。

「う、うん、ちょっと……」

 幼馴染の彼女でもあるメルに抱かれたことすらないブレンはしどろもどろになる、助けてくれた恩人とあってリリーアは天使のように抱きしめている。

「ありがとう……これで全部思い出せる……」

「どういうことだ?」

「封じられていたものが全部……私は……」

 その言葉を言った途端、リリーアは徐々に薄れるように消えた、暗闇の世界に取り残されたブレンだが意識が戻っていく感覚があったのだ。

 

 ◆


 目を覚ますとベッドの上に居た、誰かが乗せてくれたようだ、起き上がると救急隊員が駆けつけておりリリーアに異常が無いか調べている、心臓発作とは言い難いあの様子、一体何が起こったのか分からないままだった。

「リリーアは無事なのか?」

 対応している救急隊員に聞いた。

「身体に異常はありません、熱中症か心臓発作かと思いましたが心拍数と汗の量からしてそれも考えられません、病状は不明ですが暫く寝かせていれば意識が戻ると思われます」

「そうか、いきなり悲鳴上げたから何か持病でもあったかと思ったぜ」

「ブレン、あんたもリリーアを片手にぶっ倒れていて救急隊員が驚いてたわよ、意識が無いから死んだかと思って不安だったわ」

 保健師が普段居る椅子に座っていたのはカナリアイエローの綺麗な髪とサファイアで出来た青色の玉が2つある髪飾りでまとめ上げたツインテール姿で同じ黄色い瞳の「凄腕料理人」である女子生徒ヴィットーリア・ブガッティが居たのだ、リリーアの親友であるが夏休みとあり普段は寮に居るか実家に帰郷しているはずであるが何故かここに居たのだ。

「ヴィットーリア、なんでここに?」

「たまたまヒューが大図書館に居たのよ、プログラミングの本が無いか探していたところでリリーアの悲鳴聞いて私に連絡入れてきたからすぐに駆けつけたのよ、ヒューが来た頃にはブレンが背負っていて保健室に行ったってね」

「あいつ……ネットで調べれば出るのに本に頼るなんて意外だな……」

 ヴィットーリアの幼馴染で彼氏でもあり夫婦関係を思わせる仲の良さから夫候補と情報科専攻かつ「天才プログラマー」のヒューイ・ボーフォートが大図書館に居たとは思っていなかった、こちらは歴史書を読んでおりヒューイはプログラミングに関するものと読書スペースからそれがある書棚の位置までからかなり離れている、あの悲鳴はどうやらそこまで聞こえたようだ。

「それよりリリーアは大丈夫なの? 明らかにヤバいようだったらしいけど」

「あの悲鳴は相当だった、今まで聞いたことがない声だな」

「とりあえず、起きるまでは居た方がいいわね」

 救急隊員が問題ないと判断してオキシパルスメーターや心電図を図る機材を片付け始める。

「申し訳ございませんがどなたか付いていただけますか?」

「私とブレンが居るわ、後は任せて」

「分かりました、患者には特に心臓等に異常はありませんので意識が戻るまではお願いいたします」

 そう言い伝え救急隊員は去っていった、静かになる保健室は沈黙の空間になっている。

「うぅっ……」

「リリーア!」

 苦しそうな声を上げて意識を取り戻した、半目でまだ完全には意識が戻りきっていないようであるが目を覚ましただけでも良かった。起き上がれそうにはないものの喋ることは出来るようだ。

「大丈夫か? かなり苦しそうな悲鳴上げてたぞ」

「ごめん……私……行かないと……オルディアに……約束したことからもう二年過ぎてる……」

 ブレンはその言葉に疑問を抱いた。

「オルディアへ行くって? 約束って何だ?」

「多分言っても分からないと思う……オルディアのことだから……だけどあれを解いたのはブレンだった……ありがとう……」

「リリーア、修道院に居た頃からずっと暗い顔していたよね、やっぱり何かあったと思っていたのよ、それにブレンが解いたって何のこと?」

「私……7歳の頃にお母さんか誰かなのか分からないけど……いきなりあの帯で私の心を縛ったの……それっきり記憶も何もかも思い出せなくて……気付いたらアースガルズに居たの……」

 息苦しいような声で語る、リリーアが小さい頃に何かがありオルディアからアースガルズへとやってきた理由があるように思える。

「相当訳ありってことみたいね」

「そんなら行こうぜ、オルディアにさ」

「ありがとう……だけどオルディアはとても危険なところだって分かっているよね……?」

「あぁ、何とかなるさ、旅行感覚で行けるところじゃねぇのは確かだけど、その約束っていうのを叶えないとずっと心苦しい思いするだけだぜ」

「うん……ブレン……こんな危険なことまでしてくれるなんて……本当に助かるよ……」

「私も行くわ、なんとなくだけどとてつもなくヤバい予感がするのよ、オルディアはよく知らないけど私の勘が確かならブレンとリリーアだけだと命が無いかも知れないわ」

 ヴィットーリアがそういった、歴史書の記載通りであればオルディアは確実に危険である、50年先の科学力と技術力、世界大戦の影響を考えると旅行ですら行くことは自殺行為に等しいとも言える。

 リリーアは何とか起き上がったが相当弱っているらしく体がフラフラしている、このままでは自立は出来ないようだ。

「立てるか?」

「ごめん……体が物凄くダルくてなかなか力が入らない……」

「背負って寮まで行くから安心してくれ」

「ありがとう……」

「流石筋トレしてるだけあって背負う力もあるなんて立派立派、もしヒューだったら持ち上がらなくて大惨事だったわね」

 ヴィットーリアがリリーアをブレンの背に乗っかるように介助する、乗ったのを確認して抱える。寮まではやや距離がある、しかも男子が入れない女子寮とあってこの点をどうするかが問題になってきたのだ。

