第7話 プレゼント
3年後――
「さあアクト! 日が沈んできたから、そろそろお家に帰ろう! お母さんが美味しいごはんを作って待ってるぞー!」
「わかった、おうちかえる~!」
どこにでもある、ありふれた親子の幸せな姿――
アクトと名付けられた赤ん坊は、両親の愛を一身に受けてすくすくと成長していた。
「パパ、抱っこして!」
「よーし、しっかり掴まるんだぞ! そおれっ!」
父の肩ごしに見える、いつもより高い目線からの景色に興奮するアクト。
誰もが顔をほころばせるような微笑ましい光景だが、一つ他の家族との違いがあるとすれば、それはアクトの手足や顔を不気味な痣が覆っているという点だった。
この3年間、夫婦は学者としての人脈だけでなく、父トールが旧貴族のルーテウス家出身であることを活かしてあらゆる
万病に効くとされる『グランフォーレ大森林』産の薬草、『神聖都市サン・ヴィヴァン』製の聖水、『オリエンス山脈』に住まう恐ろしい竜種の生き血……
いずれも思うような効果を得ることができないまま月日だけが流れ、日増しに広がっていく痣に不安を募らせながらも、夫婦は決して諦めず献身的に世話を続けてきたのだった。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
父トールの腕に抱かれながら進むことおよそ15分――ふたりは木造の質素な一軒家に到着する。
そこは村はずれに位置する森に面した静かな場所だった。
誰に言われたわけでもないが、ラバナ村の住人に不安を与えないよう夫婦で話し合って引っ越したのである。悪魔の呪いが数々の悲劇をもたらしてきたことは、この大陸に住むものなら誰しもが聞いたことがある常識であり、周囲の気持ちを無視して村内に留まるべきではないと考えた末の対応だった。
しかし当のラバナ村の住人たちは、そんなルーテウス家の事情を理解した上で、以前と変わらず一家と接する温かさを持っていた。
村に行商人の一行が到着すれば誰かしらが知らせに来てくれ、森で珍しい薬草が採れれば真っ先に届けてくれるなど、村中で親子をサポートしてくれるのである。
アクトが痣の痛みと恐怖に晒されながらも不自由なく育ってこれたのは、こうした周囲の支えがあってのことだった。
「ミリアー! 今帰ったぞー」
「ただいまーー!」
「あら、お帰りなさい! 今さっき夕飯ができたところよ!
――うふふ、今日はアクトがわたし達の元にやって来てちょうど3年。記念すべき3歳の誕生日でーす!! いつもより奮発してご馳走を作ったわよ~!」
「「 誕生日おめでとう! 」」
部屋に入るなり両親からの祝福を受けたアクトは一瞬ポカンとした表情をしていたが、すぐに状況を把握して喜びを爆発させる。
「はっはっは、そんなに飛び跳ねたら床が抜けるぞ?」
「ふふ……アクトったらはしゃいじゃって、まずはお手てを洗いましょうね~。キレイになったら皆でご飯にしましょう!」
手洗いを終え、3人は食卓を囲む。
決して裕福ではない家庭だが、この日のために両親は意を凝らした飾りつけや料理を準備してきた。アクトはいつもより賑やかな室内と彩り豊かな食卓を見て、目をキラキラと輝かせている。
「じゃあ、皆で一緒に――」
「「「 いただきまーす!! 」」」
先ほどまで暮れなずんでいた窓の外は、いつの間にか一番星が瞬く夜空へと移り変わっていた。暖かなロウソクの灯りが部屋を照らす中、アクトはごちそうを頬張りながら今日の出来事を自慢げにミリアに語って聞かせる。
ミリアは嬉しそうに満面の笑みを浮かべ、時おり大きく頷いたり拍手をしながら聞き入るのだった。
食事が一段落した頃、トールはそっと隣の寝室へ向かい、しばらくして二つの箱を持って戻ってきた。
「ほーら、アクトに誕生日プレゼントだぞ!! まずはパパとママからだ!」
そう言って右手に持っていた箱をアクトに手渡すと、アクトはすぐさま箱を受け取り蓋を開けて中を覗き込む。
「わーい!! くつだー!!」
「アクトは外を探検するのが好きだからなあ。その靴を履いて、また明日から楽しい“冒険”をしような!!」
靴を両脇に抱えて大喜びするアクトに、今度は左手に持っていた小さな箱を手渡すトール。何やらミリアと顔を見合わせてニヤリと笑っている。
「こっちはアイシャちゃんからだ! 良かったな、アクトよ!」
「早くも色男ぶりを発揮しちゃったのかしらねえ? ふふふ」
アイシャの名前を聞いたアクトは、貰ったばかりの靴を床に置いてすぐさま受け取った小箱を開ける。――中には手作りの星形ペンダントが入っていた。
「わあ……きれい」
手作りとはいえ、使われている星形の石は本物の宝石のようだった。青空のように澄み渡った青色に見えたかと思えば、アクトの瞳の色を思わせる深い碧色にも見える不思議な宝石である。
「きれいな色ねえ……! さあおいでアクト、向こうのお部屋で首に掛けた所を鏡で見てみよっか!」
「うん!」
そう言ってミリアとアクトは手を繋いで寝室の方へ歩いて行く。
幸せなひと時はあっという間に過ぎ去り、祭りの後に去来するもの寂しさのような感情を噛みしめつつ、トールはふと窓の外へと目をやる。
――煌々と輝く月と星々が空一面を覆いつくし、森と遠くの山脈の輪郭を浮かび上がらせている。
「あとふた月もしない内に冬が来る。そろそろ本格的に冬支度をしないとなあ」
大きく伸びをしながらそんな独り言をつぶやいたその時、トールは微かな違和感を感じ取る。
「――うん、何だ? 今、茂みで何か動いたような……」
この時期は一部の『魔物』や大型の獣も“冬備え”で活発になる。万一寝ている時に襲われてはならないと、トールは狩衣を着込み
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