MISSION 58. パリピサーファー


 360°フルスクリーンに映し出された光景は、


 正直に言ってどん引きだった。


 夜明けはどこ行ったと叫び出したいレベルで薄暗く、視界はもやがかかったかのようにかすんでおり、それが暴風雨の雨粒だと分かるのに数秒を要した。

 

『さすがのあんたもハリケーンの中は飛んだことないのね』

「普通は飛ばないだろ!」

『あんた普通じゃないでしょ』

「普通じゃないのは後ろのヤツだって!」


 こうみえても歴代の『FAO』では数々のお遊びをしていた。

 夜間の雲の中に突っ込むこともあれば、滝の中にダイブして空洞を抜けたことだってあるし、遊べる要素は遊び尽くしていた。


 だが――――


 ハリケーンの中に突っ込んだことはない。

 今も人工頭脳SBDが画面に光学補正をしていなければ空間識失調に陥っていた。

 不明瞭な視界に激しい乱気流、それだけならまだしも後方にいるランカーの追撃に急旋回急上昇急下降が続けば、どちらがかなんて分からなくなる。


 この全周囲フルスクリーンは、確かに有視界においての利便性は高い。

 だが、操縦席周囲には通常の戦闘機のような計器類はなく、人工頭脳SBDが必要に応じてバイザーやフルスクリーンに表示させるだけ。

 近接格闘戦に全振りした、正にの仕様が、空間識失調対策である飛行を不可能にしているという皮肉の結果を生んでいた。

 

『ぴったり張り付いているわね。本当に凄腕よ』

「いやー、マジかー、けっこういっぱいいっぱいなんだけど」


 ひっきりなしに揺れる機体を制御し、最適な飛行ルートが示される方向へと導く。

 光学補正された様々な数値が浮かび、回避機動を取る度に修正されるルート。

 

 この局面でスロットルレバーを絞りエアブレーキをかければあるいは……


『オーバーシュートは自殺行為よ。そう簡単に背後は取れないわね』

「……何でおまえ、いつでもおれの心を読めるわけ?」

『馬鹿な真似だけはしないで欲しいリストの上位に入っているだけよ』

「例えばチキンレースを挑むってのは?」

『嵐の中での海面すれすれ急降下は上位ナンバーワンね』


 大袈裟にため息を付く姿はお手上げと言わんばかりの仕草である。

 今までも『FAO』におけるPvPで苦戦したライバルもいた。

 こうして出会う前に、ビターやハニー、唐瞳タントン邵景シァオジンとも対戦していた。

 

 ――――が、相手はそんな彼らよりも、明らかに上の実力を誇っている。


「その、リッチハートってやつの機体にも人工頭脳SBDは搭載」

『されてないわ』


 思わず舌打ちをした。

 

 単純にパイロットの腕は、


 おれより上ってことだ。


「こんな屈辱は初めてだぜ」


 覚悟を決め操縦桿を倒しスロットルレバーを叩き上げた。

 1500フィートからの急降下。

 みるみる海面が迫る。

 先にびびったほうが負ける自滅行為に等しい戦術なのだが、何も考えなしじゃない。

 ここで地形追随飛行シースキミングを披露してやる。

 ハリケーン下の荒れ狂う海面では正に自殺行為に等しいだろうが、ここで人工頭脳SBDの本領を発揮してもらうか。


『この機体に地形追随レーダーはないんだけど?』

「おまえは優秀なんだろ?」

『なんて喜びがいのない褒め言葉かしら』


 そう言いつつもフルスクリーンの光学補正で海面が分かりやすく浮かび上がり、荒れに荒れた不規則の波を次々と予測表示させる。

 おれは力任せに操縦桿を引き起こす。

 最大推力による引き起こしはGメーターの数値を迫り上げた。

 凶器にようにハーネスが食い込み、全身の血が下半身に流れる。

 一瞬、視界がブラックアウトしかけたのが、ニューラテクトパイロットスーツNTPSの刺激が下半身から上半身へ駆け巡り筋肉を膨張痙攣させ血流を逆送、失神を回避し脳内まで潤沢な血液を巡らせた。