「それより、女子寮って男子入れるのか?」

「そこは寮長か玄関口に居る警備員に理由を言えばいいわ、こんな状態なんだからそれを拒んだら逆にもっと大変なことになるわよ」

「分かった」

 保健室を出てヴィットーリアと一緒に女子寮へと向かう。

 外に出ると炎天下とありとても暑い、三十度前後であるが体感温度はそれ以上感じる。

「リリーア、水飲まなくて大丈夫か?」

「うん……寮に戻ったら飲むから……」

「この弱りっぷり、救急隊員ですら分からないって一体何があったの?」

「宝珠が『覚醒』したの……宝珠に何かが縛っていてそれが解けた音がして……」

「宝珠が覚醒って? そんなことあるかしら?」

 宝珠とは「水晶核エルフ族」と呼ばれるエルフ族の体内に存在するものである、アースガルズでは古代の集落跡にて発掘調査の際に遺骨と共に見つかったものでエリドゥヌスの世界に存在する七つの属性「火・水・風・地・光・闇・理」の性質を持ち強力なマナの力を持つ球体のことを指している。

 リリーアとヴィットーリアはその一人であり宝珠を持っているがヴィットーリアは「覚醒」することは無いと思っていた、そもそも宝珠自体何で出来てるのか生成条件は何かと未だに研究中とありよく分かっていないのだ。

「宝珠って、あの宝石の玉だろ? それが覚醒するなんか見た感じなさそうだけどな」

「うーん、そっち方面の人に聞けば分かるかもしれないけど私も分からないのよね」

「ヴィットーリアちゃんには分からないと思う……宝珠は『進化』する性質があるの……覚醒もそれと一緒……」

「へぇー、意外と詳しいわね」

 リリーアが意外にも宝珠に関して詳しいのは驚いた、魔法科学理系専攻しているからなのかそれともネットで調べているかもしれないようだ。

 強い日差しに晒されながら女子寮に到着した、玄関口は監視カメラがあり窓口には女性警備員が居て出入りを厳重に監視されている、その点は同じ設備を備えてるものの玄関口は常時開放されていて誰でもすんなりと入れてしまう男子寮とは違い、常時開放されておらず入るのには女子であってもかなりややこしいことをしないといけないようだ。

「待ちなさい、男子の出入りは厳禁かつ校則違反です、速やかに出ていきなさい、生徒管理科に違反通報しますよ」

 窓口で待機している女性警備員がキツい口調で言ってきた。

「ちょっと、これ見て分からないの? リリーアが体調崩して動けないのよ、ブレンは何もしないから入れてもらえる?」

「それでしたらどなたかに引き継いで担架で運ぶように連絡いたしますが」

 女性警備員はブレンがリリーアを背負っている状況を理解してくれないみたいだ、ヴィットーリアは詰め寄るように窓口に迫る。

「頭硬いわね! そんな暇はないのよ! 待ってたらもっと悪くなるわ! 今すぐ開けて!」

「ですが、校則は校則です、例外はあってはならないので」

「とっとと開けなさいよ! 緊急事態なの!」

「おいおい、何だ?」

 窓口から女性警備員の上司と思われる声が聞こえた、ヴィットーリアの怒鳴り声で気付いたようだ。

「えっと、男子が入ろうとしていまして」

「リリーアが体調崩してるの! ブレンは何もしないから早く入れてくれる!? 担架がどうのこうので入れてくれないのよ!」

 窓口から男性の上司の姿が出てきた、部下の彼女には逆らえないはずだ。

「なるほど、背負っているってことは相当ってことかな? 背負っていてかなり疲れているだろう? 開けるから早く送ってあげて。こういう時は校則違反どうのこうの言わず理由を聞いて通すんだよ、いいかい?」

「良かったー!」

 玄関口が開き中に入れた、ヴィットーリアからリリーアの部屋の場所を教えてもらい、エレベーターに乗り込み部屋へと向かった。

 部屋の扉の前でヴィットーリアがリリーアのスカートのポケットからカードキーを取り出した、カードリーダーにかざして鍵を開けて中へと入った。

 リリーアの部屋に始めて入った、女子の部屋にしてはこざっぱりとしているが机には教科書やノートなどがきちんと整頓されており小物も決まったところに置かれていて真面目な性格が現れていた、ベッドには大きな抱き枕があるがそれをヴィットーリアが退けてブレンはゆっくりと下ろした。

 リリーアは暑さから汗をかなりかいている、脱水症状にならない内にと台所から普段使ってると思われるコップを取り、水を入れて渡した。

「ありがとう……」

「ふぅー、危なかったな、もう俺の腕がパンパンだよ」

 ここでうっかり「重かった」と言えばいくらおっとりしてるリリーアでも怒るに違いない、それにヴィットーリアも居るのでつられてボコボコにされてもおかしくない。

「あの警備員はね、昼間だけしか居ないけど物凄く話を聞かないからいつも困るのよ、友達連れてるとそれに怪しんで開けないことあるくらい酷いのよ」

「何だよそれ、俺のとこなんか普通に男子なら固まっていても通してくれるぞ、ただまぁ女子連れてると犯罪行為に繋がるからって言う理由で追払われるけどな」

「そこだけは同じみたいね」

 男女共に寮の規則は一緒である、男子寮がいくら緩いとは言えども女子が入ろうとすれば警備員が玄関口を閉めそこで止められてしまう、いくら理由言えども校則違反になると入れてくれないのは同じだ。

