Vacation! 5. リディア大佐はカワイイ


 初体験の大空散歩。

 水平線に乗っかっている白い積乱雲の輪郭までも鮮明に覚えている。

 途中、なんとか姿勢を維持出来たが半ばパニック状態。

 先に落下した誰かの落下傘が開いたタイミングで、ようやく自分のパラシュートも開閉したおれだった。


 そんなパラシュート競技の結果、チョッパーだけ無様に海面へと没して親愛なる沿岸警備隊に救助された。

 海水浴客が唖然と見守る中、リディア大佐を筆頭に女性陣はみんな砂浜や波打ち際に綺麗に着地、声援をおくられる有様だった。


 そして、もっとも大番狂わせがおれである。


 ビギナーズラックで華麗な着地??


 いやいや。


 砂浜に面する街路樹、椰子の木の枝に引っ掛かっての大勝利だ。


「さすがランキング一位といったところか」


 額に手を当てて、眩しそうに見上げるリディア大佐が笑っている。


「……ねえ、おれをわざと落とした?」

「そうでもしないときみは降りられなかっただろ?」


 痛いところ爽やかな顔をして突いてくるリディア大佐に、それはそれは大きな溜め息を吐き出す。

 そして続々とおれのもとに集まり、笑いのネタにさるのは王道といったところか。


「アゼルっちマジ受けー」

「みんなで写真撮ろうぜー」


 しかも、勝利の栄光もコハルとカオの映えネタにされ、おれを下から上にあおり画面でみんな集合の記念撮影を行うという暴挙に出やがった。


「ねえそれイジメに繋がるの知ってる? そろそろ降ろして欲しいんだけど」


 まったく身動きできないのをいいことに、終わりが見えない撮影時間。

 何が楽しく同じような写真を撮るのかまったく理解出来ないというのに、よりによってリディア大佐も普通に混ざりながら楽しむ始末だ。


「お前らー! んなことやってねーで早く遊ぼうぜ!」


 ようやく救助されたリーゼントチョッパーが登場。

 なんとか降ろしてもらい、おれも無事に自由の身となる。


「あー、最悪の気分だ……」

「なーに言ってんだよ! 休暇はこれからだろ!」

「…………テンションたけー」


 なんでここまではしゃげるんだこの男。

 もうログアウトして休みたいんだが。

 しかし、そう思っているのはおれだけのようで、まずは着替えたいとい女性陣の意向を汲み取ったチョッパーが買い物の提案をしやがった。

 

「ねえ、そうしたらリンカーンロードでショッピングしない?」

「そうだな。そこなら必要な物は揃うだろう」


 ミルの言う場所に邵景シァオジンが頷く。

 そこはマイアミビーチにあるリゾートエリアの一角、オープンエアのスタイリッシュなレストランやカフェが建ち並び、もちろんファッションブランドだって揃っている。

 ゆったりとランチやカフェタイムも過ごせて映えること間違いなし。

 なんで陰キャのおれがこんなことを知っているか。

 フロリダ上空戦の時に人工頭脳SBDのリリィが勝手に解説していたのを聞いていただけなんだけどね。

 

 だが、おれはこの提案に後悔する――――


 ここはフロリダ州マイアミビーチ。

 つまり世界に名だたるリゾートエリア。

 当然、周りにはうんざりするくらいのライト勢がキャッキャウフフしているのだ。


『あんたは知らないでしょうし興味もないと思うけど、このゲーム、結構大きな仮想世界メタバースとして構築されているのよ? 戦闘機のドッグファイトにいらない要素だらけでリソースの無駄だと思ってない? 関係のある企業間と連携して【FAO】自体の仮想世界はどんどん大きくなっているわ。それこそドッグファイト以外の楽しみ方をするユーザーも増えてるし、何だったらあんたたちのほうが少数派になるくらいよ』


 そんな人工頭脳SBDの解説により、おれの知っている硬派な【FAO】は、どんどんライト寄りの仮想世界メタバースに変わっていっていることに絶望したもんだ。

 

 だからつまり、いまこの場所にいる大勢の人間はライトユーザーのアバターということなのだろう。

 お店とかはNPCだとしても、それでもユーザー数が多い。

 確かにこれだけのユーザー数に比べれば、おれたち戦闘機乗り(この表現かっこいい)は少数派に間違いなさそうだ。


「しっかし、女の買い物っていうのはなげえもんだな」

「同感だ。おれは一瞬で済んだ」


 おれとチョッパーはリンカーンロードに付くなり適当なシャツとハーフパンツにサンダルを購入してすぐ着替えたのだが、女性陣はそうもいかなかったようだ。

 もうそれはそれは騒々しいまでにはしゃぎまくってまだ買い物を楽しんでいる。

 あのリディア大佐でさえ、目を丸くして付いて行き、戸惑いながらもその行為に満更でもないようだった。


「なあ、休暇ってどれくらいあるもんなの?」


 おれは派手な色合いのトロピカルジュースをストローで突きながら聞く。


「一週間は貰ったはずだぜ」

「げっ!? マジで?」

「あんだよ、短いって言うんじゃねえだろうな?」

「…………なげえよ」


 休み自体は長いほうがいいのは当たり前だ。

 おれのリアルは毎日が夏休み引き籠もりだが、世間一般的には大歓迎だろう。


 し・か・し。


 本命のドッグファイトが出来ないというところに問題がある。

 こんなお遊びではいつスコアが抜かれるか分かったもんじゃない。

 しかも何が悲しくこんなリーゼント男と一緒にカフェをしなくてはならないのか。

 まったく度し難いほど退屈な時間だった。


「待たせたな」


 そこに買い物を終わらせたリディア大佐がやってきて、


 絶句した。


 顔を輝かせてにっこり笑いかけてくるリディア大佐は、白の帽子に同色のワンピースに身を包んでいた。


 控えめにいって、


 めちゃくちゃ可愛かった。

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