「やつは!?」

『案の定よ』


 執拗に追尾する相手には、前方に生じる巨大波の洗礼を食らわしてやる。

 強引な急速大G旋回で海面ぎりぎりで巨大波を躱す。

 幾度もそれらを繰り返し9Gから11Gと凶悪な重力加速度と、いつ乱気流で海面にぶつかるともわからない重圧を与え続ければ、高Gに耐えられる有効時間を突破するはずだ。

 少なくも相手は下半身を締め付けるだけの耐Gスーツだけなので、おれよりも激しく消耗するはず。

 11Gに耐えられる時間は十秒ほど。

 通常ならとっくに根を上げてもおかしくない。


 ――――なのに、だ。


『信じられないわね。まだ付いてくるわ』

「…………オーマイガーって叫んでいい?」

『それも名案だけど、もっと良い名案があるの。聞く?』

「はよ」


 言葉少ないのは、おれの消耗もやばいからだ。

 いくらG-ロック耐性が高くても、幾度ものマイクロ波と電気刺激で筋肉は疲労仕切って全身は冷や汗でぐっしょりと濡れている。

 早くログアウトしてシャワー浴びて横になりたいのが本音だった。


『この先に深い海谷があるわ。二つのハリケーンがぶつかって乱れた海流で相当な巨大波が発生する可能性が高いの』

「おまえ、けっこう無茶なこと言ってる自覚ある?」

『自信ないなら仕方ないわね、他のルートを探すわ』

「ほんと最近、煽るのうまくなったな。ツンデレ要素はどこいった」


 人工頭脳SBDの意図は読めたからこそ、それはかなり無茶だと叫びたかった。

 だが、それぐらいしないとべったり張り付いてくるリッチハートなにがしを振り切ることはできないだろう。


 おれを誘導するかのようにスクリーン上の矢印が予定ポイント示す。

 揺れる機体を制御しつつ、雷鳴の轟きと光が不吉なの存在を際立たせた。


 ――――きた。


 視界一杯に広がるのは超巨大な波だ。

 大きさは現高度150フィートより更に高い位置まで荒波を持ち上げている。

 多分、高層ビルよりも高く、世界最大の大きさになるだろうか。

 目算で100メートル近くある。


『タイミングは一瞬よ』

「ランキング一位の腕を見せてやんよ」


 人工頭脳SBDのリリィが何をやらせようとしているのか、そんなものは簡単だ。

 陽キャパリピのやる、おれには生涯において縁のないスポーツ。

 

 サーフィンだ!


 その巨大波が発生する起点にスピードを合わせ、盛り上がる海面をすれすれ追随飛行。

 迫り動く海面上を巧みに操縦、育ちきった波の頭頂部が重力に負け弾けた。

 凄まじい水量で形成される波のトンネル、通称パイプラインと呼ばれる中をジェット戦闘機で突き抜ける超曲芸飛行。

 巨大波だからこそ可能な、一分の狂いもない飛行が試される、超絶機動クソマニューバ

 翼端が波に接触すれば即墜落、脱出ベイルアウトしたところで助からずに海の藻屑となって消えてしまうのがオチ。

 

 そんな、超々重圧な状況下の中で、


 信じられないかもしれないが、


 おれは笑っていた。


 久々の、肌を振るわすほどの、スリリングな飛行に歓喜しちゃっているのだ。

 パイプラインの中は愛機の噴流で塞がれ追跡は不可能。

 巨大波も途切れた先にも新たな巨大波が出現し、同じようにトンネルを潜る地獄の逃走が続いた。

 考える余裕などない。

 張り詰めた緊張の中で、技量のありったけを駆使する。

 反射神経と勘を頼りに、一瞬たりとも速度を落とさず、ただひたすら巨大波を潜り抜け続ける。

 こんなクソみたいな曲芸飛行は、誰に話したって信じないだろうよ、おれも信じられないし。

 バイザーにはリリィの怒ったような表情が映し出されているが、もはやそれに反応できるほど体力が残されていなかったらしい。

 意識がどんどん遠のくのが止められない。

 完全に意識が途切れる寸前、通信機から誰かの声が流れる。

 

 だが、おれは、それに答えることができなかった。


 神経を磨り減らし続けた極度のストレス下で、脳はおれを完全に失神にさせてしまったからね。

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