 リリーアはうとうとしている感じだが意識そのものは完全に回復したらしく半目だった瞳は全開になっていた。

「ごめんね……迷惑かけちゃって……」

「いやいいよ、あのままだったら夏休みだし最悪誰も助けてくれなかっただろうから」

「そうかもね……」

 たまたまブレンが付いてきたとあり助かったとは言えども悲鳴聞きそれに驚いてしまって逆に混乱していたら助からなかった可能性もある、あれで救急車を呼び付けるかどうかも分からない生徒も多いはずだ。

「体は大丈夫か? もう少し水飲んだら寝たほうがいいかもな」

「そうしたいけど……やっぱり言わないと駄目かな……?」

「オルディアのことか?」

「うん……」

 自分の隠し事をそのままにしておくのは嫌であった、すぐそこに親友が居て頼れる人も居る、それにここまで事態が悪化してしまった以上隠し続けていても自分が苦しくなるだけだと思った。

「私元々はオルディアに居ないと駄目だったの……十五歳になる頃には死んでいたから……」

「えっ? 十五歳で死んでいたってなんだ? 何か理由あるのか?」

「オルディアには世界樹に生命を捧げる儀式があるの……私はそれの『神子』なの……」

「神子? んー? もしかしてオルディアの歴史書にあった『儀式』ってそのことか?」

「そう……言い方変えると生贄ってこと……」

「ちょっと待てよ……生贄って……!」

 オルディアの歴史書にあった「儀式」、詳しくは書かれておらず何の行事であるのかブレンは分からなかった、リリーアがそれの対象であって生贄になると言うことが理解に苦しむ。

「そんな! 生贄っていくらなんでも酷すぎるわよ! オルディアにそんな野蛮な儀式があるって言うの!?」

「うん……これは遥か昔からあることなの……それに選ばれたら世界樹に生命を捧げないと樹が枯れるの……アースガルズだと大聖霊が担っているけどオルディアは神子が犠牲になることで支えているから……」

「リリーアがそれだと言うなら私は許せないわ、犠牲になってまで世界樹を支える必要なんかあるわけないじゃないの!」

 ヴィットーリアの気持ちは分かる、しかし自分は『神子』である以上抗うことが出来ない、逃げようにも逃れられない運命だ。

「ごめん……私はもうそれに選ばれているの……あの声が聞こえたら逃げられない……」

「何で……! そんなことのためにオルディアへ行こうと言うの……!?」

 修道院生活で毎日のようにお祈りしては外出は滅多に出来ないと言う狭苦しい世界から引きずり出すように外の世界を教え続けたヴィットーリアは認めようがなかった、大事な親友をそんな理由で死なせるなんか出来るわけがないのだから。

「ヴィットーリア……私は『フィオ』って言う女の子と約束したの……一緒に逝こうって……」

「嘘でしょ……! 嘘だと言って……!」

「本当なの……フィオは待っている……私が戻ってくるのをずっと……」

 ――ベシッ!

 ヴィットーリアがリリーアに平手打ちを食らわせた、我慢が出来ないほどの怒りに満ちた表情で訴えっている。ブレンは仲介しようとしたがこの様子では割り込んだところで解決しようがない。

「この馬鹿! 自分の言っていること分かっているの!?」

「分かっているよ……」

「そんな馬鹿げた儀式になんか行かなければいいわ!」

「無理だよ……選ばれると意識がどんどんと世界樹に吸い込まれて自我を失うから……」

 涙ぐんだ表情で言うリリーア、ヴィットーリアは意地でも行かせないとするがそれを拒むかのようにリリーアは首を横に降った。

「それに代わってくれるものをオルディアは作れていないの……ヴィットーリアはオルディアのことあまり知らないと思うけど本当なの……」

「あんなに科学力と技術力が先に行っているのにか!? 神子ってそれすら作れない何かってことだよな!?」

「そうだよ……自然の摂理に反するものを作ろうとしても出来ないの……」

「なんてことだ……!」

 ブレンもリリーアが早死することを受け入れることが出来ない、オルディアに行く理由がそれであればヴィットーリアと同じ理由で止めざるえないのだ。

「オルディアに行ってそこで生贄になるなんて不条理だろ!」

「ブレン……気持ちは分かるよ……だけど無理なものは無理だから……止めようものなら私の力を見せるよ……」

「どうすればいいんだよ!? 代わってくれる人は居ないのか!?」

「居ないよ……あの世界で私の姿見たでしょ……? 本気出せば学校なんか吹っ飛ばせるから……」

「畜生……! 解かなければよかったか……!」

 酷いと思ってあれを解いたのが余計なことに繋がってしまったようだ、それにリリーアが本気を出したら学校を吹き飛ばすほどの力があると言うならば例え親友だろうと殺すと思える。

「お願い受け入れて……! そうでもしないなら……!」

「待て! 寮を吹っ飛ばすつもりか!?」

「止めてリリーア! 何しているのか分かっているの!?」

 リリーアの深い青の瞳が真っ白になり窓から太陽以上の眩い閃光が入ってきた、それ故にマナの力が尋常ではない、このままだと押し潰される。

 ――このままだとリリーアが大虐殺犯になっちまう!

 発動させないと飛び込むようにベッドに押し倒した、するとまたあの世界に意識が飲み込まれた。

 ――『七大天珠』の力を思い知るがいい愚か者め……!

