第5話 不思議な光

ブランカ村を出て北西を目指すこと20日――

以前見た大陸の地図を思い出しながら、中央平原を目指して歩き続けてきた。


「お腹すいた……」


もう3日もロクに食事をとっていない。

村で覚えた火を起こす魔法を使って雪を溶かせば水は確保できるけれど、栄養がありそうな固形物はこの残雪の大地では中々見つけることができなかった。


出発して何日か後に倒したスノーウルフを吐き気を堪え泣きながら解体して食いつないでいたけれど、あれから魔物にすら出会っていない――


「うう、何かいないかな……あまり強い魔物がいても怖いけどさ――」



その言葉が呼び水となってしまったのか、しばらくして上空にいる恐ろしい“何か”の姿が視界の端に写り込む。


慌てて上を見ると、そこには翼の生えた大きなトカゲのような魔物がバサバサと羽ばたきながら飛んでいた。



何あれ、まさかドラゴン……!?

――まだこっちには気づいていないみたい。

あんなのに襲われたら、あの鋭い爪と牙で……ううん、変な想像しちゃダメ! 今はとにかく逃げないと……!


そう思って気配を消しながら足早に距離を取ろうとした時、10mほど前方に見覚えのある狼が低い姿勢でこちらの様子を窺っているのに気づく。



時間が凍り付き、心臓が締め付けられるような感覚――

前にスノーウルフを倒した時は、めちゃくちゃに魔法を撃ちこんでショートソードで一突きにすることで何とか切り抜けられた……しかし今度は上空にあのドラゴンのような魔物がいる。


どうやってこの状況を切り抜けようか思考を加速させていると、追い打ちをかけるように正面の狼の左右から2頭、3頭と次々に別の狼が茂みから姿を現した。



――嘘でしょ!?

何で今回に限って群れで遭遇するのさ!

もう四の五の言ってられない……何としてもこの場を切り抜けないと!



そう覚悟を決め、空腹で朦朧とする頭で無理やり集中力を高めて魔力を練り上げ、狼の群れに特大の風魔法を撃ち出す。――放たれた3枚の風の刃は真っ直ぐに狼の元へと突き進み、2頭の狼に直撃した。


ギャォオオン!!!


断末魔の鳴き声が周囲にこだまし、同時に残りの3頭がこちらに駆け出してくる。

鋭い爪をこちらに突き出して飛び掛かる狼との間に魔力で障壁を作り、何とか攻撃を防いで狼たちの間を走り抜けることに成功――


走りながら魔力を再び練り上げて振り向きざまに巨大な火球を放ち、襲い掛かる狼に叩き込む。勢いよく燃え上がった炎は地面の雪を溶かし、辺りは大量の水蒸気に包まれていった。


怯み戸惑う狼とは対照的に、相手の位置を冷静に記憶していた私は、その場所へもう一度風の刃を打ち込む――すると蒸気の向こうから残りの2頭の叫び声が聞こえてきた。



やった!

我ながら完璧な“試合運び”だったわ……!

一旦ここを離れてアイツをやり過ごして、食料確保のために後で戻っ――!?


束の間の勝利の余韻に浸っていたその瞬間、水蒸気をかき分けて上空からナイフのような形をした無数の圧縮された風が降り注いでくる。


「――えっ!?」


咄嗟にヘッドスライディングのように前方へ力いっぱい飛んで上空からの攻撃を避けるが、受け身を失敗してアゴと肘を強打してしまう。


「痛っ――!」


打ちつけた衝撃で視界にキラキラとした光の粒子が飛び交う中、背後から不穏な風切り音が聞こえてくるため、歯を食いしばって立ち上がり、魔力で背後に不格好な障壁を作る。


しかしその直後、ガラスが割れるような音とともに魔力障壁が砕け、背中に経験したことのない衝撃が走り抜ける。

突き飛ばされるようにして数メートル宙を舞い、再び全身を強打してしまうのだった。



「あ……あう……ぐっ――」


口のなかを鉄臭い血の味が覆っていき、じゃりじゃりとした土の食感が混じっていく。 痛みと恐怖と焦燥で頭の中は完全に錯乱し、思考をただ一つの強い思いが塗りつぶしていった。



いやだいやだいやだ怖い怖い怖い死にたくない死にたくない死にたくない――!!


「じにだぐないよおおおおおお!!!!!」



獣の咆哮のような叫びと同時に、胸元の刻印が光り出す――

視界は真っ暗な闇に覆われ、何か途方もない“力”が刻印から溢れ出してくるのを感じる。


「な、何なの!? これは――!」


ダメっ……!これは、この力の奔流に飲まれたら……私は絶対に死ぬ。

何とか制御しないと――!


爆発的な勢いで四方に発散しようとする力を強引に押さえ込み、前方に絞って放出するイメージで力を開放する。


まるでダムから放流される大量の水のように、胸の刻印から噴き出していく光の激流――その眩しさに瞬きをすると、次の瞬間には真っ暗闇から先ほどの雪原へと視界が切り替わっていた。


同時に全身の細胞が千切れて分離してしまうのではないかと思えるほどの激痛が走り、目の前が強烈な青白い光に包まれる。



この光は――魔力だ……!

原因はともかく、刻印から大量の魔力が爆発的に溢れ出している――!

私を狙って滑空してすぐ目の前に迫っているドラゴンの魔物……私は咄嗟にそこに意識を集中して魔力を放出した。


凄まじい衝撃と共に遥か後方に吹き飛ばされ、途方もない魔力がドラゴンへと打ち出される――地面はめくれ上がり、昨日まで雪混じりの雨を降らせていた灰色の雲はかき消されるように消えていった。


青い空が顔を出したのが目に入った直後、視界は再びブラックアウトしてしまった。



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暗黒の空間を意識が彷徨い、どこかに吸い寄せられていくようにスーッと流されていく。――気が付くとそこは視界を覆う程の無数のランプのような光が浮かぶ不思議な空間だった。



「な、何なの……ここは……!?」


柔らかな黄色がかったオレンジ色の光が数えきれないほど空に浮かんでいる。

普通ならこんな常軌を逸した光景を見たら恐怖に慄くかもしれないのに、何故か心は静けさを取り戻していた。


「信じたくないけど、ここが死後の世界ってやつ……? まだ、私にはやりたいことが山ほどあったのに、まだ死ぬわけにはいかなかったのに――」



何気なく近くにあった光の球に手を伸ばし、指先が触れた瞬間――

私の意識はそこで途切れてしまった。



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再び意識が戻った時、目を見開くと、そこには青空が広がっていた。

身体に意識をやると、頭の先から足のつま先まで、全身くまなく痛みの信号を発していて指一本動かせない状態になっている。


眼球を動かすだけでも頭に痛みが走り咄嗟に目を閉じてしまうが、この時不思議な感覚に包まれる。



――えっ!?

どういうこと……? 目を閉じているのに周りの風景が“視える”――!

さっきまでこんな事はなかったのに――どうしてこんな……?



次から次へと、一体何が起きているの?

私は……どうなってしまうの

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