第4話 追放
数か月後――
今日も真夏の空の下、私はいつものルーティンワークをこなし、村の女性たちと近くの川で汗を洗い流す。
畑の作物を世話したり、魔法の練習をしたり、村の書物を読み漁ったり――自分の知識や技術を向上させるのはもちろん、地球の知識を使って村の暮らしを便利にすることにも注力してきた。
たまに村に〈魔物〉と呼ばれる狂暴な獣が入ってくることはあるけれど、狩人が連携して手際よく退治してくれるので比較的平和に暮らすことができている。
教授と呼ばれ研究室に籠りきりだった毎日が嘘のように、身体を思いきり動かし魔力の訓練をし、新しい知識を吸収する……そんな充実した日々がとても心地よい。
昔から無表情で感情が薄いと自他ともに認めるほどだったけれど、この世界で体験するあらゆる事が刺激的で、自分でも信じられないくらい色んな感情が湧き出てくるようになった。
「ねえジャンヌさん、いつも気になっていたんだけど……その胸にある入れ墨はどういう意味があるのかしら?」
ステラさんが不思議そうに尋ねる。
「うーん、何だろう。こっちに来てから突然あらわれたから……私もよく分からないんだよねえ。たぶん入れ墨じゃないとは思うけど――」
「ふーん、それにしてもジャンヌはスゴイね! 全然喋れなかったのに、もう私たちと変わらないくらい上手に話せるなんて……!」
「ふふふ、レインが毎日私の勉強に付き合ってくれたからだよ! 実はこう見えて、ここに来る前は結構有名な研究者だったの。基本的に何かを勉強したり研究したりすることが好きなのよ!」
「私もジャンヌに色々教えてもらったよ! 何だか“小っちゃいお姉ちゃん”ができたみたいで毎日がすごく楽しいの!――ずっとブランカ村にいて欲しいなあ……!」
「小っちゃいは余計だってば!!――特に行く当てもないし、“お姉ちゃん”としてもまだしばらく村において欲しいな。村に貢献できるようにもっともっと頑張っちゃうよ!」
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ある日、いつものように魔法の練習をしていると、村長が慌てた様子で走ってくる。
「あら、村長――どうしたんですか、そんなに慌てて」
「ジャンヌよ……そなた、〈闇の刻印〉を持っているというのは本当か……!?」
「闇の……刻印ですか……? 何のことだか……」
「胸に刺青のような紋様が刻まれていると聞いた……これが本当であれば、ワシはそなたをこの村に置いておくことができなくなる――」
闇の刻印……?
えーっと、確かこの前……児童向けの本で読んだはず――
確か《深淵魔法》という悪魔の魔法が封じられていて、国を滅ぼしてしまったという物語だったわ……! あれはおとぎ話じゃなかったの!?
「何だか話の理解が追い付かないけれど――実際に見てもらえば分かりますか?」
そう言って服の襟を少し下げ、紋様を村長に見せる。
「あ、ああ……何という事じゃ! それは間違いなく闇の刻印……!」
それを見た村長は、たちまち青ざめた顔で一歩、二歩と後ずさってしまう。
――拳を握り、髭に覆われた口を真一文字に結んで何か葛藤をしているように見える。
「ワシは村長として……そなたに伝えねばならん。――こんな事を言いとうないが、この村から出て行ってくれんか」
「そんなに――そんなに危険なものなんですか!? 私は村に迷惑は掛けません! 少しでも皆が豊かになるように一生懸命働きます……! どうか追放だけは――!」
「――その刻印は持ち主の意思に関わらず、古来より多くの死と破壊をもたらしてきたのじゃ。国によっては刻印を持つ者は粛清の対象となっていることもある……もし国に刻印持ちを匿っていると知れたら、村ごと責任を取らされてしまうのじゃ!」
悔しそうに体を震わせながら深々と頭を下げる村長――
縋りついてでも村において欲しいと頼みたい衝動に駆られるが、ステラさんやレインをはじめ村人に迷惑が掛かってしまう……
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私は激しく葛藤した末、村長の申し出を受けることにした。
――村長は私の刻印を理由に追放する形ではなく、あくまで私の意思で旅立ったという体をとってくれた。水や食料、各種装備を持たせてくれたので、最初に降り立った時よりはかなりマシな状況かな……
「ジャンヌ――どうして!? ずっと村に居てくれるって言ってたのに……!」
涙を流してしがみ付いてくるレインの頭を撫で、感情をぐっと堪えて諭すように話をする。
「ごめんね……! 色々事情ができて、出て行くことになっちゃったの。もっと一緒に居たいけど、ごめんね」
突然降って湧いた闇の刻印という正体不明の紋様によって、充実していた私の生活は一変してしまった。
村中から惜しまれつつ、私は後ろ髪を引かれる思いでブランカ村を後にするのだった。
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