 異型の翼を背にし真っ白に輝くリリーア、ブレンはマナの力に押されるがなんとしても止めなくては寮に居る生徒どころかこの広大な学園都市そのものが吹き飛んでしまう。

 ブレンは手に何か大きな力があると感じ取った、それを止める力であると念じる。

 「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ! 止まりやがれえぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」

 爆音と共に手から巨大な波動が出た、リリーアの力を牽制するかのように押し返している。

 ――何! 『七大天珠』の力を押し返すだと!?

 圧倒され驚くリリーア、ここで止めなければ何もかも失う。

「俺には守りたい人が居るんだよ! リリーアが止めねぇならここで倒す!」

「……うっ!」

 ブレンの言葉はリリーアの心に深く突き刺した、勢いが徐々に弱まっていく、後少し踏ん張れば抑止出来るはずだ。

「あれを俺達が受け入れればいいんだろ!? こんなことまでしてリリーアはそれを受け入れてほしいのか!?」

「そうだよ……! 私はフィオとの約束を破っているから……! 約束破った私をフィオが許してくれるとでも思っているの……!?」

「分かったよ! とにかく止めろ! 学園都市を吹っ飛ばしたらリリーアは死刑どころじゃすまねぇぞ!」

 未知の波動と白い波動がぶつかりあって轟音が響いている、ブレンは絶対にさせないと力を強めた。

「うぅぅぅぅっ……! ブレン……! 嫌でも受け入れて……!」

「それならこれを止めろおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

 とどめだと一気に力を押し返した、耳鳴りするほどの爆音がさらに轟く、リリーアはブレンの力に押し負けて元の姿に戻っていた、止めることには成功したようだ。

 しかし全力で押し返したせいで感じ取れないほどの疲労が出たのか意識がそこで途絶えてしまった、目の前が真っ暗になってしまいその後のことが分からないまま。


 ◆


「――――っ! ――――っ!」

 聞き覚えのある声、誰かが叫んでいる。

 その声で意識が戻った、目を覚ますと視界に入ったのは幼馴染のセミロングの茶髪で水色の瞳でやや幼気な顔付きのメル・サザーランドであったのだ。

「やっと起きた! 何事かって大騒ぎになってたよ!」

「ここは……?」

 そこはリリーアの部屋ではなかった、真っ白なカーテンに囲まれている、保健室か病院かどちらなのか分からないが誰かに運ばれたのは確かだ。

「学校近くの病院だよ、リリーアちゃんに覆いかぶさって気を失ってたから最初は卑猥なことでもしてるかなと思ってたけどね」

「俺は……リリーアを……」

「あのマナの力からしてリリーアちゃんが只者じゃないのは確かだよ、大聖霊に匹敵する力があるってことはブレンが止めなかったら今頃私諸共皆消え去ってたかも」

「そうか……皆を守れたんだな……」

 どうやらマナの力を感じ取ったメルがリリーアの部屋に駆けつけたようだ、メルは生まれながらの魔女であるため同じ人間とは言いマナを扱うエルフ族と同じくそれを感じ取れるのだ。アースガルズに存在する大聖霊に匹敵する力、リリーアが『神子』と言う意味をやっと分かった気がした。

「ブレン、それを止めたってことは潜在的に何かがあるよ、大聖霊並の力を押し返すなんて大魔法使いでも無理だから」

「あれは何だったんだ……?」

 暴走するリリーアを押し返すほどの謎の波動、メルですら理解できない力があるとなればまたリリーアが暴走したとしても止められる。

「体は大丈夫? 点滴打っているから暫くは動けないよ、私が来ては救急隊が入っては二人共心臓が止まりかけていて何度か救急車の中で電気ショック与えたからね」

「死にかけてたのか……?」

「そうだよ! リリーアちゃんも死にかけていて一緒に自殺でもしたかと心配だったよ!」

「ごめん……心配かけちまって……」

 下手したらリリーアと一緒に死んでいた、それほどまであの力の押し合いをしていたというのだ。何とか学園都市を守りきれただけでも良かった、もしこの力が無ければ吹き飛んでいて国中が大パニックに陥っていたかもしれなかった。

「リリーアは?」

「ずっと寝たきりだね、体触ってもピクリともしないくらいだよ、意識は微々たるものだけどあるって言ってるからきっと死の淵に居ると思う」

 大図書館で悲鳴を上げて意識を失って寮に運んでやっと回復したと言うのに今度は力の押し合いでまたも意識を失わせている、酷いことをしていると罪悪感に駆られていく。

「なぁメル……リリーアのことだけど……」

「ん? 何か知ってるの?」

 リリーアのことをメルに全部話した、まさかと驚いた表情を浮かべる。

「ブレンは多分知らないと思うけどオルディアはその『神子』が大聖霊と同じ力を持っている人物なの、古代の魔術書にはアースガルズの大聖霊と対となる存在がオルディアには『神子』として存在すると書かれてるの」

「だからオルディアに行きたいって言ったのか……」

「アースガルズの大聖霊が世界樹を支えているのならオルディアでは神子が世界樹を支えているとなる、リリーアちゃんの言うことが事実なら戻らないと大変なことになるから」

「どうしても無理か……」

「なら私も行くよ、ブレンだけじゃあ解決できない事が起こっているからね」

 幼馴染のメルまでも巻き込む事態になってしまった、危険なオルディアへと行くことを躊躇うどころか好意的になっている以上メルを止めようにも止められないのだ。

「とにかく今は絶対安静だよ、無理に起きたら駄目だから」

「うん……ところでヴィットーリアは……?」

「ヴィットーリアちゃんは寮に居るよ、マナの力に体を壊されたみたいで寝込んでいたよ」

「そうか……」

 あれほどのマナの力を至近距離で諸に食らっていたせいで体を壊すのも仕方ないことだ。それすら耐えてしまった自分の体がどうかしていると思っていた、絶対安静とは言えどこも痛くもない辺り恐ろしく感じている。

