Vacation! 7. ミステリアスハニー


「安ホテルでもいいから、とりあえず快適なベッドが付いているところでよろしく頼むぜ」


 目一杯の遊びを満喫したらしいチョッパーは上機嫌だった。

 日が暮れてきたとはいえ、南国特有の気候であっては寒さなど皆無。

 

 ――――チョッパー、てめえはビーチで寝てろ。


 と言えたらどんなに清々することか。

 結局、おれは邵景シァオジンとの意味深な会話の後、みんなに無理矢理引きずられて海に放り込まれた。

 

 それを煽動した張本人がチョッパーなのは言わなくても分かるだろ?


「予約なしでこの大人数が止まれるところがないようですね」

「こうなるとみんな、別々のホテルで泊まることになる」


 ビーチ近くのホテルはどこも満室なようで、探しに行った邵景シァオジン唐瞳タントンが難しい顔で戻ってくる。


「オケまるー! そいじゃ朝まで遊ぶしかないっしょ!」

「いいねコハたん、遊ぼうぜ!」


 テンションあげあげのコハルがビターとハイタッチ、しかし、背後に控えていたカオとハニーがまなじりを釣り上げて苦言を呈す。


「待ちな若者、私にお前らのような体力を求めるな。お姉さんは寝たいゾ!」

「頼む、ビター。寝かせてくれ」


 そりゃそうだ。

 なんたっておれたちはC-130輸送機の中、決して良い環境ではないところでしか休んでいない。

 いくら軍人とはいえ質の良い睡眠が取れなければパフォーマンスは落ちよう。


 ま、おれはチョッパーというクソ野郎のせいで一睡もできんかったが。


「遊ぶにして休むにしても、拠点となるホテルが欲しいのは確かね。別々だと集合するのにも時間かかるし、せっかくの休暇時間を無駄にしたくないわ」

「え!? 別々でも――――」


 あっぶね、空気読まない発言でミルの提案を阻害するところだった。

 女子は群れるのが基本。

 そして群れた女子の意向に釘を刺してはならない。

 ここではおれの意見は必要ない!

 

「海岸付近の宿泊施設の確保が容易ではないとしたら、市街地側のほうがいいのではないか、アゼル?」


 リディア大佐おれの心境よめーーーーい。


「仕方がない。私に任せておけ」


 ここでハニーが頼もしく立候補する。

 ちなみに今の姿、黒い水着なのだが、トップと胸の間がお腹までぱっくり開いているタイプで、セクシーさ抜群。

 だがエロくない程度にレースのビーチウェアを着込んでおり、おまけに黒のかっちょいいサングラスを頭に添えているのだから、もはやどこかのセレブなんじゃないかと勘違いされるほどの出で立ちだった。


「よし、みんな、ハニーの突撃精神に敬意を表して任せよう!」


 と、勇ましい号令を発したおれであったが…………


 選ばれたホテルはこれ!

 ビーチのすぐ傍、十数階の最上階。

 等級グレードは大変なものであり、正にセレブ以外、逆立ちしたって泊まれない最高級ホテルだった。


「いくらコールサインがスウィートハニーだからって、こんなスウィートルームを取るなんて…………」


 もちろんおれ以外もぽかんとした表情で佇んでいる。

 ここはホテルの最上階にして最高級のペントハウス形式豪華絢爛な部屋。

 広大な面積を誇る、要人クラスしか縁のない、まさに至宝の空間が目の前に広がっているのだ。

 どうやら最上階を全部借りたようで、それぞれの個室の他、何十畳あるか分からないリビング、バーカウンター、キッチン、室内プールにカラオケ設備と、SNSで絶対映えるやつだった。


「あんた……、何者?」

「しがないパイロットさ」


 肩を竦めるその仕草、やけに決まっている。

 もう少し追求しようか、それともこれはまたプライベートまで突っ込む野暮なことなのか、思案している最中、周りは堰を切ったかのように騒ぎ出した。

 まるで遊びに夢中の子犬のように、それこそ尻尾があったらブンブン振り回しているレベルではしゃいでいる。


「しがないパイロットで泊まれる料金じゃないだろ……」

「そこは生まれの問題だ」


 ハニーはそのままバーカウンターに近付き、グラスを二つ取ると、色々な酒瓶を物色しながら適当に幾つか取る。

 炭酸や果汁液、ミキサーやシェーカーと様々な物が並んでいる中、グラスに氷を入れ、幾つかのアルコール、果汁を細かく計ってから注ぎ、小さなスプーンでかき混ぜた。


「さあ、召し上がれ」

「未成年でーす。アルコールはNGでーす」

「大丈夫。お前の分はアルコールフリーだ」


 その言葉を疑いたくなるほどグラスの風合いは鮮やかで綺麗だった。

 一応、バーカウンターの席に座って受け取ると、口に含む前に匂いを嗅ぐ。

 どうやら本当にアルコールは入っていないようだった。


「もしかして英国貴族かなんかだろ?」

「実家が裕福なのは間違いないな」


 ハニーは自分でつくったカクテルを一気に飲み干すと、今度は無骨な平たいグラスに変え、棚から琥珀色をした液体ボトルを取り出す。

 それを氷すら入れずにグラスに注ぎ込んだ。


「私はもともと英国空軍のパイロットだったんだが、ある任務でインドに駐留することになった。その過程で助力をしてくれたのがビターなんだ」

「英国空軍って……、何かの秘密作戦?」

「もちろん秘密作戦だよ」


 グラスを一気に呷り、すぐ空にしてからもう一杯注ぐ。

 超飲むじゃん、ハニー。


「オペレーション・シエラ・エクスレイの存在は、英国空軍においては触れてはいけない話題だった。表向きは空軍力強化のプログラムとされていたが、実際は闇の深い内容で、語ることが禁じられている」

「えー、ここにきてゲームの根幹を垣間見ることになるのか……」


 頼むからネタバレだけは厳禁だぞ?

 一応、おれは考察を楽しみたい派なんだからね?


「現行の遠隔操縦の無人機から、完全自立無人機を産み出す為、デバイス構築を目的とした素体マテリアル運用、有り体に言えば実験体、ということだ」


 ハニーのグラスを握る手に血管が浮き上がり、吐き捨てるように言い放った。

 

 要するに【FAO】で飛行実験をして戦闘データ等を蓄積する、その為のパイロットがスヴェート航空実験部隊で、うちらのことを指す、ということだ。

 確かに本人の同意関係なしに、フルダイブマシンから自分の情報を抜かれているのに思うことはある。


 が、まあそんなのはGAFAもやっていることだし、そこまで怒りを露わにすることはないと思うけど。


 結局これ、ゲームなんだしね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る