第6話 迷い人

季節はめぐり、この世界で2度目の冬が終わる頃――

私は人が滅多に来ることのない森の片隅にある小さな池のほとりに、お手製の住処を作ってひっそりと暮らしていた。


あの時わたしに降りかかった不思議な現象の数々……これを解き明かすのが今の私のルーティンになっている。



あの光はあらゆる存在の記憶であり、設計図のようなもの。

石や水、植物や生物に至るまで全ての物に宿り、あの不思議な光の空間に繋がっている。


――あの場所に行くときに私が感じるのは、まるで川の上流へ遡るような感覚……だから私はあの場所を、全ての存在の源であり発生点という意味を込めて〈始まりの地〉と呼ぶことにした。


そしてそこを埋め尽くす無数の光は、存在の根幹を成す情報が蓄積された始まりの光――〈原初の力〉と名付けた。



「うーん、流石にもうこの辺りの魔物は全部調べ尽くしちゃったなあ……」


あの時から……私は原初の力を視ることができるようになった。

この力はとっても奥が深くて、集中すれば物や生物に関する情報を始まりの地から引き出して確認することもできる。


――さらに面白いことに対象が生物の場合、激しい頭痛と引き換えにはなるけれど、相手が持っている“特性”を自分に取り込むことさえもできてしまう。


そのことを発見した私は嬉しくて、新しい魔物を見つけては相手の特性を私の身体に取り込むようになってしまった。


本当に不思議よね……

気配を消すのが上手になったり、身体や魔力が強化されたり、怪我の治りが早くなったり――色々な特性が私のものになっちゃった。

お陰でもうすっかり“野生”の生活が板についてきたし、この辺りの魔物だったら大抵のヤツは余裕で倒せるようになったわ……!


でも、そろそろ隠れて暮らすのも辛くなってきちゃったなあ。

もっと沢山の人と話をしてみたいし、色んな本を読んでみたいな……



‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


そんなある日

いつものように池のほとりで魚を釣っていると、森の中で何かが動き回っているのを感知する。


「あれ……? 何だろう、もう少し詳しく視てみようかな――」


感知を集中すると、それは4名の人間であることが分かった。

――どうやら森の魔物に襲われて逃げている所らしい。



‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


「はぁ、はあっ、くそぉ……!こんな時にオークの群れに見つかるなんて……!! 何たってこんな森の奥地に住んでるんだ“森の魔女”は――!」


「――後ろから投石です!!」


その言葉に一斉にふり返ると、一行の背後から人の頭より大きな石が2つ、3つと猛スピードで迫ってくる。

辛うじて誰も直撃することなく避けることができたものの、一人が地面で跳ねた石に巻き込まれてその場に倒れてしまった。


迫り来るオークの群れ――

倒れた仲間を助けるか見捨てて逃げるかの選択に迫られる一同の視界を遮るように、視界の上から一つの影が降り立つ。


同時にオークたちの頭上から無数の雷が次々に降り注ぎ、静寂な森の中を醜い絶叫が響き渡るのだった。



「大丈夫? 危ない所だったね……!」


「た、助かりました……! あなたが“森の魔女”ですね?――雷を招来するとは恐れ入りました……!」


森の沼地に棲息する“電気ウナギ”風の魔物から得た魔法のイメージを元に作ったオリジナルの魔法――あんなに魔力を込めて使ったのは初めてだったけど、中々様になっていた気がする……!



「ふふ、お褒めにあずかり光栄ですわ!――って恰好を付けている場合じゃないの。そんなことより、そっちの人ケガしてるじゃない……ちょっと見せて!」


怪我した脚をかばいながら仲間の肩を借りて立っている一人の男――その脚からは血が流れている。急いで男のもとに駆け寄り、これまた覚えたての治癒魔法をかける。



「す、すごい……!血が止まって……傷口に薄い膜が――!」


「脚が……何だか温かい……! 森の魔女はこんな事までできてしまうんですね!」



さっきから飛び交う“森の魔女”というフレーズ……たぶん私の事を言っているんだと思うけど――何で私のことを知ってるんだろ、森の魔女ってどういうこと……!?



「――私の魔法じゃ完治まではできないの。とりあえず出血は収まったから、あとはこの軟膏を塗って包帯を巻いておくといいわ」


森の薬草をペースト状にして作った特製の薬を手渡すと、男たちは手際よくけが人の処理を施していく。処理が終わると、一行は深々と頭を下げて口々にお礼を述べるのだった。

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