「メルはどうするんだ?」

「ブレンのお母さんに代わって面倒見るよ、少し前まで様子見に来ていたけど無事だと分かって居合わせた私に任せた感じかな。ほらブレンのお父さんは陸軍司令官だから来れないと言うかこれのせいで軍がテロじゃないかってびっくりしていると言うから」

「悪いな……」

 メルの話からすれば軍が総動員になるのは確かだ、爆発的な光が学園都市にいきなり出てきたら核兵器か何かが落ちたかと思っても仕方ないだろう。

「リリーアは高校の時に出会ったけどあれで神子だなんて分からなかった……」

「そうだね……普通の人に見えたから私もびっくりしてる……」

 リリーアと出会ったのは高校入学しクラスで一緒になった時だ、メルと偶然にも一緒とあって最初は幼馴染同士で関わっていなかったが自ら率先してホームルーム長に就任するとリリーアが言った、そしてその仕事に追われていてあまりにも大変そうだとブレンが義理人情で手伝いだしたのをきっかけに今に至っている。

 時々メルも手伝っては一緒に帰ることも多くなりいつの間にか仲が良くなっていた、リリーアの性格はおっとりしているが中身はしっかり者とあって話もよく聞いてくれている、ただ変なところがありそれのせいで茶化したりちょっかい出す生徒も居るが得意の光属性の魔術で追い払うこともあったもののそれが神子へと繋がっているとまでは気付けなかった。

「メル、オルディアって行けるのか?」

「うーん、世界大戦のせいで各大陸の旅行客を拒否していると言うかパスポートすら発行してくれないって聞くんだよね……」

「ヒューイならもっと何か知っているかもな……」

「聞いてみるよ、もしかすると裏でハッキングしてるかもね?」

 情報と言ったらヒューイしかいない、彼の頭脳ならオルディアの技術は大したことでもないはずだ、何かしら情報を掴んでいる可能性は高いと思った。

「SNSで連絡取れるか?」

「何しているか分からないから出る可能性あまりないかも、場合によってはヴィットーリアちゃんに頼んで無理矢理吐かせたいけど今は寝込んでるから……」

「気付いてくれと祈るしかないな……」

 SNSでの連絡先は既にヒューイから貰っている、だが彼はいつもプログラミングやゲームに熱中しているせいで連絡入れたら数時間後か下手すると数日後に返信が来るなんてことは日常茶飯事。

 ヴィットーリアになれば尻に敷かれているとあってかなり強引なものの連絡をするように言ってくれるが現時点ではそれが出来ない、休んでいるか何かしていて気付いてほしいと祈るしかないのだ。

 メルはスマホでヒューイに「今話せる?」と一言送った、夏休みは彼にとってはボーナス期間とあって出ない可能性は濃厚である。

 ――何だい?

 と数分経たずの即返信にメルはまさかと驚愕した表情を浮かべる。

「早っ! 今日は運がいいよ! とりあえずありったけ送って聞くよ!」

「頼む」

 とにかくオルディアのことを知っているかとメルはひたすらメッセージを打ち込む、行き方や何もかも全部話せと脅すかのように送っていく。

 ――オルディアの行き方かい? この最近輸送船や貨物機がいきなり消える事故が常に起こっていて今はそれのせいで完全に交易停止状態だよ。行こうとしても事故に巻き込まれるという理由で船や飛行機は一切出ていないから何しても無理だよ。政府側も沈没した輸送船や墜落した輸送機の回収で手一杯だし、それがオルディア側なのかアースガルズ側なのかで揉めていて復旧出来るか分かっていないからね。

 事故で交易停止状態、行こうにも行けないとあっさり詰んでしまった。

「えぇぇぇぇぇぇっ!」

「どうした?」

「今輸送船が消える事故が起こっていてどこも行く手段が無いって!」

「参ったな……」

 輸送船が消える事故が起こってるとなれば当然ながら船おろか飛行機も出ていない、これではリリーアが泣いてでも行くことは不可能だ。

「だけどここで諦めたら駄目だな、もしかすると裏ルートがあるかもしれないよな」

「それも聞いてみる、ヒューイ君ならそこもちゃっかり調べてるはず」

 裏道は無いかとメッセージを打ち込んで送った、ハッキングとか何でもしてとにかくオルディアに行く方法を教えてほしいと言わんばかりに。

 ――事故で行けなくなったオルディア人が北の方に住んでるよ、そこから事情聞けば行けるかもね。ただ本当に出来るかは自分も分からないよ。

 ユグドラシル共和国の北にある州、セーブルのことだ、そこには交易都市ミッドブルーシティがある。オルディア人が住んでいるなら行く方法がきっとあるはずだ。

 ――ありがとう、大体分かった、また聞くかも。

 メルはそう返信して話を締めたのであった。

「セーブル州に行けば分かるみたい、ただオルディア人って会ったことないから分からないのよね……」

「リリーアが目を覚ませば教えてくれるかもな」

「ブレンの話からしてあまり知らなそうだけど……」

 オルディア人がどんな特徴あるのかは歴史書には書かれていない、ヒューイに頼りすぎるのもまた問題だ、彼は度が過ぎれば「俺に頼るな後は自分で調べろ」と言い捨てられ暫く話を交わさなくなることがあるからだ。

「とりあえず、ブレンの体が良くならないと駄目だね、いくらタフだと思っていても体を騙すことなんか出来ないよ」

「そうだな……」

「ちょっとリリーアちゃんのところ行ってくるね、意識戻っていれば事が進むと思うし」

 ブレンは回復しつつあるがリリーアは回復どころではない、死の淵に居るかの状態であるため油断できない、もしその綱渡りから落ちれば死へと進んでいってしまう。

 自分のやったことへの罪悪感に押し潰されそうになる、今は寝ていること以外出来ることがない、すぐに動けるメルしか頼れる人間は居なかった。

 ――あの力、どこで得たんだ?

