第5話 魔王の誕生⑤
「リ、リゼ――?」
「ああ、ガランド……何という事を……! あなたは取り返しのつかない事をしてしまったのですよ!」
感動の再会となるかと思いきや、開口一番リザから発せられた言葉はガランドにとって意外なものだった。
「す、すまない……どうしても君に会いたかったんだ。君のいない世界は、俺には……耐えられなかった……」
「私だって――私だってもう一度あなたに会いたかった! ずっと傍にいたかった……! でもあなたは……よりによって『悪魔』と取引をしてしまったのよ!」
「あ、悪魔……? リゼ、君にはあの声の主が見えているのかい?」
「今は見えないわ。――でも、呼び戻されてから私は魂としてこの場に留まって、あなたと“アイツ”を見ていたの。あなたが話していたのは悪魔……そう、あれは伝承にあった悪魔の姿そのものだったわ! あんな、あんな恐ろしい存在が人間を手助けするなんてあり得ない……きっと騙されているわ!」
[ククク……騙していたなどと人聞きの悪いことを。約束通り女は復活したではないか]
「じゃあ、箱が空いた時に出てきたアレは何なの!?」
[『災厄』だ。最初にそう言ったはずだが、もう箱の名前を忘れたのか?――かつて私の身に宿っていた全てが……闇の源泉と共に深淵の力が解放されたのだ]
心の底から欲していたリゼの温もりを取り戻し、身体に残る激痛が和らぐにつれ、徐々に思考のノイズが消えていく。その代わりに去来するのは、自分の“しでかした事”の重大さだった。
“これ”を聞いてしまったら、今はおぼろげな自分の“罪”の形がはっきりと像を結んでしまう……それでもガランドは震える声で悪魔に問うことしかできなかった。
「災厄とは何なんだ。解放されたら……一体どうなる……?」
しばしの静寂の後、緊迫した雰囲気を払うように聞こえてきたのは、愉快そうに笑う悪魔の声だった。
[すでに事は成った……この幾千年ぶりの高揚感に免じて特別に答えてやろう。
災厄とは、ありとあらゆる『呪い』を孕んだ種子だ。大地に、水に、生命に宿り、闇の力を育む。それはやがて恐怖を、争いを、そして死という果実を実らせ世界を混沌へと導くのだ]
絶句する二人をよそに、悪魔はなおも言葉を続ける。
[我ながら、実に遠回りで回りくどいやり方だった。だが、私が神々に敗れこの谷底で滅びを迎える間際にできることは限られていた――残っていた力の全てを箱に封じ、このような魂ですらない不完全な存在に身を落としながら、“条件”を満たす契約者が現れるのをひたすら待った。……再び闇が世界を覆いつくす日を願いながらな]
「――条件? 箱に血と魔力を与える以外に何かあるというのか……?」
[契約を結ぶのは誰でもいいわけではない。“その後”の事を考えれば当然のことだ……本当にお前には感謝しているぞ]
「勿体ぶるな……! 俺は……俺は一体何をしてしまったんだ!?
――これから俺は生涯を懸けてこの罪を
[クックック……これだから人間というのは……]
一際愉快そうな笑い声を響かせながら、悪魔は言葉を続けた。
[クク……何をしたのかだと? 願ったではないか! 死を取り除き、いつまでもその女と居たいと!]
その言葉に呼応するように猛烈な風が吹きつけ、周囲の闇の魔力がざわつき始める。ガランドはリゼを庇うように肩を抱き寄せ、油断なく虚空を睨みながら警戒を強める。
[その表情――まだ飲み込めていないようだな。お前たちは血の契約によって死を取り上げられたのだ。しかも――]
「馬鹿な! 死を……取り上げただと!? それじゃあ俺たちは……!」
[まあ待て……どうせ狼狽するなら、もう一つの面白い事――血の契約の中身について聞いてから存分に絶望の音色を発するがいい]
悪魔はガランドの反応を楽しむように、焦らすように少し間を置き、契約について語り始める。
[血の契約とは、願いを一つ叶える代わりにその者を闇の源泉の依り代とする、というものだ。――『魔王』となった、と言えば人間でも理解できるだろう?]
「ああ――何てこと……!! やはりガランドを騙していたのね!?」
[全てを話していなかっただけだ。――ククク、仮に全てを知っていたとして、その男が契約を思いとどまったとは思えんがな]
目を見開き、呆然自失となったガランドの身体を支えるように寄り添うリゼ。
ぽろぽろと大粒の涙を流しながら、ぐちゃぐちゃになった感情を必死で押し殺して耐えるしかできない彼女の様子を見ながら、悪魔は更に追い打ちを掛ける。
[嬉しかろう? 老いることも死ぬこともない体で、愛する者と永遠の時を刻むことができるのだ。贖罪など叶わぬ……この世に闇を供給し続ける装置――魔王として、深まっていく自身の罪と、闇に侵されゆく世界を見つめ続けるがいい!]
耐えきれなくなり、膝から崩れ落ちて嗚咽を上げるリゼ。その傍らで立ち尽くすガランドは、頭の中をくり抜かれたような真っ白な思考を繰り返す。
唯一、ヒヤリとした汗が背中を伝っていく感覚だけが現実と繋がっていた。
身体の奥底から湧き上がり充満する闇の力――
洞窟にこだまする悪魔の高笑いとリゼの悲痛な泣き声が、いつまでも止むことなく響き渡るのであった。
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