MISSION 55. エリート
大西洋沿岸からやや離れた位置にある航空母艦では、まるで蜂の巣を突いたかのように、慌ただしく出撃の準備がされていた。
「待て、リッチハート大尉。出撃しろとは言っていない」
「パッケージを回収した友軍の援護だ」
合衆国海軍の誇る正規空母の甲板上では、機種に黒い薔薇の絵柄を描いた艦載機が今にも発艦しようとしていた。
その操縦席に窮屈そうに収まっているのは、鼻梁の整った金髪碧眼のパイロット、リッチハート大尉だった。
「中南米担当は第4艦隊だ。貴様の出る幕じゃない」
「Ops.SXの部隊が協力しているんだろう? 我が国のことなのに多国籍の部隊に手を借りるのは沽券に関わる」
衛星電話を片手に出撃準備を整えるリッチハートの口調は、何やら苛立っているようにも聞こえる。
電話の繋がる先は
包括的次世代パイロット育成プログラムの一環で出向され、リッチハートのバディとして戦闘部隊に配置していたが、今は世界規模で発生した国籍不明機空襲事件の対応で
見た目から十代半ばから後半、はっきりいってこの場にいるには相応しくないほどの幼さだが、それを問題にしないくらいの能力と実力と権力を備えているようで、周りの将官は何も言わない。
「使える手札は多いほうがいい。それに本来なら我々も加わるべき部隊だがね」
「悪いが君と違って私は合衆国に忠誠を誓った軍人だ。おいそれと有象無象の飛行中隊下におかれたくない」
「忠誠心は結構だが、スヴェート航空実験部隊は【FAO】ランカーの集まりで、腕も確かな実力者集団だ。戦果も確認している。インド洋に南極、更に中米の防空網制圧は見事なものだ。部隊の中核はランキング一位のアゼルという少年だぞ? 名前は知っているだろう、ランキング二位のリッチハート大尉」
端整な顔立ちのリッチハートはブロンドの前髪を無造作に払いのけ舌打ちをする。
癪に触るが合衆国海軍のエリートパイロット達が参加したスコア戦でも、ランキング一位のアゼル少年に勝てる者はいなかった。
たまたまそれに参加していなかったリッチハートは同輩の体たらくに憤慨したものだ。
身長が2メートル近いリッチハートの怒れる形相は大変に迫力であり、オルガでも二の句が告げられなかったほどだった。
「では優秀な
「ちっ、まったく貴様は、どこからそんな情報を……」
「簡単だ。私は合衆国の軍人、君は他国の連絡将校、それだけだ」
軍紀上では上官なのだが、その制止をものともせずに、キャノピーを乱暴に閉めた。
親指を突き出して、甲板員に準備完了を告げる。
「スヴェート航空実験部隊の一機が追っていると連絡が入った。が、当該地区の電波障害は凄まじいし偵察衛星も沈黙中で、現地の州空軍とも調整が付いていない。こっちも混乱中なんだよ、各国のホットラインもパンク中だ。おそらく国籍不明機も数機領空侵犯するだろうが……、ん? これは……?」
「リッチハート、出るぞ」
オルガが何か言おうとしたが携帯の通話を終了させる。
どのみち彼女なら別の手段を使って通信機から再登場するだろう。
甲板員が機体を滑走開始位置まで持っていき、前脚をシャトルと結合させる。
艦載機の
正に威風堂々とした出陣だった。
「
「了解ブロックローズ、いま
「わかった。頼むぞ」
【FAO】トップランカーの腕をぜひともこの目で拝んでおきたい。
「現在、国籍不明機はフロリダ沖南より接近。なお、当該地区は電波障害が激しいため要注意だ。間違って民間を攻撃するなよ?」
「旅客機と戦闘機を間違えるとでも?」
「情報によると相手はステルス機のようなんだ」
「ほう」
不敵な笑みを浮かべるリッチハートだ。
自国以外の周辺国でステルス機を運用できる国はない。
これまでの襲撃情報から、国籍不明機の勢力は様々な機種の混合が多い。
西東問わずバラエティ豊かなため、国内外の不特定多数の軍民が関わっているらしいとの情報があがっている。
「まったく頭の痛い話だ」
事前の兆候すらなく突然始まったこの戦いは、未だに敵勢力が不明瞭なところが問題点だった。
同盟国を含め総力を上げての調査も実を結んでいない。
国籍不明機がどこから出撃したのかわからないのも不思議の話だ。
「不思議でも何でもない。これが示す事実はただ一つだ」
――――情報が改竄されている。しかも現在進行形であらゆるところが。
「それに対抗できるのがOps.SXか……」
リッチハートは通信機に応答しながら、器用に笑みを浮かべていた。
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