 寝ている間にも自分には無かったあの力の正体を知りたくて仕方なかった、リリーアのように洗礼を受けた修道女シスターでもないし、メルのような生まれつきの魔女でもない、ただごく普通の人間である自分に何故あるのかと知りたくて知りたくてと言う気持ちがうずく。

 軍人の父親から教えられた意志からなのか、リリーアを守りたいという気持ちからか、それとも本当に神が与えたものなのか、ブレンにあるその潜在的な力が何なのか教えてくれるものはここにはないのだ。

 ――俺は一体何なんだ? 大聖霊以上の力があるっていうのが理解出来ない……。

 グルグルと疑問の思考が脳内で回っていく、答えのない世界で彷徨うかのようにブレンの思考はどんどんと自分でも理解不可能なところへと向かっていっている。

「お待たせー! リリーアちゃんは目を覚ましてたよ! あまり喋れない状態だけどこのまま安静にしていれば元に戻るかも」

「良かった……!」

 メルの報告で死の淵に居るであろうリリーアが目を覚ましたと分かった、それならもう躓くことはない、後はオルディアへと行ければいい、リリーアの約束を果たすためなら体を張ってでもやらなければ後味は相当悪いものになる。

 止まっていた事が動き出したとブレンはそう思った。

「メル、魔法が使えない上に相棒のあの銃だけしか頼れる武器がない俺がリリーアを守れるのか?」

「出来るよ、そもそも私はこんな細い腕だから銃は反動があって使えないし、それに何事があっても粘り強さだとブレンの方がずっと上だもん、魔法だって詠唱に時間かかるからそこを狙われたら逃げるのに必死で使えないからね」

 リリーアが本当に戦えるのかは未だに分かっていない、ちょっかい出す生徒を追い払う程度の魔法が使えるのは知っているが、あの莫大な力はリリーア自身にも相当な負担がかかっているのはここで分かっている。

 それを意地でも守り不可解かつ超越的な科学力と技術力を持つ大陸オルディアへと向かうには今の自分達の力では難しいかもしれないと思ったのだ。

 魔法を主力とするメルには詠唱というスキがある、間合いや敵が悪ければ発動することが出来ない、それをブレンがカバーする形で補えば何とか使えると言ったところだ。

 それに移動は殆ど箒に乗っている、立っていても魔法は使えるものの箒を手にして魔術書を片手に持って移動中に撃てると言う強みを考えればブレンが敵を牽制することでメルはいくらでもやりたい放題に魔法をお見舞い出来る。

 ブレンは常にお守りのように携帯している相棒の九ミリ弾を使用する手頃なハンドガン〈G27〉を持っている、軍ではそれを上回る四十五口径のハンドガン〈CL45〉とは違い装弾数の多さと慣れれば無反動にも感じる強さとあって射撃場で撃っている内に相棒とも呼べるようなものになった、父親に「それじゃあ敵を一撃で倒すのもやっとだぞ」と反発されながらも弾薬の手頃さと言い他の国家でも多く利用されていることから「無難こそ強い」と思っている。

 だがブレンにもリロードと言うスキが出る、装弾数が多く連射には困らないオートマチック式とは言えどもメルのように無限に撃てるわけでもない、持っている弾倉マガジンが全て空になってしまったら殴る以外はただのオモチャだ。

「俺とリリーアとヴィットーリアが回復出来たらオルディアへ行こう、まずはセーブル州で情報収集ってところか?」

「そうだね、だけど長期戦になりそうな気がする、何か偶然でも起こらないとね……」

「金なら親父に言って何とか貰う、ホテル代くらいは持っていかないといちいちこっちに戻ってなんてやっていたら嫌になって行く気が失せる」

 まずはミッドブルーシティに住んでいるオルディア人を見つける必要がある、世界大戦以降アースガルズ大陸の各国家はオルディア人を毛嫌っている。

 当時としては最新鋭の科学力と戦略で挑み一番面を食らったミュンスター帝国は未だに独裁政権ともあってオルディア人だと分かれば理由どうのこうの関係なく即時死刑にされる、アルビオン連邦国では公安の監視が付き動けばスパイが付いていくとまともに住めない、そんな事情もあり寛容に認め受け入れているユグドラシル共和国だけしかオルディア人は住まうことが出来ないのだ。

 それにオルディア語がまず分からない、相手が母国語で話されたら理解不可能、翻訳アプリで何とかしても完全に通じるかも怪しい、正しく言える通訳が居なければそこで詰んでしまう。恐らくオルディア出身であろうリリーアがそれを言えるのかも全く分からない、手強い問題に二人は苦悶していた。

「失礼します、ご体調はどうでしょうか?」

 様子を見に来た看護師が入ってきた、点滴の量や熱がないかとチェックする。

「どこも調子悪くないぞ」

「良かったです、マナの力を浴びすぎた影響だと医師が言っておりました、この調子なら明日の診察で退院出来ますね」

「よーし! ブレン結構体が回復するの早いよね」

「まぁな」

 明日に退院出来るのならブレンは問題ない、ただリリーアが一番気になる、回復する兆しが見えてこそいるがどうなっているかは看護師や医師に診てもらわないと分からない。

「リリーアは大丈夫なのか?」

「リリーアさんはブレンさんと同じ症状でしたので順調に行けば回復するかと思われます、退院出来るかの可否は医師の判断となりますが体自体は問題ないので早ければ同じタイミングで退院出来ると思いますね」

 リリーアは驚異的とまでは言い難いが回復力はブレンほどあるようだ、後遺症が気になるがその点は看護師の様子からしてあまり問題ないであろう。

「それじゃあ今後どうなるかってところだね」

「それに夏休みは長いようで短いからな、あまりこうしている時間はないな」

「だね」

 学校が夏休みとは言えおおよそ一か月と言ったところだ、まだ始まったばかりとは言えその限られた時間にオルディアへと行きアースガルズへと戻らなければ次は自分達の内申に響いてきてしまうのだ。

 メルに付き添われながら時は流れていく。


 ――世界崩壊まで後五秒


「ん?」

「今何か聞こえなかったか?」

「世界崩壊まで後五秒って?」

 謎の男の声が唐突に聞こえてきたため混乱する。神の声だと最初は思ったがとりわけ信仰している宗教はないのでありえないと思っていた。


 ――既存の世界は滅びの時を迎え消滅し、新たな摂理を持つ世界が作り出される、『後一つの欠片』が嵌まれば、我にちぎりし者への偉業が果たされる。


「なんかヤバいことになってきているような……」

「この声、私達を試している?」

 男の声はまるで二人に試練を与えようと言わんばかりに続いていく、ここまではっきりと聞こえてるブレン以外メルにも聞こえるとなれば病的な幻聴と言えない、大部屋とは言えメルが見た限り他のベッドは空いているとなればどこかで言ってるのに違いないのだ。


 ――共鳴の力を持つ者は深き精神世界で封じられた力を解放し、異国の大陸でその力に目覚めし白き少女、その身体に持つ白栲しらたえの『七大天珠』、あるべき約束の地へと向かう毎に困難が降り落ちる。


 内容からしてリリーアの事を言っている、『七大天珠』というものはブレンが力の押し合いで暴走するリリーアが言っていたものだ。

「これもしかしてリリーアちゃんが危険なことに巻き込まれるって言うこと?」

「分からねぇ部分はあるがそうだろうな」

 この声が正しければリリーアは今後命の危機に晒されることになるという予言とも言える。


 ――この運命に抗うことは出来ない、啓示されし者が彼女を選んだ、逃れようにも世界樹を支える『選ばれし神子』は世界樹へと向かいだす、それを止めようものなら躊躇いなく妨害するものを排除し世界樹へと歩み出る。

 

 あれのことはリリーアがそれを知っているからだろうか、あそこまで攻撃的になるのは世界樹のために動いてるからと思える。男の声はまるで全てを知ってるかのように語りかけている。

「『選ばれし神子』、リリーアが言っていた神子の意味か?」

「恐らくね……」

 ブレンとメルがお互いにおかしいところが無いかと確かめている間にも話は続く。


 ――約束の地、そこへと行く閉ざされた道は『選ばれし神子』となればあらゆる手で切り開かれる、困難が立ち塞がろうと支えし者達と共に自らの真実を告げ約束を果たし、世界樹へと生命を捧げ永遠の眠りへ就く。


 男の声は途絶えるかのようにいくら待とうと聞こえなくなった。

「一体なんだったんだ?」

「分からない、だけど私達が動くことを既に知ってたみたい」

「これ、リリーアにも聞こえたかもしれないな、調子戻ったら少しだけ聞いてみるか」

 声の正体は何であるのかリリーアはあまり思い出せないとは言っているが恐らく知っているはずだ、まだ何かを隠していると思ったのである。

「体調が良くなったら早く行こう、セーブルなら高速バス使えば行けるからな」

「そうだね」

 今日のところはメルが帰るまで付き添ってくれた、自分のやることがあるのに母親のように付き添ってくれているのはお互いに幼馴染の絆、例え離れていてもいつかは一緒になってしまうほど力強いものである。


 ◆


 ――フィオ……もし先に逝ってたら私どうすればいいの……?


 暗い病室、意識を取り戻したリリーアはベッドに横たわっている、まだ全身が重く寝返りが打てないほどだ。

 真実を受け入れてくれないことだけで暴走した自分の事を思い出すと意識が徐々にオルディアの世界樹へと引き込まれているのを感じるのだ、封じられた記憶から出てきたのは母親がまだ言葉を理解できない子供の頃から自分の真実と最期がどうなるのかを教えてくれていたことだ。

 自分は世界樹へと捧げられる神子の一人であって、十五歳を過ぎるとどうなるかが決定される、選ばれずに寿命を全うするか、選ばれて世界樹へと生命を捧げてそこでとてつもなく短い人生を終えるのかとそう教えられたのだ。

 あの声が聞こえた以上、自分は紛うことなく「選ばれた」のだ、オルディアのことを全く知らないブレン達がこれを聞いて許せないのも分からなくはない。

 神のために行われる凄惨な生贄の儀式はアースガルズでは遥か昔まだ人間が現れだしたくらいの頃にあったものであるが、それは宗教が確立されると陳腐化していき、身体を捧げるような儀式は無くなり平安を祈ることで今に至っている。

「フィオ……許してくれるかな……」

 あの村を去る前の頃だ、一人孤児院で蹲っている少女フィオが居た、言葉を交わすのがやっとであったが自分自身のことを話すと打ち解けて、たどたどしくても仲はやがて良くなり絆も強いものになったのだ。

「一緒に逝こうって……だけど神様はそうしてくれるのかな……?」

 フィオはリリーアと一緒に運命を辿ることを誓った、一人で居なくなるくらいなら一緒に逝ってほしいと願ったのだ。

 約束の地へと戻った時、フィオが先に逝っていたら約束破りどころではない、そうなればあの世で出会い許すまで謝り続けなければ簡単に許してはくれないであろう。

 あの村は神子を匿うところであった、オルディアでは神子は「災いをもたらす」と言う理由から禁忌扱いであったためだ、どんなに隠そうとも分かる者が必ず居て村だろうが大都市だろうといじめを受けたりして自ら命を断ってしまう者もいるのだ。

 今思い出せるのはこのくらいだった、涙を湛えた瞳からポロッと流れる。

「フィオ……絶対に行くよ……学校のこともあるけど……」

 とにかくフィオと出会って約束を時を破ったことに対してしっかりと謝らないといけないのだ。

 ブレン達には分からない真実、それを知れば嫌でも分かってくれるはずだ。

 まだ寝ていないと動けそうもない、リリーアは涙を流しながら再び眠りに就いたのであった。


 ◆


 薄暗い研究室、理解不可能な機器が所狭しと鎮座している。

「レーダーに映ったわ! アースガルズに居るなんてやはりあの時の動向がバレたみたいね……」

「そのようだ、俺が案内士ガイドのフリをして誘導してあそこに行かせ眠ったところでそれを取ればいい、持ってくればお前の言うものが完成するのだろう?」

 大型のディスプレイには各大陸の衛星地図が表示されている、大陸には多くの七色の点が光っているがモードを切り替えると数は一気に減り六色で数を数える程度に光っている。

 それを見ているのは安っぽい薄緑色のワンピースの上に白衣を羽織り、絹のように細く艷やかで腰まである金髪、全体的に体格が細いせいで見るからに明らかに体力が無いように見える、瞳は青と紫が混ざっており不気味な印象を持つ女性が嬉しそうな表情で見ている。

 その隣には黒服を纏い背丈は二メートルあろう巨体で髪は銀色で短髪、瞳は真っ赤に光っている、復讐心や何かしら闇を持っているかのような狂気めいた表情で共に見ていたのだ。

「えぇ、後一つなの、光属性は滅多に出ないしそれに摘出出来る適齢期を考えればアースガルズに居るあの娘しか居ないわ、他はあの村に居るけど適齢期以下だしまたやろうとしても最悪居場所を突き止められかねないわね」

「それを産んだのは俺を倒したアイツだ、ククク、また派手に暴れられると考えると楽しいものだな」

「いい? 貴方はあの娘から七大天珠を奪ってさっさと持ってくることよ、余計なことはしないでほしいわ、あの時は余計なことしたから貴方は負けたのよ、再誕したからと学習しないのであれば困るわ」

 呆れた声で男へと語る女性、男は狂った思考をしているため命令すら無視しては明らかにやらなくていいことをやるなど難ありであるのだ。

「あぁ、しかしどうもおかしな奴が居るようだ、それもお前が言う娘に付き添っている」

「どういうことよ?」

「これを見ろ」

 男が指先からホログラムのウィンドウを出す、そこにはブレンとリリーアが映っていた。

「ただの少年じゃないの、どこもおかしいと思えないけど?」

「こいつは俺達オルディア人の精神世界に潜り込める力を持っている、そして七大天珠を扱うことが出来る、もし『同調』したら俺がどんなに全力で叩こうとも倒せなくなる」

「同調……七大天珠と契約して操るとなったら勝てないのは確かね……」

 男はブレンを恐れていた、その隣に居るリリーアがそれであるためもし『同調』すれば全てを滅する力があろうとも同等の威力でぶつかり合うことになり撃破出来なくなるのだ。

「ただアースガルズはお花畑だらけだし、いつでも奪えそうだけど行けるかしら?」

「そう言われてもな、俺はまだ不完全だ、精神世界で形を作っているが肉体がない、奪おうにも肉体が必要だ」

「そうね……今の貴方は幽霊だからね……」

 男の半身は足元にかけて徐々に消えている、亡霊のような姿、肉体が無ければ奪い取ろうにも出来ないのだ。

「まぁ、七大天珠を取った”抜け殻”を好きに使えばいいわ、男女関係なければね」

「いいだろう、再誕にはある程度の贄が必要だからな」

「場所は分かっているよね? 全部使っても別に良いわ、どうせまた来るんだから」

「ありがたい」

 そう言い男は部屋を去っていった。

「さーて、光属性の七大天珠、私のためにそれをくれれば楽になるのよ……! もうすぐで神になれる……! あんな宗教狂いで革命起こした姉様なんかと違うって思わせてやるわ……!」

 道徳心も何もかも失っている女性はただただそれを完成させることしか頭になかったのだ。

「後は彼に任せて寝るか、何歳かなんて忘れてるけど体を改造しても劣化には抗えないわね……」

 女性は部屋を後にして寝室へと向かった。

 その一方で男は”抜け殻”のある部屋に居た、そこには少女達が安っぽいパイプ製のベッドで眠っている。

「さぁ、俺の血となり肉となれ……! 再びの破壊のために……!」

 少女達が浮かび上がり悲鳴なく男へと吸い込まれる、黒い波動が出て男は失っていた肉体を完成させたのだ。

「行ってくる、契し者のためならば……」

 その男は消え、目的地アースガルズのある場所へとファストトラベルをしたのであった。


 ――カチコチカチコチと世界崩壊の時を刻み始めたのであった。

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